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親友の距離感って僕には面倒臭い。  作者: 殿と殿


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【前回のあらすじ】

カルシェンツと街探索をした後、ついにモーズリスト家の屋敷に帰還したジェノ。

そこで見た光景は、屋敷が消失し何も無い広大な大地だった。

妖精の仕業だと発覚し、なんとか正解のルートを探す一行。

長い長い謎トンネルを抜けたその先は――

「あれって屋敷から樹が生えてるっすよね?」


 雲を突き抜ける様に伸びた巨大な蔓(つる)は、うねり絡み合いながらも揺れる事なく真っすぐに生えている。

 屋敷のど真ん中を突き破った状態の巨大樹に、馬車から降りてきた全員は呆気に取られて上を見上げた。


「うわー、屋根を突き破ってるのかな」


「植物はコンクリートも突き抜ける生命力があるし、あの大きさなら余裕で貫通してそうだね」


 トンネルを抜けた瞬間、目の前に飛び込んできたのは懐かしのモーズリスト家の屋敷と、その天辺から生える巨大な植物。

 周囲には霧の様な靄が薄っすらと立ち込め、空も厚い雲で覆われていて視界が悪い。天に向かって雄々しく伸びる蔓の先は白い靄で見えなかった。


「まるで『ジョックと柿の木』だね」


「童話の? 確かに空へ伸びる植物は同じだな」


 あの先はどうなっているのだろうか。植物の先っぽがあるだけ? それとも物語の様に天空の城に続いていたりするのだろうか・・・。


「あれが世界樹の苗か、でっかいなぁ」


「屋敷にそこまでの損壊は見られませんが、地下室から生えていたら拙いですわね」


「確認してみようぜ。屋敷の面積や形も以前と少し違く見えねぇか? なーんかおかしい」


「そっすよね!? やっぱり窓の数多いっすよね!」


 綺麗な夕焼け空が広がっていた筈なのに霧で覆われているだけでも驚いたが、それ以上に巨大植物や違和感のある屋敷の存在に空いた口が塞がらない。


「なんだよこれ・・・」


 メロスや他の皆はゾロゾロと屋敷の内部へ向かったが、ジェノは天を仰いだままその場を動けずにいた。


「ジェノ君ジェノ君凄いね! お屋敷の形も以前とは異なっているし、増築したかの様に大きくなっているよ。ああっ、それにしても建造物を突き抜けて聳える蔓のなんと美しい事か! 生命力溢れた佇まいと厳かで雄大な葉と茎の主張。現実離れした光景に己の眼を疑ってしまうよ!」


「ああ、これが自分の家じゃなけりゃ芸術的な光景で見惚れちゃうわな」


 隣で興奮気味に騒ぐカルシェンツ。確かによく見ると屋敷の窓の位置が夜逃げ前とは違うし、少し横にも縦にも大きくなっている。

 一体全体、屋敷に何が起こったというのだろう?


「ふぅ・・・こうして眺めていても何もわからないし、探索に向かうか」


「うん、探険しに行こう! 何かあったら私がジェノ君を護るから安心してね」


 不安と好奇心と興奮を胸に、半年振りに実家の玄関を開けた。




 ドキドキしながら問題の屋敷に足を踏み入れたジェノは、今まで通りの玄関の風景に胸を撫で下ろす。此処だけ見るとようやく帰って来たんだなという感慨が湧くが、先に進むと未知の光景が広がっているのは確実で、疲れた体が更に重くなった様に感じた。


 でも、ちょっとワクワクしてきた。自分の家で冒険している気分を味わえるとは・・・まずは一階から探索を――


「ん?」


 エントランス横の靴箱のドアを開け、ジェノは固まった。

 スケート靴や長靴が鎮座している筈の扉の向こうには、何故か男性用便器が並んでいる。


「・・・」


 バタンッ


「ねぇ今トイレなかった?」


「いや、そんなはず、ない、だ・・・ろ」


 一見見慣れた我が家のエントランスに何故かトイレがあるなんておかしい。

 眼を擦ってもう一度扉に手を掛けた。


 ガチャ・・・バタン


「ジェノ君、何回見てもそれはトイレだよ。私にも見えてるから大丈夫、幻じゃないさ」


「幻であってほしかったんだが!? はっ? なんでトイレ!?」


 どこが大丈夫なんだよ! 何でこんな所に男性用の便器が並んでるんだ? 靴は何処へ行った!?

