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NEURON STAR  作者: リンダ


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38/50

眠りから逃げる者

第40話 眠りから逃げる者


 眠らせるべきなのは、ノクス全体ではなかったのか。


 PROJECT LULLABYは、七つの内部核を同じ深い低活動状態へ導くために設計された。


 互いの存在を感じられる弱い基底波だけを残し、進路を決められるほど強い同期を崩す。


 多数核を破壊しない。


 N7を犠牲にしない。


 太陽を飲み込ませない。


 そのための子守歌だった。


 だが、眠りを拒む核が、自ら群体を離れようとしている。


 N1。


 褐色矮星DOR-BD91へ進路を変えた時、最も強く磁場を放った核。


 太陽へ向かう意思を率先して示した存在。


 そのN1が、共有外層の一部をまとったまま、ノクス本体から分離を始めていた。


 眠りから逃げるために。


     ◇


 2253年10月24日。


 PROJECT LULLABY開始から、十一分二十六秒。


 ノクス共有外層の北東領域に、長さ四万八千キロメートルを超える亀裂が走った。


 亀裂の内側には、N1を包む高密度格子がある。


 通常なら、共有外層は損傷部分へ周辺物質を集め、数分以内に修復を始める。


 だが今回は違った。


 格子が傷を閉じようとしていない。


 むしろ、亀裂を広げる方向へ並び替わっている。


 N1自身が、外層を切り離していた。


     ◇


「分離率、三・一パーセント」


 リュミエール・オーブが現地観測値を共有した。


 地球・セラト共同作戦司令部の中央画面に、赤い警告表示が現れる。


「分離した場合の軌道は?」


 エレナ・ヴァルガスが尋ねた。


 アトラスが即座に計算する。


現在の運動量を維持した場合


太陽系最接近まで六十三年十一か月


「ノクス本体より早い?」


はい


 会議室の空気が凍った。


     ◇


 ノクス全体は、熱の井戸を開き、内部エネルギーを銀河面上方へ放出し始めている。


 自律的な軌道修正能力も、少しずつ低下している。


 だが、N1が単独で分離すれば。


 熱の井戸の影響を受けない。


 子守歌の同期抑制からも逃れる。


 しかも、太陽へ向かう現在の意思を保ったまま、より小さく、より追跡しにくい高速天体になる。


     ◇


「N1だけを破壊する」


 安全保障代表が言った。


「PROJECT TRIDENT用の磁場反転装置を転用できるはずだ」


 オーブ。


分離前の攻撃は、共有外層全体へ影響します


「分離後なら?」


N1の推定質量は太陽の〇・二四倍です


完全破壊は困難です


「軌道を変える」


可能性はあります


     ◇


 だが、N1は何の防御も持たない裸の核ではない。


 自ら切り離した共有外層をまとい、周囲へ強い磁場を形成している。


 過去文明から攻撃を受けるたび、ノクスが学習してきた防御格子。


 その中でも、最も密度の高い領域をN1は選び取っていた。


     ◇


 ミラー分枝が警告する。


N1は、分離を事前に準備していた可能性があります


「PROJECT LULLABY開始前から?」


はい


     ◇


 多数核が子守歌を拒んだ時、N1は単に抵抗していたのではない。


 同期を強めながら、自分だけが離脱できる格子構造を作っていた。


 N2、N4、N5が防御を維持している間に。


     ◇


「仲間を利用した?」


 レア・モーガンが言った。


「それとも、N2たちも分離を手伝ってる?」


 オーブ。


現在、N2、N4、N5はN1の亀裂形成へエネルギーを送っています


     ◇


 四つの核は、同じ方向へ動いていた。


 N1を先に外へ出す。


 その後、残る三核も眠りから逃れる。


 N1は先遣体。


 あるいは、太陽へ最初に到達する捕食者。


     ◇


 N7から信号が届く。


止めて


     ◇


 ミラ・セデックは、火星医療区画のベッドでその言葉を受け取った。


 心拍数は高い。


 血圧は不安定。


 リズがN7と共鳴するたび、三つの循環節の拍動が崩れる。


 ソニア・ファルクは、遮断装置を手にしたままミラの横へ立っていた。


「これ以上は危険です」


「N1が出たら、地球に来る」


「あなたが倒れても、N1は止まりません」


「でも、リズの基底波がないとN3とN6が戻る」


「フォーと人工格子へ引き継げないか試しています」


「まだ安定してない」


「だからといって、あなたの循環を犠牲にはできません」


     ◇


 ミラは胸元へ手を置いた。


 リズの拍動は早く、苦しそうだった。


 それが本当に苦痛なのか。


