方舟を降りる日
第47話 方舟を降りる日
生き残る席を、自分から手放すことはできるのか。
かつて。
方舟の搭乗通知は。
命そのものだった。
選ばれた者。
選ばれなかった者。
その一枚の通知が。
家族を分け。
社会を分け。
希望と絶望を分けた。
だが。
七十年計画の半ばを越え。
人類は、違う場所まで来ていた。
ノクスは眠っている。
PROJECT ANCHORによる軌道変更。
成功確率。
九十九・〇二パーセント。
太陽系外縁を安全に通過させるだけなら。
人類は、ほぼ勝利へ手をかけていた。
しかし。
その先がある。
ノクスを太陽系から追い出しただけでは。
数千年。
数万年。
あるいは数十万年後。
別の恒星系が。
同じ危機へ巻き込まれる可能性が残る。
人類は。
自分たちが助かれば、それで終わり。
という選択をしなかった。
◇
2255年2月。
国際連合地球圏評議会。
議題。
PROJECT ANCHOR最終拡張案
必要重力ノード。
二千二百万。
現在確保済み。
一千六百四十万。
不足。
五百六十万。
◇
アンブラ。
追加提供可能。
二百万。
◇
セラト。
生体重力節。
追加換算。
九十万。
◇
人類。
新規製造。
最大。
百二十万。
◇
それでも。
不足。
百五十万前後。
◇
唯一。
短期間で確保できる場所。
◇
方舟。
◇
一番船から六番船。
いずれも。
すでに主要構造を完成。
◇
核融合炉。
人工重力環。
閉鎖生態系。
恒星間通信。
長期生命維持。
推進機関。
◇
その中でも。
四番船から六番船を解体すれば。
必要量を。
ほぼ確保できる。
◇
つまり。
方舟は。
六隻から。
三隻へ。
◇
搭乗可能人数。
半減。
◇
生命保存容量も。
大幅減。
◇
PROJECT ANCHORが失敗した時。
太陽系から逃げられる人数も。
半分以下になる。
◇
会議は。
三日間。
止まらなかった。
◇
「九十九パーセントです」
方舟解体賛成派。
「残る一パーセントのために、何百万人もの避難枠を残し、その結果ノクスを別の恒星系へ送り出すのですか」
◇
反対派。
「九十九パーセントは一〇〇ではない」
「PROJECT ANCHORが失敗すれば、残る方舟が人類最後の保険になる」
◇
「でも」
「方舟へ乗れるのは、結局ごく一部だ」
◇
「少数でも」
「ゼロよりいい」
◇
また。
最初の問いへ。
人類は戻っていた。
◇
誰を救うのか。
◇
何人を救うのか。
◇
未来のため。
どこまで危険を引き受けるのか。
◇
ただ。
昔とは一つだけ違う。
◇
搭乗予定者たち自身が。
意見を言える。
◇
方舟一番船。
搭乗候補。
アシャ。
カリム。
ナイラ。
◇
三人は。
地球軌道ステーションの説明室へ呼ばれた。
◇
担当官。
「搭乗意思を、改めて確認します」
◇
ナイラ。
もう。
幼い子どもではなかった。
◇
方舟問題が始まった頃。
父親と離れるくらいなら乗らないと泣いた少女。
◇
今は。
十代後半。
◇
自分で。
資料を読む。
◇
「今、乗るって決めたら」
◇
「PROJECT ANCHORが成功しても、出航するんですか?」
◇
担当官。
「いいえ」
◇
「最終出航判断は、ノクスの軌道確定後です」
◇
「じゃあ、今決めるのは?」
◇
「あなた方三人分の搭乗区画を、維持するかどうかです」
◇
維持すれば。
資材。
食料。
生命維持設備。
医療容量。
全てを確保し続ける。
◇
辞退すれば。
その分。
他の補欠候補へ。
あるいは。
PROJECT ANCHORへ。
資源を回せる。
◇
カリム。
「辞退した後、やっぱり必要になったら?」
◇
「席は戻りません」
◇
重い言葉。
◇
アシャ。
「つまり」
「地球が助かると信じて」
「保険を自分から捨てることになる」
◇
「はい」
◇
家族三人。
沈黙。
◇
かつては。
乗れないことが。
怖かった。
◇
今は。
乗れるのに。
乗らないと決めることが。
怖い。
◇
ナイラが。
最初に口を開いた。
◇
「私は」
「地球に残りたい」
◇
アシャ。
娘を見る。
◇
「本当に?」
◇
「うん」
◇
「方舟に乗って」
「八万年かけてエオスへ行く未来も」
「前は、生きるためなら仕方ないって思ってた」
◇
「でも今は」
「学校も」
「友達も」
「海も」
「雨も」
「全部残るかもしれない」
◇
「だったら」
「ここにいたい」
◇
カリム。
「PROJECT ANCHORが失敗したら?」
◇
ナイラ。
少し震える。
◇
「怖いよ」
◇
「でも」
◇