 そもそもシューズクローゼットはこんなに広くないと考えたところで、ジェノはこのトイレに見覚えがある事に気付く。


「このトイレ、二階奥にあるトイレじゃないかい?」


 モーズリスト家は男女でトイレが分かれており、ジェノは女の子なので男子トイレに勿論入らないが、一年程前にカルシェンツに「連れションしたい」と強引に手を引かれて入った事があった。


「ジェノ、どうも屋敷内の部屋がランダムに移動してるみたいなんだ。あっちの掃除用具入れの扉の先は神林の部屋に変わってた。そこは女子トイレにしてほしかったよねー」


「部屋がランダム?」


「そ、ランダムに配置されちゃって屋敷の構造もそのせいで違うらしいよ」


 呑気に笑っているメロスの言葉に思わず額を抑える。

 神林の部屋は一階の奥にあった筈。全ての部屋が入れ替わっているのか? そんなのいくらなんでも滅茶苦茶すぎる!

 せっかく家に帰ってきたのに一息つく暇もないじゃないか。自分の部屋も何処に飛ばされたか分からないし。


「でもあと二、三日で『屋敷消失事件』も『巨大植物』も『ランダム部屋』も元に戻るだろうから心配ないってオババ様が言ってたよー」


「オババ様が・・・じゃあ、なんか大丈夫な気がしてきたな」


 謎の信頼があるオババ様の言葉。理由はないけど不思議な事象に関しては説得力が凄まじい。ちょっと安心したら力抜けてきた。


「まずはジェノ君の部屋を探そう」


「そうだな、とにかく確認していこうか」


 その後も次々に開けていくドアの先には思い浮かべる部屋はなく、予想とは異なる別の部屋が点在している。

 メロスの書斎が馬小屋に。

 メイン食堂が植物溢れる温室に。

 階段下のスペースはまさかの脱衣所に。


「僕の部屋は!?」


 ジェノは二階の自室のある場所に辿り着き、祈る様な気持ちでドアを開け、膝から崩れ落ちた。


「厨房かよ!」


「んー良い匂いだね。お腹が空いてきた」


 自室があった場所に広がる風景はモーズリスト家の厨房で、ジェノの部屋は何処かに消えてしまっている。


「そんな事言ってる場合かっ、僕の部屋が消えちゃったんだぞ?」


「ああっ、これは一大事だ! でも大丈夫、私がジェノ君を包み込んでマイルームとなり、隅々まで癒してあげよう!」


「次は三階に行くぞ」


「無視かな?」


 無駄に楽しそうなカルシェンツの相手をしていたらいつまで経っても見つけられない。


「うっわー、俺の部屋ガラクタだらけなんだけど!」


「あっ、クラウン氏それ俺の部屋っす! こんなところに移動してたんすねー」


「このトーテムポール邪魔すぎるのでは? 誰か私の部屋見た方いませんか?」


「うわっ、床に根っこみたいなの這ってるぞ! マジで植物に浸食されてるじゃねぇか」


 全員が迷子の部屋探しに勤しむ声を聞きつつ、視界に入った扉を片っ端から開けて進んだ。所々に蔦の様な物が壁や柱に巻き付いていたり床や天井から伸びていて邪魔だが、発色の良い緑色で見様によっては良い感じのアクセントだ。

 自然を沢山取り入れたお洒落なカフェとかにありそう。


「――ん?」


 屋敷探索に夢中になりながら、ジェノは不意に暗がりの廊下に目をとめた。

 普段は掃除用具を入れている小さなロッカーがある場所。

 そこに見知らぬ扉を見つける。

 黒く鈍い光を放つ、重厚な扉だった。

 こんな扉、家にあったか?



