第五十八話(前編) : 魔王の種
エルフの郷へ向かう途中。
エリックたちが立ち寄ったのは。
静まり返った村でした。
そこで。
彼らが知ることになった。
恐ろしい事実とは……。
今回も楽しんでいただければ嬉しいです。
――そして。
十日後。
馬車は。
エルフの郷へ向かっていた。
エリシアが。
何気なく。
地図を見る。
「そういえば……」
地図の一か所を。
指差す。
「黒森という場所を通った方が」
「早そうですよ」
「黒森?」
ミーナが。
顔を上げる。
「……あそこ」
ルチアも。
地図を見る。
「凶暴な魔物が出るって」
「噂で聞いたことがあります」
エリックが。
二人を見る。
「魔物?」
「迂回したら」
「どれくらいかかりそう?」
エリシアが。
地図を見る。
「この距離だと」
「多分、五日ほどでしょうか」
「五日か」
エリックが。
呟く。
エリシアが。
地図を見ながら。
少し首を傾げる。
「でも、魔物ですか?」
「黒森の近くには」
「村も存在しますよ」
エリシアが。
地図を指差す。
「ほら」
「村のマークがあります」
「……本当ですね」
ミーナが。
地図を覗き込む。
リシェルも。
地図を見る。
「確かに」
その時。
リシェルが。
ふと。
口を開く。
「私も」
「昔、聞いたことがあります」
「黒森には」
一拍。
「角が生えていて」
「人の言葉を話す魔物が出る、と」
「…………」
エリックが。
固まる。
「……はぁ?」
「おい」
エリックが。
思わず口を開く。
「それって」
「魔族だろ」
「魔族?」
エリシアが。
首を傾げる。
「魔族って……何ですか?」
ミーナも。
ルチアも。
顔を見合わせる。
「魔族……?」
リシェルも。
少し驚いたように。
エリックを見る。
「聞いたことのない言葉ですね」
「…………」
エリックが。
黙る。
「……そうか」
誰も。
魔族という言葉を。
知らなかった。
エリックは。
少し黙る。
もしかしたら。
この世界には、魔族は存在しないのか?
「まぁ」
「村があるなら、一度行ってみるか」
エリックの。
その言葉に。
馬車の中の空気が。
少しだけ緩む。
「そうですね」
エリシアが。
地図を折りたたみながら。
微笑む。
「もし本当に人が暮らしているなら」
「黒森の様子や」
「エルフの郷までの近道も」
「教えてもらえるかもしれません」
「よし」
エリックは。
窓の外へ。
視線を戻す。
「じゃあ」
「その村へ寄ってみよう」
馬車は。
方角を変える。
黒森の近くにあるという。
村へ向けて。
速度を上げていく。
揺れる車内。
誰もが。
それぞれの思いを胸に。
目的地へと。
近づいていく。
そして。
馬車が。
村へ到着した。
地図に。
記されていた村。
「……」
エリックが。
馬車から降りる。
その瞬間。
鼻をつく。
異様な匂い。
「……?」
澱んだ空気。
風も。
ほとんどない。
「…………」
誰も。
言葉を発しない。
静かな村。
道を歩く。
村人の姿は。
一人もいなかった。
開け放たれたままの。
家の戸。
静まり返った。
軒先。
「……」
エリックが。
周囲を見渡す。
「おかしいな」
その時。
「きゃーーっ!」
静寂を。
切り裂くような。
声が響いた。
「ミーナ!」
エリシアが。
振り返る。
ミーナが。
近くの民家から。
飛び出してくる。
顔は。
真っ青だった。
「どうしたの!?」
「なか……」
ミーナが。
震える指で。
家の中を指差す。
「中に……」
「死んでます……っ!」
「……!」
エリックが。
すぐに。
民家へ駆け寄る。
開いた戸口から。
中を覗く。
「……っ」
そこには。
変わり果てた。
村人の姿があった。
「こっちも……!」
ルチアの声が。
別の家から響く。
エリックたちが。
振り返る。
ルチアも。
青ざめていた。
「こっちにも……います」
「…………」
エリックは。
何も言わない。
ミーナとルチアが。
それぞれの家を。
確認していく。
「……ここも」
「こっちもです」
一軒。
また一軒。
確認するたびに。
同じだった。
生きている者が。
いない。
やがて。
ミーナが。
震える声で。
呟いた。
「……誰も」
「誰も生きてません」
「…………」
エリシアが。
口を押さえて。
村を見渡す。
さっきまで。
「村がある」
そう思っていた場所。
そこには。
人の気配が。
一つもなかった。
リシェルが。
小さく息を呑む。
「……こんな」
エリックは。
黙ったまま。
村を見つめていた。
そして。
先ほどの言葉を。
思い出す。
――角が生えていて。
――人の言葉を話す魔物。
「…………」
エリックの脳裏に。
冷たいものが走る。
「……魔族だろ、これ」
低い声が。
静まり返った村に落ちる。
「魔族……?」
エリシアが。
青ざめた顔で。
エリックを見る。
リシェルも。
ミーナも。
ルチアも。
何も言わない。
けれど。
エリックの思考は。
すでに別の場所へ向かっていた。
(……おかしい)
頭の中で。
これまでの知識と。
今、目の前にある現実が。
ぶつかる。
(魔王現象って言葉がある)
(なのに……)
(俺は、どうして魔族がいないと思ってた?)
