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第六話(前編):王都ルミナリア

第六話です。


ようやく王都ルミナリアへ到着しました。


長かったような、まだ六話しか経っていないような不思議な気分です。


なお、レイナは既に胃が痛そうですが、作者もだいたい同じ気持ちで見守っています。


今回から王都編前編です。

朝。


エリックは気合十分だった。


籠を確認する。


干し肉。

保存食。

水筒。

問題ない。


「そうだ」


不意に立ち止まった。


「どうした」


レイナが振り返る。


エリックは庭へ向かう。


「ちょっと待て」

そう言うなり地面へしゃがみ込んだ。

小枝を拾う。


さらさら。

さらさら。


見覚えのある術式が地面へ描かれていく。まるで使い慣れたGペンで原稿に背景でも描き込むような、迷いのない手つきだった。


レイナの頭が痛くなった。


「何を書いている」


「転送陣」


「何故だ」


「買い物するだろ」


嫌な予感しかしない。


「王都で」


「そう」


「買い物する」


「そう」


「だから転送陣」


「そう」


会話にならなかった。


数分後。


巨大な魔法陣が完成する。だが昨日の物とは少し違う。


円が多い。術式も複雑だ。中央には妙な認証記号が追加されている。


「待て」


レイナが指差す。


「昨日の物と違うな」


「ああ」


エリックは頷いた。


「用途が違う」


「用途」


「昨日は風呂」


「そうだな」


「今日は買い物」


意味が分からない。


「待て」

レイナは額を押さえた。


「買い物と転送陣の関係を説明しろ」


「後で分かる」


「今説明しろ」


「後のお楽しみだ」


嫌な予感しかしない。


「お楽しみ?」


「そうそう」


エリックは満足そうに立ち上がる。


「よし」


「よし、ではない」


「行くぞ」


「待て」


「待たない」


「待て」


「王都が逃げるぞ」


「逃げん」

即答だった。


エリックは気にも留めず荷物を背負う。


レイナは転送陣を見た。


昨日の風呂用転送陣より明らかに複雑だ。術式も多い。認証機構らしき記号も増えている。

どう考えても、大量の物資を一方通行で送りつける気の術式だった。


本当に嫌な予感しかしない。


「……一応聞く」


「ん?」


「何を送る気だ」


エリックは不思議そうな顔をした。当然のことを聞かれたような顔だった。


「買った物」


「それは分かる」


「全部」


レイナが固まる。


「全部?」


「全部」


「全部とは」


「全部だ」


会話にならなかった。


「だから何を買う気だ」


「まだ決めてない」


「決めていないのか」


「現物見て決める」


プロット(計画)は完璧だが、ネーム(詳細)は現場のノリで決めるタイプだった。


レイナは空を見上げた。駄目だ。聞くほど不安になる。


「なぁ」

今度はエリックが聞いた。


「何だ」


「王都までどれくらいかかる?」


「馬車なら半日ほどだ」


「歩きなら?」


「一日半から二日」


エリックが止まる。

「遠いな」


「普通だ」


「遠いだろ」


「王都とはそういうものだ」


エリックは少し考えた。

「往復にそれだけ日数がかかるなら、この一回のエピソードで全ての買い物をコンプリートするのが一番きれいな構成だな」


そして真顔で言った。


「じゃあ買い物は一回で済ませたいな」


レイナの嫌な予感がさらに強くなった。


転送陣。大量購入。説明を拒否するエリック。どう考えてもろくなことにならない。


「……本当に何をする気だ」


「秘密」


「秘密にするな」


「後で驚け」


レイナは静かに頭を抱えた。王都へ向かう前から、既に胃が痛かった。


歩きながら。


「なぁ」


「なんだ」


「第三王女ってどんな人なんだ?」


レイナが少し考える。


「変人だ」


「へぇ」


「良い意味でも悪い意味でも」


「なるほど」


「魔王現象などという学問を作ったエリシア殿下という方だ」


「偉い人なんだな」


「そうだ」


「スローライフの邪魔しないだろな」


「むしろする可能性が高い」


「なんで」


「スローライフしたいなら交渉必要だな」


「なんの?」


「トマト植えていいかに決まってるだろ」


「そんなにトマト食いたいのか」


「ち、違う」


「違う?」


「まぁ、違うこともないが」


「どっちだ」


「とにかく話してみることだな」


「何の話だ」


「トマト」


「違う」

即答だった。


二日後。


丘を越えた瞬間、エリックが足を止めた。


「おお……」


巨大な城壁が見えてきた。石造りの外壁は視界の端まで続いている。見上げるほど高い。その向こうには、さらに高く空へ伸びる白銀の塔が見えていた。


「おお……」


エリックが素直に感心する。脳内の「中世ファンタジー背景資料」が、一瞬でアップデートされるほどの絶景だった。


「デカいな」


「王都だからな」


レイナは当然のように答えた。


やがて門へ辿り着く。


商人の馬車。旅人。冒険者。多くの人々が列を作っていた。身分確認、荷物検査、入都手続き。順番に進んでいる。


「結構並んでるな」


「普通だ」


「時間かかりそうだ」


「そうでもない」


レイナはそのまま門へ向かう。門番が顔を上げた。

そして。


「レイナ様」


即座に敬礼した。


「お帰りなさいませ」


「ご苦労」


門番の視線がエリックへ移る。少しだけ困った顔になる。


「そちらの方は……」


「連れだ」


レイナが即答した。門番は一瞬だけ固まる。


「……連れですか」


「問題あるか?」


「いえ」