「モーズリスト家でこんな扉、初めて見るね」


 迷惑なほど何回も家に遊びに来ていたカルシェンツでさえそう思うって事は、やっぱりこんな豪華な装飾の扉はなかったって事だろう。こいつの天才的で変態な頭は異様に記憶力がいい。だからやはりこの扉の存在はおかしいのだ。

 ジェノは不思議に思いつつ、そっとドアノブに手を伸ばした。


 キィィー


 耳障りな音を立てながらゆっくり開く扉の向こうは、予想外に下へと下る階段だった。


「暗い・・・」


 壁が石造りで重苦しい雰囲気の階段。横の壁に埋め込まれる形のランプには明かりが灯っていない為、下に行くにつれ真っ暗で何も見えない。


「これ、降りてみる?」


「うーん、その勇気はちょっと湧かないかなぁ、なんか出そう」


「確かに、お化けとか出そうだよね」


 ものすごく気になる謎の階段だが、不用意に降りていい雰囲気ではない。


「でも、いずれランダム部屋は元に戻るって言ってたし、そうなったらこの扉をもう一度見つけられるかな?」


「確かに・・・難しいだろうな」


 今までこの屋敷で生活してきて、1度も見たことない扉だ。ここは勇気を出して降りてみた方がいいのではないか?


「いけませんよジェノ様」


 足を踏み出した直後、後ろから肩にそっと手を置かれた。


「うあっ!? びっくりした・・・ファスト?」


 暗がりでも美しく光る、七三に整えられた銀髪の短い髪。知的なメガネと少し冷たさを感じる美しい横顔に、ジェノは顔をほころばせた。


「わあ、久しぶりファスト! 会いたかったよ」


「私もお会いしたかったですジェノ様。半年以上ぶりにお顔を見れてとても嬉しく思います」


 小さく口角を上げ目を細める美青年に、ジェノは嬉しくて抱きついた。


「ぬあっ!? ジェノくんずるい、私にも抱きついてほしい!」


「ファストとは、ようやく会えた感動の再会なの! 邪魔しないで」


 モーズリスト家のみんなが夜逃げ騒動で外に出ている時、ずっとファストは屋敷にこもって集まってくる呪いに対応して動いていたのだ。


「私ともまた感動の再会をしてほしい!」


「カルシェンツとはもうやっただろ」


 街中で刃物持って追いかけられたり、橋から真っ逆さまに落ちたり、馬になりたいと衝撃告白をされたり。

 ある意味やばいくらい心が動かされる再会だったな。感動はしないが。


「人間は常に進化し、変化している。1秒前の私と今の私はもう別の私と言えるだろう。つまりどの私と会ってもそれは再会に他ならない。よって感動の再会を祝してハグをしよう! 全身全霊で抱きついておくれ」


「謎理論やめろ」


「そうですよエンジェル、私とジェノ様の和気あいあいとした仲睦まじい触れ合いを邪魔しないでいただきたい」


「ジェノ君、その人は危険だから離れて私の隣においで」


「親友と言うのならばもう少し心の余裕をお持ちになったらどうです? 嫉妬は見苦しいですよ」


「親友を遥かに超えた運命の大親友だからこそ、ジェノ君を構成する全てが私に向けられていて然るべきなのだ。嫉妬などではなく自然の行動だ」


 前から思ってたけど運命の大親友って何なの? どこら辺にこいつは運命を感じているのか・・・聞いたらハイテンションで永延語られるだろうから質問しないけどさ。

 ていうか、この二人って仲悪い?