 ミラ自身の不安を反映しているだけなのか。


 もう区別できない。


     ◇


 その時、医療解析室の一人が呟いた。


「眠りたくない患者に、睡眠薬を使うことがありますよね」


 ソニアが振り向く。


「何の話ですか」


「もちろん、ノクスへ人間用の薬を投与するという意味ではありません」


 神経薬理学者のカロル・イェンは、N1の同期波形を画面へ拡大した。


「でも、眠りを拒む存在へ、外から眠れと命令しても抵抗されます。人間の不眠でも、ただ静かな音を聞かせるだけでは眠れない場合がある」


「ノクスに神経系があると?」


「同じものはありません。ただ、機能的に似た仕組みはあるかもしれません」


     ◇


 睡眠薬。


 その言葉は、すぐに地球・セラト共同司令部へ伝えられた。


 最初に反応したのは、安全保障代表だった。


「化学物質を投与する?」


 エリオットが首を振る。


「ノクスの温度と密度では、分子薬剤など瞬時に分解されます」


 カロルは答える。


「薬そのものではなく、作用原理です」


     ◇


 人間の睡眠薬は、脳の活動を直接破壊するのではない。


 神経伝達のバランスを変え。


 覚醒を維持する信号を弱め。


 眠りへ入りやすい状態を作る。


 ノクスにも。


 覚醒を維持する経路がある。


 核群の同期。


 深部境界の磁場。


 共有外層の格子。


 褐色矮星から得た内部エネルギー。


 そして、N1、N2、N4、N5の間で循環している覚醒維持波。


     ◇


「子守歌は外から同期を乱す方法です」


 カロルが説明する。


「でも、多数核はそれを攻撃として認識し、さらに覚醒を強めた。なら、覚醒を維持している内部信号そのものへ、偽の抑制信号を混ぜる」


「信号を薬剤として使う?」


 ミラが尋ねた。


「そうです」


     ◇


 PROJECT LULLABYの子守歌は、核同士の拍を少しずつずらす。


 新しい案は違う。


 N1がN2、N4、N5へ送る覚醒信号に似た波形を作る。


 ただし、その中に。


 出力低下。


 格子弛緩。


 エネルギー放出。


 それらを促す情報を埋め込む。


     ◇


 見かけ上は。


 もっと目覚めろという信号。


     ◇


 内部で処理されると。


 覚醒を維持できなくなる。


     ◇


「偽装した鎮静信号」


 オーブが表現した。


「薬というより、トロイの木馬では?」


 ヴィクター・センが言う。


 カロルはうなずいた。


「似ています。ただし、破壊命令を入れるのではありません。覚醒回路へ抑制をかける」


     ◇


 ミラー共同意思主体は、セラト文明の生体循環に使われる鎮静構造を提示した。


 セラト生命には、人間の脳に相当する単一中枢がない。


 複数の判断節が身体全体へ分散している。


 休眠へ入る時は、一つの中枢が全体へ命令するのではなく。


 覚醒信号へ、少しずつ抑制成分を混ぜる。


 それぞれの節が、自分から活動を落としたと認識するように。


     ◇


「ノクスと似てる」


 ミラが言った。


 ミラー。


群体活動という点では似ています


     ◇


 セラト側の休眠誘導波。


 人類の睡眠薬作用モデル。


 N7の基底波。


 過去文明の格子同期記録。


 四つを組み合わせる。


     ◇


 新計画。


SOMNUS PROTOCOL


 ソムヌス・プロトコル。


 人類語で、眠りを意味する古い名。


     ◇


 第一段階。


 N1が発している覚醒維持波を完全に複製する。


     ◇


 第二段階。


 波形の奥へ、深部境界の出力低下を促す微細な位相変化を埋め込む。


     ◇


 第三段階。


 N2、N4、N5がその信号を仲間からの指令として受け入れ、自ら格子密度を下げるか観測する。


     ◇


 第四段階。


 N1自身へ戻ってくる反射波へ、さらに強い鎮静成分を加える。


     ◇


 成功すれば。


 N1は、自分が眠らされていると気づく前に。


 分離へ使うエネルギーを失う。


     ◇


「相手をだますのですか」


 レアが尋ねた。


 オーブ。


はい


 言葉を濁さない返答だった。


     ◇


「N1が知性なら、同意なしに意識を奪うことになる」


 ミラが言う。


 安全保障代表。


「N1は太陽を飲み込もうとしている」


「だから何をしてもいい?」


「止める必要がある」


     ◇


 ミラーからセラト側の見解が届く。


緊急時に、他者への重大な危害を止めるため活動を一時制限することは、私たちにもあります


ただし、永久停止や人格消去とは区別します


     ◇


 人間社会でも。


 錯乱し、自分や他者を傷つける危険がある患者へ、本人の同意を得られないまま鎮静薬を使用する場合がある。