「九十九パーセントまで来たのは」
「誰かが」
「自分の分を少しずつ出したからでしょう」
◇
アンブラ。
八百万。
◇
セラト。
生体膜。
◇
SEED。
帰還しない任務。
◇
方舟。
停止された船。
◇
ミラー分枝。
自分を守る膜。
◇
N7。
十九年。
◇
そして。
人類。
◇
ナイラ。
「今度は」
「うちらの番でもいいんじゃないかな」
◇
アシャは。
しばらく。
娘を見つめた。
◇
カリム。
「俺は」
「最初から」
「二人と離れてまで生きたいとは思ってなかった」
◇
アシャ。
「私は」
◇
言葉が止まる。
◇
「私は」
「ずっと」
「ナイラだけでも生き残ってほしいと思ってた」
◇
「だから」
「方舟に乗れるなら」
「何でもするつもりだった」
◇
ナイラ。
「今も?」
◇
アシャ。
◇
長い沈黙。
◇
「今は」
◇
「三人で」
「地球に残りたい」
◇
決定。
◇
アシャ一家。
◇
方舟一番船。
搭乗辞退。
◇
三席。
◇
解放。
◇
担当官。
「本当に、よろしいですね」
◇
アシャ。
「はい」
◇
カリム。
「はい」
◇
ナイラ。
「はい」
◇
三人。
署名。
◇
かつて。
搭乗候補へ選ばれた通知で。
泣いた家族。
◇
今度は。
自ら方舟を降りる書類へ署名した。
◇
そのニュースは。
公表しない予定だった。
◇
だが。
ナイラ自身が。
短い声明を出した。
◇
「方舟へ乗る人を責めないでください」
◇
「私たちは」
「地球へ残ると決めただけです」
◇
「乗る人も」
「残る人も」
「怖いのは同じです」
◇
「どちらが勇敢で」
「どちらが臆病という話ではありません」
◇
「自分の未来を」
「自分で決められるようになったことが」
「私はうれしいです」
◇
その言葉は。
世界へ広がった。
◇
そして。
搭乗辞退申請。
増加。
◇
数十人。
◇
数百。
◇
一万人。
◇
十万人。
◇
ただし。
誰もが。
PROJECT ANCHORのために辞退したわけではない。
◇
地球に残る家族。
◇
故郷。
◇
仕事。
◇
墓。
◇
海。
◇
森。
◇
自分が生まれた場所。
◇
理由。
それぞれ。
◇
反対に。
搭乗を維持する者もいる。
◇
「私は乗ります」
◇
一人の医師。
◇
「地球が助かったとしても」
「恒星間生命維持技術を残す意味がある」
◇
研究者。
◇
「方舟は」
「逃亡船ではなく」
「人類が恒星間空間へ出る最初の文明船になるかもしれない」
◇
家族。
◇
「地球へ残るのが怖い」
◇
「だから乗る」
◇
その選択も。
尊重された。
◇
乗らない権利。
◇
乗る権利。
◇
どちらも。
守る。
◇
方舟計画は。
再び変わった。
◇
一番船。
二番船。
三番船。
◇
緊急避難能力維持。
◇
四番船。
生命保存専門。
◇
五番船。
BEACON・恒星間研究船へ転換。
◇
六番船。
◇
解体候補。
◇
七から十二。
停止済み。
◇
人類は。
六番船を。
最後まで残すか。
◇
PROJECT ANCHORへ。
渡すか。
◇
採決。
◇
その前に。
◇
最新軌道。
◇
PROJECT ANCHOR。
第二重力殻。
完成度。
八十一パーセント。
◇
第三。
二十八。
◇
ノクス。
太陽最接近。
中央値。
◇
百八十九天文単位。
◇
危険回避確率。
◇
九十九・四七パーセント。
◇
サムエル。
「あと少しです」
◇
目標。
二百五十以上。
◇
九十九・九。
◇
六番船を解体した場合。
◇
追加ノード。
約百四十二万。
◇
最接近中央値。
推定。
二百七十六天文単位。
◇
危険回避確率。
◇
九十九・九三パーセント。
◇
さらに。
ノクスの銀河面上方への減速。
◇
向上。
◇
別恒星系へ接近する長期確率。
◇
大幅低下。
◇
六番船。
◇
搭乗予定者。
◇
百六十万人。
◇
生命保存設備。
◇
大型。
◇
解体すれば。
◇
失う。
◇
方舟六番船搭乗者代表。
◇
世界会議へ。
◇
「私たちだけで決めることではありません」
◇
「でも」
◇
「私たち抜きで決めることでもありません」
◇
その言葉。
◇
方舟問題の歴史を。
象徴していた。
◇
かつて。
国家と委員会が。
誰を乗せるか決めた。
◇
今は。
◇
乗る予定の者も。
残る者も。
◇
同じ席で。
議論する。
◇
三日。
◇
六日。
◇
九日。
◇
最後。
◇
六番船搭乗予定者の内部投票。
◇
解体へ同意。
◇
六十一パーセント。
◇
反対。
三十九。
◇
過半数。
◇
だが。
反対した三十九パーセントを。
