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第十四話(後編):トマトの種を求めて

いつも読んでいただきありがとうございます!


今回は、ついに「トマトの種」を求めて名人の農園へ向かいます。


……ただ、エリックが平和に種だけ買って帰れるわけもなく。


スローライフを目指す男の前に現れた、新たな問題とは――。


それでは、第十四話(後編)『トマトの種を求めて』をお楽しみください!

王都の重厚な外壁を抜け、緑豊かな街道をしばらく進む。


 大通りの喧騒はいつしか消え、代わりに心地よい鳥のさえずりと、草木の匂いが辺りを満たしていた。


 緩やかな丘を登りきると、視界が一気に開ける。


 リシェルが足を止め、綺麗に手入れされた白い指で眼下を指差した。


「あそこですね」


見下ろした先には、豊かな自然に囲まれた広大な農地が広がっていた。


しかし、その一角だけが、不気味な赤黒い影に覆われているように見える。


エリックは目を細めた。


「念のため、鑑定しとくか。」


「鑑定、ですか?」


「ああ。」


淡い光がエリックの瞳をよぎる。


しばらく眺めたあと、小さく頷いた。


「なるほど。」


「間違いなく名人の家だな。」


リシェルは思わず首を傾げた。


「……何が見えたのですか?」


「畑。」


「畑?」


「手入れが丁寧だ。」


「作物の植え方も綺麗。」


「道具も無駄なく置いてある。」


「仕事が上手い。」


リシェルは少し驚いたように農地を見つめる。


「そこまで分かるのですか?」


「漫画描く時、資料はよく見てたからな。」


「上手い人は背景でも分かる。」


リシェルは小さく笑った。


「……また、普通ではないところで感心してしまいました。」


二人は丘を下り、農家の敷地へと足を踏み入れた。


 庭先では、一人の初老の男が、土の汚れたクワを握りしめたまま地面にへたり込んでいた。


 彼こそが、市場で噂になっていたトマト栽培の名人だ。


 エリックは迷わず男の前まで歩み寄る。


「トマトの種を売ってほしい」


 男は力なく顔を上げた。深い絶望が刻まれた顔で、弱々しく首を横に振る。


「……悪いが、種は渡せん。帰ってくれ」


 エリックは首を傾げた。


「金ならある。言い値でいい」


「金の問題じゃないんだ。もう、この農園は終わりなんだよ……!」


 男はクワを地面に放り出し、震える声で理由を話し始めた。


「数日前から、裏の街道と地続きの第一農地に……『つるの魔物』が住み着きやがったんだ。最初は小さな蔦だと思ってたが、あっという間に畑の作物を食い荒らし、今じゃ街道を通る馬車まで襲うようになりやがった。蔓の魔物のせいで、畑も街道も使い物にならん」


 リシェルが小さく息を呑む。


 王都の大通りで耳にした噂は、誇張でも何でもなかったのだ。


 男は頭を抱え、涙をにじませて声を絞り出した。


「ギルドに依頼も出したが、派遣された冒険者たちも返り討ちだ。あの魔物、切っても切っても無限に新しい蔓が生えてきやがる。――誰も、あんな化け物倒せねぇんだよ……!」


 男は頭を抱え、ただただ涙をにじませていた。


 だが、エリックの表情は一切変わらなかった。


 少しだけ首を傾げ、まるで今日のご飯について尋ねるかのような気軽さで、淡々と言う。


「倒せばいいのか?」


名人は目を見開いた。


「なっ……バカを言うな! 無理だ! 腕利きの冒険者たちが束になって敵わなかったんだぞ!?」


 しかし、エリックは真面目な顔で頷く。


「トマトの種がないと、俺のスローライフが始まらない。だから倒す」


 あまりにも真っ直ぐで自分本位なエリックの理由に、その横でリシェルがくすりと笑った。


 そして、流れるような動作で一歩前へ出る。


「私も協力しますよ。名人の美味しいトマト、私も一度食べてみたいですしね」


 名人は慌てて立ち上がった。


「待て! やめとけ!」


 エリックたちの前に回り込み、必死に両手を広げる。


「何人もそう言って向かった! だが、誰一人としてまともに帰ってこんかったんだぞ!」


 リシェルは、その緊迫した言葉を聞いても慌てることなく、小さく口元を緩めた。


「ふふっ」

 名人が戸惑う。

「……何がおかしい?」

 リシェルは優しく微笑み、丁寧に一礼した。

「失礼しました。ですが……」

 一歩前へ出て、エリックの隣に並ぶ。


「私は、この方なら、きっと道を見つけてしまうのでしょうね。」


 名人は怪訝そうにエリックを見た。どう見ても、ただの垢抜けない若い少年にしか見えない。


「この坊主が、か?」


「ええ」


 リシェルは楽しそうに目を細める。


「少し、普通ではありませんから」


 エリックは不思議そうに首を傾げた。


「そうか?」


「ええ。自覚がないところも含めて、です」


名人はまだ納得のいかない顔をしていたが、二人の強い意志に圧され、最後は諦めたように肩を落とした。


「……そこまで言うなら止めん。だが、危なくなったらすぐに逃げるんだぞ」


男は農園の奥、そのさらに先を指差した。


「この裏手を抜けた先が第一農地だ。これ以上は、俺も近づけねぇ」


「ありがとう」


エリックは短く応じ、迷いなく歩き出す。


リシェルも名人へ小さく一礼し、その後を追った。


農園の境界を越えた瞬間だった。


空気が変わる。


さっきまで吹いていた穏やかな風は止み、辺りには重苦しい静寂だけが満ちていた。


立ち枯れた木々。


黒ずんだ蔦。


地面を這うそれらは、まるで生き物の血管のように、ときおり脈打っている。


リシェルが静かに周囲を見渡した。


「……エリック。」


「この先が、魔物の縄張りです。」


「ああ。」


エリックは頷く。


「トマトのためだ。」


そう言って、一歩踏み出した。


その横で、細い指が腰の剣へ伸びる。


「魔法ではなく、剣?」


エリックが尋ねる。


リシェルは小さく頷いた。


「相手の性質がまだ分かりません。」


「まずは剣で探ります。」


静かに剣を抜く。


澄んだ金属音が、不気味な静寂に溶けていった。


「再生するのか。」


「硬いのか。」


「核があるのか。」


「それを見極めてから、魔法を使います。」


エリックは素直に頷いた。


「なるほど。」


「経験だな。」


リシェルは微笑む。


「ええ。」


「無駄な魔力は使いたくありませんから。」


――その瞬間。


ずるり。


足元の黒い蔦が、ゆっくりと蠢いた。


第十四話(後編)を読んでいただき、ありがとうございました!


トマトの種を買いに来ただけなのに、いつの間にか魔物退治になってしまいました(笑)。


それでもエリックにとっては、「トマトのため」という一本筋の通った理由で動いているので、本人はいつも通りです。


そして今回は、リシェルが冒険者としての経験を見せる場面も描いてみました。普段は穏やかな彼女ですが、戦いではどのような立ち回りを見せるのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。


次回はいよいよ、蔓の魔物との戦いが始まります。


面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、次回もよろしくお願いいたします!

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