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五十六話(前編) : 雲海の上のエルフの郷

谷底で。

生き延びようとしたレイナ。


そして。

彼女が目を覚ましたのは。


雲海の上に広がる。

エルフの郷でした。


そこで。

レイナが目にしたものとは。


今回も楽しんでいただければ嬉しいです。

翌朝。


私は。


目を覚ました。


「…………」


谷の上を見る。


誰も。


いない。


「……」


私は。


岩を見る。


昨日刻んだ。


一本の線。


その隣に。


剣を当てる。


――ギィ。


二本目の線を刻む。


「今日も……」


誰も来ない。


それでも。


明日には。


来るかもしれない。


そう思った。


次の日も。


その次の日も。


私は。


目を覚ますたびに。


谷の上を見た。


けれど。


誰も来なかった。


「…………」


食料は。


少しずつ。


減っていく。


水袋も。


軽くなっていく。


それでも。


私は。


諦めなかった。


――ギィ。


三本目。


――ギィ。


四本目。


――ギィ。


五本目。


「…………」


五日。


経った。


エリシア様たちは。


まだ来ない。


「……どうして」


私は。


空を見上げる。


不安が。


少しずつ。


大きくなっていく。


それでも。


剣を。


握り直す。


「…………」


そして。


岩を見る。


「エリックなら……」


ふと。


そんな言葉が。


口から漏れた。


「……きっと」


見つけてくれる。


なぜそう思ったのか。


私にも。


分からない。


ただ。


あの少年なら。


何か。


見つけてくれる気がした。


だから。


私は。


また。


岩へ剣を当てる。


――ギィ。


六本目。


「……」


今日も。


刻む。


明日も。


その次の日も。


私は。


線を刻む。


食料が。


少なくなっても。


水が。


減っても。


「エリックなら……」


私は。


その言葉だけを。


胸に残した。


――ギィ。


七本目。


そして。


また。


目を覚ます。


「…………」


私は。


岩を見る。


そこには。


七本の線が。


並んでいる。


「…………」


私は。


剣を握る。


もう。


身体に。


ほとんど力が残っていない。


それでも。


剣を。


岩へ当てる。


――ギィ。


八本目の線を。


刻んだ。


「…………」


その時。


なぜか。


ふと。


リシェルさんの顔が。


浮かんだ。


「……お守り」


私は。


胸元を見る。


そこには。


あの時もらった。


小さな木のお守り。


「そういえば……」


リシェルさんは。


私の誕生日に。


色を塗ってくれると。


言っていた。


「…………」


何色に。


してくれるのだろう。


「…………」


そこまでだった。


その先は。


思い出せない。


意識が。


ゆっくりと。


遠のいていく。


「…………」


そして。


私は。


深い眠りへ。


落ちていった。


……私が覚えているのは、そこまでだった。


――それから。


何日か。


私は。


薬師館の二階にある部屋で。


過ごしていた。


朝。


いつものように。


目を覚ます。


すると。


一階から。


音が聞こえてくる。


薬草を。


すり潰す音。


瓶を。


置く音。


何かを。


煮込む音。


そして。


薬師たちの声。


「それは三番の棚です!」


「違う! そっちは乾燥前だ!」


「火を弱めて!」


朝から。


忙しい。


私は。


天井を見ながら。


しばらく。


その音を聞いていた。


ここは。


薬師館。


エルフの郷にある。


薬を作るための施設らしい。


私が運び込まれた時も。


何人もの薬師が。


慌ただしく動いていた。


二階には。


治療を受けるための部屋が並んでいる。


一階では。


薬師たちが。


薬草を調べたり。


薬を調合したり。


様々な薬を作っている。


そして。


二階の廊下には。


いつも。


薬草の匂いが漂っていた。


コンコン。


扉が。


ノックされる。


「どうぞ」


扉が。


ゆっくり開いた。


「おはようございます、レイナ様」


入ってきたのは。


ミッシュル。


私の専属の側使いだ。


若いエルフで。


薬師としても優秀らしい。


ただ。


一度仕事に夢中になると。


周りが見えなくなるほど。


熱心に取り組んでいる姿を。


何度も見かけた。


その姿が。


どこか。


エリシア様に似ていた。


「おはようございます」


ミッシュルは。


私の隣のベッドを見る。


そこには。


昨夜まで。


ミッシュルが使っていた布団がある。


彼女は。


毎晩。


私の隣で眠っていた。


そして。


朝になると。


机へ向かう。


机の上には。


薬草学。


調合学。


治癒魔法。


そんな。


私には。


よく分からない本が。


積み重なっている。


「……また増えましたね」


私が。


本を見る。


「はい!」


ミッシュルが。


嬉しそうに答える。


「昨日、新しい本を見つけたんです」


「そうですか」


「すごく面白いんですよ!」


「……」


やはり。


エリシア様に似ている。


ミッシュルは。


本を机に置くと。


私のところへ来る。


「レイナ様」


「ここは痛みますか?」


足の甲を。


軽く押さえる。


「今日は痛くないです」


「そうですか!」


ミッシュルが。


嬉しそうに笑う。


「それなら」


包帯を。


確認する。


「そろそろ包帯をお取りして」


「歩いてみましょうね」


「……歩けるんですか?」


「はい」


ミッシュルが。


頷く。


「エルフの治療は」


「少し時間はかかりますが」


「きちんと治りますから」


「そうですか……」


私は。


自分の足を見る。


谷底で。


動かなかった足。


あの日から。


ずっと。


寝たままだった。


それが。


ようやく。


