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【あらすじ】
遂にモーズリスト家に辿り着いたジェノ達を待っていたのは部屋が全てシャッフルされた御屋敷と、巨大な世界樹だった。
屋敷を散策する最中、妙に妖精に好かれているカルシェンツが精霊魔法を使える事が判明する。
さらに何故か屋敷に滞在していたアンティークおじさんが『依頼』をしたいと言ってきて・・・?
天高くそびえ立つ世界樹の苗木は厚い雲を突き破り、今日も元気に伸びている。
4日前までは屋敷の中央を堂々と貫いていた世界樹は、ファストとオババ様と妖精達の頑張りのおかげで無事に屋敷から分離させる事に成功した。今では屋敷から50メートルほど離れた場所に世界一樹が生えている状態だ。
振り返った少し先にはモーズリスト家の屋敷が、以前と同じ様相で佇んでいる。
竹林や温泉が売りのモーズリスト家に、新たに雲を突き抜け伸びる巨大樹が存在する光景は、数日経っても見慣れない。
さらに世界樹の根元の大きな窪みがある場所を、魔獣のたろ吉が寝床にして寛いでいる姿も非現実的で、つい二度見してしまう。
「今後呪いの類やどんな攻撃が来ても勝手に跳ね返す仕様になったと聞いたよ」
「結果オーライってやつだな」
世界樹があるだけで魔力が周囲に満ち、自然と屋敷の結界が格段に強化された。
ポジティブで楽天的なジェノは「良かった」と満足気に頷き、カルシェンツはそんな親友に蕩けるような笑みを向けた。
屋敷内がランダム状態になっていた件も、数日経って寝て起きたら大体の部屋が元の場所に戻り、一息つくことが出来た。
廊下の突き当たりだった場所に謎の空き部屋が幾つか出来ていたり、以前より横に屋敷が大きくなっているが、自動で屋敷がリフォームされタダで拡張できたと思えばいい。
「ラッキーっすね!」とゴッデスも陽気に歌いだす始末で、モーズリスト家の者は誰も気にしない。
のんき過ぎない? 色々ヤバいな。
「消失してた屋敷が戻った時はご近所さんが押し寄せて大変だったけどそれも落ち着いたし、まぁいっか」
「そうだね、屋敷が戻った時は神隠しだ! って騒がれて大変だったけれど」
「消えてた竹林と屋敷が急に現れたらそりゃ驚くよな」
ふふっと笑う整った横顔を見下ろし、笑い事じゃないと親友の金髪をくしゃりと撫ぜる。
ご近所と言ってもモーズリスト家の敷地は無駄に広いのに加え、隣家でさえかなりの距離が空いている為ご近所付き合い等皆無であるが、流石に大規模な神隠しは注目の的で人が集まってしまったのだ。
貴族相手に強く質問や追及してくる者はおらず、適当な返事で直ぐに帰ってくれて事なきを得た。
「敷地外からは何らかの力が働いて世界樹の苗木が見えなくて助かったね。アレの存在が気付かれてたらもっと騒がれてた」
「何らかの力ってなんだし」
妖精なのか、それともまた別の何かなのか? 気になるものの最近不可思議な現象を沢山経験したせいで、深く考えても無駄な事はあまり考えないようになった。
1歩でも敷地内に足を踏み入れればバカでかい樹が天高く伸びてる異様な光景が視界に入るが、モーズリスト家を訪れる客が滅多にいない為、そこまで問題にはならない。
侵入者対策に意欲を燃やして「罠を仕掛けようかの」と笑っていたオババ様を思い出し、大人たちに任せておけば色々大丈夫そうだ。
「ふぅ」
細く長い両の指を輪になるようにくっつけて顔の前に掲げ、指先に力が籠められる。
カルシェンツの金の睫毛が深い呼吸とお共に、ゆっくりと伏せられた。
足元の落ち葉がカサカサと音を立て、ふわりと冷たい風が舞い上がる様をすぐ横で静かに見守った。
大きな根っこに座り集中を高めているカルシェンツの真剣な表情はただただ美しい。
長く伸びる睫毛が頬に影を落とし、キラキラと煌めく宝石の様な瞳が不意に此方に向いて心臓が跳ねる。
ひっそりと好きな人の真剣な横顔を盗み見ていたジェノは、熱を持った頬に手の甲を当てて隠した。
「まだ何も映す事は出来ないし時間も掛かるけれど、少しずつコツがわかってきたよ」
「ん、綺麗だな」
精霊魔法を訓練するカルシェンツを眺めるのが、ジェノの最近のマイブームだ。
輪になっている手の間に薄い膜の様なモノが張られ、ゆらゆらと揺れている。
