第十一話 (前編):構図がおかしい
いつも読んでいただきありがとうございます!
今回は、エリックとレイナがこれまでとは少し違う相手に挑みます。
エリックの発想は相変わらずですが、今回はその「考え方」がより色濃く出る戦いになりました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「構図がおかしい」
また始まった。
いつもなら胃が痛くなる一言。
だが今は違う。不思議と頼もしかった。
「どこがおかしい?」
レイナが問う。
エリックはヘルオーガを指差した。
「全部の関節。デカ過ぎ」
「……は?」
何を言っているのか分からない。
「どうする気だ?」
「決まってるだろ」
エリックは杖を握り直す。
「下書きを書き直す」
「はぁ?」
ますます意味が分からない。
次の瞬間。
キィィィィィィィィン――ッ!!!
鼓膜を鋭く引き裂くような高周波の駆動音が鳴り響き、足元一面に無数の魔法陣が展開した。
白と黒の魔力の粒子が、まるで世界を塗り潰すインクのように激しく吹き荒れる。
一枚。
十枚。
二十枚。
まだ増える。
「お、おい……」
レイナが思わず息を呑む。
ゴォォォォォォッ!!!
吹き荒れる魔力の風圧。魔法陣の展開は止まらない。
ヘルオーガを中心に、まるで強烈な集中線が走るかのように、全身を囲むように幾重にも重なり、空間そのものを原稿用紙の枠線のように閉じ込めていく。
「全部の関節を押さえる」
「筋肉じゃないのか?」
「筋肉は切られた」
エリックは静かに首を振る。
「だから今度は関節だ」
「それで勝てるのか?」
「いや」
エリックはヘルオーガを見据えたまま答えた。
「構図がおかしいから、切れるはずだ」
「はず?」
「うん」
レイナは頭を抱えた。
「相変わらず……何を言ってるのか全然分からん!」
エリックは杖を地面へ突き立てた。
ドンッ!!!
凄まじい地響きと共に、無数の魔法陣が怪物の肉体を拘束するように、一斉に目も眩むような光を放って収縮する。
「下書き、修正」
バキガキッ!!!
空間をへし折るような凄まじい衝撃音と共に、ヘルオーガの右肩から鈍い音が響いた。
「……?」
右腕が力なく垂れ下がる。
レイナが目を見開く。
「はぁ!?」
「切ってない……」
「外したのか!?」
だが、絶望は終わらない。
「ガァァァァァッ!!!」
ヘルオーガは、外れてぶら下がった右腕など最初から無かったかのように、激痛を狂気でねじ伏せて咆哮した。
無理やり残った左腕を振り上げる。関節を外されてなお、その殺意と突進のスピードは全く衰えない。
「嘘、だろ……っ!?」
一歩間違えれば即死。完璧な計算を超えてくる化物の執念に、一気に死線が跳ね上がる。
しかし、化物の肉体はすでに限界を迎えていた。
バキッ!!!
突進の強烈な負荷に耐えかね、今度はヘルオーガの左足首の関節が派手に外れる。
凄まじい勢いのまま、化物の巨体が大きく体勢を崩した。
だが、それでもなお、執念だけでその左拳が狂暴に振り抜かれる!
「くっ……!」
レイナは咄嗟に身を翻してかわす。
ドゴォォォン!!!
拳が空を切り、凄まじい衝撃波が石床を爆破した。レイナはその風圧に吹き飛ばされ、地面を二、三回激しく回転する。
視界を完全に遮るほどの、猛烈な土埃が舞い上がった。
(立ち上がらなきゃ……!)
レイナが必死に泥を払い、起き上がろうとしたその時。
土埃を割って、すでに次の凶悪な一撃が眼前にまで迫っていた。
体勢が戻らない。
(しくじった、かわせない――!)
死を覚悟した、その瞬間だった。
ガガガガガガガガギィィィンッ!!!!
