第五十七話(前編) : 騎士の涙
フィオネ姫から。
明かされる。
血判の儀式の真実。
そして。
レイナに告げられた。
これからの役目とは……。
今回も楽しんでいただければ嬉しいです。
フィオネ姫は。
しばらく。
私を見つめていた。
そして。
静かに。
周囲を見る。
「……皆さん」
「少しだけ」
「席を外してもらえますか?」
「……」
側近の者たちが。
一瞬。
顔を見合わせる。
「はい」
一人ずつ。
頭を下げ。
広い部屋から。
出ていく。
最後の一人が。
扉を閉める。
――。
広い部屋に。
残ったのは。
私と。
ミッシュル。
そして。
フィオネ姫。
三人だけだった。
「まず」
フィオネ姫が。
静かに。
口を開く。
「あなたを救うために」
「私が何をしたのか」
「お話しします」
「……」
私は。
黙って。
聞く。
「本来なら」
フィオネ姫は。
少し。
視線を落とす。
「私たちは」
「人間が怪我をしていたとしても」
「関わりません」
「……」
「それが」
「この王宮の決まりです」
私は。
少し驚く。
「人間とエルフは」
「必要以上に関わらない」
「それが」
「長い間、守られてきた決まりでした」
「……」
フィオネ姫が。
私を見る。
「だから」
「あなたを見つけた時も」
「本来なら」
「そのままにするべきだったのです」
「……」
胸の奥が。
少し。
重くなる。
「ですが」
フィオネ姫が。
小さく息を吐く。
「あなたは」
「お守りを握っていました」
「……」
私は。
胸元のお守りを見る。
「それを見て」
フィオネ姫は。
静かに続けた。
「私は」
「リシェルさんのことを思い出しました」
「……リシェルさんを?」
「はい」
フィオネ姫が。
頷く。
「そのお守りが」
「リシェル様が作ったものだと」
「分かったのです」
「……」
私は。
お守りを。
ぎゅっと握る。
「そして」
フィオネ姫が。
静かに。
言葉を続ける。
「あなたを見つけた時」
「私たちは」
「可能な限りの治療を試みました」
「……」
「ヒールなどの治癒魔法も」
「何度も試しました」
「ですが」
フィオネ姫が。
少しだけ。
目を伏せる。
「あの場での治療には」
「限界がありました」
「……」
私は。
黙って聞く。
「あなたの傷は」
「その場で治療を続けるだけでは」
「命を救えるとは言い切れない状態でした」
「そこで」
フィオネ姫が。
私を見る。
「シル・アンヴァルへ」
「あなたを運ぶことを」
「最優先にしました」
「……」
「ですが」
「通常の転移魔法陣では」
「あなたを通すことができません」
「人間であるあなたは」
「エルフ専用の転移魔法陣を」
「使えないからです」
「……」
フィオネ姫が。
静かに続ける。
「シル・アンヴァルには」
「限られたエルフだけが通ることのできる」
「限定転移魔法陣があります」
「その魔法陣を」
「あなたが通れるようにする必要がありました」
「……それが」
私は。
お守りを見る。
「血判の儀式……」
「はい」
フィオネ姫が。
頷く。
「あなたを」
「一刻も早く」
「シル・アンヴァルへ運ぶために」
「私は」
「血判の儀式を行いました」
「……」
私は。
お守りを見る。
そして。
フィオネ姫を見る。
「……ありがとうございました」
自然と。
その言葉が。
口から出た。
フィオネ姫は。
少しだけ。
寂しそうに微笑む。
「……レイナさん」
「はい」
「その儀式について」
「もう一つ」
「お話ししなければなりません」
「……?」
私は。
フィオネ姫を見る。
「血判の儀式は」
「ただ」
「転移魔法陣を通るためだけのものではありません」
「…………」
「本来」
「血判の儀式とは」
「エルフの王族と」
「特別な関係を結ぶための儀式です」
「……特別な関係?」
「はい」
フィオネ姫が。
静かに。
頷く。
「そして」
「今回の儀式によって」
「あなたと私の間には」
「契約が結ばれました」
「…………」
「血判の儀式によって結ばれた契約は」
フィオネ姫が。
静かに。
言葉を続ける。
「決して」
「他の者に仕えることを許しません」
「…………」
私は。
黙って聞く。
「私に刃向かうことも」
「許されません」
「…………」
胸の奥が。
重くなる。
「そして」
フィオネ姫が。
