第十話(前編):見つけてはいけない近道
本日もありがとうございます!
今回はダンジョン探索回です。
……のはずだったのですが、エリックはやはり普通に探索してくれませんでした。
それでは、お楽しみください。
二階層。
スライムが現れた。
半透明の身体を揺らしながら、ぴょこんと飛び跳ねる。
「お」
エリックが少しだけ目を輝かせた。
捕獲陣。
スライムは空中で停止した。
「何してる」
レイナが聞く。
「観察」
「倒せ」
「もう少し見たい」
「倒せ」
レイナが斬った。
スライムは光になった。
「残念だ」
「何がだ」
「意外と参考になりそうだった」
「何の」
「ゼリーの表現」
「聞かなきゃ良かった」
⸻
三階層。
スケルトンが現れた。
剣を持った骸骨。
カタカタと音を鳴らしながら近付いてくる。
エリックがじっと見つめた。
「よく描けてるな」
「描いてない」
レイナは即座に斬った。
骨が崩れる。
光になる。
「惜しい」
「今度は何だ」
「関節の動き」
「魔物だからな」
「なるほど」
何もなるほどではない。
⸻
四階層。
狼型の魔物が飛び掛かった。
捕獲陣。
拘束陣。
減速陣。
追跡陣。
狼が空中で停止した。
「かわいそうだろ」
レイナが言う。
「安全第一だ」
エリックは真顔だった。
「いや、そこまでしなくても倒せるからな?」
「念のためだ」
「何の念だ」
「狼は群れる」
「一匹だ」
「見えないだけかもしれない」
「居ない」
「本当に?」
「居ない」
狼はそのままレイナに倒された。
⸻
五階層。
六階層。
特に問題は起きなかった。
起きなかったのだが、
それはエリックが問題を起こさせなかっただけだった。
通路の角。
捕獲陣。
分岐路。
索敵陣。
広間。
警報陣。
休憩前。
防壁陣。
レイナは途中から数えるのをやめた。
門番が見たら泣くと思う。
⸻
七階層。
重い足音が響く。
ドン。
ドン。
ドン。
通路の奥から現れたのは、三メートル近い巨体。
巨大な棍棒を持ったオーガだった。
「お」
エリックが見上げる。
「初めて大きいのが出たな」
「初めてって……今まで全部低層だからな!」
オーガが吠える。
棍棒を振り上げる。
その瞬間。
捕獲。
拘束。
減速。
落穴。
オーガが転んだ。
「ギャオッ!?」
さらに拘束。
さらに捕獲。
さらに減速。
オーガは立ち上がれない。
「何だこれ」
「安全第一だ」
「だから何の安全だ」
レイナが額を押さえた。
結局。
最後はレイナが首筋へ一閃。
オーガは光となって消えた。
静寂。
レイナは肩で息をした。
「流石に七階層は少し歯ごたえがあるな」
「そうか?」
「そうだよ」
「弱かったぞ」
「お前が捕まえてたからだ!」
しばらくして。
二人は壁際の小岩に腰を下ろした。
水を飲む。
少しだけ休憩。
レイナは壁にもたれた。
「まぁ……」
ぽつりと呟く。
「お前と一緒ならこうなるとは思ってた」
「何がだ」
「七階層まで半日もかからずこれた事だ」
エリックは少し考えた。
「遅いな」
「十分速いわ!」
レイナが吼えた。
そして。
ようやく静かになる。
休憩。
平和な時間。
そのはずだった。
「なぁ」
エリックが壁を見ていた。
レイナは目を閉じた。
「壁か」
「壁だ」
「今度は何だ」
「構図がおかしい」
「またそれか」
レイナは深くため息を吐いた。
だが。
エリックが壁を見つめる時。
大抵の場合。
何かある。
エリックは立ち上がると、杖を取り出した。
すぅ、と。
壁の岩をなぞるように光の線を描いていく。
一本。
二本。
三本。
やがて空中に、不自然な図形が浮かび上がった。
レイナが眉をひそめる。
「何してる」
「石を繋いでる」
「石を?」
エリックは壁を指差した。
「見ろ」
レイナが目を凝らす。
一見ただの岩壁。
だが。
線で結ばれた部分だけが妙に整っていた。
自然の岩盤ではあり得ないほど均等。
まるで誰かが積み上げたみたいに。
「……あれ?」
レイナが壁へ近付く。
触る。
叩く。
違和感はない。
だが確かに。
言われてみれば不自然だった。
エリックは壁の一角を指差した。
「この石」
「ん?」
「押せば開くと思う」
「は?」
レイナが反応するより早く。
エリックはその石を押した。
ゴゴゴゴゴ……
重い音が響く。
岩壁が重い音を立てて横へずれていく。
その奥から現れたのは、完全な暗闇だった。
下へ向かってひっそりと続く、細い通路。
二人の知らない空間が、そこには口を開けていた。
長い沈黙の後、レイナがようやく口を開く。
「なぁ」
「ん?」
「隠し通路?」
「多分」
「誰が作ったんだ?」
「知らない」
「何のために作ったんだ?」
「知らない」
即答だった。
レイナは頭を抱えた。
だが、エリックはすでに奥の暗闇を見つめていた。その目は少しだけ楽しそうだった。