淡い水色の膜はシャボン玉液みたいでつい息を吹きかけてみたくなるが、精霊魔法は失敗したら危険な代物だ。
邪魔しないようにいつも静かに見守っていた。
「ファストが吸収スピードがめっちゃ速いって驚いてたよ。精霊魔法は高難易度だし危険度も高いけど、カルシェンツの安定感は異常だって」
「本当かい? それはとても嬉しいな。私の前では全く褒めてくれないから」
「優秀過ぎてつまらないって言ってた」
ふふっと嬉しそうに笑むカルシェンツを見て、ファストとの師弟関係が良好だと感じ少しほっとする。
彼に対して何故か当たりが強い印象のファストだが教え方はすこぶる丁寧で、弟子の特性や得意な事を見極め安全を心掛けて指導しているのがわかる。
一歩間違えば命に係わる大事故に発展するから、ちゃんとした指導者がいてくれるのは本当に有難い。
「今習っている精霊魔法は『精霊の眼を借りて此処じゃない何処かを映す』という基礎精霊魔法でね。遠くの景色を観れる様になるものなんだ。極めればジェノ君の姿をいつどんな時でも見守れる最高に素晴らしい魔法さ。私が常々欲していた能力だったから話を聞いた時は興奮してしまってね、ファストさんに是が非でも習得したいとお願いしたんだよ。しかし特定の相手を映すのは難易度が一気に跳ね上がるし、初心者向けじゃないからやめた方がいいと言われてしまって・・・」
朗々と説明する声は淀みなく聞き心地いいが、いつどんな時でもという台詞に引っかかって眉を顰める。
「初めは己の身を護れる防衛魔法がオススメだと言われたけれど、私が頑なに譲らなかったから先に遠見魔法の基礎部分だけ教えてもらっている状況さ。形だけはなんとか形成できる様になってきたけれど、まだまだ不安定で精霊とのコンタクトが難しくて、一度も成功していないんだ。でも絶対にジェノ君の日常を四六時中監し・・・見守れる様になるから応援しててね」
「今監視って言わなかったか?」
「おや、もうこんな時間だね。さてと朝食を食べに行こうかジェノ君」
「監視って言ったよな。おい待てコラ、その魔法習得するのやめろコラ」
速足で屋敷に向かうカルシェンツの逃げ足は馬の様に速かった。
「友達1000人作る勢いで行けば数人は出来るから心配するなよ坊ちゃん!」
「少なすぎない? 僕そんなコミ障じゃないよカンバヤシ」
屋敷の玄関前で見送りに出て来た使用人の皆と順番に言葉を交わし、ハグをしていく。その後ろではモーズリスト家の料理長であるライヴィが大きな馬車に荷物を積み込み、出発の準備を進めている。
「慣れない寮生活で大変でしょうが、ストレスは美容の天敵ですわ。まあ、細かい事は気にしない質の坊ちゃんなら大丈夫でしょうけれど」
「うん、ストレス溜めない様に上手い事やるし、スキンケアも出来るだけやるね」
「5月のヴァイオレットウィークには帰って来るんじゃろ? ジェノちゃんの好物用意して待っとるからね」
「これから入学式なのに気が早いよオババ様」
5月に10日以上の長期休みがあるからその際に一時帰宅できるのは有難いが、やっぱり会えなくなるのは寂しい。
せっかく実家に帰ってきた実感が沸いてきた最中、慌ただしくも学園に向かわなくてはならず、ジェノは気が休まらない。
「入学式は欠席して暫く休んでからでもいい」とメロスは気遣ってくれたが、初めて通う学園の入学式をジェノは楽しみにしていたのもあって、首を横に振った。学園行事に興味があり、なるべく体験しておきたかったのだ。
学園に通うのは初めてだが、年齢的にも力量的にも二年生から編入という形になる。つまり転入生だ。
緊張でドキドキするけどワクワクもする。
皆にいい報告が出来る様に、勉学も交友関係も疲れない範囲で取り組むつもり。
「同年代の連中なんざジェノなら楽勝で勝てるだろ。何事も最初が肝心だ、ムカつく奴がいたら問答無用でぶちかませ! 舐められんじゃねーぞ」
「先手必勝。速戦即決」
「うーん、最初は穏便に行こうと思ってるけど・・・まっ、ムカつく奴いたら僕やり返しちゃうだろうから心配しないで」
武闘派のクラウンとティアラの物騒な物言いに苦笑いし、二人と拳を付き合わせる。
モーズリスト家の皆が各々勝手に何かしらの武器を荷物に忍ばせてきたのは、初めての学園へ通うジェノを心配しているからだろう。
刀やスタンガンはまだいいとして、ダイナマイトやチェーンソーとかどうすりゃいいの?
