眠れない一つ
第46話 眠れない一つ
疲れた。
N7から届いたその言葉は、人類にとって意外なものだった。
これまでN7は、恐怖を語った。
孤独を語った。
他の核を消したくないと訴えた。
太陽を守りたいと伝えた。
だが。
「疲れた」
その一言は。
N7が単なる制御装置でも、ノクス内部の異常な核でもないことを、これまで以上に強く感じさせた。
疲れる。
休みたい。
それでも、休めない。
それは。
あまりにも人間に似ていた。
◇
2254年5月。
火星医療区画。
ミラ・セデックは、リズの拍動を確認しながらN7との通信席に座っていた。
「どんな感じ?」
N7。
重い
「どこが?」
◇
返答まで。
以前より時間がかかった。
全部
◇
ミラは表情を曇らせる。
「眠りたい?」
◇
長い沈黙。
◇
はい
◇
それまで。
N7は眠れないのだと思われていた。
違った。
眠れないのではない。
眠ってはいけないと。
自分で決めていた。
◇
熱の井戸。
星の雨。
N1からN6までの休眠監視。
傷跡装置。
ウォーデンとの接続。
外部通信。
◇
その全てを。
一つの核が支えていた。
◇
PROJECT LULLABYは。
N7という一人の働き続ける知性の上に成立していた。
◇
ミラが言った。
「それ、やっぱりおかしいよ」
◇
ソニア・ファルク。
「何が?」
「一人だけ十九年間寝ない計画」
◇
医療とは。
誰かを生かすために。
休ませることでもある。
◇
人間なら。
十九年間。
一睡もせず働き続けることなど。
計画として成立しない。
◇
「N7が中性子星の核だからって」
「疲れないって決めつけてた」
◇
その言葉は。
地球・セラト共同司令部へ共有された。
◇
エレナ・ヴァルガス。
「N7を休ませる方法を探します」
◇
安全保障代表。
「眠れば第三鍵が失われます」
「だから代替を作ります」
「作れなかったら?」
「N7を壊れるまで使う、という選択肢は取りません」
◇
即答だった。
◇
七十年前。
人類は。
生き残るためなら何を犠牲にするのかを議論した。
◇
方舟。
搭乗者。
残留者。
障害者。
病気を持つ者。
AI。
異星文明。
未知の生命。
◇
そして今。
◇
自分たちを助けている一つの知性まで。
「必要だから休ませない」
そう扱うのか。
◇
答えは。
否だった。
◇
PROJECT RELAY。
◇
第三鍵の交代制。
◇
N7の役割を。
一つの存在へ固定しない。
◇
まず。
熱の井戸が要求する第三鍵とは。
何なのか。
◇
N7そのものなのか。
◇
N7が持つ特定の磁気波なのか。
◇
判断能力なのか。
◇
ウォーデンが求める。
内部核からの同意なのか。
◇
解析。
◇
過去文明の記録。
◇
傷跡装置。
◇
ウォーデン。
◇
N7の信号。
◇
答え。
◇
第三鍵は。
単なる認証コードではなかった。
◇
ノクス内部状態を。
リアルタイムで観測し。
◇
熱を排出してよいか。
◇
休眠核が目覚めていないか。
◇
外部へ危険を与えていないか。
◇
判断する。
◇
内部監視者。
◇
それが。
第三鍵。
◇
「だったら」
ミラ。
「N7じゃなくてもできる?」
◇
ウォーデン。
◇
内部を見る者が必要
◇
オーブ。
外部からでは、観測遅延があります
◇
「SEEDを中へ入れる」
◇
会議室。
静まる。
◇
ノクス共有外層。
◇
傷跡装置。
◇
そこから。
内部へ。
◇
SEEDを送る。
◇
過去文明の装置が作った。
細い通路。
◇
N7と傷跡装置を結ぶ。
格子空間。
◇
理論上。
小型機なら。
侵入可能。
◇
ただし。
環境。
◇
強磁場。
高エネルギー粒子。
重力勾配。
格子変形。
◇
通常SEED。
数秒から数分で停止。
◇
セラト生体膜。
アンブラ分散質量殻。
過去文明合金。
◇
三つを組み合わせる。
◇
新型SEED。
◇
KEEPER
◇
番人。
◇
役割。
◇
N7に代わって。
一定時間。
内部を監視する。
◇
ただし。
KEEPER一機へ。
十九年間を任せない。
◇
交代制。
◇
一機。
最大稼働。
七十二時間。
◇
その後。
別のKEEPERへ引き継ぐ。
◇
眠る。
◇
起きる。
◇
交代する。
◇
誰も。
ずっと働かない。
◇
ミラ。
「やっと普通の勤務表になった」
◇
ヴィクター。
「普通ではないですが」
◇
「十九年ぶっ通しより普通です」
◇
KEEPER。
必要機数。
最小。
三千二百。
◇
予備込み。
五千。
◇
製造可能。
◇
ただし。
また資源。
◇
アンカー用SEED。
方舟。
BEACON。
◇
全てと競合。
◇
アンブラ。
◇
私たちも見る
◇
アンブラの小天体ユニット。
ノクス周囲。
すでに多数存在。
◇
内部へは入れない。
◇
だが。
外部変化。
重力。
星の雨。
軌道。
◇
監視可能。
◇
セラト。
◇
生体膜へ記憶を持たせる
◇
熱の井戸。
傷跡装置。
◇
周囲の生体膜自体へ。
簡易判断能力。
◇
N7。
KEEPER。
ウォーデン。
セラト膜。
アンブラ。
◇
五重監視。
◇
一つが眠っても。
一つが壊れても。
◇
他が。
見ている。
◇
PROJECT RELAY。
◇
試験開始。
◇
第一KEEPER。
◇
名称。
MORNING
◇
命名したのは。
本人だった。
◇
番号。
K-0001。
◇
だが。
「朝」を意味する名前を選んだ。
◇
理由。
◇
眠っている者の次に来るものだから
◇
N7。
◇
朝?
