第六十三話(前編) : 魔王の種と偽りの記憶
今回は、マグノから魔王の種について話を聞くことになります。
これまで信じていたことが、必ずしも真実とは限らない。
エリックたちは、何を信じればいいのでしょうか。
それでは、第六十三話(前編)をどうぞ。
「お前さんたちが相手にしたものは、魔王の種の一部にすぎん」
マグノが。
そう告げた。
「……では」
エリシアが。
静かに口を開く。
「あの人が言っていたことは、何だったのでしょう?」
「村にいた、生き残りの人間か?」
マグノが。
エリシアを見る。
「はい」
「……ふむ」
老人は。
白い髭を撫でた。
「まあ、多分、全部嘘っぱちじゃろうな」
「嘘だと……?」
エリシアが。
目を見開く。
「そんな……」
「コレだから、無知とは恐ろしいものじゃ」
マグノが。
深いため息をつく。
「自分が何を相手にしておるのかも分からず、見たものだけで判断する」
「それでは、真実を見誤るのも無理はない」
「…………」
エリックは。
黙って老人を見ていた。
「……よく聞くといい」
マグノは。
そう言うと。
棚に並ぶ古書へ手を伸ばした。
何冊も積まれた本の奥から。
一冊の黒ずんだ書物を引き抜く。
表紙は擦り切れ。
背表紙には、かろうじて文字の跡が残っていた。
マグノは。
その本を。
そっと机の上に置いた。
そして。
深いため息をつく。
「お前さんたちは」
眼鏡の位置を正し。
エリックたちを見回した。
「魔王というものが、どうやって生まれるかを知っておるか?」
「……魔王が生まれる仕組み?」
エリシアが。
聞き返す。
「そうじゃ」
マグノが。
黒ずんだ書物を開く。
「魔王とは、ある日突然、どこからか現れるものではない」
「順を追って形作られる、ひとつの仕組みが存在するんじゃ」
エリックは。
机の上の本を見る。
「……仕組み、か」
「まず、始まりは『魔王の種』じゃ」
マグノが。
指を一本立てる。
「これは魔族の中に秘かに存在する、特別な種子のようなものじゃ」
「種子……?」
ルチアが。
小さく呟く。
「正確には、種子そのものというより、概念……あるいは器に近いものじゃな」
マグノが。
古書の一節を指でなぞる。
「魔王の種は、長い年月や、さまざまな要因を経て成長する」
「そして、やがて……」
一拍。
「『実』へと変化する」
「実になったら、どうなるんですか?」
ミーナが。
思わず尋ねる。
「そこからが厄介なのじゃ」
マグノが。
顔を上げる。
「実となったそれは、あろうことか、ダンジョンそのものへと変貌を遂げる」
「……ダンジョン?」
エリシアが。
眉を寄せる。
「ただのダンジョンではないぞ」
マグノは。
ゆっくりと首を振った。
「意思を持ち、呼吸をするような……ひとつの『生きたダンジョン』として誕生するんじゃ」
「ダンジョンそのものが……生きている?」
リシェルが。
驚いたように呟く。
「それは……」
エリシアが。
顔を上げた。
「白銀の塔や、魔境の森にあるダンジョンと同じなのですか?」
「……ふむ」
マグノが。
眼鏡の位置を直す。
「見た目だけなら、似ておるかもしれん」
「じゃが」
一拍。
「同じものだと考えるのは、早計じゃな」
「違うのですか?」
エリシアが。
問い返す。
「普通のダンジョンが、なぜそこに存在しておるのか」
マグノが。
古書を指で叩く。
「お前さんたちは、それを考えたことがあるか?」
「……!」
エリシアが。
言葉を失う。
「魔王の種から生まれるダンジョンは、単なる魔物の巣ではない」
マグノが。
静かに告げる。
「それ自体が、一つの生命なのじゃ」
「そして……」
老人が。
ゆっくりと。
ページをめくる。
「すべてのダンジョンが、同じ仕組みで生まれたとは限らん」
「…………」
エリックが。
静かに口を開いた。
「……その最下層で、魔王が生まれるのか?」
「その通りじゃ」
マグノが。
エリックを見る。
「生きたダンジョンが誕生すれば、あとは時間の問題じゃ」
「その最下層――最深部において、ついに魔王が産み落とされることになる」
「…………」
誰も。
すぐには口を開かなかった。
エリシアは。
話を整理するように。
ゆっくりと呟く。
「魔王の種が成長し、実になる」
「その実が、生きたダンジョンへと変わる」
「そして、最下層で魔王が生まれる……」
「そうじゃ」
マグノが。
短く答えた。
「それが、魔王誕生の仕組みじゃ」
老人は。
言葉を切る。
そして。
幾重にも重なる木の根の天井を見上げた。
「……じゃがな」
その声が。
わずかに低くなる。
「本当に恐ろしいのは、魔王が生まれることだけではない」
「……?」
エリックが。
