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第十話(後編): 最下層の洗礼

いつもお読みいただきありがとうございます!


今回は第十話(後編)です。


近道だと思って入った先は、まさかの七十階層。

そして待っていたのは、これまでの常識が通じない災害級の魔物でした。


果たしてエリックとレイナは、この絶望的な状況をどう切り抜けるのか。


それでは、第十話(後編)「最下層の洗礼」をお楽しみください。

ガリッ。


骨を噛み砕く音。


静まり返った最下層に、その音だけが異様に響く。


レイナの背中を冷たい汗が伝った。


ゆっくりと振り返る。


暗闇の奥。


二つの赤い光が浮かんでいた。


ドン。


ドン。


重い足音。


一歩踏み出すたび、大地が微かに震える。


やがて姿を現した。


三メートル。


いや、四メートル近い巨体。


黒い岩のような筋肉。


頭から生えた二本の角。


そして、人間ほどもある巨大な骨を、まるで干し肉のように噛み砕いている。


ガリッ。


ボキッ。


レイナの顔から血の気が引いた。


「……ヘルオーガ」


喉が勝手に鳴る。


低層で戦ったオーガとは別物。


五十階層より下で確認される災害級。


討伐にはSランクの部隊が必要とされる魔物。


それが。


こちらを見た。


赤い瞳が細くなる。


「エリック」


「ん?」


「逃げるぞ」


「無理だな」


「何でだ」


エリックは背後を親指で指した。


転移魔法陣。


光はもう消えていた。


「帰れない」


沈黙。


レイナは天を仰いだ。


エリックは少し考えた。


「……そもそも」


「ん?」


「あの魔法陣、行き専用だったな」


「は?」


「転移先から戻る術式が組み込まれてない」


「……」


「先に言えぇぇぇ!!」


その瞬間。


ヘルオーガが地面を蹴った。


ドゴォッ!!


ガリッ。


ヘルオーガは噛み砕いていた骨を投げ捨てた。


ドン。


地面が揺れる。


一歩。


また一歩。


巨大な体がゆっくりと近付いてくる。


レイナは大剣を構えた。


嫌な汗が止まらない。


「エリック」


「ん?」


「アレは普通のオーガじゃない」


「見れば分かる」


「分かってるなら逃げ――」


「逃げられない」


即答だった。


エリックは周囲を見回す。


転移魔法陣は消えている。


背後には巨大な七十階層の守護者の門。


前にはヘルオーガ。


一本道。


「なら」


エリックは杖を構えた。


「捕獲陣」


青白い魔法陣が何重にも展開する。


ヘルオーガの足元を包み込み、巨大な鎖が全身へ巻き付いた。


レイナは息を飲む。


(よし……!)


次の瞬間。


メキッ。


メキメキメキ……


鎖が軋む。


「……え?」


バキィィン!!


光の鎖が力任せに引き千切られた。


捕獲陣そのものが砕け散る。


レイナの顔が引きつる。


「壊した……?」


エリックは静かに呟いた。


「初めて見た」


ヘルオーガは止まらない。


さらに一歩。


ドン。


地面が震える。


エリックはすぐに次の魔法陣を描く。


「拘束陣」


今度は光の柱が四方から伸び、巨体を押さえ込む。


だが。


ヘルオーガは腕に力を込める。


ゴゴゴゴ……


筋肉が膨れ上がる。


そして。


バァン!!


拘束陣まで吹き飛ばした。


静寂。


レイナは乾いた笑みを浮かべた。


「笑えないぞ……」


エリックは珍しく真顔のまま頷いた。


「ああ」


「出力が足りない」


絶望的な宣言。いつもの過剰なまでの防衛術式が、この怪物には全く通じていない。


だが、一瞬。レイナの頭の中で答えが繋がった。


「本人は無理なら――」


「地面を沼らせろ!!」


エリックは即座に頷く。


「分かった」


レイナは地面を蹴った。


(時間を稼げってことか)


ヘルオーガが迫る。


(私はアルカナ大学首席。一級剣士。Sランクにだって負けるつもりはない)


「やってやる!」


凄まじい風圧が吹き荒れ、巨拳が空気を爆破しながら振り下ろされた。


直撃すれば肉塊になる一撃を、レイナは神速の反応で紙一重で避ける。


ドゴォッ!!


拳が掠めた背後の石床が粉々に弾け飛ぶ。


レイナはその爆煙を突き抜け大剣を一閃、ヘルオーガの顔面を強襲し、その赤い視線を強引に釘付けにした。


完璧な前衛としての足止め。


そのわずかな隙に、エリックが次を張る。


「泥濘陣」


杖の先から幾重もの魔法陣が足元へ一瞬で展開し、堅牢な石床が底なしの黒い泥沼へと変質する。


四メートルの巨体が、自重でズブズブと膝まで沈み込んだ。


いかに災害級の怪力でも、踏み締める床がなければ力は伝わらない。突進の勢いが、完全に止まる。


決まった。


戦術は間違いなく正解だった。


「おおおおお!」


勝機を確信したレイナが、泥に足を取られた首元へ大剣を満身の力で叩きつける。


ガキィィィィン!!! 


鼓膜を突き刺す金属音。


しかし、黒い岩のような皮膚と濃密な魔力の前に一撃は激しく弾き返され、レイナの体勢が完全に崩れた。


そこへ丸太のような剛腕が、カウンターで容赦なく横一線に薙ぎ払われる。


「――防壁陣・多重展開」


背後からエリックの冷徹な声が響いた。弾かれた瞬間のわずかな猶予、冷静なままレイナの全身に幾重もの防壁魔法を重ねがけする。


バキィィィン!!!


ガラスが砕け散るような激音と共に防壁が次々と押し潰され、凄まじい衝撃波が襲う。だが、精密な魔力コントロールが即死級の威力を完全に殺しきっていた。


「くっ……あぁ!」


レイナは後方へ激しく吹き飛ばされ、何メートルも地面を転がる。


「……まだっ、終わってない!」


大剣を支えに立ち上がる。


そのまま、ヘルオーガへ駆けた。


ドッ――。


空気が弾けた。


泥濘に沈んでいたはずの四メートルの巨体が、信じられない速度で視界から消える。


「なっ――!?」


レイナの瞳が見開かれた。


巨大な拳が振り上げられる。


速い。


大きさからは想像もつかない。


「レイナ」


背後から、静かな声が響く。


「下がってろ」


レイナは反射的に後ろへ跳んだ。


その頭上を、拳が唸りを上げて通り過ぎる。


ドゴォォォン!!


床が砕け、泥濘ごと吹き飛ぶ。


ヘルオーガは、自ら沈められた泥さえものともしていなかった。


エリックはその様子を、じっと見つめる。


「……なるほど」


初めて見る動きだった。


あの巨体。


あの筋力。


そして、あの速度。


普通なら両立しない。


エリックは小さく呟く。


「構図が、おかしい」


レイナが歯を食いしばる。


「またそれか!」


「いや違う」


エリックは首を横に振った。


「今回は、本当におかしい」


そう言って、杖を静かに構え直した。


第十話(後編)を読んでいただき、ありがとうございました!


今回はこれまでとは少し違い、「強敵との戦闘」を意識して書いてみました。


エリックはいつものように術式を使いますが、それでも通じない相手が存在します。

一方で、レイナもただ守られるだけではなく、自分で考え、戦い、前衛として踏ん張る姿を書きたかった回でもあります。


そして最後の「構図がおかしい」。

あの一言が何を意味するのかは、次回のお楽しみです。


面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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