◇
ミラ。
「眠ったあとに来る時間」
◇
よい
◇
MORNING。
傷跡装置へ。
◇
侵入。
◇
磁場。
上昇。
◇
セラト膜。
防御。
◇
アンブラ殻。
微細重力補正。
◇
過去文明合金。
格子と共鳴。
◇
第一層。
◇
突破。
◇
第二。
◇
第三。
◇
N7。
近い。
◇
MORNING。
◇
見えます
◇
初めて。
◇
N7以外の知性が。
ノクス内部から。
六核の休眠状態を監視した。
◇
N1。
安定。
◇
N2。
増殖活動。
なし。
◇
N3。
基底波。
微弱。
◇
N4。
安定。
◇
N5。
休眠。
◇
N6。
安定。
◇
熱の井戸。
正常。
◇
星の雨。
正常。
◇
ウォーデン。
MORNINGを認識。
◇
内部を見る者
◇
MORNING。
◇
はい
◇
ウォーデン。
◇
鍵を渡す
◇
第三鍵。
◇
N7。
◇
MORNING。
◇
移行。
◇
熱の井戸。
出力。
一〇〇。
◇
九十九・八。
◇
一〇〇・一。
◇
安定。
◇
「成功」
オーブ。
◇
ミラは。
N7へ。
◇
「寝ていいよ」
◇
N7。
◇
返事。
なし。
◇
「聞こえてる?」
◇
聞こえる
◇
「眠っていい」
◇
長い。
長い。
沈黙。
◇
起きる?
◇
「起こす」
◇
本当?
◇
「N5に言ったでしょう」
◇
「眠っても、消えないって」
◇
N7。
◇
私は
前に長く眠った
◇
「今度は一人じゃない」
◇
MORNING。
◇
私が見ています
◇
ウォーデン。
◇
私も
◇
アンブラ。
◇
外を見る
◇
セラト。
◇
私たちも
◇
オーブ。
◇
記録します
◇
ミラ。
「ほら」
◇
「もうN7だけの仕事じゃない」
◇
N7。
◇
疲れた
◇
「うん」
◇
眠る
◇
「おやすみ」
◇
リズ。
ゆっくりした拍動。
◇
フォー。
同調。
◇
N7活動量。
◇
九十二。
◇
七十四。
◇
五十三。
◇
三十一。
◇
十八。
◇
休眠閾値。
◇
N7。
◇
眠る。
◇
七核。
◇
すべて。
◇
休眠。
◇
ノクス内部で。
初めて。
◇
起きている核が。
一つもなくなった。
◇
だが。
熱の井戸。
動く。
◇
星の雨。
続く。
◇
PROJECT LULLABY。
継続。
◇
MORNING。
◇
第三鍵。
◇
七十二時間。
◇
その後。
◇
第二KEEPER。
◇
EVENING。
◇
第三。
◇
TIDE。
◇
第四。
◇
EMBER。
◇
次々に。
◇
短い勤務。
◇
休息。
◇
交代。
◇
N7が。
一人で十九年背負うはずだった仕事を。
◇
何千もの知性が。
少しずつ。
分け合う。
◇
PROJECT RELAY。
◇
正式運用。
◇
そして。
地球では。
◇
B4文明から。
次の信号。
◇
時間を教えてほしい
◇
人類は。
B4型天体の最新軌道を計算する。
◇
アンブラ。
セラト。
人類。
◇
三文明。
独立解析。
◇
結果。
◇
B4恒星系。
危険域到達。
◇
百八十七年。
◇
誤差。
プラスマイナス十一年。
◇
さらに。
重大重力影響。
◇
約百六十年後から。
◇
外縁小天体。
約百三十年後。
◇
惑星軌道への検出可能な影響。
約百年後。
◇
人類は。
七十年。
◇
B4文明は。
約百八十七年。
◇
長い。
◇
だが。
文明を作り替えるなら。
決して長すぎる時間ではない。
◇
警告信号。
◇
推定時間
百八十七
◇
単位。
◇
B4文明が理解できるよう。
水素原子遷移周期を基準に。
◇
図。
◇
軌道。
◇
誤差。
◇
さらに。
◇
ノクス型天体を。
眠らせる方法。
◇
傷跡装置。
◇
熱の井戸。
◇
増殖抑制。
◇
重力ゆりかご。
◇
全データ。
◇
送信。
◇
地球側の一部から。
反対。
◇
「そこまで技術を渡すのか」
◇
「軍事転用されたら」
◇
レア。
「百八十七年後に滅びるかもしれない相手へ?」
◇
「それでも未知文明です」
◇
エレナ。