あった。絶対にあった。だが門番は何も言わない。


「ようこそ王都ルミナリアへ」


門が開いた。それで終わった。


「終わり?」


エリックが首を傾げる。


「終わりだ」


「調べないのか」


「私が保証した」


便利だな、とエリックは素直に思った。


王都へ足を踏み入れる。


石畳の大通り。立ち並ぶ建物。行き交う人々。活気がある。そして何より、中央に見える白銀の塔。あまりにも大きかった。


「なんだあれ」


エリックが指差す。


「あれが白銀の塔だ」


レイナが答える。


「王城か?」


「王城でもある」


「でも?」


「研究施設でもある」


「へぇ」


「ギルド本部でもある」


「便利だな」


「国家中枢でもある」


「詰め込みすぎじゃないか?」


少しだけレイナは考えた。否定できなかった。

歩きながら説明が続く。


「ルミナリアは区画ごとに役割が分かれている」

「ふむ」


エリックの首が、右側の武器露店へと動いた。すれ違う一風変わった旅人の服装を、頭の中でコマ割りに当てはめるようにキョロキョロと見つめている。


「外側が商業区」


「ほう」


今度は左側にある、香ばしい匂いを漂わせるパン屋をじっと見つめた。


「居住区」


「ほう」


「研究区画」


「ほう」


「中央が白銀の塔」


「なるほど」


返事だけは、驚くほどテンポが良い。だが、その視線は一秒たりともレイナの方を向いていなかった。


レイナは知っていた。


「ちなみに私は塔の二十八階に住んでいる」


「高いな」


「そこだけ聞いていたのか」


「そこだけ」


やっぱりだった。


しばらく歩く。


やがて大きな広場へ出た。中央には巨大な噴水。その中心には女神像が立っている。白い石で彫られた神々しい姿。


「偉大なる創世女神ルミエラ様だ」


レイナが説明する。エリックは何となく見上げた。

そして。


止まった。


「……」


「どうした」


「いや」


見覚えがあった。ものすごくあった。


「似てるな」


「何にだ」


「女神」


「当たり前だろう」


「いや」


エリックは眉をひそめる。

その絶妙に調子の良い顔の角度。あの時「スローライフ希望ですか? オッケーでーす!」と軽いノリで自分をここに送った、あの張本人の「営業スマイル」そのものだった。


「あ」


思い出した。


「張本人だ」


「は?」


「俺をここに送った奴」


レイナが固まる。


「待て」


「スローライフ希望って言ったんだぞ」


「待て」


「なのに魔境」


「待て」


「ゴブリン」


「待て」


「ダンジョン疑惑」


「待て!」


レイナが本気で止めた。周囲には普通に祈っている人々がいる。


エリックは像を見上げる。


「へぇ……」


感心したように呟いた。


「みんなに拝んでもらってるんだな」


「創世女神だからな」


「なるほど」


少し納得する。

この世界の「黒幕」がこれほど堂々と祀られているという、とんでもない伏線プロットに、変な感銘を受けていた。


そして。


「謝罪されたら許す」


「やめろ」

即答だった。


レイナは頭を抱えた。

王都へ着いてまだ一時間も経っていない。もう帰りたくなっていた。


レイナが女神像前でエリックを引きずるように歩く。


やがて見えてくる、白銀の塔を囲む内壁。外壁ほど巨大ではない。だが明らかに警備が厳重だった。


「また門か」


「当然だ」


衛兵の装備も違う。鎧には白銀の紋章。普通の門番ではない。


「ここから先は中央区画だ」


「誰でも入れるわけじゃないのか」


「入れん」


門へ近付く。衛兵が敬礼した。


「レイナ様」


「開けてくれ」


「承知しました」


そこで衛兵の視線がエリックへ移る。


「そちらの方は」


「私の同行者だ」


衛兵が少し困る。


「申し訳ありません」


「規則です」


レイナが小さく舌打ちした。


「やはり駄目か」


「中央区画は登録者のみです」


「ギルド所属」


「王族関係者」


「研究院」


「軍関係者」


「いずれかの資格が必要になります」


エリックは門を見上げる。


「顔パスじゃないんだな」


「ここは無理だ」


レイナは少し考える。


本来なら紹介手続きを踏む。


仮登録。


身元保証。


色々ある。


だが時間がかかる。


北側の異常植物。


知性化ゴブリン。


ダンジョン疑惑。


どれも放置したくない。


「ここで待ってろ」


「ん?」


「第三王女殿下へ報告してくる」


「入れるのか」


「私はな」


当然だった。


エリックは周囲を見回す。


露店。


広場。


市場。


楽しそうだった。


非常に楽しそうだった。


スローライフを劇的に豊かにしそうな「未知の素材」が山ほど転がっている。


レイナは嫌な予感しかしない。


「勝手にどこか行くなよ」


「分かってる」


信用できなかった。


「絶対だぞ」


「分かってるって」


さらに信用できなかった。


そしてレイナは門の向こうへ消える。


エリック一人。


王都。


市場。


所持金ゼロ。


巨大な白銀の塔。


そして目の前には、

「冒険者ギルド本部はこちら」

と書かれた看板。

第六話前編を読んでいただきありがとうございました。


王都ルミナリアへ到着です。


普通の異世界作品なら、王都に着いたらギルド登録や身分証作成などが始まるのかもしれません。


しかしエリックの場合、読者の皆様も薄々お気付きかと思いますが、たぶん普通には進みません。


レイナが「勝手にどこか行くな」と念を押した理由も、そのうち分かると思います。


次回、王都散策(予定)。


予定は未定です。

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