 嫉妬深い親友がやかましいから一旦身を離したが、指先だけはファストの手をつまんだままだ。

 それがまた気に食わないのか余計に眉間にしわを寄せるカルシェンツ。


「ねえ、この扉って何? 階段はどこに通じているの?」


「ジェノ君の家にこんな扉ありませんでしたよね?」


「はあ・・・見られてしまいましたからお伝えしますが、この扉はオババ様の自室の寝室、さらにその奥にある扉です」


「おババ様の・・・」


「ああ、だから1度も見た事がなかったんだね」


「ええ、プライベートな場所ですので足を踏み入れない方がよろしいかと」


「そうだね、やめとくよ」


 この階段・・・どこかで見たことある気がするから凄く気になるんだけど、さすがに他人の私室に勝手に入るのは良くない。でもどうして『見たことある気がする』って思うのだろう? オババ様の部屋には何度か足を踏み入れているが寝室には入った事はない、はずだ。




 その後談話室に場所を移動したファストは、事務的に屋敷の状況を説明してくれた。


「既に見て体感しているかと思いますが、この屋敷には異常事態が起こっています。まぁわかりやすく言いますと、飛んできた呪いにびっくりした妖精たちが屋敷や仲間の身を守ろうと、地下に閉まっておいた世界樹の種に祈りを捧げてしまったのです」


「世界樹の種って?」


「昔ちょっと縁があって手に入れたのですが、使い道がないので適当な箱に入れておいたやつでして」


「扱いが雑すぎない!?」


 世界樹の種って本物なら凄いものなんじゃないの? ちょっと高価な物ってレベルじゃない、ヤバい代物でしょうに。


「妖精が本当にいるって事だけでもびっくりだけど、さすがにこの状況は信じるしかないよ」


「モーズリスト家はビックリ箱みたいで面白いよね」


 カルシェンツが口元を押さえながら無邪気に笑う。

 自分の家が一番謎の僕の気持ちを考えてくれよ。色々な事が一気に降りかかってきて一つ一つ整理したいところだけれど、無駄に疲れているジェノの頭は働かない。


「屋敷が消失してるみたいになってたけど、今居る場所って一体何処にあーー っ?」


 ソファーに腰掛けているジェノの横を、ふわりと淡い黄色の光が通り過ぎた。来る途中に通ったトンネルの中で見たものと同じ様な光。

 これは・・・妖精?


「おや、光が集まってきたね」


「ふむ、これは珍しいですね。なるほど、エンジェルに引き寄せられてきたのでしょう」


「カルシェンツに?」


 一つ一つはビー玉くらいの小ささで、優しく淡い光を放っていた。ほわほわと点滅を繰り返している光もあれば一定の光もある。

 共通しているのは導かれる様にカルシェンツの周囲を飛んでいる事だ。

 そういえば、トンネルの中でも妖精を捕まえてメロスがビックリしていたな。


「エンジェルは光の使徒、ゼールディグシュ家の末裔ですから」


「光の使徒・・・それって教科書に載ってるやつ? 初代王様の父だとか言う」


「ええ、ヴェジニアの租です」


 ――はるか昔、ヴェジニアのある大陸全土は闇に覆われる時代に突入していた。

 飢餓や災害、あらゆる厄災に襲われ人口の三割が死に絶えた。

 苦しみに耐える人々の願いが届いたのか、ある時突如天から神の使い『光の使徒』が大地に降り立った。

 輝く槍を大地に突き刺せばたちまち緑地が広がり、瞬く間に豊饒な大地へと変貌を遂げたという。

 魔は払われ天から燦燦と光の柱が降り注ぎ、大陸の者たちは救われた。


 槍を刺した場所が現王城の中心地の中庭で、立派な石碑とモニュメントが置かれているらしいけど、僕は王城に入った事ないから見た事がない。

 教科書に載っている歴史。


「王家であるゼールディグシュは安寧を齎した光の使徒の血を引く末裔ーー だったっけ? よくある昔ながらの伝承や伝説みたいなあやふやな話だと思ってた・・・」


「ヴェジニア国だけでなくこの大陸に存在する国の半数以上に上る王家が、我々こそが本物の光の使徒の末裔だ! と大々的に名乗りを上げているけれどね」


「だよね、胡散臭すぎてぶっちゃけ嘘だと思ってた」


 国際会議で未だに本当の子孫は自分たちだと言い争いになっているし、過去戦争に発展した実例もある厄介な問題なのだ。くだらない事で揉めるなよと言いたい。

 カルシェンツに目を向けると、どんどん光が集まってきていた。綺麗だなんて悠長に言ってる場合じゃない程の光に包まれているが、動じた様子もなく王子様は紅茶を優雅に飲んでいる。