この世界には。
「魔王現象」という言葉がある。
人々は。
その言葉を使って。
災害や脅威を語っている。
なのに。
リシェルも。
エリシアも。
「魔族」という言葉を。
知らなかった。
(魔王が存在しない世界なら……)
(どうして)
(魔王現象なんて言葉がある?)
「…………」
言葉だけが。
残っている。
肝心の存在だけが。
忘れ去られているのか。
それとも――。
エリックの足元から。
底知れぬ悪寒が。
ゆっくりと。
這い上がってきた。
「……」
エリックは。
静まり返った村を。
じっと見つめていた。
その時。
頭の中に。
聞き慣れた声が響く。
『……』
「……鑑定さん?」
『周辺の情報を解析します』
「頼む」
一瞬。
静寂が流れる。
そして。
『この村で発生した現象について』
『現在の情報だけでは、原因を特定できません』
「……そうか」
エリックは。
拳を握る。
『ただし――』
「……?」
『この村で起きた現象と』
『魔王現象との間に』
『類似した反応を確認しました』
「……!」
エリックの。
表情が変わる。
『詳細な解析には』
『追加の情報が必要です』
「……分かった」
エリックは。
村の奥を見る。
「なら……」
「調べるしかないな」
「……」
エリックは。
倒れている村人を見る。
身体には。
いくつもの傷が残っていた。
「切り傷……?」
エリックが。
傷を見つめる。
「剣か?」
だが。
すぐに首を横に振る。
「いや……違う」
傷の周囲を見る。
「えぐれてる」
「剣なら」
「こんな傷にはならない」
エリシアも。
傷を覗き込む。
「では……何でしょう?」
「……爪か?」
エリックが。
立ち上がる。
そして。
床を見る。
「……」
血の跡。
その先に。
いくつかの足跡が残っていた。
「足跡……」
エリックが。
しゃがみ込む。
「四本足じゃない」
「……二本足だ」
リシェルが。
息を呑む。
「人間……?」
「分からない」
エリックは。
足跡を見つめる。
その時。
「……!」
ミーナが。
突然。
顔を上げた。
「ボス」
「……まだ、います」
「何?」
「生きてる人が……!」
全員が。
一斉に振り返った。
「……」
エリックは。
倒れているエルフたちを見る。
その時。
壁にもたれていた老人が。
震える手を。
ゆっくり上げた。
「……あいつは」
「……種じゃ」
「種?」
エリックが。
聞き返す。
老人は。
苦しそうに。
何度も息をする。
「魔王の……種じゃ……」
「魔王の種?」
エリックの。
表情が変わる。
「それは……何だ?」
老人は。
震えながら。
自分の左手を見る。
「……左手の」
「薬指を……」
一拍。
「喰らって……成長する…… 」
「……!」
エリックが。
倒れている村人を見る。
「左手……」
急いで。
一人の腕を見る。
左手。
さらに。
別の村人。
左手。
そして。
エルフも。
「…………」
エリックの。
頭の中で。
何かが繋がる。
「……全員」
左手に。
傷がある。
エリックは。
記憶を遡る。
最初に見た村人。
その隣の村人。
エルフ。
誰も。
右手ではない。
「……薬指」
エリックが。
呟く。
老人が。
小さく頷く。
「そうじゃ……」
老人の声が。
震える。
「そして……」
「種のことを知った者は……」
「皆殺しにされる……」
「…………」
エリックは。
倒れている村人たちを見る。
喰いちぎられた。
左手の薬指。
それは。
ただの傷ではなかった。
魔王の種が。
成長するために。
奪われた証だった。
老人が。
エリックたちを見る。
「お前たちもじゃ……」
「……!」
「逃げろ……」
老人が。
必死に。
声を絞り出す。
「早く……ここから……」
「奴らは……」
「魔族の存在を知る者を……」
「全員……消す……」
「…………」
エリックは。
言葉を失った。
「まだ……」
「まだ魔王にはなっておらん……」
「じゃが……」
「このままでは……」
魔族。
魔王の種。
左手の薬指。
そして。
この村の惨劇。
すべてが。
一本の線で。
繋がり始めていた。
今回は。
黒森の近くにある村で。
恐ろしい出来事に遭遇するお話でした。
誰も知らないはずの魔族。
そして。
老人が口にした。
「魔王の種」という言葉。
左手の薬指を喰らい。
成長するという種。
果たして。
魔王の種とは何なのか。
そして。
この村で何が起きたのでしょうか。
次回も楽しんでいただければ嬉しいです。
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