第六話(後編):王国最高機密会議とドラゴンの卵
いつも読んでいただきありがとうございます。
王国最高峰の研究者達が真面目に会議をしている頃、当の本人はドラゴンの卵を見に行っていました。
だいたいそんなお話です。
第六話(後編)をお楽しみください。
レイナが門の向こうへ消えた。
エリックは一人残される。
「さて」
特にすることはない。
待っていろと言われた。
だから待つ。
待つのだが――
暇だった。
噴水広場を見回す。
人が多い。
商人。
旅人。
衛兵。
職人。
貴族らしい服装の男女。
王都だけあって実に種類が豊富だった。
「なるほど」
思わず観察する。
漫画家時代の癖だった。
人を見る。
服を見る。
仕草を見る。
職業を想像する。
背景資料を集める。
「あの鎧は描きやすそうだな」
装飾が少ない。
量産型兵士向けだ。
「あっちは商人か」
腹が出ている。
妙な説得力があった。
「ほう」
面白い。
異世界は見ているだけでも飽きない。
そんな時だった。
「だから今日はこっち担当ね」
「分かった」
子供の声が聞こえた。
何となく視線を向ける。
五、六人ほどの集団だった。
年齢は十歳前後。
皆それなりに元気そうだ。
ただ。
「親がいないな」
周囲を見ても保護者らしい姿がない。
子供達だけで行動している。
珍しい。
いや、この世界では珍しくないのかもしれない。
少し気になった。
すると向こうもこちらに気付いた。
一人の少年が近付いてくる。
「旅人さん?」
「まぁそんなところだ」
少年は安心したように頷いた。
「よかった」
「何がだ」
「怪しい人じゃなかった」
「怪しかったのか」
「ちょっとだけ」
失礼だった。
だが否定しにくい。
荷物だけ背負って広場で人間観察している少年など、どう見ても普通ではない。
「お前達は何してるんだ?」
「お使い」
「お使い?」
「孤児院のお使い」
なるほど。
そこで繋がった。
「孤児院か」
少年が頷く。
「うん」
やはりそうだった。
エリックは子供達を見る。
服は古い。
だが手入れはされている。
栄養状態も悪くない。
想像していたより環境は良さそうだった。
「孤児は多いのか?」
「結構いるよ」
少年が答える。
「病気とか」
別の子が言う。
「事故とか」
また別の子。
そして。
「魔王現象とか」
エリックが首を傾げた。
「魔王現象?」
「うん」
「魔物が増えたりするから」
「村がなくなったり」
「親が帰ってこなかったり」
なるほど。
異世界らしい理由だった。
エリックは少し考える。
貧富の差。
病気。
事故。
そして魔王現象。
この世界にも普通に社会問題はあるらしい。
「大変だな」
思わず呟く。
だが子供達は不思議そうな顔をした。
「そうかな?」
「院長先生いるし」
「ご飯も出るし」
「友達もいるし」
思ったより逞しかった。
エリックは少し感心する。
「そうか」
それなら良かった。
ふと気になった。
「そういえば」
「?」
「お前達ってスキル持ってるのか?」
子供達がきょとんとする。
「持ってるよ?」
「あるよ」
「普通だよ?」
今度はエリックが固まった。
「全員か?」
「全員」
即答だった。
「加護も?」
「あるよ」
「普通だよ?」
また同じ返事だった。
当たり前過ぎて意味が分からないらしい。
エリックは噴水の中央を見た。
女神像。
見覚えのある顔。
ものすごく見覚えのある顔だった。
「なるほど」
全部繋がった。
「あの時か」
「?」
子供達が首を傾げる。
エリックは像を指差した。
「女神」
「はい」
「俺がここ来る前」
「はい」
「スキルいるかって聞いてきた」
沈黙。
子供達が固まる。
「え?」
「断った」
さらに沈黙。
「え?」
「スローライフしたかったから」
意味が分からなかった。
子供達は顔を見合わせる。
誰一人理解できない。
エリックだけが納得していた。
「そういうことか」
この世界では全員が持っている。
