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22 総理大臣、降臨す


 総理一行が迷宮に消え、ほどなくしてヒノンだけが戻ってきた。

 俺の可愛いコタツちゃんをスパイク付きブーツでガッッ、と踏みつけ、胡乱な目で睨んでくる。


「コタロー、メンチ切ってなかった。チキン!」


「総理にメンチ切れるか。失礼だろ。それと、俺のコタツを踏むな」


「チキン」


 まあ、星総理のデカさに呑まれたのは事実だ。

 しかし、礼儀正しいニワトリは、ときに無礼な人間に優るのだよ。

 人間より誇るに足るチキンもいるのだ。


「でも、コタロー。総理相手に頬杖ついて話してたの、すっごくよかった。若者の反抗の象徴だった」


 ヒノンの大きな黒目が冬の大三角形くらいの輝きを秘めて俺に向けられる。

 え、と思わず、うめく。


「……俺、頬杖をついて話してたのか?」


「気づいてなかったの?」


 言われてみれば肘が痛い気がする。


「そんなロックンロールなことしていたのか」


 ギターとバイオリンの差すら説明できないのに。


「ナチュラルに舐めてかかってたんなら余計かっこいい。やるじゃん!」


 ヒノンは国道で竹槍マフラーを見かけたような顔をしているが、かっこいいのはむしろ星総理だろう。

 クソ舐めた態度の高校坊主相手に眉ひとつひそめなかった。

 器のデカさが宇宙空間だ。


「それじゃ私、総理の護衛があるから行くね」


 と軽く手を振り、ヒノンは空間を跳躍しようとした。

 ……が、やめる。

 顔が見えない程度にこっちを振り返り、ぼそぼそした声で言う。


「コタローが私のために怒ってくれたの、嬉しかった。……ありがと」


 今度こそヒノンの姿が掻き消える。

 白いふすまに、頬のほのかな赤い残像を残して。


「どういたしまして」


 静かになった居間にそう返してみるが、どうもしっくりしない。

 俺が怒ったのは俺の自己満足だ。

 勝手にキレてキモかったと反省もしている。

 俺はヒノンのことを何も知らない。

 憐れみと義憤で独りよがりな正義を叫んだだけだ。

 若気の至りってことにしてくれ。


「悪かったな」


 誰もいない空間にセーラー服姿を思い描いて詫びを入れておく。

 俺は正義漢でも聖人君子でもない。

 だが、客に茶を出す心の広さくらい持ち合わせているつもりだ。

 またヒノンが訪ねてきたらコタツを貸してやるとしよう。

 コーンポタージュとかいうハイカラな代物も粉末のやつでいいなら用意しといてやる。

 もちろん、税金でな。



◇



 数日後。

 迷宮で無双する星総理の映像が世界中のお茶の間を席巻していた。

 ゴブリンを締め落として「私は無敵だ! わっはっは!」と豪笑するシーンなどはどのチャンネルでも繰り返し報じているし、俺もすでに100回くらい見た。

 ネットニュースのほうも似たようなもので、星総理と迷宮関連の話題で持ち切りになっている。


・星総理、迷宮政策巡って方針転換。~「開かれたダンジョン」掲げる~


・異能者の存在、政府認める。~『魔力』で脳の進化加速か~


・民間冒険者の志望急増。~若者を中心に人気~


・星首相、迷宮関連情報の積極公開に舵。~米中トルコ反発も~


・総理の無敵動画、40億再生突破。


 俺はノーパソをぱたんと閉じた。

 そういえば、オンライン授業中だったことを思い出して、もう一度開く。

 数学教師がゼロは偶数なんだと熱弁している。

 ゼロを生み出した古代インド人の偉大さと、本場カレーのうまさにも話が派生する。

 先週も聞いたような気がするが、俺の日常にはデジャブがよくある。

 毎日毎日変わらない景色をコタツで定点観測しているからだ。


 足元には迷宮がその口を広げているってのに、そこに両足を突っ込んでいる俺の日常には冒険のボの字もありゃしない。

 変化といえば、そうさな、毎日何組かの物騒なお客がコタツで温まっていくってことくらいか。

 テレビでも見たことがある民間(プロ)の冒険者も来たりしたが、せっかくもらったサイン色紙は鍋敷きにした後でどこかに消えてしまった。

『攻断加護(コタツノカゴ)』という怪書の上に張り付けるつもりでいたのに残念だ。


 ああ、そういえば、大手家電メーカーの社員だと名乗る人たちも来た。

 ウチのコタツの寸法を測り、これにクーラー付けるのか……、などと怪訝な顔をして帰っていった。

 意味不明なオーダーを出してすまんな。


 ともかく、あれだ。

 代わり映えしない日常に見えて、実はそれなりに変化に富む日々を俺は送っているのかもしれない。

 それでも、だ。

 俺のやるべきことは今日も変わらない。


「……ぁぁあふ、っ」


 俺は大あくびして頬杖をついた。

 授業の喧騒が遠のき、だんだんまぶたも重くなってくる。

 そう、俺のやるべきことってのがこれだ。

 温泉のカピバラみたいにコタツでゆるゆるくつろぐ。

 人生でこれ以上に大切なことなどありはしないのさ。


 もう一発ダメ押しであくびをかまし、俺は静かに目を閉じるのだった。


短いですが、これにて完結です。

読んでいただきありがとうございました。

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