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第七話(前編):スローライフにドラゴンは必要です

エリック、初めての王都観光です。


市場。

買い物。

ドラゴンの卵。


スローライフの夢が少しずつ広がっていきます。


なお本人は平和そのものですが、周囲は平和ではありません。

「東市場はこっちだよ!」

「急げー!」


子供達に手を引っ張られながら、エリックは石畳の大通りを歩いていた。


王都は広い。


とにかく広い。


道の両脇には店が並び、人々が絶えず行き交っている。


商人。


職人。


冒険者らしい装備の男達。


魔法使いらしいローブ姿。


貴族らしき馬車まで走っていた。


「ほう……」


思わず周囲を見る。


面白い。


実に面白い。


建築様式。


服装。


看板の形。


荷車の構造。


どれも見たことがない。


漫画家時代の癖で、つい観察してしまう。


「あの建物いいな」


石造りの三階建て。


窓枠の装飾が綺麗だ。


背景に使えそうだった。


「あっちは武器屋だよ!」


「へぇ」


「こっちは鍛冶屋!」


「なるほど」


子供達の案内は意外と分かりやすい。


大通りを抜けた瞬間だった。


視界が一気に開ける。


「おお……」


思わず声が漏れた。


そこは巨大な市場だった。


果物。

野菜。

肉。

魚。

香辛料。

布。

家具。

魔物素材。

露店が所狭しと並んでいる。


活気が凄い。


声が飛び交う。


匂いも凄い。


焼いた肉の匂い。


香草の匂い。


魚の匂い。


全部混ざっている。


異世界そのものだった。


「市場面白いでしょ!」


「面白いな」


素直に頷く。


これは一日いても飽きない。


むしろ資料集めだけで数日潰せる。


そんな時だった。


「こっち!」


子供達がある方向を指差した。


市場の中央。


人だかりができている。


「あれだよ!」


「ドラゴンの卵!」


エリックは足を止めた。


「ドラゴン?」


少し気になる。


かなり気になる。


子供達に引っ張られ、人混みを抜ける。


見えた。


市場の中央。


木製の台座の上。


巨大な楕円形。


一メートル近い。


白い殻。


所々に赤茶色の模様。


妙な存在感があった。


「おお……」


周囲から感嘆の声が上がる。


商人が胸を張る。


「本物のドラゴンの卵だ!」


さらに歓声。


だがエリックは少し首を傾げた。


近付く。


ぐるりと一周する。


横から見る。


下から見る。


表面を観察する.


