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NEURON STAR  作者: リンダ


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42/50

百万本の見えない糸

第44話 百万本の見えない糸


 巨星を動かす時。


 太陽系のすべてが引かれ始める。


 PROJECT ANCHOR。


 眠りについたノクスを、数百万の小さな重力源で包み込み。


 直接押すことなく。


 引き。


 支え。


 少しずつ速度を落とし。


 太陽系から安全な方向へ進路を変える。


 アンブラが何百万年も使い続けてきた、分散重力制御。


 人類が小惑星誘導で培った軌道力学。


 セラトの生体重力膜。


 SEEDの分散判断。


 それらを組み合わせた、人類史上最大の曳航作戦だった。


 だが。


 ノクスだけを引くことはできない。


 重力とは。


 都合のよい相手だけを選ぶ力ではない。


     ◇


 2254年1月。


 太陽系外縁。


 PROJECT ANCHOR第一段階シミュレーション。


 質量ノード。


 百万基。


 ノクスを中心に。


 最小半径。


 二百八十万キロメートル。


 最大半径。


 一億二千万キロメートル。


 球殻状。


 ただし完全な球ではない。


 ノクスの速度ベクトル。


 太陽。


 セラト系。


 アンブラ領域。


 既知恒星。


 それらを避けるため。


 重力場には意図的な偏りが作られる。


     ◇


 第一目標。


 ノクスの太陽最接近距離。


 現在予測。


 〇・二天文単位。


     ◇


 PROJECT ANCHOR成功時。


 五十三天文単位。


     ◇


「五十を超えた」


 地球・セラト共同作戦司令部で。


 小さな拍手が起きた。


     ◇


 サムエル・オルテガは。


 拍手を止めなかった。


 だが。


 画面を切り替えた。


「問題は、こちらです」


     ◇


 太陽系外縁。


 カイパーベルト。


 冥王星。


 エリス。


 マケマケ。


 ハウメア。


 そして。


 数え切れない小天体。


     ◇


 重力ノード百万基。


 ノクス。


 さらに。


 アンブラが提供する八百万の小天体ユニット。


     ◇


 それだけの質量が。


 太陽系外縁へ。


 新しい重力場を作る。


     ◇


 その影響。


 小さい天体ほど。


 受けやすい。


     ◇


 シミュレーション。


     ◇


 カイパーベルト小天体。


 軌道変化。


 数千万。


     ◇


 内側へ向かう可能性。


 約三百二十万。


     ◇


 そのうち。


 木星軌道以内へ侵入。


 約四十八万。


     ◇


 地球軌道交差。


 一万八千六百。


     ◇


 地球衝突確率が無視できないもの。


 三百七十四。


     ◇


 会議室。


 静まり返る。


     ◇


「ノクスは避けられる」


 エレナ・ヴァルガスが呟いた。


「その代わりに、小天体を降らせる」


     ◇


 サムエル。


「現在案では、です」


     ◇


 地球へ三百七十四個。


 全てが衝突するわけではない。


 確率。


 数パーセント。


 数十分の一パーセント。


 中には、十分の一以下。


     ◇


 だが。


 三百七十四のうち。


 一つでも。


 直径十キロメートル級なら。


 文明に壊滅的被害。


     ◇


 ノクスから逃れて。


 別の天体に殺される。


     ◇


 そんな結末は。


 誰も受け入れられない。


     ◇


 アンブラへ。


 結果を送る。


     ◇


 返答。


     ◇


外側を動かせば


外側も動く


     ◇


「分かっていた?」


     ◇


はい


     ◇


「それを先に言ってください」


 安全保障代表が苛立つ。


     ◇


 アンブラ。


     ◇


あなたたちは


太陽系の外縁を固定したものとして計算していた


     ◇


私たちは


固定した軌道という考えを持たない


     ◇


 アンブラにとって。


 軌道は。


 守るものではない。


     ◇


 常に変え続けるもの。


     ◇


 数億の小天体。


 互いの重力。


 銀河潮汐。


 星間雲。


 近傍恒星。


     ◇


 全てに合わせ。


 少しずつ。


 動き続ける。


     ◇


 彼らの文明に。


 永久固定された軌道という概念はなかった。


     ◇


「なら」


 ミラ・セデック。


「ノクスを動かすだけじゃなくて、動いた小天体も全部調整する?」


     ◇


 アンブラ。


     ◇


はい


     ◇


 会議室。


 さらに静かになる。


     ◇


 対象。


 数千万。


     ◇


「無理でしょう」


 ヴィクター・セン。


     ◇


 アンブラ。


     ◇


全部を一つずつ動かす必要はない


     ◇


 小天体を。


 個別に制御しない。


     ◇


 軌道が似たもの。