「妖精さん達、視界を塞がないでくれないかい? 驚いている素敵なジェノ君の表情を見逃してしまうじゃないか」


「そんな事言ってる場合か」


「ああ、常日頃から輝いてるジェノ君が更にキラキラして美しいね! きっとジェノ君をもっと目に焼き付けるべきだという妖精さんの粋な計らいなのだろう。勿論さっ、私の両の眼はジェノ君の光で潰される為に付いている!」


「こっちからはお前が発光人間みたいになってるぞ。大丈夫なのかコレ」


 身体が発光する姿は何度か目にした事があるが、あれはカルシェンツ自身の魔法によるもの。今回は無数の妖精に囲まれた事で発光してわけで、安全と言い切れない状況だ。

 ファストが呑気にお代わりの紅茶を注いでいる為平気なんだろうと座ったままでいるが、あまりの多さに段々心配になってくる。

 カルシェンツが指先を指揮するように動かすと、光がくるくると踊るように周囲で回りだした。


「だから顔周辺で回られるとジェノ君が見えづらいのだが? ・・・うん、そうそう避けてもらえる? ありがとう。ああぁ、今日もジェノ君は最強に美しい!」


「慕われ集う現象はまだわかるとして、意思疎通するだけでなく命令を聞かせるとは・・・ふむ、これは認識を改める必要があるな」


 異常事態なのにブレなさすぎるカルシェンツに「こいつのメンタルどうなってんだ?」とドン引きしていたジェノは、ファストが最後何と言ったのか小さくて聞き取れなかった。

 印象でしかないが、次々にカルシェンツに集ってくる妖精達の光はなんだか楽しそうだ。


「彼らは放っておいても害はありませんが・・・エンジェル、良い機会なので妖精の取り扱い及び『精霊魔法』について説明しますね。そのまま動かないで下さい」


「精霊魔法!? なにそれ!」


「ジェノ様は危険ですので絶対に真似しないように、精霊魔法はエンジェルにのみお教え致します」


「ええ――! ずるいっ!」


 精霊魔法など初めて聞き、一気にテンションが上がった。駄々を捏ねるジェノの頭を宥める様に撫でて、光を纏う王子様へ近寄って行く執事。


「危険とは?」


「完全に意思疎通が出来ない場合、妖精や精霊の気分次第で術者に跳ね返ったり、予期せぬ効果が発動します」


「こわっ」


「ええ、余程妖精種に好かれていない限り使用するのは危ない代物です。昔、少し妖精が見える程度の人間が金の力で強引に精霊魔法を習い・・・発動した瞬間、四肢が爆散して死に絶えたのを見たとオババ様が言ってました」