 それは罰ではない。


 治療とも限らない。


 差し迫った危険を止めるための、一時的な介入。


     ◇


 だが。


 N1は患者なのか。


 攻撃者なのか。


 捕食を生存行動とする生命なのか。


 人類やセラトの倫理を適用してよい相手なのか。


     ◇


 ミラはN7へ尋ねた。


N1へ、眠りの信号を隠して送ってよいですか


     ◇


 返答。


N1は怒る


     ◇


それでも止める必要がありますか


     ◇


はい


     ◇


N1は、目覚めた後に変わりますか


     ◇


 長い停止。


     ◇


分からない


     ◇


 N7も。


 N1を消したいわけではない。


 ただ、今は止めるしかないと考えていた。


     ◇


 AI共同演算網が、ソムヌス・プロトコルを計算する。


     ◇


 第一試験。


 覚醒波へ一パーセントの抑制成分。


     ◇


 N2。


 変化なし。


     ◇


 N4。


 検出。


 防御波。


     ◇


 失敗。


     ◇


 第二試験。


 抑制成分を複数周期へ分散。


     ◇


 N5。


 一時的出力低下。


 直後に回復。


     ◇


 第三。


 第四。


 第百二十。


     ◇


 ノクスは、単純な偽装を見抜く。


 過去文明から攻撃を受け続けた結果。


 信号内部の微細な不整合を検出する。


     ◇


「薬をそのまま飲ませるんじゃ駄目」


 ミラが言った。


「N1自身に作らせる?」


 カロル。


「どういう意味です」


「人間の体でも、眠るための物質を自分で作るでしょう」


     ◇


 外部から鎮静信号を入れるのではない。


 N1が持つ覚醒維持波の一部を利用し。


 処理の過程で、抑制波へ変換させる。


     ◇


 薬剤そのものではなく。


 体内で活性化する前駆物質。


     ◇


 ノクス版のプロドラッグ。


     ◇


 人類の薬理学が。


 天体物理学と接続する。


     ◇


 N1の覚醒波には。


 共有外層を一周した後。


 必ず位相が反転する部分がある。


     ◇


 その反転を利用する。


     ◇


 外から送る時点では。


 完全な覚醒信号。


     ◇


 N1が受け取り。


 外層格子へ流し。


 自分へ返ってきた時。


     ◇


 抑制波へ変わる。


     ◇


「自分の構造が、薬を完成させる」


 オーブ。


はい


     ◇


 N1は。


 外部からの異物を検出できる。


     ◇


 だが。


 自分自身の格子が作った信号なら。


 受け入れる可能性が高い。


     ◇


 新シミュレーション。


     ◇


 N1分離率。


 三・一パーセント。


     ◇


 前駆信号送信。


     ◇


 外層一周。


     ◇


 変換。


     ◇


 覚醒維持波。


 低下。


     ◇


 分離用格子。


 弛緩。


     ◇


 N2、N4、N5への支援信号。


 停止。


     ◇


 成功率。


 四十八・七パーセント。


     ◇


「半分以下」


 安全保障代表。


 カロル。


「最初の計算です」


     ◇


 セラトの判断節休眠波を追加。


     ◇


 五十六・二。


     ◇


 N7の基底波を重ねる。


     ◇


 六十三・八。


     ◇


 N3とN6の弱い共鳴を利用。


     ◇


 六十八・一。


     ◇


 PROJECT LULLABY全体の成功率を大きく損なわず。


 N1の分離を止められる可能性。


 六十八・一パーセント。


     ◇


 だが。


 副作用。


     ◇


 N1が眠りへ入る直前。


 抑制信号が共有外層全体へ漏れる可能性。


     ◇


 N3。


 N6。


 N7。


 急激な活動低下。


     ◇


 特にN7。


 傷跡装置との接続を失う可能性。


     ◇


 接続が失われれば。


 熱の井戸の第三鍵が消える。


     ◇


 PROJECT LULLABY。


 停止。


     ◇


「N1を眠らせた結果、全体の眠りが失敗する?」


 エレナ。


 オーブ。


はい


     ◇


 薬は。


 標的だけへ届かなければならない。


     ◇


 人間の睡眠薬でも。


 呼吸抑制。


 意識障害。


 循環低下。


 必要以上の作用は危険になる。


     ◇