値札を見る。


ペット用小型飛竜種


孵化保証付き


金貨五百枚


「……」


エリックが止まった。


子供達が不安そうに見上げる。


「どうしたの?」


エリックは真顔だった。


数秒考える。


「欲しい」


子供達が固まった。


「え?」


「欲しい」

もう一度言った。


「ペットにする」


市場の空気が一瞬止まる。


「ドラゴンだよ?」


「知ってる」


「危なくない?」


「躾すればいいだろ」


「犬じゃないんだよ!?」


意味が分からなかった。


エリックは真剣だった。


スローライフ。


畑。


丸太小屋。


釣り場。


そしてペット。


完璧である。


「スローライフと言えばペットだろ」


「そうなの?」


「そうだ」


断言だった。


子供達には分からなかった。


エリックは再び値札を見る。


金貨五百枚。

・・・

・・・

・・・

「多分高いなぁ」


現実だった。


ドラゴンは欲しい。


だが高い。


他の商品より圧倒的に高い。


そこで。


ふと気になった。


「本物か?」


商人が胸を張る。

「本物だ!」

「保証付きだぞ!」


「ふむ」


エリックはしゃがみ込む。


地面に指で簡易術式を描いた。


ぴかり。


小さな光が走る。


卵の上に文字が浮かんだ。


小型飛竜種


温厚


雑食


飼育難易度:低


「ほら」


エリックは頷いた。


「本物だな」


商人が固まった。


「な、何故分かった!?」


「鑑定したから」


「そんな簡単に鑑定するな!」


周囲がざわつく。


エリックだけが平然としていた。


そして次に出た言葉は。


「餌は?」


だった。


商人が答える。


「魚とかキノコだな」


「森にあるな」


「あるな」


飼える。


理論上は飼える。


だが。


「高いなぁ……」


やはり高い。


圧倒的に高い。


エリックは腕を組む。


「働くしかないか」


子供達が首を傾げた。


「旅人さん働いてないの?」


「スローライフ中だからな」


意味が分からなかった。


エリックは真剣に考える。


働く。


働くか。


ドラゴンは欲しい。


欲しい物があるなら働くしかない。


そこで。


ふと記憶が蘇る。


王都へ入る時。


大通り沿いで見かけた大きな建物。


剣と盾の看板。


人の出入りも多かった。


「あれ何だっけ」


少し考える。


「ギルドか」


子供達が反応する。


「冒険者ギルド!」


「仕事いっぱいあるよ!」


「登録すれば稼げる!」


なるほど。


実に異世界らしい。


エリックは頷いた。


ドラゴン。


山羊。


トマト。


そのためには資金が必要だ。


「行ってみるか」


そこで。


ふと動きが止まる。

・・・

・・・

・・・

「待て」


「どうしたの?」


「動くなって言われてた」


子供達が顔を見合わせる。


確かに言われていた。


広場で待っていろ、と。


「じゃあダメじゃん」


「ダメだな」


エリックは真剣に悩む。


約束は守るべきだ。


世話にもなった。


勝手な行動はよくない。


「・・・」


市場を見回す。


「・・・」


ギルドの方向を見る。


「・・・」


ドラゴンの卵を見る。


「買い物はセーフだな」


「え?」


「王都の中だから」


子供達が嫌な顔をした。


「ギルドもセーフだ」


「何で?」


「王都の中だから」


理屈になっていなかった。


エリックは満足そうに頷く。


「よし」


「まず買い物リスト作りだ」


気持ちは既にドラゴンから離れていた。


頭の中にはスローライフ計画が広がっている。

小麦。

ある。


豆。

ある。


鶏。

ある。


山羊。

ない。


「山羊欲しいな」


乳が取れる。


チーズも作れる。


重要だ。


「トマトは?」


近くの八百屋に聞く。


「トマトは?」


店主が首を振った。


「今日は無いな」


「売り切れか?」


「朝にはあったんだがな。昼前に全部出た」


「ああ」


エリックは少し残念そうに頷いた。


存在しないわけではないらしい。


それならいい。


「そんなに好きなのか?」


「俺は普通」


即答だった。


「じゃあ何でそんな顔してる」


「いや」


少しだけ考える。


「レイナが残念がりそうだなと思って」


「誰だそれ」


「知り合い」


店主はよく分からない顔をした。


エリックも説明する気はなかった。


とりあえずトマトは後回しだ。


いつか見つければいい。


今は他の物が先だった。


エリックは真剣な顔で買い物リストを書き直す。

小麦。

豆。

鶏。

山羊。

ドラゴン。

子供達が覗き込む.