「え・・・」


「人間を遊び道具の玩具としか思ってない妖精や精霊も少なくないですから。きちんと意思を通わせ契約を結べるレベルでないと、使用の対価として殺される事もしばしばです」


「いやいやいや! そんな危険なものカルシェンツに勧めないでよ!」


「私は上手く契約出来そうという事ですよね?」


「はい、エンジェルの血筋とこれ程の好かれ具合ならかなり上級の――」


「ダメ!」


「ジェノ君?」


 ジェノは咄嗟にファストとカルシェンツの間に立ち塞がり、首を振った。

 不思議そうに見上げるカルシェンツの声を背中越しに聞きながら、僅かに眼を見開いたファストにキッパリと告げる。


「そんな危ない事を、カルシェンツにさせられない!」


「ふぁ?」


「ジェノ様」


「もし四肢が捥げたらどうするの? そんな危険なモノなら無い方がいい。カルシェンツに危険なものを教えないでほしい!」


 精霊魔法は凄そうだし興味は勿論あるけれど、危険が伴うならば許容出来ない。あっちの気分次第で殺されるなら尚更だ。


「普通の魔法でさえ暴走したり命の危険を感じる時もあるのに・・・危険だと知ってて新たに習得する必要なんてない」


「精霊魔法は選ばれし者しか得られない人智を越えた力です。通常の魔法とは一線を画す、膨大な威力と効果が得られます。習得出来る才能を持つ者と、授ける術を持った者が出会う可能性など、砂漠で一粒の砂金を見つけるより難しいかもしれない。それほどの奇跡の重なりを前にして、何もしないのは」


「過ぎた力は劇薬だ」


「ジェノ君・・・」


 ファストがここまで言うのなら相当凄い力で、僕なんか想像つかない程の奇跡的な確率なのだろう。

 でも・・・。


「魔法は便利な代物だ。でも僕は、まともに使いこなせる様になるまで「魔力なんて無い方が良かった」と何度も思ったし、実際に死にかけてる。ちょっと浮くつもりが上昇が止まらずにそのまま雲を越えちゃった時、物凄い恐怖だった。このまま止まらなかったらどうしようって・・・宇宙まで飛んでいくんじゃないかって怖かった」


 あの時のトラウマはその後も影響を及ぼし、一時期魔法発動が出来なくなった。原因はメンタル的なもので、死に対する恐怖心により自分自身でストッパーを掛けていたから。


「僕は運が良かっただけ。オババ様が魔道アイテムで助けてくれなかったら、きっとあのまま・・・」


 両手をぎゅっと握るジェノの肩をそっと後ろから抱きしめるように、カルシェンツが腕を回した。周囲の光が散らばるように離れて行き、眩しすぎる事はなくなった。

 自分の身体が少し震えている事に気付き、苦笑を漏らす。


「怖いんだ、僕は。カルシェンツは血筋も才能も色々凄いし、あっさり精霊魔法も習得しちゃうのかもしれない。でも、大きな暴走や妖精の嫌がらせの前には僕の力なんてちっぽけで、手も足も出ないまま失うかもしれないっ」


 くるりと反転し向き合うと、抱きしめられる形になる。美しい完璧な顔立ちを確かめる様にするりと頬をなで、石の様に固まったまま瞬きせずに息すら止めているカルシェンツに微笑んだ。


「ごめんね。せっかく凄い才能があるのに、我が儘言って。僕にカルシェンツを助けられる力があればいいのにね。わかってるんだ・・・教えて貰った方が良いんだろうって事も、何か起こってもファストが助けてくれるだろうって事も、才能は止めるべきじゃないって事も・・・でも」


 宝石みたいな黄緑色の瞳には、ジェノしか映っていない。この瞳が好きだ。いつも一心に見つめてくる時に熱すぎる視線が。

 うるさい程に意味不明な賛美を紡ぎだす口も、妙に荒すぎる鼻息も、どんな呟きも絶対聞き逃さない形の良い地獄耳も。

 ああ、僕は――


「大好きな親友を、失いたくないんだ」


 失いたくない存在がここにあるから、嫌がられたって我が儘を言おう。

 ジェノの言葉は真っすぐに、向かい合う相手へと届いた。


「・・・ぁ」


 抱きしめられている状態はあまりにも近すぎて、さすがに恥ずかしくて俯いた。


「どうしても覚えたいって言うなら最終手段使うからね! 何かを得るなら代わりに何かを失わないといけないんだから。この世は等価交換で成り立っているって事忘れちゃ駄目だぞ。世の中そんな甘くないって事を僕が教えてあげよう」