ジェノの荷物は無駄に大きく物騒で、色んな意味で重い。
「やっぱオススメは物的証拠が残らない精神攻めっすよ! 長期間の睡眠妨害は効果的で、精神が疲弊して良いっす! 相手の頭も心も壊れていく様をじっくり眺めるのが快感で」
「いや怖い恐いこわい! どんな状況!?」
満面の笑みで恐ろしいことを吹き込んでくる自称音楽家のゴッデスにドン引きしていると、「ジェノ氏の無事を祈って!」と、別れの歌を熱唱しだした。
「相変わらず音痴だな」
普段はシカトするか口に何か突っ込んで問答無用で止めさせるのだが、暫く会えなくなるから今回は我慢して途中まではちゃんと聞いてあげた。
モーズリスト家の面々は全員漏れなく過激派で恐ろしい。
ゴッデスのよくわからないデスボイスをBGMに、使用人の皆との別れの挨拶を交わし終え、最後に銀の刺繍が目を惹く白のタキシードを身に纏った美少年を見上げる。
伸ばしていると言っていた金髪はゆるく後ろに束ねられ、サイドに垂れる長い前髪がふわりと風に揺れた。
曇り空からの隙間から差し込む陽の光がまるでスポットライトの様に彼へと降り注ぎ、実に神々しい。
まるで一枚の絵画の様だ。
天候まで操れると言われても納得してしまいそう。流石は立っているだけで芸術作品と言わしめる天使。
少しづつ差が開きはじめた身長に、嫌でも時の流れと彼の成長を感じる。
美少年というより、もう美青年だなぁ。
なんか眩しい。ジェノは思わず目を細めた。
「ジェノ君の旅立ちに曇り空は似合わないからね。私の祈りで天を裂き、晴れ渡る空になるよ」
徐々に陽が差してきた空を啞然と仰ぎ見て、ジェノはポカンと口を開けた。
「――は? マジで天気変えられるのか!?」
「ふふ、運命の親友の為ならお安い御用さ」
眼を見開いて驚くジェノの頬をするりと指の背で撫で、蕩ける様な微笑みを向けられる。
いやいやいや、天候操作なんて本当に出来るものなのか? 出来たとして一体どうやって?
冗談なのか本気なのかわからない事を宣いながらウィンクを飛ばしてくるお茶目なカルシェンツ。
後ろにいるマリーテアが「必殺エンジェルウィンク頂きましたぁあ――!」と叫んで荷物落とした。
やめろ、お前のウィンクは実害が酷い。もはやデスウィンクだ。
「さあさあ、私とジェノ君が熱烈な抱擁を交わして1つに溶け合い一体化する時が来たよ。ドロッドロに交じり合ってデロッデロになろうではないか!」
「あー、はいはい」
気持ち悪くハイテンションな親友にツッコミを入れることなく、広げられた両手の間に飛び込んだ。
逞しく成長した肩に頬を乗せ、ドキドキと高鳴る己の胸の鼓動がどうか伝わりませんようにと祈る。
恥ずかしいけれど今だけは、目をつぶって抱擁を甘受した。
暫く会えなくなるし、寂しくなるし、親友との別れのハグなんだから少しくらい大胆にいったってバチは当たらない、はず。
自身に謎の言い訳をしながら、ジェノはカルシェンツの首元に頬をすりすりと押し付けた。
「ふぐわっ!? ぁ・・・へ? へええ!?」
「元気でな、カルシェンツ」
「え、あ・・・っえ? んぁ?」
急激に顔に赤みがさしたカルシェンツはガチガチに身体を強張らせ、眼を何度もぱちぱちと瞬かせている。
「あ・・・うぅ」と言葉にならない音を溢しながら、挙動不審に周囲と胸元にいるジェノへ視線を行ったり来たりさせる。
「僕も学園で沢山勉強するから、カルシェンツもベリオンさんに迷惑かけ過ぎないように過ごすんだぞ?」
「ジェッ、じぇじぇじぇジェノきゅんっ! あぁあああの、あのっあのあっ」
「離ればなれになっても僕たちは親友なんだし、その、ほらっ、いつも心は近くにあるっていうかなんていうか」
「おうふ・・・あ゛あ゛っあー」
「休みの日とか会えそうなら会いに行くし? まぁそっちは仕事で忙しいだろうから無理にとは言わないけど暇な日が重なったら教えてくれたら遊びに行くのもやぶさかでないわけで寮生活だけど一応申請すれば外泊も大丈夫らしいし」
「まってまってまってまっ・・・まって!? だっ抱きつっ!」