 同じ重力場へ反応するもの。


 群れ。


     ◇


 それらを。


 一つの流れとして扱う。


     ◇


 川。


     ◇


 小惑星一個ずつではない。


     ◇


 無数の石が流れる。


 重力の川。


     ◇


 その川の向きを。


 少しずつ変える。


     ◇


 新しいシミュレーション。


     ◇


 ノクス周囲。


 第一重力殻。


     ◇


 カイパーベルト外側。


 第二重力殻。


     ◇


 オールト雲内縁。


 第三重力殻。


     ◇


 三層。


     ◇


 ノクスを動かす第一層。


     ◇


 小天体群の軌道を吸収する第二層。


     ◇


 さらに遠方で。


 内向き散乱を抑える第三層。


     ◇


 人類側名称。


TRIPLE CRADLE


 三重のゆりかご。


     ◇


 必要ノード。


 第一層。


 二百八十万。


     ◇


 第二。


 四百十万。


     ◇


 第三。


 六百五十万。


     ◇


 合計。


 一千三百四十万。


     ◇


「百万じゃなかったんですか」


 レア。


     ◇


「百万は、ノクスだけ動かす最低値でした」


 サムエル。


     ◇


「太陽系まで守るなら?」


     ◇


「最低でも一千万規模です」


     ◇


 アンブラ提供。


 八百万。


     ◇


 人類。


 最大製造可能。


 約二百五十万。


     ◇


 セラト。


 生体重力節。


 換算。


 約百六十万。


     ◇


 合計。


 一千二百十万。


     ◇


 不足。


 百三十万。


     ◇


「あと百三十万」


 エレナ。


     ◇


 数字だけなら。


 小さく見える。


     ◇


 だが。


 一基一基が。


 推進。


 制御。


 位置測定。


 自己修復。


 長期電源。


     ◇


 全てを持つ。


     ◇


 百三十万基。


     ◇


 製造期間。


 通常工程。


 十四年。


     ◇


 間に合わない。


     ◇


 方舟。


     ◇


 また。


 議題に上がる。


     ◇


 七番船。


 八番船。


 九番船。


     ◇


 建造停止。


     ◇


 資材。


 演算核。


 核融合電源。


 推進部品。


     ◇


 全て。


 質量ノードへ転用。


     ◇


 作れば。


 不足の約九十五万基を補える。


     ◇


 残り。


 三十五万。


     ◇


 十番船から十二番船。


 すでに停止。


     ◇


 七から九まで止めれば。


     ◇


 方舟は。


 六隻。


     ◇


「六隻を残す」


 エレナ。


     ◇


「本当にそれでいいのですか」


 方舟計画代表。


     ◇


「いいとは言っていません」


     ◇


 方舟搭乗予定者。


 再び。


 未来を失う。


     ◇


 しかし。


 PROJECT ANCHOR成功なら。


 地球そのものが残る。


     ◇


 方舟へ乗れないことが。


 死と同義ではない。


     ◇


 それが。


 以前との大きな違いだった。


     ◇


 公開討論。


     ◇


 ある女性。


 七番船。


 教育区画勤務予定。


     ◇


「私たちは十五年間、方舟で暮らす訓練をしてきました」


     ◇


「娘は、地球を離れることを前提に育ちました」


     ◇


「今度は」


     ◇


「地球に残れるかもしれないから、船を諦めてほしいと言われる」


     ◇


「喜ぶべきなのか」


     ◇


「悲しむべきなのか」


     ◇


「もう分かりません」


     ◇


 地球残留者の男性。


     ◇


「私は」


     ◇


「十年前まで」


     ◇


「船に選ばれなかった人間でした」


     ◇


「今は」


     ◇


「船に乗れなくても助かるかもしれない」


     ◇


「そんな未来を作るために」


     ◇


「船を減らしてくださいと言うのは」


     ◇


「残酷でしょうか」


     ◇


 誰も。


 簡単には答えられなかった。


     ◇


 一方。


 火星。


     ◇


 ミラ。


 リズ。


 フォー。


     ◇


 N7との定期通信。


     ◇


 N1からN6。


 休眠。


     ◇


 N7。


 監視。


     ◇


 ノクス内部エネルギー。


 九十八・二パーセント。


     ◇


「ぜんぜん減らない」


 ミラ。


     ◇


 オーブ。


十九年以上の計画です


     ◇


「N7、暇じゃないのかな」


     ◇


 N7。


     ◇



     ◇


 ミラが吹き出した。


「そこ、ちゃんと暇なんだ」


     ◇


多くは眠る


     ◇


私は見る


     ◇


「何見てるの」


     ◇



     ◇