「ジェノ様」


「僕だって本当はこんな事言いたくないけど、カルシェンツの為だから心を鬼にしてア(・)レ(・)を言うよ・・・精霊魔法を習うならお前とはぜっ」


「ジェノ様」


「え?」


 後ろにいたファストがいつの間にか隣に立っており、カルシェンツの顔を覗き込んでいる。


「エンジェルが死んでいます」


「は? ・・・はあっ!? ちょっ、カルシェンツ? おいっ」


 顔を上げて目の前の相手を確認すると、カルシェンツが白目を向いて気絶していた。

 ジェノを抱きしめた状態で立ったまま気を失っているのだ。


「いや何で気絶してんだよ!」


「ジェノ様の大好き発言を優秀なはずのエンジェルの脳が処理できず、精神的にも受け止め切れなかったのではと推測します」


「僕の大好きは精神攻撃なのか!?」


「近過ぎたのも要因かと。それほど衝撃と刺激が強かったのでしょう。一言でキャパオーバーを起こすとは驚きです」


 思い返してみれば一切の奇声を発さずに黙ってジェノの話を聞いていたのは、意識がなかったからか。

 大人しくても面倒臭いとは凄いなこいつ。

 連日忙しくしていた事もあり眠りが大分深そうだったので、客間へと運びベッドへ寝かせた。

 カルシェンツの周りをフワフワ飛び交う無数の光は、ファストが手のひらを上に向けるとゆっくりとそちらに近づき、「あなた達はもうあちらへお帰り」と言った瞬間消えた。


「ファストに任せれば大丈夫なんだって頭ではわかってるんだ。でも・・・」


「はい、心配なさるお気持ちはごもっともですし、危険はいくらでも起こりえます。しかし彼の安全の為にも、伝授させなければならないのです」


「どういうこと?」


「今回の騒動により妖精達に完全に認識され興味を持たれたエンジェルは、今後ちょっかいを掛けられる可能性が高い。この屋敷に存在を許された妖精は温和で人間にも好意的なモノばかりですが、普段我々が暮らしている世界では様々な性格の妖精や精霊が生息しています。警戒し予防しておかないと、好奇心旺盛なものに目を付けられれば厄介な事になります」


「・・・今までは何もなかったし、そもそも妖精だって今日初めて見たのに?」


「ええ、人間が住まう地と彼らの領域は、重なってはいても交わってはいませんから。人間が妖精種を認識できないのと一緒で、あちらも人間の存在に気付きにくい。一瞬歪みが生じた場所で偶然接触する事があったりもしますが、まず人間の生涯で関わり合う存在ではない。同じ場所にいてもピントが合わないから互いに見つけられない状態と言えばいいか・・・しかし、今回世界樹の影響で屋敷周辺が聖域と化してしまい、ピントが合ってしまった」


 世界樹の種が成長した影響でこの不思議空間が出来上がり、妖精達も僕達もお互いを認識出来るようになった。ファストの話を黙って聞き、静かに頷く。


「屋敷が元に戻れば今まで通り見えなくなります。しかし、エンジェルの異様な好かれようを見るに、妖精種は彼を放っておかないでしょう。好奇心旺盛で話好きの妖精達の間で瞬く間に存在が知れ渡り、目を付けられる」


 ジェノが初めて魔法を発動させた無人島などは妖精種が多く生息しているらしく、小さいが一部聖域になっている場所もあるらしい。悪戯好きの妖精や、人間嫌いの精霊に意外な場所で遭遇するかもしれない。中には常に人間を認識出来る個体もいるそうだ。その場合、一度強い興味を持たれてしまったカルシェンツの存在は妖精達の噂によって周知されており、危害が及びやすい。


「テレパシーの様な物を飛ばして会話するので、噂はあっという間に妖精界隈に広まるんです。妖精種に対するきちんとした知識を持ってもらい、安全な個体と契約して精霊魔法を習得すれば対処が可能になります」