だからあの女神は当然のように聞いてきたのだ。
だが。
「断ったの俺だったな」
今さら思い出した。
子供達はますます意味が分からなかった。
しばらく沈黙が続く。
最初に立ち直ったのは少年だった。
「旅人さんって変わってるね」
「よく言われる」
言われた記憶はないが、たぶん言われる。
「ところで王都は初めてか?」
「うん」
「じゃあ市場行った?」
「まだだな」
途端に子供達の目が輝いた。
「市場面白いよ!」
「すごい広いし!」
「変な物いっぱい売ってる!」
「変な物?」
エリックが反応した。
「うん!」
「南通りに喋る魚売ってた!」
「この前は光るキノコ!」
「あとドラゴンの卵!」
エリックが止まる。
「何?」
子供達が首を傾げる。
「ドラゴンの卵」
「そこ気になるの?」
「気になるだろ」
当然だった。
「本物か?」
「分かんない」
「でも大きかった!」
「すごかった!」
ますます気になる。
「どこだ」
「東市場!」
「門から真っ直ぐ!」
「すぐ分かるよ!」
なるほど。
エリックは頷いた。
王都の市場。
未知の食材。
未知の道具。
未知の文化。
資料としても価値が高い。
何より暇だった。
「見てみるか」
「うん!」
子供達は嬉しそうだった。
エリックは噴水から立ち上がる。
レイナは待てと言った。
だが市場は王都の中だ。
王都から出るわけではない。
問題ない。
たぶん。
エリックは市場へ向かった。
子供達はそんな背中を見送る。
「大丈夫かな」
「何が?」
「なんとなく」
子供達にも少しだけ嫌な予感がしていた。
一方その頃。
レイナは白銀の塔を進んでいた。
磨き上げられた白い床。
静かな廊下。
窓の外には王都ルミナリアの街並みが広がっている。
見慣れた光景だった。
本来なら安心するはずだった。
だが今日は違う。
理由は分かっている。
後ろに、あの少年がいないからだ。
静か過ぎた。
それが逆に落ち着かない。
嫌な予感しかしない。
レイナは小さく息を吐いた。
考えても仕方ない。
今は報告が先だ。
やがて最上階。
巨大な扉の前へ辿り着く。
衛兵が一礼した。
「レイナ様」
「殿下は」
「既にお待ちです」
やはりか。
レイナは頷く。
扉が開いた。
大量の本。
大量の資料。
壁一面の地図。
そして中央。
書類の山に埋もれるように、一人の少女が座っていた。
王国第三王女。
エリシア・ルミナス。
年若い外見。
だが王国最高峰の研究者。
そして王都最大の変人だった。
「お帰りなさい」
穏やかな声。
だが次の言葉は早かった。
「それで?」
レイナは内心でため息を吐く。
予想通りだった。
「まずは帰還報告から――」
「接触できたのね?」
遮られた。
「……はい」
エリシアの瞳が僅かに輝く。
まずい。
完全に興味を持たれている。
「どうだった?」
どうだった。
非常に困る質問だった。
何から説明すればいいのか分からない。
異常植物。
知性化ゴブリン。
ダンジョン疑惑。
未知の術式。
色々ある。
だが。
レイナは結論から言った。
「変人でした」
沈黙。
研究員達が顔を見合わせる。
エリシアだけが瞬きをした。
「変人?」
「はい」
「どのくらい?」
レイナは真顔で答えた。
「自作した拘束術式の解除方法を設定していませんでした」
沈黙。
研究員達も固まる。
エリシアだけが少し考えた。
「なるほど」
理解したらしい。
理解してほしくなかった。
「それで?」
「何故そうなったの?」
「獲物回収用だからだそうです」
「解除は?」
「考えていなかったそうです」
「面白いわね」
予想通りだった。
レイナは頭痛を覚えた。
やはり相性が悪い。
非常に悪い。
「術式の方はどう?」
質問が切り替わる。
ようやく本題だった。
レイナは報告を始めた。
防壁術式。
転送術式。
追跡術式。
観測結果。
実際に見た内容。
研究員達の表情が徐々に真剣になる。
そして。
「転送術式ですが」
「ええ」