私を見る。
「この契約は」
「私が王座から退いたとしても」
「変わることなく」
「続きます」
「…………」
私は。
何も言えなかった。
「……」
フィオネ姫は。
しばらく。
私を見つめていた。
そして。
静かに。
口を開く。
「いろいろと」
「私なりに考えました」
「……?」
「今日から」
フィオネ姫が。
私を見る。
「あなたには」
「私の護衛をお願いすることにしました」
「…………」
私は。
言葉を失う。
「そして」
フィオネ姫が。
ミッシュルを見る。
「ミッシュル」
「はい」
「あなたは」
「これからもレイナさんの側使いをお願いしますね」
「承知しました」
ミッシュルが。
静かに頭を下げる。
「今日から」
フィオネ姫が。
続ける。
「あなたたちには」
「最上層の西ノ宮で暮らしてもらいます」
「……最上層の西ノ宮」
私は。
その言葉を。
小さく繰り返した。
「はい」
フィオネ姫が。
頷く。
そして。
扉の方を見る。
「……では」
「皆さん」
フィオネ姫が。
静かに声をかける。
「もう入ってきてください」
扉が。
ゆっくりと開く。
先ほど退室していた。
側近たちが。
一人ずつ。
部屋へ戻ってくる。
「それでは」
フィオネ姫が。
立ち上がる。
「私は」
「先に西ノ宮へ戻ります」
「レイナさんとミッシュルは」
「準備が整い次第」
「西ノ宮へ来てください」
「承知しました」
ミッシュルが。
頭を下げる。
私は。
フィオネ姫を見る。
「……はい」
フィオネ姫は。
小さく頷く。
そして。
側近たちを伴って。
部屋を出ていった。
「…………」
私は。
何も言えなかった。
エリシア様。
その名前が。
頭に浮かぶ。
「……もしかしたら」
私は。
小さく呟く。
「エリシア様とエリックなら……」
「二人で力を合わせれば」
「何か方法が……」
そこまで考えて。
私は。
首を横に振った。
「……いや」
「無理だ」
血判の儀式。
その縛りは。
簡単なものではない。
あの魔法陣を。
私自身が通った。
だから。
分かる。
「血判の儀式によって」
「私は」
「フィオネ姫と契約を結んでいる」
「なら……」
人間である。
エリシア様でも。
エリックでも。
あの魔法陣を。
越えることはできない。
「…………」
私自身が。
そう理解している。
だから。
誰かに助けを求めることすら。
できない。
「……もう」
胸の奥が。
締め付けられる。
「エリシア様に」
「会うことすら……」
できない。
「…………」
エリックにも。
もう。
会えないのだろうか。
そう思った瞬間。
胸の奥に。
初めて。
強い痛みが走った。
「……っ」
力が。
抜けた。
私は。
その場に。
膝から崩れ落ちた。
「レイナさん!」
ミッシュルが。
すぐに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「…………」
「お辛いですよね」
「お察しいたします」
「…………」
その声は。
聞こえていた。
けれど。
言葉は。
何一つ。
頭に入ってこなかった。
崖から落ちた時も。
全身を。
強く打った時も。
両足を。
骨折した時も。
私は。
泣かなかった。
動くことすら。
できなかった。
何日も。
不安な夜を過ごした。
誰かが。
来てくれるのか。
このまま。
誰にも見つけてもらえないのか。
それでも。
泣かなかった。
生きなければならなかった。
だから。
泣かなかった。
「…………」
けれど。
今は。
違った。
頬を。
一筋の涙が。
伝っていく。
「……っ」
私は。
それを。
拭うこともできなかった。
ただ。
静かに。
涙だけが。
頬を伝っていた。
今回は。
血判の儀式によって結ばれた。
契約のお話でした。
レイナを救うために。
フィオネ姫が下した決断。
それは。
レイナの未来を。
大きく変えるものでした。
これまで。
どんな苦境でも。
涙を見せなかったレイナ。
けれど。
大切な人たちに。
もう会えないかもしれない。
その思いが。
彼女の心を揺さぶります。
果たして。
レイナの未来は。
どうなってしまうのでしょうか。
次回も楽しんでいただければ嬉しいです。
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