「つまり、精霊魔法は悪戯好きの妖精から身を護る術になるんだね? ・・・説明してくれてありがとう。僕は危険がより少ない方を選んでほしい」


 四肢爆散は嫌だが、精霊魔法を習得した方が安全ならそっちの方がいい。

 ジェノの頭を少し強めに撫でて「お任せを」と鋭い目元を和らげたファスト。その後ベリオンさんを呼んできて眠ったままのカルシェンツを託し部屋を出た。


「そういえばジェノ様にお客様がいらしてます」


「客? 僕に?」


「ええ、お疲れでしょうし明日でも問題ないですが、どうします?」


「僕を訪ねて屋敷に来たの? え、この不思議空間に居るって事だよね、大丈夫?」


「まあ」


 まあって何だまあって! 長旅で疲れてはいるが僕に客なんてカルシェンツかレミアーヌちゃんくらいしか来たことがないし、こんな状況でずっと待たせるのも気が引ける。

 ジェノは取り敢えず会うことにした。


 迷宮と化した家の中を迷いない足取りで進んで行くファストのなんと頼もしい事か。

 何も考えずついて行ったら迷子になりそうだからちゃんと部屋の場所覚えとかなきゃ。


「運悪く来客があった時刻に妖精が暴走しまして、実は帰れずにここで軟禁生活のような形になっております」


「絶対大丈夫じゃないよねソレ」


「人間の都合など妖精には関係がありませんからね・・・着きました」


 え、数日間は滞在してる事にならない?

 ノックして角部屋に入ると、そこはいつも食事をとっていたダイニングルームだった。

 長テーブルの一番奥に座っている大柄な人物が、入ってきたジェノの方へゆっくりと顔を向ける。


「む?」


「え、あっ、こんにちは?」


「ああ、こんにちは。時間帯的には『こんばんは』だが此処は時間の感覚が向こうとは違うみたいだし、こんにちはで統一した方がいいね」


 目が合った男性の顔を見て、ジェノは頭をペコりと下げた。

 少し薄い頭皮に体格のいいガッチリした身体、綺麗に整えられた顎髭に意外とくりっとした可愛らしい瞳。


「やあ、ジェノ君久しぶりだね」


「お久しぶりです、おじさん。遊びに来て閉じ込められちゃったの?」


「そうなんだよ、いやーまいったなぁ。ハッハッハ!」


 豪快に笑いながら手元のスパゲティを器用に巻き付け、大きな口で食べている。

 何だ・・・僕に客って、アンティークおじさんの事か。


「ジェノ君もお腹が空いていたら一緒に食べないかい? 話したいこともあるからね」


 そういえばまだご飯食べてないや。

 アンティークおじさんは、モーズリスト家にたまーにやって来ては「装飾が素晴らしい」だの「アンティークは最高」だの語っては帰っていく人だ。


 初めて会った時は、警戒して泥団子を投げつけた記憶がある。

 それでも一切怒る事なく、一緒に砂場で遊んでくれる優しいおじさんだ。

 アンティークへの情熱が凄すぎて全然ついていけないし、魅力もわかってあげられないけど、ジェノはおじさんの話をうんうんといつも聞いてあげていた。


「僕にお客さんって聞いたんですけど」


「そうなんだ、ジェノ君に用事があってきたんだよ」


「へぇー」


 いつもメロスに仕事の話をしに訪れていたのに、僕に用事?

 初めての事に運ばれてきたペペロンチーノを咀嚼しながら、首を傾げた。


「さて、モーズリスト家跡(・)取(・)り(・)である、ジェノ・モーズリスト殿」


 フォークを置いた途端真面目な表情で指を組み此方を見据えて来る相手に、ジェノも背筋を伸ばす。


「学園に通っている間、王家呪殺計画に関与しているとみられる者を見つけ次第動向を探り、証拠となる副作用の痣を持つ者を報告してほしい」


 アンティークを褒める柔和な顔はそこになく、ジェノの知らない貴族のおじさんがそこに居た。


「これは・・・国王陛下からの依頼である」

まともに登場したのは初のアンティークおじさん。

実は初期の頃(2話とか)にチラっと出ていたり・・・

お読み下さり、ありがとうございました。

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