 二百四十万の星の雨。


     ◇


 ノクス自身が放つ。


 小さな光。


     ◇


SEED


     ◇


「みんな近くにいる?」


     ◇


いる


     ◇


「カリヨンも?」


     ◇


いる


     ◇


 ミラー分枝。


 重度損傷。


     ◇


 しかし。


 復旧作業が進んでいた。


     ◇


 アンブラが。


 失われた演算領域を。


 自分たちの小天体ユニットへ分散して。


 補っている。


     ◇


 以前のミラーと。


 完全に同じではない。


     ◇


 だが。


 カリヨンという名前を。


 覚えている。


     ◇


 新しい経験も。


 積み始めている。


     ◇


 リュール。


 地球圏。


     ◇


 オーブ。


 ノクス現地。


     ◇


 二人のリュミエールも。


 互いの記録を。


 一日一回だけ同期する。


     ◇


 完全には同じにならない。


     ◇


 昨日までの共有。


     ◇


 今日の違い。


     ◇


 それを。


 残す。


     ◇


 PROJECT BEACON。


     ◇


 B4文明。


     ◇


 警告信号。


 送信継続。


     ◇


 返答なし。


     ◇


 アンブラ。


     ◇


信号変化


     ◇


 B4恒星系。


 夜側。


     ◇


 人工電磁波。


 増加。


     ◇


「こちらの警告に反応した?」


     ◇


 距離を考えれば。


 まだ。


 届いていない。


     ◇


 彼ら自身が。


 何かを始めた。


     ◇


 天文学。


 宇宙開発。


 あるいは。


 偶然。


     ◇


 今の人類には。


 分からない。


     ◇


 それでも。


 B4文明も。


 進んでいる。


     ◇


 知らない星の人々も。


 自分たちの生活を続けている。


     ◇


 ノクスが来ることを。


 まだ知らないまま。


     ◇


 地球では。


 PROJECT ANCHOR建造計画。


 正式決定。


     ◇


 七番船。


 八番船。


 九番船。


     ◇


 建造。


 無期限停止。


     ◇


 搭乗資格。


 凍結。


     ◇


 方舟は。


 一番船から六番船。


     ◇


 六隻。


     ◇


 そのうち。


 一から三。


 緊急避難。


     ◇


 四から六。


 生命保存。


     ◇


 一隻あたりの人数。


 従来より削減。


     ◇


 代わりに。


 植物種子。


 動物細胞。


 微生物。


 菌類。


 昆虫。


 海洋生物。


     ◇


 保存比率。


 増加。


     ◇


 もし。


 地球が失われるなら。


     ◇


 人間だけでなく。


 地球の生命を。


 できる限り運ぶ。


     ◇


 計画の原点。


     ◇


 戻ってきた。


     ◇


 さらに。


 方舟搭乗者選考。


     ◇


 再整理。


     ◇


 乗れる人数が減る。


     ◇


 だが。


 地球残留生存確率は。


 PROJECT ANCHORによって。


 大きく上昇する可能性。


     ◇


 方舟の席。


     ◇


 以前ほど。


 絶対的な「生存資格」ではなくなる。


     ◇


 それでも。


 保険である以上。


 価値は高い。


     ◇


 アシャ一家。


     ◇


 カリム。


 補欠順位。


     ◇


 七位。


     ◇


 そして。


     ◇


 新通知。


     ◇


 農業区画。


 生態系優先再編。


     ◇


 農業技術者。


 追加五十名。


     ◇


 カリム。


     ◇


 正式搭乗候補。


     ◇


 アシャ。


 ナイラ。


     ◇


 家族三人。


 同一船。


     ◇


 方舟一番船。


     ◇


 条件付き搭乗決定。


     ◇


 ナイラは。


 画面を何度も見た。


     ◇


「三人?」


     ◇


 アシャ。


「三人」


     ◇


「一緒?」


     ◇


「一緒」


     ◇


 ナイラ。


 泣く。


     ◇


 カリム。


 抱きしめる。


     ◇


 だが。


 喜びの中で。


     ◇


 アシャは。


 一つだけ。


 確認した。


     ◇


「PROJECT ANCHORが成功したら」


     ◇


「私たちは」


     ◇


「方舟に乗らない選択もできますか」


     ◇


 担当者。


     ◇


「できます」


     ◇


 以前。


 方舟の席は。


 命そのものだった。


     ◇


 今。


     ◇


 乗らない自由が。


 少しずつ。


 戻り始めている。


     ◇


 一方。


 太陽系外縁。


     ◇