「カルシェンツから会いに来たって構わないしむしろ会いに来いよって感じで―― あっ、毎日来るとかは止めろよ限度ってものがあるんだからな」
「ぁう゛うん! ん゛んえっ・・・むんん゛!? 」
「気持ち悪い声出すの止めてくんない?」
会話にならない親友にチョップをかますも、気色悪く喘ぎ声を上げられるだけで視線も合わない。
「うわっ、ちょっ!?」
ガクンと首が後ろに反った勢いそのままに、後ろへと倒れるカルシェンツ。
咄嗟に支えようと魔法を発動して浮かせるも、エビぞりの様な体制で震えている。
足は浮いているが、両手を地面につけた謎ブリッジ姿で悶えている姿はホラー以外の何物でもない。
「ええー、ナニコレ」
最後だと思って好きな人に勇気を出して抱き着いたら、気持ち悪い呻き声を上げてブリッジされた。
少ししたら落ち着くかと暫く待ったが、奇声と奇行が一向に止まらないので一旦離れる。
これじゃ会話にならないぞ。
「はああああー! もう、もうっ、我が人生に一片の悔いなしですハイッ!!」
「うるさっ、早く起きなよ」
「全宇宙の生物無機物全てにジェノ君のデレの脅威を伝えたい! いやっ、ジェノ君のデレの破壊力を体験せし者は細胞一つ残さす消滅してしまう定め! そう今この瞬間っ、宇宙は塵と化し私の世界は救われましたありがとうございます!」
「何言ってんの? 蹴るよ?」
「ありがとうございました!」
「まだ蹴ってないしお礼言うなこの変態!」
頬を赤く染めて叫ぶカルシェンツに「やれやれ」と溜息を付いて首を振る。
今日も僕の親友は通常運転だ。
「はあっはあっ、このままではジェノ君のデレビッグバンに殺されてしまう! ・・・くぅ、ツンデレ殺人事件だ」
「完全犯罪ですわね」
「それ捕まっても罪になるのか?」
「ジェノ君を殺人犯にしてしまうわけにはいかない! でもジェノ君のデレに爆殺されたい! ああああぁ私はどうしたらいいんだっ、悩ましい! 実に悩ましいっ、どうしたらいいと思うジェノ君?」
「もう爆発しちまえ」
「エンジェルは今日も楽しそうでええなぁ」
ブリッジしながら意味不明の死因を呟く王子様を見ても、慣れ親しんだモーズリスト家の面々は動じない。
離ればなれになったらコレも恋しくなるのかな? とセンチメンタルな事を思ったところで、「いや、なるわけないな」と冷静になった。
カルシェンツの変態行動を恋しくなったら僕は終わりだ。行こう。
「ジェノ君! ブリッジしている私のお腹にちょっと乗ってくれないだろうか? ちょっとだけでいいからこう・・・あ、馬になった方がいいかい? 学園にも私に乗ったまま」
「じゃあ皆元気でねー。長期休みには帰って来るから、行ってきます!」
元気よく手を振って馬車に向かった瞬間、突如腰に衝撃が伝わる。
「おい?」
「嫌だ! ジェノ君とは0,00001秒も離れていたくないんだ!」
「いやいや」
縋り付くように腰に腕を回してきたカルシェンツの頭をぐしゃりと掻き混ぜる。
「僕だって離れるのは寂しいけどさ、もう行かなきゃだし」
「嫌だいやだいやだっ!」
「イヤイヤ期か? お前この後王城に戻って仕事があるんだろ?」
「嫌だ、ジェノ君とずっといるんだ」
ぎゅうぎゅうと密着する身体。
あまりの近さと生々しい感触にドキドキしながら、柔らかいねこっ毛を撫でて言い聞かせる。
どうしても外せない仕事で今日中に城に向かうと聞いていたのだが、「このまま抱きしめ合ったまま私も入学式に出る!」と叫んで一向に離れない。
魔法を使って引きはがそうとしても、読んでいたのか魔法反射の魔道具を起動され不発に終わった。
変態だがそれを上回る天才なのが憎い。
「運命の親友は離れちゃいけないんだ! 離れたら死ぬんだっ」
「やかましい! 入学式遅刻するっての」
しかしカルシェンツは想像以上にしぶとく、最終的にベリオンと神林とクラウンが三人掛かりで引きはがそうとしても離れない。
マジか、どんだけ力強いんだよ。
「ぐっ、おいおいまるで岩だぜ」