歩ける。


「では」


ミッシュルが。


包帯に手をかける。


「今日は外にも出てみましょう」


「外……」


「はい」


「エルフの郷を」


「少しだけ見てみませんか?」


「…………」


私は。


窓を見る。


ここへ来てから。


外を。


ほとんど見ていなかった。


「……分かりました」


「よかったです!」


ミッシュルが。


嬉しそうに笑った。


そして。


包帯が。


ゆっくり。


外されていく。


――目を覚ましてから、十日。


私は。


初めて。


薬師館の外へ出ることになった。


ミッシュルに支えられながら。


私は。


ゆっくりと。


階段を降りていく。


一段。


また一段。


まだ。


足には少し力が入りにくい。


それでも。


自分の足で。


歩いている。


一階まで降りると。


薬師たちが。


こちらを見る。


そして。


軽く会釈をする。


「おはようございます」


「おはようございます」


私も。


小さく頭を下げる。


その中の一人が。


窓の外を見て。


「今日は天候が穏やかですよ」


「少し歩いてみるといいでしょう」


「あ……」


ミッシュルが。


振り返る。


「先ほど私も。


同じことをお伝えしたところです」


「そうでしたね」


薬師は。


小さく笑う。


「では、ゆっくりと」


「はい」


ミッシュルが。


私を支える。


そして。


薬師館の扉へ向かう。


「……」


ミッシュルが。


扉に手をかける。


ゆっくりと。


開く。


その瞬間。


目の前に。


広大な景色が広がった。


「…………」


雲海。


その上に。


そびえ立つ。


巨大な一本の樹。


その幹を中心に。


いくつもの建物が。


枝々へ広がっている。


精巧なツリーハウス。


それぞれが。


光る回廊で結ばれていた。


遠くには。


いくつものテラス。


そこには。


薬草園が広がっている。


エルフたちが。


穏やかに。


薬草を摘み。


育て。


手入れをしていた。


風が。


静かに吹く。


薬草の香りが。


ふわりと。


流れてくる。


「…………」


私は。


言葉を失った。


ここが。


エルフの郷。


シル・アンヴァル。


――清らかなる境界。


雲海の上に広がる。


巨木の都市だった。


「……ここは」


私は。


息を呑んだ。


白銀の塔より。


高い。


目の前に広がる景色を。


ただ。


見つめていた。


「ここは、どの辺りなのですか?」


「薬師館は、中層にあります」


ミッシュルが。


答える。


「中層……」


「はい」


ミッシュルが。


巨木を見上げる。


「シル・アンヴァルは、いくつかの層に分かれているんです」


「下の方には」


「一般の住民や、商人の方々が暮らしています」


「そして」


「この辺りの中層には」


「薬師や職人、研究者などが多いですね」


「そうなのですか」


「はい」


ミッシュルが。


少し上を指差す。


「あの辺りが、中層上部です」


「王族や貴族の方々がお住まいになっています」


「……王族」


私は。


思わず。


そちらを見る。


さらに上。


巨大な枝々の間に。


ひときわ大きな建物が見える。


「では」


私は。


ふと尋ねる。


「私は」


「どこから運ばれたのですか?」


「…………」


ミッシュルが。


少しだけ。


言葉を止める。


「レイナ様は」


「最上階からです」


「……最上階?」


「はい」


ミッシュルが。


頷く。


「そこには」


「古代から残されている特殊な魔法陣があります」


「王族の方でも」


「簡単には使えない場所なんですよ」


「…………」


私は。


もう一度。


巨木の上を見上げる。


白銀の塔より。


さらに高い。


そんな場所から。


私は。


ここへ運ばれた。


「……そうですか」


「はい」


ミッシュルは。


何気なく答える。


けれど。


私は。


少しだけ。


不思議に思った。


なぜ。


私が。


そんな場所から――。


「……綺麗ですね」


私は。


思わず。


そう呟いていた。


「でしょう?」


ミッシュルが。


嬉しそうに笑う。


「シル・アンヴァルは」


「この辺りが一番綺麗なんですよ」


「そうなのですか?」


「はい」


ミッシュルが。


周囲を見渡す。


「でも」


「レイナ様」


「今日は、ここまでにしましょう」


「……?」


「まだ固形物をあまり口にしていませんから」


ミッシュルが。


少し心配そうに。


私を見る。


「歩けるようになったからといって」


「無理をしてはいけません」


「……分かりました」


私は。


素直に頷く。


「では」


ミッシュルが。


私の腕を支える。


「お部屋に戻りましょう」


「はい」


私は。


もう一度だけ。


シル・アンヴァルを振り返る。


雲海の上。


巨大な枝々。


光る回廊。


薬草園。


そして。


遥か上にある。


最上階。


「…………」


私は。


そこを見上げる。


あの場所から。


私は。


ここへ運ばれた。


その理由は。


まだ分からない。


けれど。


今は。


考える力も。


あまり残っていなかった。


「レイナ様?」


「……はい」


私は。


ミッシュルに支えられながら。


薬師館へ戻っていった。


――この時の私は、まだ知らなかった。


あの場所で。


私を救うために。


姫様が、ある決断をしていたことを。


今回は。

レイナが目覚めた後の。

お話でした。


少しずつ。

回復していく身体。


そして。

初めて目にした。

エルフの郷。


雲海の上に広がる。

巨大な樹の都市。

シル・アンヴァル。


その美しい景色に。

レイナも。

思わず息を呑みました。


しかし。

彼女が運ばれたのは。

最上階にある。

特殊な魔法陣からでした。


そこには。

どんな秘密が。

隠されているのでしょうか。


次回も楽しんでいただければ嬉しいです。


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