無視しない。
◇
希望者。
◇
一から三番船の空席へ。
再配置。
◇
一部。
四番船。
◇
一部。
五番船。
◇
それでも。
全員は乗れない。
◇
最終的に。
約六十八万人。
◇
搭乗資格を失う。
◇
六番船。
◇
解体。
◇
巨大船体。
◇
切り分けられる。
◇
人工重力リング。
◇
推進機関。
◇
生命維持壁。
◇
核融合炉。
◇
それらが。
◇
重力ノードへ。
◇
変わっていく。
◇
かつて。
人類を地球から逃がすために造られた船が。
◇
今。
地球を残すための。
見えない糸になる。
◇
ミラは。
解体映像を見ていた。
◇
「悲しいね」
ソニア。
「そうね」
◇
「でも」
◇
「船がなくなるんじゃない」
◇
「形が変わる」
◇
方舟。
◇
ノード。
◇
どちらも。
◇
未来を運ぶ。
◇
一方。
B4文明。
◇
新しい返信。
◇
翻訳。
◇
ありがとう
◇
たった一語。
◇
人類が。
七十年前に。
誰にも言えなかった言葉。
◇
もし。
誰かが。
早く教えてくれていたら。
◇
ありがとう。
◇
その相手が。
今。
銀河の向こうにいる。
◇
続けて。
◇
私たちも
次へ送る
◇
B4文明も。
◇
PROJECT BEACONへ参加する。
◇
自分たちの先にある。
別の恒星系へ。
◇
警告を送る。
◇
一つの灯台。
◇
二つ。
◇
三つ。
◇
銀河の中で。
◇
少しずつ。
つながり始める。
◇
PROJECT ANCHOR。
◇
六番船由来ノード。
◇
展開。
◇
百二十万。
◇
百四十二万。
◇
第二重力殻。
◇
完成。
◇
第三。
◇
六十一パーセント。
◇
最新軌道計算。
◇
太陽最接近。
◇
二百五十八天文単位。
◇
危険回避確率。
◇
九十九・八九。
◇
「あと」
サムエル。
◇
「ほんの少し」
◇
世界は。
◇
九十九・八九という数字を見る。
◇
十分だ。
◇
まだだ。
◇
両方の声。
◇
そして。
◇
その夜。
◇
第三重力殻。
◇
アンブラノード群。
◇
異常。
◇
一部。
位置ずれ。
◇
一万二千。
◇
三万。
◇
七万。
◇
原因。
◇
銀河潮汐。
ではない。
◇
機器故障。
でもない。
◇
外部から。
◇
未知の重力波。
◇
発信源。
◇
ノクスではない。
◇
アンブラでもない。
◇
B4でもない。
◇
方向。
◇
銀河中心側。
◇
周期。
◇
規則的。
◇
そして。
◇
アンブラが。
その波形を見て。
初めて。
短い言葉を送る。
◇
来た
◇
「何が?」
◇
返答。
◇
十一の一つ
◇
ノクス型天体。
◇
B11。
◇
これまで。
遠い銀河腕内にいると推定されていた。
◇
だが。
最新観測。
◇
進路変更。
◇
こちらへ。
◇
太陽系ではない。
◇
アンブラ・ネットワーク。
◇
そして。
眠っているノクスの方向へ。
◇
B11が。
◇
近づいていた。
第47話 終
次回予告
方舟一番船への搭乗資格を持っていたアシャ一家。
彼女たちは、自ら搭乗を辞退する。
「乗る人も、残る人も、怖いのは同じです」
「どちらが勇敢で、どちらが臆病という話ではありません」
その言葉をきっかけに。
搭乗辞退者は増える。
同時に。
方舟に乗る選択も、尊重される。
人類はついに。
選ばれるかどうかではなく。
自分の未来を選べるところまで来た。
そして。
方舟六番船。
搭乗予定者の投票によって。
解体が決まる。
巨大な人工重力環。
推進機。
核融合炉。
それらは。
PROJECT ANCHORの重力ノードへ姿を変える。
最新軌道。
ノクスの太陽最接近距離。
二百五十八天文単位。
危険回避確率。
九十九・八九パーセント。
目標の九十九・九まで。
本当に。
あとわずか。
一方。
B4文明から届く。
「ありがとう」
「私たちも次へ送る」
銀河の灯台は。
人類だけの計画ではなくなり始める。
だが。
その夜。
第三重力殻が。
未知の重力波によって乱される。
発信源。
ノクスではない。
銀河内に存在する十一のノクス型天体の一つ。
B11。
B11は進路を変え。
アンブラ・ネットワーク。
そして。
眠っているノクスへ向かっていた。
二つのノクス型天体が。
もし接触したら。
融合するのか。
互いを捕食するのか。
目覚めるのか。
それとも。
新しい群体になるのか。
PROJECT ANCHORは。
最後の一〇年を待たず。
最大の危機を迎える。
次回、
第48話「二つ目が来る」
一つを眠らせた世界へ。
もう一つの終末が近づく。
完結まで、あと四話。