「やるじゃねぇか!」
驚く神林と感嘆するクラウン。
その後、空へと浮かぶジェノとその腰にしがみ付いたカルシェンツ。それを羽交い絞めにして剥がそうとする大人達との攻防は続いた。
長い、本当に長い闘いの末に、必死の形相で「ジェノ様を放してあげて下さい」とベリオンが声を発したタイミングでようやくカルシェンツの腕から力が抜けた。
「邪魔するなベリオン! ううううっ、ジェノく――――ん!」
「よっしゃ今の内に行けジェノ!」
「あー、疲れた・・・行ってくるね」
荷物をとっくに積み終えたライヴィが待つ馬車にメロスと共に乗り込むと、音もなく滑らかに馬車が走り出す。
寂しい気持ちもカルシェンツの奇行で大分薄れ、しんみりせずにスッキリした気持ちで出立する。
「早朝からすっごい疲れたんだけど」
「あかん、このままじゃ入学式に間に合わないで?」
「そうだねー、式始まっちゃうかもね」
向かいの席に座るメロスは「途中参加でも大丈夫だよ、大人たちの話は基本長いからさ」と呑気に返し、ジェノも気が抜けた様に「そっか」と呟く。
あー、疲れたら眠くなってきたな。
ふかふかの座椅子に身を沈め、重たい瞼に逆らわずにそっと瞳を閉じた。
寝息を立て始めたジェノを微笑ましい気持ちで眺めていたメロスは、ふと視線を横にずらす。
そこにはどこぞの王子様に酷似した人形がジェノに寄り添うように置かれていた。
金色の髪に黄緑色の瞳。
全長30センチ程の精巧な人形は天使の微笑みを湛えている。
「こりゃ、強烈な御守りだなぁ」
馬車に乗り込んだ際には確かに存在していなかった筈の異物は、まるで当然の様にジェノの隣を陣取っていた。
「あと一つ先の街の港からジャスクロックス島へ渡る船に乗り換えるさかい、今のうちにトイレ行っとくんやでー」
寝不足が祟ってぐうすか眠りこけてしまったジェノは、学園までの道中、最後の休憩として停車した港町で目を覚ました。
運転で凝り固まった背中を反って身体を伸ばすライヴィに頷きを返し、用を済ますついでに焼き鳥を三本購入する。
ネギまを頬張る最中、数日前に屋敷を訪れていた『アンティークおじさんからの依頼』を思い出した。
学園内部で王家呪殺計画に関与している者を発見し、その動向を探るというもの。
学園生活がスタートしたら勉強や魔法の訓練の他に、ジェノにはやるべき事がある。
「あんまり気負わなくていいし、危ない事は禁止な。出来なくても別にいいしさ」
「でも」
「王の命令とか聞かなくてもモーズリスト家は問題ないから。無理しちゃダーメ、な?」
「うん・・・」
知らされていなったモーズリスト家の稼業の実態と、突如告げられた国王陛下からの秘密の依頼。
その事実はジェノを大いに驚かせるものだったが、いつも通りゆるい雰囲気の父親を見ていると自然と力が抜けてくる。
少し気負っていたジェノは肩の力を抜いて一息付くと、いつの間にか隣に置かれていたカルシェンツ人形の頭を可愛がる様に優しく撫でた。
日課の魔法訓練を終えた頃、目的の港町へ到着し前回乗船した船よりも大型の船の待合場に案内される。
「現在運航が大幅に遅れておりまして・・・到着が予定より遅れております。申し訳ございません」
事前に申請していれば馬車のまま船に乗る事が可能なのだが、予約していない貴族が突然「船に乗せろ」と騒いだり、「一等客室に移せ」とごねたりしたおかげで遅れが出ていた。
入学式の参列者が多く集まる事を見越して商魂逞しい行商人も島に詰め掛け、出航時にトラブルが頻発したらしい。
あちゃ~こりゃ完全に遅刻だなぁ。船員さん達も大変だ。
今此処で船を待つ者達は式を見に来た保護者達が大半で、生徒らしき姿は見受けられない。
ギリギリの到着になったジェノとは違い、多くの入学生は少なくとも数日前には到着し、学園の寮で既に過ごしているそうだ。
早い者だと二週間以上前に手続きを済ませ、寮や島の街中を散策して活動しているとか。
僕みたいに当日ギリギリに来てしかも入学式に遅刻確定の生徒は他にいるのだろうか・・・?
