第二話 海の向こうの言葉と、鶴吉の手帳 改訂版
横浜に移ってきた鶴吉は、見慣れない景色に囲まれていた。
港には外国船が停泊し、町には外国人の姿がある。
聞こえてくる言葉も、三浦半島の菊名村で耳にしていたものとは違っていた。
母と三人の妹たちも、この新しい町で暮らし始めていた。
父の消息は分からない。
これからどうやって暮らしていくのか。鶴吉にも、はっきりとは分からなかった。
ただ、自分も働かなければならない。
母や妹たちの力になりたい。
その思いは、鶴吉の胸の中にあった。
横浜の外国人居留地で仕事を手伝うようになると、鶴吉は外国人たちの話す言葉に興味を持った。
何を言っているのだろう。
どうして、こんなに違う言葉を使うのだろう。
分からないことばかりだった。
ある日、外国人の男性が、鶴吉に声をかけた。
「Good morning」
鶴吉は、少し戸惑った。
聞き取れたような気もする。
けれど、意味までは分からない。
「……Good morning」
思い切って、同じ言葉を返してみた。
男性は笑顔でうなずいた。
その反応を見て、鶴吉はうれしくなった。
自分の言葉が、相手に通じた。
たったそれだけのことなのに、胸が弾んだ。
鶴吉は、近くにいた人に尋ねた。
「今の言葉は、どういう意味ですか?」
「朝の挨拶だよ。おはよう、という意味だ」
「グッド・モーニング……」
鶴吉は、その音を何度も口の中で繰り返した。
そして、手元の紙に書き留めた。
**Good morning**
おはよう。
朝、人に会ったときに使う言葉。
鶴吉は、文字を見つめた。
聞いただけでは、すぐに忘れてしまう。
意味を知っても、実際に使えなければ役に立たない。
だから、書いておこう。
次に同じ言葉を聞いたら、今度は自分から返事をしてみよう。
そう思った。
それから、鶴吉は分からない言葉を耳にするたびに、尋ねるようになった。
意味を聞き、発音を確かめ、書き留める。
ときには、相手に英語の綴りを書いてもらった。
一つ覚えれば、次の言葉が気になる。
次の言葉を覚えれば、今度は文章で話してみたくなる。
そうして、鶴吉の手帳には、少しずつ英語が増えていった。
けれど、鶴吉が言葉を覚えようとした理由は、好奇心だけではなかった。
英語が分かれば、外国人の仕事をもっと手伝える。
外国人と話せれば、任される仕事も増えるかもしれない。
自分が働いて、家族の暮らしを支えたい。
母と妹たちの顔を思い浮かべると、もっと覚えなければ、という気持ちになった。
ある日、鶴吉は覚えたばかりの言葉を使って、外国人に話しかけた。
緊張で、声が少し震えた。
それでも、相手は鶴吉の言葉を聞き、返事をしてくれた。
通じた。
今度は、相手の言葉も少し分かった。
鶴吉は、手帳を開いた。
そして、新しい一行を書き加えた。
「自分で話しても、通じた。」
その文字を見て、鶴吉は小さく笑った。
もっと覚えよう。
もっと話せるようになろう。
英語ができれば、今より多くのことができるはずだ。
それは、外国の言葉を知りたいという好奇心であり、家族のために自分の力を身につけたいという願いでもあった。
横浜の町には、まだ知らない言葉がいくつもあった。
鶴吉は手帳を閉じ、また仕事へ向かった。
明日は、今日より一つ多くの言葉を覚えよう。
そう心に決めていた。
◾️鶴吉の手帳
伊藤鶴吉という青年について調べていると、どうしても気になるものがあります。
それは、彼が持っていた手帳です。
イザベラ・バードの旅行記によれば、鶴吉は日本語と英語で日記をつけ、地名や距離、旅費、宿泊費、土地の産業や家屋の様子などを記録していました。そして、その内容をバードに読み聞かせていたといいます。
残念ながら、その手帳の原本が現在どこにあるのか、あるいは現存しているのかは確認できていません。
けれど、そこから見えてくるのは、鶴吉の勉強熱心な一面です。
分からない言葉があれば、人に尋ねる。教えてもらった言葉は書き留める。旅先で見たものや聞いた話も記録する。
ただ英語を覚えるだけではなく、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の頭で考えたことを、手帳に残していったのでしょう。
私は、そんな鶴吉の姿を想像しました。
この物語に登場する手帳の中身や、言葉を覚えていく場面は、現存する手帳から再現したものではありません。史実として伝わる彼の記録習慣をもとに、創作したものです。
十八歳という若さで、異なる言葉や文化の間に立ち、旅人を支えた伊藤鶴吉。
彼の能力は、最初から備わっていたものではなかったはずです。
一つの言葉を尋ね、一つのことを書き留める。
その積み重ねが、やがて大きな旅を支える力になったのではないでしょうか。
私は、鶴吉の手帳に、彼の努力と好奇心が詰まっていたのだと思っています。