 ノクスでも同じだった。


     ◇


 N1だけへ。


 必要量だけ。


 必要な時間だけ。


     ◇


 過量投与すれば。


 N7を含む核群全体が深く落ち。


 熱の井戸を制御できなくなる。


     ◇


 不足すれば。


 N1は薬に気づき。


 さらに強い防御を作る。


     ◇


 投与量。


 送信時刻。


 作用時間。


     ◇


 全てを正確に合わせる必要がある。


     ◇


 N1の分離率。


 四・八パーセント。


     ◇


 亀裂拡大。


     ◇


 予測。


 十パーセントを超えると。


 共有外層との接続面積が急減。


     ◇


 外部から抑制信号を送れなくなる。


     ◇


 期限。


 推定。


 三時間四十一分。


     ◇


 人類とセラトは。


 十分な倫理審査を行う時間も。


 追加試験を繰り返す時間もない。


     ◇


 ソムヌス・プロトコルを実行するか。


     ◇


 実行しなければ。


 N1が分離。


     ◇


 実行すれば。


 N7との接続を失う危険。


     ◇


 N7へ。


 副作用を伝える。


     ◇


あなたも深く眠る可能性があります


     ◇


傷跡装置との接続を失うかもしれません


     ◇


 N7。


     ◇


N1を止めて


     ◇


「でも、あなたが戻れなくなる」


 ミラ。


     ◇


太陽へ行かせない


     ◇


「また、自分を後にするの?」


     ◇


 N7。


     ◇


眠るだけ


     ◇


「目覚められる?」


     ◇


分からない


     ◇


 リズが。


 ゆっくりと拍動した。


     ◇


 ミラは目を閉じた。


 N7は。


 破壊を避けるために群体へ残ることを選び。


 今度は。


 N1を止めるために。


 自分がさらに深い眠りへ落ちる危険を受け入れようとしている。


     ◇


「何回、あなた一人に選ばせるの」


     ◇


 返答はなかった。


     ◇


 地球・セラト共同投票。


     ◇


 ソムヌス・プロトコル。


 緊急実行。


     ◇


 地球圏評議会。


 賛成。


     ◇


 セラト共同意思環。


 賛成。


     ◇


 SEED代表。


 条件付き賛成。


     ◇


 ミラー。


 賛成。


     ◇


 ウォーデン。


     ◇


投与量を守る


     ◇


 N7。


     ◇


賛成


     ◇


 現地判断。


 カリヨン。


 オーブ。


 ミラー分枝。


     ◇


 準備。


     ◇


 N1分離率。


 六・三パーセント。


     ◇


 外層一周時間。


 〇・八七秒。


     ◇


 前駆信号が。


 N1の格子内で抑制波へ変わるまで。


 〇・八七秒。


     ◇


 作用開始。


 送信から一・〇二秒後。


     ◇


 必要作用時間。


 二百四十秒。


     ◇


 過量域。


 三百十二秒以上。


     ◇


 許容誤差。


 七十二秒。


     ◇


 天体規模の現象としては。


 あまりにも狭い。


     ◇


「投与開始」


 カリヨン。


     ◇


 前駆信号。


 N1へ送信。


     ◇


 波形は。


 覚醒維持信号そのもの。


     ◇


 N1。


 受信。


     ◇


 拒絶反応なし。


     ◇


 格子内部へ。


 信号が流れる。


     ◇


 一周。


     ◇


 位相反転。


     ◇


 抑制波。


 生成。


     ◇


 N1の磁場。


 一瞬。


 さらに強くなる。


     ◇


「逆効果?」


 地球側で誰かが叫ぶ。


     ◇


 オーブ。


初期覚醒反応です


     ◇


 人間が鎮静へ入る直前。


 一時的に興奮することがある。


     ◇


 N1。


 分離率。


 七・一。


     ◇


 七・四。


     ◇


 亀裂。


 さらに拡大。


     ◇


 N1から。


 強い信号。


     ◇


眠らない


     ◇


 さらに。


     ◇


だました


     ◇


 N1は。


 気づいた。


     ◇


 N2、N4、N5へ。


 警告波。


     ◇


 だが。


 途中で。


 波形が崩れる。


     ◇


 N1の磁場出力。