顔を上げる。
マグノは。
再び黒ずんだ書物へ目を落とした。
「お前さんたちが森で見たものが、なぜ人間の姿をしておったのか」
「そこを考えてみることじゃな」
「…………」
エリシアの表情が。
強張った。
村の生き残り。
魔王の種。
そして。
封印したはずの森。
「……あの人が、本体だった」
エリックが。
静かに呟く。
「そういうことか?」
マグノは。
すぐには答えなかった。
ただ。
古書のページを。
一枚。
ゆっくりとめくった。
「……魔王になるためには」
マグノが。
古書を見つめたまま。
口を開く。
「多くの血を吸う必要がある」
「血……?」
エリシアが。
眉を寄せる。
「そうじゃ」
マグノが。
静かに頷く。
「魔王の種は、ただ年月を重ねればよいというものではない」
「多くの命を奪い、その血を取り込むことで成長していく」
「……!」
ミーナが。
息を呑む。
「じゃあ……」
ルチアが。
不安そうに尋ねる。
「魔王の種が人を襲うのは、そのためですか?」
「それだけではないがな」
マグノが。
ページの一節を指でなぞる。
「血を吸い、命を取り込む。それによって種は成長し、やがて実となる」
「そして、その実が……」
エリシアが。
言葉を継ぐ。
「生きたダンジョンへと変わる」
「そうじゃ」
マグノが。
頷いた。
「つまり、魔王の種を放置すれば」
エリックが。
静かに口を開く。
「被害が増えるほど、魔王に近づくってことか」
「その通りじゃ」
マグノが。
エリックを見る。
「じゃからこそ、魔王の種は見つけ次第、対処せねばならん」
「……」
エリックは。
黙って考えていた。
森で見たもの。
村を襲った魔物。
そして。
生き残った人間。
「……でも」
エリックが。
顔を上げる。
「俺たちが見たものは、魔王の種の一部なんだろ?」
「そうじゃ」
「なら」
エリックが。
マグノを見つめる。
「そいつが吸った血も、成長に関係しているのか?」
「……よいところに気づいたの」
マグノが。
白い髭を撫でた。
「その答えを知るには、もう少し話をせねばならん」
「……少し、お待ちください」
エリシアが。
額に手を当てる。
「頭の中の整理が追いつかないのです……」
そのまま。
頭を抱えた。
「魔王の種が成長して、実になり、生きたダンジョンになる」
「そして、その最深部で魔王が生まれる……」
「…………」
エリシアは。
一度、深く息を吐いた。
「それに……」
顔を上げる。
「先ほど、マグノさんは、魔王の種が言っていたことは嘘っぱちだとおっしゃいましたよね?」
「そうじゃ」
「ですが……」
エリシアが。
眉を寄せる。
「黒森の村で生き残った老人は、こう言っていました」
「魔王現象は、人間が魔王を封印するために流した毒薬が原因なのだと」
「そのせいで、多くの人々が犠牲になった……と」
「…………」
エリシアは。
しばらく考え込んだ。
「それに、もう一つ……」
「何か、大事なことを言っていた気がするのですが……」
言葉が。
途切れる。
「思い出せません……」
マグノは。
そんなエリシアを見つめていた。
やがて。
静かに口を開く。
「魔王の種はな」
「人間の心を操ることなど、造作もない」
「……!」
エリシアが。
顔を上げる。
「心を……操る?」
「幻を見せ、記憶を歪め、本人が真実だと思い込むように仕向ける」
マグノが。
古書を閉じた。
「黒森の村で起きたことを、決して忘れるでない」
「お前さんたちが見たものも」
「聞いた言葉も」
「そして……」
老人の声が。
わずかに低くなる。
「お前さん自身が語ったことすら、操られた結果である可能性があるのじゃ」
「…………」
エリックは。
黙ったまま。
マグノを見つめていた。
黒森の村での出来事。
生き残った老人。
そして。
自分たちが封印したはずの魔王の種。
「……全部が、嘘だった可能性もあるのか?」
エリックが。
静かに尋ねた。
「そうじゃ」
マグノが。
短く答える。
「じゃからこそ、あの村での出来事を忘れてはならん」
「何が真実で、何が幻だったのか」
「それを見極める必要がある」
「…………」
エリシアは。
もう一度。
頭を抱えた。
「……本当に、整理が追いつきません」
誰も。
すぐには答えなかった。
マグノは。
再び古書へ手を伸ばす。
「それと――」
お読みいただき、ありがとうございます。
魔王の種について、少しずつ明らかになってきました。
ですが、分かったことが増えるほど、新たな疑問も浮かび上がってきます。
黒森の村で起きた出来事は、本当にあの老人が語ったとおりだったのでしょうか。
引き続き、後編もよろしくお願いします。