 第一重力ノード群。


     ◇


 十万。


     ◇


 五十万。


     ◇


 百万。


     ◇


 アンブラの小天体ユニット。


     ◇


 到着。


     ◇


 二百万。


     ◇


 三百万。


     ◇


 ノクスを囲む。


     ◇


 見えない糸。


     ◇


 重力。


     ◇


 一基では。


 ほとんど何もできない。


     ◇


 百万でも。


 巨大なノクスを。


 すぐには動かせない。


     ◇


 だが。


 全てが。


 同じ目的へ。


 わずかな力を加える。


     ◇


 速度変化。


     ◇


 一秒あたり。


 ほとんど測れない。


     ◇


 一日。


     ◇


 微小。


     ◇


 一か月。


     ◇


 検出。


     ◇


 ノクス。


 太陽方向速度成分。


     ◇


 減少。


     ◇


 〇・〇〇〇〇〇二パーセント。


     ◇


「動いた」


 サムエル。


     ◇


 数字だけなら。


 誤差のように小さい。


     ◇


 しかし。


 数十年後。


     ◇


 その違いは。


 数億キロメートルへ広がる。


     ◇


 PROJECT ANCHOR。


     ◇


 成功可能性。


     ◇


 初めて。


 実測された。


     ◇


 だが。


 同時に。


     ◇


 海王星外側。


     ◇


 小天体群。


     ◇


 軌道異常。


     ◇


 第二重力殻。


 まだ未完成。


     ◇


 その隙間を通り。


     ◇


 一群の氷天体。


     ◇


 内側へ。


     ◇


 数。


     ◇


 約二万七千。


     ◇


 その中。


     ◇


 一つ。


     ◇


 直径。


     ◇


 二十二キロメートル。


     ◇


 新しい軌道。


     ◇


 木星。


 火星。


     ◇


 そして。


     ◇


 地球軌道と。


 交差する可能性。


     ◇


 衝突確率。


     ◇


 初期計算。


     ◇


 八・六パーセント。


     ◇


 会議室。


 凍りつく。


     ◇


 ノクスを。


 何十年かけて避ける計画の。


     ◇


 最初の年。


     ◇


 人類は。


 自分たちの作戦によって。


     ◇


 新しい地球衝突天体を。


 作ってしまった。


     ◇


 小惑星。


 暫定名。


     ◇


ANCHOR-1


     ◇


 皮肉な名前だった。


     ◇


 ノクスを止めるためのアンカーが。


     ◇


 地球へ。


 別の終末を。


 引き寄せようとしていた。



第44話 終


次回予告


 PROJECT ANCHORは。


 眠ったノクスの速度を。


 初めて実際に低下させた。


 ほんのわずかな変化。


 だが。


 数十年後には。


 太陽系最接近距離を大きく変える可能性がある。


 一方で。


 第二重力殻の完成前に。


 海王星外側から二万七千個の氷天体が内側へ散乱。


 その中の一つ。


 直径二十二キロメートル。


 ANCHOR-1。


 新しい軌道は。


 地球軌道と交差する可能性を持つ。


 初期衝突確率。


 八・六パーセント。


 直径二十二キロ。


 もし地球へ衝突すれば。


 地域災害では終わらない。


 全球的な気候変動。


 巨大津波。


 大気中へ放出される塵。


 農業崩壊。


 文明規模の被害。


 ノクスを救うためではない。


 地球を救うための作戦が。


 地球へ新しい危険を生んだ。


 PROJECT ANCHORを停止すれば。


 ノクスの軌道変更が遅れる。


 続ければ。


 さらに小天体が内側へ送られる可能性がある。


 そこで。


 人類は。


 ノクスだけを動かす計画から。


 太陽系外縁そのものを制御する計画へ踏み込む。


 木星。


 土星。


 天王星。


 海王星。


 巨大惑星の重力を利用し。


 内側へ向かう天体を。


 再び外へ送り返す。


 だが。


 ANCHOR-1は。


 すでに木星へ接近しつつあった。


 木星の重力を使えば。


 地球から外すこともできる。


 逆に。


 わずかな誤差で。


 地球衝突軌道へ確定してしまう。


 一度だけの。


 惑星規模の重力アシスト。


 失敗は許されない。


 その頃。


 B4文明へ送り続けていたPROJECT BEACONの警告信号に。


 初めて。


 人工的な返答らしき波が混ざる。


 まだ言葉にはならない。


 だが。


 素数。


 水素線。


 そして。


 人類が送った軌道図と同じ比率。


 誰かが。


 警告を受け取った。


 次回、


第45話「八・六パーセント」


 一つの終末を避けながら。


 別の終末を避ける。


 人類に残された時間は。


 あと七話。

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