「用途は風呂でした」
部屋が静まり返る。
誰も動かない。
誰も喋らない。
数秒。
完全な沈黙。
「……風呂?」
エリシアが聞き返した。
「はい」
「入浴用の?」
「はい」
研究員の一人が遠い目をした。
レイナも同じ気持ちだった。
「高密度転送術式を?」
「はい」
「森の奥で?」
「はい」
「風呂のために?」
「はい」
また沈黙。
エリシアはしばらく考えた。
そして。
「面白いわね」
やはりそうなる。
レイナは諦めた。
報告を続ける。
知性化ゴブリン。
異常植物。
ダンジョン疑惑。
部屋の空気が徐々に重くなる。
だがエリシアだけは静かだった。
最後まで聞き終える。
そして。
「その少年はどこ?」
レイナは即答した。
「中央区画門前広場で待機させています」
エリシアは頷く。
「そう」
立ち上がる。
窓際へ歩く。
レイナも何となく視線を追った。
広場が見える。
噴水。
女神像。
人々の往来。
そして。
「……」
レイナが固まる。
エリシアも固まる。
広場にいるはずの少年が。
いない。
沈黙。
しばらく沈黙。
さらに沈黙。
やがて。
「いないのですか?」
エリシアが言った。
「いませんね」
予想はしていた。
していたが。
予想より早かった。
レイナは静かに目を閉じた。
王都へ来てからまだ数時間。
なのにもう行方不明だった。
レイナはもう一度認める。
広場。
噴水。
女神像。
行き交う人々。
だが、いるはずの少年の姿だけが見当たらなかった。
数秒の沈黙。
研究員の一人がおそるおそる口を開く。
「捜索を出しますか?」
エリシアは少し考えた。
本当に少しだけだった。
「後でいいわ」
室内が静まる。
レイナも眉をひそめた。
「よろしいのですか?」
「どうせ王都からは出ていないでしょう」
「それはそうですが」
「所持金は?」
エリシアが聞く。
レイナは即答した。
「ほぼありません」
「宿代は?」
「ありません」
「知人は?」
「いません」
「なるほど」
エリシアは頷いた。
そして結論を出す。
「なら帰ってくるわね」
レイナも少し考えた。
そして。
「帰ってきますね」
異論はなかった。
研究員達だけが付いていけていなかった。
「え?」
「よろしいのですか?」
「王都で迷子になっている可能性も――」
「その時はその時よ」
エリシアは興味なさそうに答える。
そして机へ戻った。
書類をめくる。
視線は既に別の場所へ向いていた。
「それより」
始まった。
レイナは悟る。
これは長くなる。
「転送術式について詳しく」
やはりだった。
「今ですか」
「今よ」
即答だった。
一方その頃。
王国最高峰の研究者達が真剣に未知の術式について議論を続けている頃。
当の本人は。
「東市場はこっちだよ!」
「ドラゴンの卵見たい!」
「俺も!」
子供達に囲まれながら、王都の市場へ向かっていた
子供達に引っ張られながら市場へ向かう。
そして数分後。
王都東市場。
「おお……」
エリックは思わず立ち止まった。
視界いっぱいに広がる異世界の市場。
見たこともない果物。
見たこともない魔物素材。
見たこともない道具。
そして。
市場のど真ん中。
明らかに異様な存在感を放つ巨大な楕円形。
「……あれか?」
「うん!」
子供達が頷く。
「ドラゴンの卵!」
エリックは真顔になった。
どう見ても怪しかった。
第六話(後編)を読んでいただきありがとうございました。
エリックは本人なりに真面目にスローライフをしているつもりなのですが、なぜか周囲の評価だけがどんどん大変なことになっています。
一方で本人は市場観光とドラゴンの卵に夢中です。
王国側との温度差を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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また次回もよろしくお願いいたします。