「どうする?」
レイナが聞いた。
「行くだろ」
「行くのか?」
エリックは真顔のまま、暗闇の奥を見つめて言った。
「お宝有れば、卵買えるだろ」
「確かにそうだが、ギルドに報告が先だろう」
「ギルド?後でいいだろ」
エリックはすっと暗闇へ足を踏み入れた。
「聞いてるのか」
「うん」
歩調は一切緩まない。
「絶対聞いてないだろ」
レイナは盛大にため息を吐くと、大剣の柄を握り直して慌ててその背中を追った。
薄暗い通路。
エリックが灯した魔術の光が、ひんやりとした空気を震わせながら周囲を照らし出す。
最初はただの自然の洞窟に見えた。
だが。
「なぁ」
「今度は何だ」
「足跡だ」
レイナが止まる。
「何?」
「古い」
「どれくらいだ」
「知らない」
エリックは壁を照らした。
「でも人間だ」
光の先には、生々しい傷跡が浮かび上がっていた。
壁を深く抉る、鋭い剣傷。
爆発の威力を物語る、黒く煤けた魔法の焦げ跡。
そして、その近くに刻まれた、誰かの手による不気味な印。
かつて誰かがここを通り、ここで戦った。
通路はそこから少し進んだ突き当たりで、唐突に行き止まりになっていた。
だが、その足元、暗闇の底にじわりと青い光が浮かび上がっている。床に複雑な幾何学模様と、見たこともないルーン文字が刻まれた、魔法陣らしいものだった。
エリックはその光をじっと見つめながら、ぽつりと言った。
「なぁ」
「何だ」
「嫌な予感がする」
「珍しいな」
「人が通った跡がある」
「うん」
「なのに出口がない」
エリックは静かに目を細めると、その光る模様に意識を集中させた。
「鑑定」
ピカッ、とエリックの瞳の奥で淡い光が弾ける。
脳内に流れ込んでくる情報を咀嚼し、エリックは床を指さした。
エリックは少し黙った。
「なぁ」
「何だ」
「転移魔法陣だ」
レイナが顔をしかめる。
「どこへ繋がってる?」
「分からない」
「は?」
「行き先情報が削れてる」
沈黙。
「壊れてるのか?」
「いや」
エリックは床を見つめた。
「意図的に消されてる」
レイナの背筋に冷たいものが走った。
「行くのか?」
「行くだろ」
「罠だろ」
「お宝だろ」
「本気か?」
「当然だろ」
エリックは真顔だった。
「チャンスってやつは掴むものだろ」
「わけ分からん」
レイナは額を押さえた。
「お前、私が何のためについて来てると思ってる」
「監視役」
「分かってるなら少しは自重しろ」
「無理だな」
即答だった。
レイナは天を仰ぐ。
「コイツといると本当に胃が痛い……」
エリックは転移魔法陣の上に立った。
そして振り返る。
「お前も来るだろ?」
「……」
「監視役なんだから」
ぐぅの音も出ない。
「ほら」
エリックが指を折る。
「一」
レイナが顔をしかめる。
「二」
「待て」
「三」
エリックが杖を振った。
ブン。
次の瞬間。
青い魔法陣が眩く輝いた。
「だから待てぇぇぇぇっ!!」
青い光が二人を包んだ。
視界が白く染まる。
浮遊感。
そして。
足が地面に着いた。
「……」
「……」
目の前には巨大な扉。
見上げるほど巨大な石門。
その中央には見たこともない紋章。
レイナの顔から血の気が引いた。
「この紋章……」
「知ってるのか?」
「七十階層の守護者の紋章だ」
沈黙。
「帰るか?」
「宝あるかもしれない」
「お前さっき帰る気だっただろ」
「卵は高い」
エリックはため息を吐いた。
「鑑定」
ピカッ。
数秒後。
「……」
「……」
「戻ろう」
「何が見えた?」
「聞きたいか?」
「やめとく」
「だよな」
「だな」
久しぶりに意見が一致した。
その時
ガリッ
「……」
「……」
ガリッ
骨を噛み砕く音。
二人はゆっくり振り返った。
レイナの背中を冷たい汗が伝う。
七十階層。
最下層。
そして――
帰り道は存在しない。
正確には、存在する。
だが。
四十五階層のセーフエリアまで戻るだけでも、まず六十階層の守護者を突破しなければならない。
五十階層も同じだ。
普通の冒険者なら、そこへ到達すること自体が偉業。
それを今から逆走しろと言われている。
詰んでる。
間違いなく詰んでる。
レイナは遠い目をした。
「何でこうなった」
「転移魔法陣に乗ったからだろ」
「そういう意味じゃねぇ!」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
七階層をのんびり攻略していたはずが、気付けば最下層目前。
エリックは「宝があるかも」と言っていますが、レイナの胃はそろそろ限界です。
次回からは、この状況を二人がどう切り抜けるのか、お付き合いいただければ嬉しいです。
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