「最後おかしくない?」


「どれだ」


「ドラゴン」


「重要だぞ」


何が重要なのか誰にも分からなかった。


子供達は顔を見合わせる。


「やっぱり変な人だ」


「変な人だね」


「変人だな」


失礼だった。


だが否定はできなかった。


「じゃあ俺は戻る」


エリックは買い物リストをしまう。


「もう帰るの?」


「待てと言われてる」


「あー」


子供達が納得した。


それは確かに帰った方がいい。


「またね!」


「うん!」


「ドラゴン買えたら見せて!」


「買えたらな」


そんな会話を交わしながら別れる。


孤児達は孤児院へ。


エリックは中央広場へ向かった。


数分後。


噴水広場。


女神像。


噴水。


人々の往来。


見覚えのある景色だった。


「まだ帰ってないか」


レイナの姿は無い。


まあ当然だろう。


王都の偉い人に報告すると言っていた。


すぐ終わるとは思えない。


「さて」


暇だった。


非常に暇だった。


市場は見た。


買いたい物も分かった。


働く必要も分かった。


だが今は何もできない。


そして。


ふと。


ドラゴンの卵を思い出す。


「欲しいな」


本気だった。


かなり欲しい。


だが持って帰れない。


森まで運ぶ方法がない。


そこで。


「あ」


思い出した。


「先に描いておくか」


別に今運ぶわけではない。


準備だけだ。


準備。


固定。


一方その頃。


「――以上が、今回の森における観測結果です」

レイナの報告に対し、研究員たちが深刻な顔で議論を交わしている。


会議は長引いていた。


エリシア王女も手元の資料をめくりながら、未知の術式について深く思考を巡らせている。


そんな中、ふとレイナが窓の外へ目を向けた。

白銀の塔の最上階からは、王都の中央広場が一望できる。


見慣れた女神像。


行き交う人々。


その噴水脇の石畳に、見覚えのある少年がしゃがみ込んでいるのが見えた。


レイナは静かに視線を固定する。


少年は指先を地面に向け、何やら複雑な幾何学模様をなぞるように動かしていた。


その指先から、かすかに魔力の光が漏れているのが、ここからでも視認できた。


レイナは表情を変えないまま、エリシア王女へ向き直る。


「エリシア王女、どうやらエリックが帰って来た様です」


エリシアが書類から顔を上げた。


「あら、本当に帰ってきたのね。……それで、彼は今どこに?」


レイナは無言で窓の外を指差した。


エリシアが席を立ち、窓辺へと歩み寄る。研究員たちも何事かと後に続いた。


窓から広場を見下ろす。


エリックは真剣な顔で、指先を滑らせていた。


一本。二本。三本。


ここから見ても、それが異常な速度で組み上げられていく超高度な魔法陣であることは一目連だった。


エリシアの瞳が、驚愕に見開かれる。


「……何をやってる?」


研究員の一人が息を呑んだ。


「な、何だあの術式は……!? 結界の隙間を縫うように、空間構造を無理やり書き換えて――」


窓の向こうで、エリックの指先が複雑に交差する。


「なるほど、金属通さない魔法陣ですか」


王女は自身の指を動かし、エリックの術式をトレースするように空中でなぞる。


その高度な選別術式に、エリシアの天才肌としての知的好奇心が刺激されていた。


側近が怪訝そうに聞いた。


「なんの為にでしょう?」


「わかりません」


エリシアが即答する。


別の研究員が、冷や汗を流しながら窓にへばりついた。


「戦争の為なら鎧、剣は通したいはずですが……あえて金属を弾くなど、軍事的な意味がまったく通らない」


ここまで高度な術式なのに。


目的が分からない。


城の防衛ではない。


軍事利用でもない。


侵入用でもない。


脱出用でもない。


意味が分からない。


レイナだけが遠い目をした。


「荷物運搬用だと思います」


「……はい?」


研究員達が振り向く。


レイナは静かに答えた。


「たぶん買い物用です」


国家転覆の陰謀を疑う男たちを余所に、レイナはさらに付け加えた。


「多分、スローライフには、鎧や剣は必要無いので、魔法陣を軽くしたのではと」


「……は?」


研究員たちが呆気に取られる中、エリシア王女の肩が小さく揺れた。


「ふふっ」


漏れ出たのは、狂おしいほどの歓喜の笑みだった。

「面白い」


エリシアの目が妖しく輝く。


窓の向こうでは、エリックがさらに術式を重ねていた。


「で、あの線は、おそらく判別の魔法陣」


エリシアの指が、エリックの動きと完全にシンクロする。


「次は、固定の魔法陣ね」


そう言いながら、王女はニヤリと笑った。


カチリ。


遠目からでも、空間の位相が完璧に噛み合った「感覚」が会議室の面々にまで伝ってきた。


直後、魔力の光は完全に消え、見た目にはただの広場に戻る。


エリックは満足そうに立ち上がり、指先をはたいた。

静まり返る会議室。


研究員たちも、側近も、あまりの異常事態に声を失い、ただ窓の外の少年を凝視していた。王都の心臓部に、誰も気づけない永久持続型の未知の隠密転送陣が密かに設置されたのだ。


「……レイナ」


エリシアの声が、沈黙を破る。その声は、まだ微かに興奮で震えていた。


「はい」


「私、今、とんでもないものを見た気がするのだけれど」


「気のせいであってほしかったですね」


「あれ、高密度転送術式よね? しかも、空間を固定化して隠蔽する最新術式を、指先一つで、一瞬で……」


「ええ」


レイナは直立不動のまま、感情の一切を消し去った声で、トドメの一撃を告げた。


「ちなみに、彼の買い物リストの一番下には『ドラゴン』と書いてありました」


「……」


今度こそ、室内の全員が硬直した。


エリシアは冷や汗をその白い頬に伝わせながらも、窓の向こうでふんふんと鼻歌交じりに女神像を眺めている少年を、ただただゾクゾクするような目で見つめる。


最高に面白いけれど――流石に笑えない。


息が詰まるような数秒の沈黙の後、エリシアはゆっくりと窓から視線を戻し、書類を机にトン、と置いた。


「誰か彼をここに通しなさい」


王女の重い命令に、周囲がハッとする。


その背中に向けて、エリシアは静かに、だが絶対の重みを持って言葉を重ねた。


「くれぐれも粗相が無い様お願いします」


「は、はいっ!」


側近たちは緊張のあまり声を裏返らせながら、一礼して慌ただしく会議室を飛び出していった。

エリック

「買い物便利になるな」


王女達

「王都の中心に何を設置した!?」


エリック

「荷物運搬用だけど?」


王女達

「荷物運搬用……?」


そんなお話でした。


最近のエリックはスローライフの為なら割と何でも作ります。


なお本人は便利機能のつもりです。


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