第六十二話(後編):まだ終わっていない
前書き
今回は、マグノじいさんのもとを訪れます。
そこでエリックたちが知ることになるのは――。
「ずいぶん昔から、あの巨木の根元で暮らしているエルフです」
「昔から?」
エリシアが。
反応する。
「ええ。私も詳しいことは知りませんが、古い時代のことに詳しい方だと聞いています」
「魔王についても?」
「そこまでは分かりません」
フィリアが。
首を横に振る。
「ただ、あの方なら、古い封印について何か知っていても不思議ではありません」
「……そうか」
エリックが。
小さく頷く。
「行ってみるか」
「エリックさん、少し待ってください」
エリシアが。
慌てて口を挟む。
「まだ、何も分かっていないんですよ?」
「だから、聞きに行くんだろ」
「……それは、そうですが」
エリシアが。
少し困ったように笑う。
「本当に、行動が早いですね」
「気になるし」
エリックは。
それだけ答えた。
リシェルが。
フィリアを見る。
「マグノさんは、今も巨木の根元に住んでいるんですか?」
「はい。少なくとも、私が最後に見かけた時は」
「そうですか……」
リシェルが。
少し考える。
「なら、一度ご挨拶に行ってみるのもよさそうですね」
「うん」
エリックが。
頷いた。
「ただし」
リシェルが。
エリックを見る。
「いきなり魔王の話を聞き出そうとしないでくださいね」
「……分かってる」
「本当ですか?」
「……たぶん」
「エリックさん」
エリシアが。
思わず笑った。
「そこは、ちゃんと約束してください」
「……分かった」
エリックが。
小さく息を吐く。
「まずは挨拶だな」
「はい。それで十分です」
フィリアが。
微笑んだ。
「マグノじいさんは、少し変わった方ですが……悪い人ではありませんよ」
「変わった人か……」
エリックが。
呟く。
「この森には、そういう人が多いな」
「エリックさんも、その一人ではありませんか?」
エリシアが。
すかさず言った。
「……俺は普通だろ」
「どこがですか」
ミーナとルチアが。
ほぼ同時に呟いた。
「…………」
エリックは。
二人を見る。
「お前たちまで……」
薬師館に。
小さな笑い声が広がった。
――その日の午後。
エリックたちは。
階層の巨木へ向かっていた。
「……あの木か」
エリックが。
頭上を見上げる。
幾重にも広がる枝。
太い幹。
そして。
地面を這うように伸びた。
巨大な根。
「はい」
フィリアが。
頷く。
「マグノじいさんは、この根元に住んでいます」
「家があるんですか?」
ミーナが。
不思議そうに尋ねる。
「ええ。正確には、根の内側を利用した住まいですね」
「根の内側……」
ルチアが。
巨木を見上げる。
やがて。
一行は。
太い根の間に開いた。
空洞へとたどり着いた。
その奥に。
木製の扉が見える。
「ここです」
フィリアが。
扉の前で足を止めた。
「では、呼んでみますね」
コンコン。
リシェルが。
扉をノックする。
「マグノさん。いらっしゃいますか?」
…………。
返事はない。
リシェルは。
もう一度。
扉を叩いた。
コンコン。
「マグノさん?」
やはり。
返答はなかった。
「……留守でしょうか?」
ルチアが。
首を傾げる。
「どうだろうな」
エリックが。
扉に手をかけた。
そして。
そっと押す。
――ギィ。
扉は。
あっさりと開いた。
「……開いてる」
「えっ?」
ミーナが。
目を丸くする。
「鍵をかけていないんでしょうか?」
「マグノじいさんは、昔からあまり気にしない方ですから……」
フィリアが。
少し困ったように笑った。
「ですが、勝手に入るのも……」
「マグノさん!」
リシェルが。
もう一度。
中へ声をかける。
「お邪魔します。リシェルです」
しばらく待つ。
やはり。
返事はない。
「……どうしましょう?」
エリシアが。
扉の奥を覗く。
エリックは。
少し考えてから。
「声をかけながら入ればいいんじゃないか?」
「……そうですね」
リシェルが。
頷いた。
「マグノさん、失礼しますね」
一行は。
ゆっくりと。
扉の向こうへ足を踏み入れた。
巨木の根元に開いた空洞を抜けると。
そこは。
驚くほど奥深く。
広大な空間だった。
幾重にも重なる太い根が。
天井や壁を覆っている。
その凹凸や窪みは。
そのまま本棚として利用されていた。
擦り切れた古書。
羊皮紙の巻物。
見たこともない文字で書かれた記録。
それらが。
隙間なく詰め込まれている。
「……すごい」
エリシアが。
思わず呟いた。
「これほどの書物が……」
「全部、マグノじいさんのものなんでしょうか?」
ルチアが。
棚を見回す。
「分かりません」
リシェルが。
静かに答える。
「でも、これだけ古い書物が残されている場所は、そう多くありません」
エリックは。