「着いたー」
「僕たちはこの先の学舎エリアには入れないから、此処から別行動な。保護者は別ルートから式典場に入れるんだって」
「荷物は俺が寮まで運んどくんで、坊は一度職員塔に向かってな。なんや先生が式典場へ案内してくれるって言っとった」
「職員塔・・・あの高い建物かな? 入学式が行われる式典場は中央付近の大きいドーム型っと」
試験の時に一度来ているとはいえ、島の半分以上を有するジャスクロックス学園の敷地内はあまりに広く、地図が必須なレベルだ。
前回入った魔法学科の施設は一番奥まったわかりずらい場所にあり、此処からは全く見えない。
「地図見てわからなければちゃんと人に聞いて行くんだぞー?」
荷物を載せたカートを押すライヴィとメロスと正門で分かれ、ジェノは広い学園内に一人、足を踏み入れる。石造りの門をくぐりキョロキョロしながら職員塔を目指した。
正門に一番近い学舎が、一般的な勉学をまんべんなく学ぶ普通科。
王国の歴史や経済、他国の状勢や民族学に数学、貴族としてのマナー教育や医療関係の授業もある。
一番生徒の人数が多い科だ。
その中で優秀と認められた一握りの生徒が『特待クラス』に入る事が出来、質の良い教育を受けられるらしい。
編入試験の時に乱入してきてジェノの魔法でボコられたショルダーという教師が自慢げに「特待クラスは凄い」と宣っていた記憶が強く、あまり良いイメージがない。
少し進むと見えてくる広大なグラウンドとコロセウム。
そこで強靭な肉体を作り、銃器の取り扱いや剣技を磨いているのが騎士科。
王都の衛兵や防衛業務、他国への進軍の際に指揮を執る指揮官を育てる教育を施す。
花形の就職先は王城勤務の王族の警護を担当している近衛兵で、鷹のエンブレムが大きく彫られた白い甲冑が格好良い白鷹隊。
通称『サイベリアン』
民からの知名度も高く、高給取りで憧れる者が後を絶たない。
しかし名家の騎士の家系の出じゃないとそもそも推薦を得られないとか、大きな武功を挙げないといけないとか、地形戦略や戦術学の成績がトップクラスじゃないと入隊出来ないと噂だ。
騎士科に入る奴らは偏見ではなく揃いも揃って脳筋の集まりだ。つまり、生徒達が思っているよりも狭き門、ということ。
そしてグラウンドの更に奥、大きな橋を越えると見えてくるのが、ジェノが二年生として編入する魔法学科である。
他にも芸術学科があるのだが、パンフレットを見ても詳しい授業内容や場所はよくわからなかった。
「モーズリストさーん、お待ちしてましたよー。迷いませんでした? 無駄に広いんで新入生はしょっちゅう迷子になるんですよー」
普通科の学舎を横目に通り過ぎ職員塔に辿り着くと、入口付近横にある無駄にお洒落な紺色のベンチに座っていた男性に名前を呼ばれた。
笑顔で声を掛けてきた男性は深緑色のローブを身にまとっており、一発で魔法科の教員だと認識出来る。
「職員塔は高いので、すぐにわかりました。あの、遅れて申し訳ありません」
「大丈夫ですよー、連絡受けてましたし。毎年この時期は船が遅延してます。あ、僕は魔法植物学担当のコカラスです」
「ジェノ・モーズリストです。よろしくお願いいたします」
コカラスと朗らかに自己紹介を交わし、「ささ、行きましょーか」と促されて歩き出す。
あちこちにくねくね跳ねた茶髪の髪に、少しジト目の吊り上がった瞳。年齢は30台半ばに見えるコカラスの顔に微かに見覚えがあるジェノは、「試験の時にお会いしましたよね?」と問いかけた。
「はい、審査してました! いやぁ凄かったですねー、モーズリストさんの魔法! もう容赦なくって見ててスッキリしましたー」
「スッキリ・・・?」
編入試験の審査員の中に居たらしいコカラスは「あのショルダー先生が泣いてるの初めて見たので」と満面の笑みを浮かべる。
その笑顔が心底楽しそうだが、彼から悪意の類は感じない。