空間に響き渡る、世界を確定させるような硬質な駆動音。
「――ペン入れ、完了」
エリックの冷徹な声が響くと同時に、ヘルオーガの全身に張り巡らされていた無数の魔法陣が一斉に爆発的な光を放った。
バキバキバキバキィッ!!!
連鎖する破壊音。
首、腰、膝、左腕――ヘルオーガの肉体にある「全ての関節」が、一瞬にして完全に外れ、弾け飛んだ。
直撃のわずか数センチ手前で、完全に力を失った巨拳が地面に崩れ落ちる。
巻き上がる土煙の中、レイナは間一髪で生き延びていた。
エリックは静かに杖を引き抜く。
「これで、構図は直った」
四メートルの巨体が、音を立てて崩れ落ちた。
倒れたヘルオーガへ、二人はゆっくり近付いた。
レイナはまだ息が荒い。
「……あの多重魔法陣」
「ん?」
「ヤバすぎるだろ」
「どこがだ?」
「全部だよ」
エリックは首を傾げた。
「ネームを書き直すのと同じだろ」
「は?」
「何度も書き直す。基本だ」
「……」
レイナは額を押さえる。
相変わらず何を言っているのか分からない。
だが。
コイツがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
「なぁ」
エリックがヘルオーガを見下ろした。
「早く楽にしてやれ」
「かわいそうだろ」
「魔物だぞ」
「知ってる」
「早くしろ」
「言われなくてもする」
レイナは大剣を構え、一息で魔石核を貫いた。
ヘルオーガの巨体が光へと崩れていく。
残ったのは、巨大な魔石だけだった。
エリックはそれを拾い上げる。
「これで卵買えるか?」
レイナが力なくため息をつく。
(コイツの目的……結局これか)
「まだそれ言ってるのか」
「大事だろ」
「命懸けだったんだぞ」
「だからだ」
「……はぁ」
「で、買えるのか?」
レイナは魔石を見つめる。
「いや」
「まだ全然足りない」
少し沈黙。
エリックが真顔で聞く。
「なら山羊は?」
「山羊?」
「卵が駄目なら乳だ」
レイナは頭を抱えた。
「発想がブレないな、お前……」
その後も二人は、階層を一つずつ進んだ。
途中の魔物は、エリックの多重魔法陣が淡々と片付けていく。
レイナはそのたびに、あの言葉を思い出した。
ネームを書き直すのと同じ。
何度も書き直す。基本だ。
意味は分からない。
だが、強いことだけは分かる。
そうして辿り着いたのは、六十階層のボス部屋の前だった。
重い扉を見上げ、レイナは息を整える。
「……ここまで来たか」
エリックは扉を見て、ぽつりと言った。
「鑑定しとくか」
淡い光が走る。
数秒。
エリックは目を細めた。
「……水だな」
「やっぱりか」
レイナが低く呟く。
「どういうことだ?」
「嫌な感じがする」
レイナは扉から視線を外さないまま言う。
「こういう場所のボスは、大体そういうやつだ」
「経験則か?」
「剣士の勘だ」
沈黙。
エリックは一度だけ頷いた。
「使えない」
沈黙。
レイナは小さく息を吐いた。
「……知ってる」
レイナは扉を見上げたまま、低く言った。
「……多分」
「六十九階層のあいつより、厄介かもしれない」
エリックは少し間を置いた。
「ボスだしな」
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……。
地鳴りのような音を立てて、ゆっくりと重い扉が開いていく――。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ヘルオーガ戦、いかがでしたでしょうか。
力でねじ伏せるのではなく、「観察して、違和感を見つける」というエリックらしい攻略を書いてみました。
そして、命懸けの戦いが終わった直後でも、頭の中はドラゴンの卵やスローライフのことでいっぱい(笑)。
そんなブレない主人公と、それに振り回されるレイナのやり取りも、この作品らしさとして楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は六十階層へ。
帰還はまだまだ続きますので、引き続きよろしくお願いします!