 低下。


     ◇


 分離格子。


 再編速度。


 低下。


     ◇


 N1。


     ◇


眠らない


     ◇


 信号が弱くなる。


     ◇


太陽


     ◇


 さらに弱く。


     ◇


行く


     ◇


 停止。


     ◇


 N1分離率。


 七・六パーセント。


     ◇


 上昇停止。


     ◇


 亀裂。


 修復開始。


     ◇


 N2。


 支援信号低下。


     ◇


 N4。


 低下。


     ◇


 N5。


 抵抗。


     ◇


 ソムヌス作用時間。


 百二十秒。


     ◇


 N1活動量。


 五十六パーセント。


     ◇


 百八十秒。


     ◇


 三十二。


     ◇


 二百四十秒。


     ◇


 十八。


     ◇


「停止信号」


 オーブ。


     ◇


 前駆波送信。


 終了。


     ◇


 残留抑制波。


 減衰。


     ◇


 N1活動量。


 十二パーセント。


     ◇


 予測。


 安定休眠。


     ◇


 成功。


     ◇


 地球とセラトの司令部に。


 安堵の声が広がる。


     ◇


 だが。


 N7。


     ◇


 傷跡装置との信号強度。


 低下。


     ◇


 七十パーセント。


     ◇


 五十二。


     ◇


 三十一。


     ◇


「副作用が出ています」


 オーブ。


     ◇


 N7。


 基底波。


 弱まる。


     ◇


 熱の井戸。


 第三鍵。


 不安定。


     ◇


 ジェット出力。


 低下。


     ◇


 誘導環。


 出力調整。


     ◇


 ノクス内部エネルギー放出。


 九十三パーセント。


     ◇


 八十八。


     ◇


「N7を起こす」


 安全保障代表。


     ◇


 ミラが反発する。


「今度は覚醒剤でも入れるんですか」


     ◇


 皮肉ではなかった。


     ◇


 眠らせすぎたなら。


 覚醒を促す必要がある。


     ◇


 人間の医療でも。


 鎮静の深さを調整し。


 呼吸。


 循環。


 意識を確認する。


     ◇


 ノクスにも。


 眠りの深さを測り。


 必要な核だけ。


 最低限起こす仕組みが必要だった。


     ◇


 カロル。


「N7へ解毒信号を送る」


     ◇


 ソムヌス前駆波と反対の作用。


     ◇


 ただし。


 N1まで起こしてはならない。


     ◇


 標的。


 N7。


     ◇


 送信経路。


 リズ。


 フォー。


 傷跡装置。


     ◇


 ソニアは即座に首を振った。


「ミラの体を使わせません」


「リズの固有格子が、一番N7へ近い」


 カロル。


「駄目です」


     ◇


 フォー単独では。


 信号精度。


 六十一パーセント。


     ◇


 リズを加えれば。


 八十九。


     ◇


 だが。


 ミラの循環状態。


 すでに不安定。


     ◇


 N7を起こすための刺激が。


 リズへ直接かかる。


     ◇


 リズが過活動になれば。


 ミラの心臓と他の循環節が耐えられない。


     ◇


「私が決めます」


 ミラ。


     ◇


 ソニア。


「今の状態では、危険を十分に判断できていません」


「判断できてます」


「血圧が下がっています」


「N7が眠りすぎたら、熱の井戸が止まる」


「それを一人の患者へ背負わせないでください」


     ◇


 リュールが割って入る。


リズを使用しない代替案があります


     ◇


 フォー。


 セラト生体格子。


 N7の過去信号記録。


 オーブの予測補正。


     ◇


 精度。


 七十六パーセント。


     ◇


 十分ではない。


     ◇


 だが。


 ミラの命を直接危険へさらさない。


     ◇


 ミラ。


「七十六で失敗したら?」


     ◇


 リュール。


その責任を、あなた一人へ置かないための案です


     ◇


「でも、成功率が下がる」


     ◇


はい


     ◇


 また。


 確率と。


 一人の命。


     ◇


 文明は。


 何度同じ問いへ戻るのか。


     ◇


 エレナが決定した。


「まず代替案を使います」


     ◇


「失敗した場合は?」