ショルダーとかいう無礼な先生が嫌いというより、ただ純粋に面白かった出来事を無邪気に語っている雰囲気だ。
「入学式は既に始まっていまして、長い長い学長の話が終わって今は生徒会長が挨拶をしていると思います」
途中から参加するのは気が引けるが、魔法学科は一番後方の端の席らしいので目立たずに参列出来ると聞き胸を撫で下ろす。
生徒会長・・・ロッツがなりたくなかったけど周りに推薦されてどうしようかと思ってたら、他の人が選ばれて勝手に周りにガッカリされたって落ち込んでたやつだよな。
廃病院のボランティアで聞いた話を思い返しながら歩いていると、気付けばドーム型の建物に到着していた。
『続きまして、新人教諭の紹介です。新入生の皆様は、着席してください』
広々としたエントランススペースを抜け、階段を上がり二階部分から中へと入る。
式典場は楕円形の造りで、Uの字に椅子が並んでいた。
外側が高く、中央に行くほど階段状に徐々に低くなっていく。
一番下の一階部分、奥のステージに大きく白い教壇が置かれ、そこで新しく入る教員の紹介や挨拶が行われている。
コカラスと共に二階の通路を進み、魔法学科の生徒達が固まっている後方エリアの一番後ろの席にこっそりと腰を下ろした。
白い石造りの長椅子はひんやりと冷たく、場内は暖房が効いてても少し寒い。
学園の真ん中に位置するこの式典場は季節のイベント毎や学会発表、なにかしらの祭典が行われる際に使用されるらしい。
「ステージから見て右側、一番近い席に座る青のネクタイの団体が普通科で、その隣の緑のネクタイを付けているのが騎士科。更に横の黄色のネクタイが芸術学科です」
「へえ・・・あの普通科の生徒達の上、二階部分に座っている赤っぽい制服の子達は?」
一般的に配布されている制服は黄土色で、ジェノもローブの下に着用している。
因みに魔法学科のネクタイは紫色である。
「臙脂色の制服は特待クラスですね。今年の新入生は既に2人が決まっています」
「え、新入生なのに既に特待クラスなんですか?」
特に優秀な成績を残した生徒が配属されると聞き及んでいたが、授業を受ける前から特待クラスに配属されている事に疑問を覚える。
離れすぎていて角度的にジェノからはいまいちよく見えないが、臙脂色の制服に青いネクタイの生徒が2人座っていた。
「入試テストでトップクラスの成績かつ、出身校からの推薦状なども考慮されますが、家柄が高い者が優遇されますね・・・まあ、学園へ多くの寄付金をして下さっている家からの無言の圧と言いますか」
「うわ」
「テストがトップクラスでないと流石に特待クラスには入れられないので、優秀である事に変わりありません」
「でも、テストで例え満点とっていたとしても、家柄が低いと入れないって事ですよね?」
「入学時は、ですね。毎回テストで一位の結果を残していれば流石にいずれは入れるかとー」
成程ね、世知辛い世の中だ。そういえば・・・ロッツは経済学科の三年生って言ってたな。優秀だし名家の家柄だし、特待生の可能性が高いかも。
「因みに騎士科にも特待クラスはあります。制服が臙脂色なのは一緒ですが、ネクタイの色が違うのでそこで見分けます。今年は騎士科の新入生で特待生は出なかったみたいです」
入学早々特待クラスに入った二人の生徒のネクタイの色は青。
つまり普通科だ。
騎士科、芸術学科、魔法学科からは出ていない。
「魔法学科にも特待クラスはあるんですか?」
「あー・・・魔法学科は特待クラスがないというか、入った生徒がいないと言いますか。いや、凄く優秀な成績を収めれば入れる余地はある、筈なんですが」
騎士科から特待クラスに入る為の評価ポイントは、学力テストの成績ではなく、剣技等の実技試験や戦略・戦術学のテスト結果プラス、先程聞いた家柄の良さが大きく影響する。
