21 総理大臣、降臨す
「木立君を見ていると、日本の未来は明るいように思えてくる」
星総理は本音かどうか知らないが、そんなことを言った。
「君は聡明だよ。歳にそぐわないほど落ち着いている。末は博士か大臣か」
「その未来を担う若者の何人かがダンジョン送りにされているみたいですよ」
俺は軽口を叩いた。
頭にあるのはヒノンのことだ。
彼女は俺と違って危険なダンジョンの内部にまで潜り、戦闘にも参加している。
事が露見すれば、少年兵だと大騒ぎになるだろう。
「……」
軽い皮肉のつもりで言っただけだったが、俺の中の湯沸かし器にスイッチが入ったようだった。
なんだか知らないが、無性にイライラしてくる。
それは怒りのマグマとかそんな爆発力があるものじゃなかったが、ちょっともう一言言ってやれと俺の背を押すくらいの熱は持っているようだった。
「あいつはまだ高校生なんですよ。俺の1コ下なんだ」
家出するような家庭環境だ。
家族の同意やサポートが得られているはずもない。
親はパチンコ打って飲んだくれるクズ野郎かもしれない。
迷自にハシタ金を渡されて喜んで娘を差し出したのかもしれない。
そして、ヒノンは今日もダンジョンに潜る。
総理の護衛兼移動手段として搾取されるのだ。
大人の都合で翻弄され、居場所すらない……。
俺はどうもあいつに同情しているらしい。
ヒノンが知れば、勝手に憐れむな、と蹴ってくるかもしれない。
全部想像だがな。
ハッとして顔を上げる。
総理に対して失礼だったか、といまさら後悔。
やはりというべきか星総理は怒っていた。
「何を言うか! 私が総理になると決めたのも君らと同じ高校生のときだ。そのとき、すでに私の覚悟は決まっていた! 私にできたのだ。君らもそうあるべきだ。さあ、剣を取れ! 拳を握れ! 立ちはだかる敵を討ち、おのが覇を唱えよ! そして、声を大にして笑うのだ! わっはっはっはっはっはっは!」
憤怒し、叱咤し、鼓舞し、星総理は一人で大爆笑を始めた。
めちゃくちゃな言い分だ。
まぁでも、国の未来とやらを明るくするにはそのくらいエネルギッシュでないと始まらないのだろう。
俺には無縁の話だな。
「それとだ、木立君」
星総理は平手でコタツを叩いた。
板が割れたような音がした。
「君は私を女子高生に守られるような惰弱な男だと考えているようだが、それは大間違いだ。実はね、私もまた迷宮体質者なのだ」
総理の握り拳にキラキラと星が舞った。
星々は心臓の鼓動とともに明滅しているようだった。
どんな能力かは見当もつかない。
でも、その拳で殴られるとマズイことだけはヒリつく肌身で理解できる。
アッパーカットなんて喰らおうものなら、地上はみるみる遠ざかり、やがて大気圏の彼方に飛び出していくに違いないのだ。
俗にいう、キラーンである。
「私は子供たちを迷宮送りにして自分は高みの見物を決め込めるほど冷血な人間ではない。むしろ逆だよ。オレの血はいつも燃えている」
オレという一言に、そして、握りしめた両の拳に炎が見えた気がした。
まばゆく照らされたリングと、沸き立つ観客の姿もだ。
「総理、そろそろお時間です」
八頭身美女の野木秘書が鈴の音のような声で告げる。
星総理はうむ、と膝を打って立ち上がった。
「それでは、ちょっと無双してくるとするか!」
口だけでなく、この人なら有言実行するんだろうなぁ、と思った。
それこそ、俺の加護がなくとも。
「そうだ。君、何か願い事はないかね?」
去り際、星総理は褒美でもくれそうなことを言い出した。
「星に願いを、ですか」
「そうとも。ここに今一番明るい星がいる。願わぬ手はあるまいよ。たいていのことは叶えてやれるだろう」
「では、クーラー付きコタツとか欲しいです」
俺の永遠の恋人――コタツちゃんには大きな欠点がある。
夏はサウナと化すということだ。
クーラー機能付きの涼しいコタツとかないかな、と俺は常々思っていたのさ。
「よしきた。手配しよう。既製品に心当たりはないが、期待してくれてよい。日本のものづくりは世界一だ。少なくとも、私が子供の頃はそうだった」
少し遠い目をしてから星総理は背を向けた。
アイスクリーム用ミニ冷凍庫もお願いします、と俺はぞんざいに片手を上げてお見送りする。
「それでは、失礼する。選挙前にもダンジョンで無双するつもりでいる。ライブ配信する予定だから、君、忘れずチェックしたまえよ。18になったら投票に行くのだぞ? 星進党に清き一票を! わっはっは!」
事前運動で一発レッドカードだ。
まあ、クーラー付きコタツが手に入るなら俺に文句はないがね。
「総理、流れ星にならないでくださいね」
「私は流れんよ。なんせ無敵なのでね。それではごきげんよう!」
星総理が指を鳴らすと、その姿は幻であったかのように消え失せた。
ヒノンの能力だ。
指を鳴らしたら転移させるよう、あらかじめヒノンとすり合わせを行う星総理の姿を想像すると変な笑いが出てきた。
自分をどう見せるか。
演出を常に意識しなければならないのだから、民主主義国家の人気者も大変だ。
とまあ、こんな具合に、総理の視察というビッグイベントは幕を下ろしたのだった。




