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『十八歳の通訳、明治を歩く―伊藤鶴吉とイザベラ・バードの旅日記』  作者: C・T・ITOU


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9/12

幕間 名前に込められたもの



旅立ちの準備を進めていたある日のこと。


イザベラ・バードは、鶴吉が手帳に何かを書き込んでいるのを見て、声をかけた。


「鶴吉、少し尋ねてもよろしいですか?」


「はい。何でしょう、ミス・バード」


「あなたのお名前です。Tsurukichiというのですね。日本のお名前には、それぞれ意味があると聞きました。あなたのお名前には、どんな意味があるのですか?」


鶴吉は、顔を上げた。


「鶴吉ですか。鶴というのは、日本にいる大きな鳥の名前です。そして、吉は、めでたいことや幸運を意味します」


「鶴……。どのような鳥なのですか?」


「白い体に、黒い首や翼。そして、頭のてっぺんが赤い鳥です」


鶴吉は、手帳の余白に、簡単な鳥の絵を描いてみせた。


「まあ、ずいぶん美しい鳥ですね」


「日本では、鶴は長生きやおめでたいことの象徴でもあります。鶴は千年、亀は万年という言い方もあるんですよ」


「千年も生きるのですか?」


「いえ、実際に千年生きるという意味ではありません。長寿を願う言葉です」


バードは、楽しそうに笑った。


「なるほど。言葉には、その国の人々の願いが込められているのですね」


「そうですね。それから、日本には鶴が登場する昔話もあります」


「どんなお話ですか?」


「『鶴の恩返し』というお話です。人間に助けられた鶴が、その恩を返すために人間の姿になって訪ねてくるのです」


「恩を返す……。美しいお話ですね」


バードは、しばらく鶴吉の描いた鳥を眺めていた。


「では、今度は私の名前についてお話ししましょう」


「イザベラというお名前ですね」


「ええ。Isabellaです。私の名前は、祖母たちにちなんで名付けられたと聞いています」


「祖母さまのお名前だったのですか」


「そうです。そして、Isabellaという名前は、Elizabethという名前と同じ系統にあるのですよ」


鶴吉は、興味深そうにうなずいた。


「エリザベスですか。聞いたことがあります」


「そうでしょう。キリスト教の歴史には、聖エリザベトと呼ばれる女性がいます。ハンガリーの王女で、貧しい人々や病人を助けたことで知られています」


「王女さまが、そのような活動をなさったのですか」


「ええ。彼女は後に聖人となりました」


「それは、すばらしいことですね」


鶴吉は少し考えてから、続けた。


「ポルトガルにも、聖イザベルと呼ばれる王妃がいたそうですね」


バードは、少し驚いたように鶴吉を見た。


「よくご存じですね」


「横浜で外国の方から聞いたことがあります。聖人のお名前にも、いろいろなものがあるのですね」


「そうですね。名前は、家族から受け継ぐものでもあり、信仰や歴史と結びつくこともあります」


鶴吉は、自分の名前をもう一度考えた。


鶴と吉。


自分にとっては、生まれたときから当たり前にあった名前だ。しかし、こうして外国の人に説明してみると、その中にも日本の人々が大切にしてきた願いや考え方があるのだと気づかされた。


「ミス・バード」


「はい?」


「名前というのは、面白いものですね。同じ人の名前でも、国によって由来や意味が違うのですから」


「本当にそうですね。今日、あなたのお名前について知ることができてよかったです」


バードは微笑んだ。


「私も、あなたが私の名前について調べていたことを知って、うれしく思います」


「いえ、まだまだ知らないことばかりです」


「それなら、これからの旅で、たくさんのことを知っていきましょう」


「はい。私も、ミス・バードに日本のことをたくさんお伝えしたいと思います」


鶴吉は手帳を開き、今日の会話を書き留めた。


名前の意味。


鶴の姿。


そして、遠い国の聖人の話。


言葉を覚えることは、単に外国語を話せるようになることではない。


その言葉の向こうにある、人々の暮らしや歴史を知ることでもある。


鶴吉は、手帳を閉じた。


これから始まる旅で、どれほど多くの知らないことに出会うのだろう。


そう考えると、胸が弾んだ。

イザベラ・バードの名前について


彼女の出生名は Isabella Lucy Bird(イザベラ・ルーシー・バード)。


1831年10月15日に、イギリスのヨークシャーで生まれている。伝記によると、Isabella は母方と父方の二人の祖母にちなんで名付けられています。


そして、1881年にジョン・ビショップと結婚した後は、Isabella Lucy Bishop という名前も使うようになります。


加えて、

Isabella(イザベラ)と Isabel(イザベル)は、同じ名前の系統です。


どちらもスペイン語・ポルトガル語・英語などで使われる女性名で、歴史的には Elizabeth(エリザベス)と同じ名前の系統に属しています。


◾️名前 と、読み方

・ Isabella / イザベラ

・ Isabel / イザベル

・Elizabeth / エリザベス

・Isabelle / イザベル


また、カトリックの聖人とも、重なります。


◾️聖エリザベト(ハンガリーの聖エリザベト)


13世紀のハンガリー王女で、貧しい人や病人への慈善活動で知られ、1235年にカトリック教会で聖人に列せられた聖人。


そして、イザベラと関係の深い聖人もいます。

-

◾️聖エリザベト(Elizabeth):イザベラと同じ名前の系統。


聖イザベル・デ・ポルトガル(Isabel of Portugal):ポルトガル王妃で、後に聖人となった人。英語では Saint Isabella of Portugal とも呼ばれていますら。

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