その点を踏まえると、魔法学科から特待クラスに入る者が過去一人もいない理由は明らかだ。
まず高度な魔法を使える生徒がなかなかいない。
入学前にこんなことを思うのは失礼極まりないが、以前学園を訪問した際に軽く授業風景や自主練の様子を拝見したが、魔法の規模が小さい。
暴走しない様に慎重になるのは当然だが、恐らくそもそもの魔力量が少ないのだ。実技試験で誰もが納得する様な優秀な魔法を披露する事は難しいのだろう。
そしてもう一つ。
「モーズリストさんはそう言った意味でも、希望の星です。魔法学科から唯一の特待生が出る可能性を秘めている――・・・あ、すみません、プレッシャーを掛けてしまって」
それまで軽い調子で話していたコカラスが一瞬真剣な表情を浮かべた事に気付き、じっと彼の瞳を見据えた。すぐさま雰囲気を和らげ首を振った彼からは、既に何も感じられない。
モーズリスト家で育ったせいで忘れがちだが、ジェノの魔力量はかなり多い。
そして貴族の出。
そもそも魔法使いは魔力があるというだけで国から優遇されている存在である事を踏まえると、上手くやればジェノの特待クラス入りは有り得る話だった。
「いえ、期待に応えられるように頑張ります」
ジェノはスッと眼を細めると、敢えて嬉しそうに笑顔を作った。
説明を受けている間に入れ替わり立ち替わりで偉い人達の挨拶が終わっていき、今は在校生10人程が新入生歓迎を祝して管楽器での演奏を行っている。
「すみません、モーズリストさんが到着した事他の先生に報告するの忘れてました。式が終わったらまた迎えに来ます」
「色々ありがとうございました」
足早に去って行ったコカラスの背を見送っていると、一段前に座る男子生徒がチラチラとジェノを気にして視線を寄こしてきているのに気付く。
遅刻して来たうえに教師とぺちゃくちゃ話してたらそりゃ気になるよね。すまんな少年。
謝罪を込めて軽く会釈すると、ビクッと肩を揺らして勢いよく顔を逸らされた。
そのまま男子生徒は前を向いたまま振り返らない。
え、無視?
ジェノは二年生として編入する為、前方に座る一年生に彼らとは今後そこまで接する機会がないかもしれない。しかし魔法学科は人数が少ない分合同授業とかで関わる可能性もある。
話しかけるべきか? ・・・いや。
背を向ける少年を暫く見つめ悩んだ末、声を掛けるのは止めて式典場をゆっくりと見渡した。
生徒達の座る席とは反対の向かい側には、教員や学園関係者が席を連ね、その少し離れた位置は保護者席となっている。
ライヴィは荷物を寮の部屋に運んでいるからいないが、メロスはどこかしらに座っている筈だ。
んー・・・保護者だけじゃなくて従者も参列してるから沢山居てわからん。
前列付近の椅子が豪華で造りが異なる事から、恐らくその付近に座っている人間は上流貴族なのだろう。
ランク付けの様に座る席一つとっても差というものを感じる。
『次は、新入生代表の挨拶です』
アナウンスが流れ、遠くに座っていた臙脂色の制服を着た二人の内、一人が立ち上がった。
代表挨拶は入試テストで一番成績が良かった生徒が行う決まりがある。
つまり家のコネではなく、しっかり実力があって特待クラスに配属されたとわかる。
学園の殆どが貴族。
貴族じゃなかったとしても高額な学費を払える金持ちの家の子。
他国から留学している王族出身者もいる。
魔法学科の生徒は平民ばかりだって聞くし、その点が救いかな。
学園生活の始まりに胸を高鳴らせる反面、襲い来る眠気と闘いながらジェノは欠伸を噛み殺した。
『新入生代表―― レミアーヌ・ブロンディス』
「はい」
鈴を転がした様な凛とした声音がひんやりとした空間に響き、ジェノの耳へと届いた。
お読み下さり、ありがとうございました。
次回は『ドキドキ、初めての学園生活と自己紹介!』の巻。