棚の一角に目を留めた。
背表紙のない本。
紙が黄ばんだ巻物。
そして。
何重にも紐を巻かれた古い書物。
「……」
手を伸ばしかける。
「エリックさん」
リシェルが。
すかさず声をかけた。
「まだ触らないでくださいね」
「……分かってる」
エリックは。
手を引っ込めた。
その時。
奥から。
かすかな音がした。
ギシ……。
ギシ……。
一行が。
そちらへ目を向ける。
頭上の太い根から。
蔓で編まれたハンモックが。
ぶら下がっていた。
その上で。
白い髭の老人が揺れている。
胸には。
古本を抱えたまま。
老人は。
寝ぼけ眼で眼鏡を直した。
「……んあ?」
ゆっくりと。
こちらを見る。
「なんじゃ、客か……」
「マグノさん」
リシェルが。
ほっとしたように声をかける。
「お久しぶりです」
「……おお?」
老人が。
目を細めた。
「リシェルか……?」
「はい」
「なんじゃなんじゃ……」
マグノは。
ハンモックの上で。
もぞもぞと身を起こした。
「ずいぶん久しぶりじゃの……いや、待て」
そこで。
ふと。
首を傾げる。
「お前さん、最後に来たのは……いつじゃったかのう?」
「……かなり前ですね」
リシェルが。
苦笑する。
「そうかそうか……」
マグノは。
満足そうに頷いた。
そして。
再び。
胸の古本へ目を落とす。
「それで?」
「何の用じゃ?」
エリックが。
一歩前へ出た。
「聞きたいことがある」
「ほう?」
マグノが。
眼鏡越しにエリックを見る。
「わしに聞きたいこと?」
「うん」
エリックは。
老人を見上げた。
「魔王の種について、知ってるか?」
「…………」
その瞬間。
マグノの手が。
ぴたりと止まった。
胸に抱えていた古本が。
かすかに傾く。
眠そうだった老人の目が。
初めて。
はっきりと開いた。
「……お前さん」
低い声が。
広い空間に響く。
「どこで、その名を聞いた?」
マグノが。
エリックを見つめる。
「ここに来る途中の」
エリックが。
静かに答える。
「黒森の中に、小さな村があった」
「……ほう」
「そこで、魔王の種って奴に……」
一瞬。
言葉が止まる。
「村の人たちが、殺されていた」
「…………」
マグノは。
何も言わなかった。
やがて。
白い髭を撫でながら。
静かに目を伏せる。
「さぞ、無念じゃったろう……」
長い沈黙。
ハンモックが。
ギシ……と小さく揺れた。
「……やれやれ」
マグノが。
深く息を吐く。
しばらく。
誰も口を開かなかった。
やがて。
老人が。
顔を上げる。
「それで」
「魔王の種は、今どうしておる?」
「とりあえず」
エリックが。
答える。
「森ごと封印した」
「…………」
マグノの表情が。
変わった。
「……封印?」
「うん」
「馬鹿を言え」
老人が。
低い声で言った。
「あやつは、封印できん」
「……え?」
エリシアが。
目を見開く。
「そんなはずは……」
「待て」
マグノが。
手を上げる。
「お前さんたち、まさか……」
老人は。
一人ずつ。
エリックたちの顔を見る。
「騙されたのではあるまいな?」
「騙された?」
エリックが。
眉を寄せる。
「何に?」
「……村人じゃ」
マグノが。
ゆっくりと口を開く。
「村に、生き残りはおらなんだか?」
「……一人、いました」
エリックが。
答えた。
その瞬間。
マグノの目が。
細くなる。
「……やはりか」
「どういうことですか?」
エリシアが。
身を乗り出す。
マグノは。
しばらく黙っていた。
そして。
静かに告げた。
「そやつが、本体じゃ」
「…………」
誰も。
すぐには言葉を返せなかった。
エリックが。
老人を見つめる。
「……村人が?」
「そうじゃ」
マグノが。
頷く。
「あやつは、魔王の種そのものではない」
「種を宿したもの……あるいは、種が姿を借りたものじゃ」
老人は。
古本を胸に抱き直した。
「森を封じたところで、意味はない」
「本体が生きておるならな」
エリシアの顔から。
血の気が引く。
「では……私たちが封印したのは……」
「抜け殻か」
マグノが。
言葉を継いだ。
「あるいは、あやつが捨てた殻じゃろう」
「…………」
エリックは。
黙って考えていた。
あの時。
村に残っていた生き残り。
そして。
封印したはずの魔王の種。
「……なるほど」
エリックが。
小さく呟く。
「じゃあ、まだ終わってないんだな」
マグノは。
その言葉に。
静かに頷いた。
「そういうことじゃ」
老人は。
再び眼鏡を直す。
「お前さんたちが相手にしたものは、魔王の種の一部にすぎん」
後書き
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
封印したはずの魔王の種。
しかし、本当に終わったのでしょうか……。
次回もよろしくお願いします。




