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『十八歳の通訳、明治を歩く―伊藤鶴吉とイザベラ・バードの旅日記』  作者: C・T・ITOU


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第三話 言葉が仕事になる



横浜の町で働く鶴吉は、毎日のように手帳を開いていた。


そこには、少しずつ英語が増えている。


挨拶の言葉。

仕事で耳にした言葉。

外国人たちが何気なく口にする短い表現。


聞き取れなかった言葉は、あとで誰かに尋ねた。


意味を教えてもらい、発音を確かめ、書き留める。


最初は、ほんの短い言葉ばかりだった。


**Good morning**


おはようございます。


**Thank you**


ありがとう。


**Yes**


はい。


**No**


いいえ。


一つ覚えると、次の言葉が気になる。


鶴吉は、覚えた言葉を何度も口の中で繰り返した。


けれど、単語を知っているだけでは、相手の話に答えられない。


ある日、仕事先で外国人の男性が、鶴吉に声をかけた。


「Where is the station?」


鶴吉は、相手の言葉に耳を澄ませた。


station。


駅だ。


where。


どこ。


手帳で覚えた言葉が、頭の中でつながった。


駅はどこか、と尋ねているのだ。


鶴吉は、少し緊張しながら答えた。


「This way」


こちらです。


そして、駅のある方向を指さした。


男性は、鶴吉の示した方向を見て、うなずいた。


「Thank you」


「You're welcome」


短い会話だった。


それでも、今度は挨拶だけではない。


相手の質問を理解し、自分で答えることができた。


鶴吉は、うれしくなった。


男性が立ち去ったあとも、しばらくその場に立っていた。


今の会話を、もう一度思い返す。


聞き取れた言葉。

分からなかった言葉。

自分が答えた言葉。


忘れないうちに、手帳に書き留めた。


**Where is the station?**


駅はどこですか?


**This way**


こちらです。


そして、その下に、もう一つ書き加えた。


「質問の意味が分かった。自分で答えることができた。」


鶴吉は、その文字を眺めた。


英語を覚えるということは、単語を暗記するだけではない。


相手が何を知りたいのかを理解し、自分の考えを伝えることなのだ。


その日から、鶴吉は、覚えた言葉を組み合わせて話す練習を始めた。


単語を一つずつ覚える。

短い文章にしてみる。

実際に相手に使ってみる。


うまく通じないこともあった。


相手の言葉を聞き取れず、何度も聞き返すこともあった。


そんなときは、恥ずかしがらずに尋ねた。


「Please say again」


もう一度言ってください。


相手がゆっくり話してくれると、分かる言葉が増えた。


鶴吉は、少しずつ会話に慣れていった。


母と三人の妹たちの暮らしを思えば、もっと働けるようになりたい。


英語ができれば、外国人の仕事を手伝えるかもしれない。


仕事を任せてもらえれば、家族の役にも立てる。


そんな思いが、鶴吉の努力を支えていた。


けれど、英語を覚えることは、家族のためだけではなかった。


港には、さまざまな国から船がやって来る。


外国人たちは、どんな国から来たのだろう。

どんな暮らしをしているのだろう。

どうして日本へ来たのだろう。


話せるようになるほど、知りたいことも増えていった。


ある晩、鶴吉は手帳を開いた。


今日覚えた言葉を、もう一度読み返す。


以前は、英語の音をまねるだけで精いっぱいだった。


今は、相手の質問を聞き、自分の言葉で答えられることもある。


まだまだ知らない言葉は多い。


それでも、昨日より今日、今日より明日。


少しずつ前へ進んでいる。


鶴吉は、手帳を閉じた。


明日は、もっと長い会話をしてみよう。


英語は、ただの外国の言葉ではない。


人と人をつなぎ、自分の仕事を広げ、家族の未来にもつながるものなのだ。


横浜の町で、鶴吉の手帳は、今日も少しずつ厚くなっていった。

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