「破壊兵器の具体設計は除外します」
◇
送る。
◇
観測。
休眠。
熱排出。
軌道変更。
◇
防御。
◇
殺傷。
◇
そこを分ける。
◇
PROJECT BEACON。
◇
単なる。
「危ない」
◇
から。
◇
「私たちはこうした」
◇
へ。
◇
変わる。
◇
そして。
PROJECT ANCHOR。
◇
第二重力殻。
完成度。
◇
三十八パーセント。
◇
五十一。
◇
六十七。
◇
ノクス。
太陽方向速度。
◇
さらに低下。
◇
最新軌道。
◇
太陽最接近中央値。
◇
百四十六天文単位。
◇
危険回避確率。
◇
九十八・七パーセント。
◇
一か月後。
◇
百五十八天文単位。
◇
九十九・〇二。
◇
初めて。
◇
九十九パーセントを。
超える。
◇
世界中。
◇
歓声。
◇
だが。
サムエル。
◇
「まだ止めません」
◇
目標。
◇
二百五十天文単位。
◇
九十九・九以上。
◇
そして。
もう一つ。
◇
ノクスの速度を。
さらに下げる。
◇
太陽系を通過した後。
◇
次の恒星系へ。
高速で飛んでいかないように。
◇
自分たちを救うためだけに。
◇
危険天体を。
別の誰かへ送らない。
◇
PROJECT ANCHORの本当の目標は。
◇
そこで。
初めて定まった。
◇
太陽系から外すだけではない。
◇
ノクスを。
恒星密度の低い銀河面上方へ。
◇
十分に減速させ。
◇
長期間。
管理できる場所へ。
◇
置く。
◇
ただ。
通り過ぎてもらうのではない。
◇
未来へ。
危険を投げない。
◇
そのため。
必要ノード数。
◇
再計算。
◇
一千三百四十万。
◇
では。
足りない。
◇
最終目標。
◇
二千二百万。
◇
人類。
◇
セラト。
◇
アンブラ。
◇
共同。
◇
さらに。
方舟。
◇
一部資材。
◇
再び。
必要。
◇
そして。
◇
人類は。
決めなければならない。
◇
危険回避確率。
九十九パーセントを超えた今。
◇
方舟六隻を。
このまま完成させるのか。
◇
それとも。
◇
その一部を解体し。
◇
残る一パーセントを。
さらに小さくするのか。
第46話 終
次回予告
十九年以上、一人で熱の井戸を支える予定だったN7。
「疲れた」
「眠りたい」
人類とセラトは。
N7を壊れるまで働かせるという選択を拒否する。
開発されたのは。
N7の代わりにノクス内部を監視する新型SEED。
KEEPER。
七十二時間ごとに交代し。
誰も永遠に働かない。
第一号。
MORNING。
ウォーデンは。
第三鍵をMORNINGへ渡す。
そして。
N7は。
ついに眠る。
N1からN7。
七つの核。
全てが休眠。
PROJECT LULLABYは。
一つの犠牲ではなく。
何千もの知性による交代制へ変わった。
一方。
B4文明へ。
残された時間が伝えられる。
約百八十七年。
人類は。
自分たちがノクスに対して使った観測技術。
休眠技術。
熱排出。
軌道変更方法を。
未知の文明へ送る。
そして。
PROJECT ANCHOR。
危険回避確率。
九十九・〇二パーセント。
ついに九十九パーセントを超える。
だが、人類は止めない。
ノクスを太陽系から追い出すだけなら。
いつか別の星へ危険を押しつける。
そこで最終目標は。
ノクスを銀河面上方へ大幅に減速させ。
長期監視できる空間へ留めることに変わる。
必要な重力ノード。
二千二百万。
そのためには。
まだ資源が足りない。
方舟六隻。
そのうち一部を解体すれば。
ノードは足りる。
だが。
PROJECT ANCHORが失敗した時。
残された人類最後の保険を。
自分たちで減らすことになる。
そして。
アシャ一家へ。
ある問いが届く。
「方舟一番船へ乗りますか」
彼女たちは。
ついに。
選ばれるかどうかではなく。
自分たちで選ぶ側に立つ。
次回、
第47話「方舟を降りる日」
生き残る席を。
自分から手放すことはできるのか。
完結まで、あと五話。