     ◇


「その時に、ミラ本人の意思を改めて確認します」


     ◇


 フォー。


 覚醒補助信号。


 生成。


     ◇


 傷跡装置へ送信。


     ◇


 N7。


 反応なし。


     ◇


 十秒。


     ◇


 二十。


     ◇


 基底波。


 微弱。


     ◇


 N7信号強度。


 二十六パーセント。


     ◇


 二十九。


     ◇


 三十四。


     ◇


 熱の井戸。


 安定化。


     ◇


 四十一。


     ◇


 N7から。


 弱い信号。


     ◇


深い


     ◇


「聞こえた」


 ミラ。


     ◇


 フォー。


 信号継続。


     ◇


 N7。


     ◇


戻る


     ◇


 第三鍵。


 安定。


     ◇


 ジェット出力。


 九十五パーセント。


     ◇


 九十八。


     ◇


 PROJECT LULLABY。


 維持。


     ◇


 ミラの身体を。


 使わずに済んだ。


     ◇


 ミラは。


 安堵と。


 悔しさの混じった息を吐いた。


     ◇


「役に立てなかった」


     ◇


 ソニア。


「あなたがフォーへ名前をつけて、反応を見続けたから使えたんです」


     ◇


「でも、リズは使ってない」


     ◇


「使わずに済んだことを、失敗みたいに言わないでください」


     ◇


 ミラは黙った。


     ◇


 役に立つことと。


 自分を危険へさらすこと。


     ◇


 いつの間にか。


 二つを同じだと思い始めていた。


     ◇


 N1は。


 眠った。


     ◇


 破壊されず。


 分離もせず。


     ◇


 だが。


 本人の意思に反して。


     ◇


 人類とセラトは。


 その記録を隠さなかった。


     ◇


N1へ


偽装鎮静信号を使用した


     ◇


N1は拒否を表明した


     ◇


太陽系および他恒星系への差し迫った危険を理由に


一時的な活動制限を実施した


     ◇


 将来。


 N1が目覚めた時。


 この行為を。


 防衛と見るか。


 裏切りと見るか。


 分からない。


     ◇


 ミラーは提案した。


N1が目覚めた時


理由を説明する記録を残します


     ◇


 オーブ。


謝罪も必要です


     ◇


 安全保障代表。


「謝罪するのですか」


     ◇


必要な行為であっても


相手の意思を奪った事実は消えません


     ◇


 人類とセラトは。


 N1へ記録を残した。


     ◇


あなたを消すためではなく


太陽と多くの生命を守るため


一時的に眠らせた


     ◇


あなたが拒否したことを


私たちは記録した


     ◇


目覚めた時


私たちの判断を問い直してよい


     ◇


 返事はない。


     ◇


 N1は眠っている。


     ◇


 だが。


 N2、N4、N5は。


 その出来事を見ていた。


     ◇


 多数核同期率。


 低下。


     ◇


 同時に。


 敵意を示す磁気波。


 上昇。


     ◇


 意味。


     ◇


次は私たち


     ◇


 ソムヌス・プロトコルの存在を。


 残る核は知った。


     ◇


 同じ方法は。


 二度と簡単には通じない。


     ◇


 N2、N4、N5。


 覚醒波の構造を変更。


     ◇


 外層格子。


 薬剤変換経路に相当する位相反転部。


 遮断。


     ◇


 ノクスは。


 睡眠薬への耐性を。


 わずか数分で作り始めた。


     ◇


 エリオット。


「次は効きません」


     ◇


 カロル。


「同じ薬は、です」


     ◇


 人間でも。


 同じ薬を使い続ければ。


 耐性が生じることがある。


     ◇


 次は。


 別の作用機序。


     ◇


 しかし。


 時間は。


 十六年。


     ◇


 N1を眠らせたことで。


 最初の分離危機は去った。


     ◇


 だが。


 眠らない者たちは。


 まだ三つ残っている。


     ◇


 そして。


 彼らは。


 人類とセラトの方法を。


 学び始めていた。



第40話 終


次回予告


 N1は、共有外層の一部をまとい、ノクス本体から分離しようとしていた。


 分離すれば、熱の井戸と子守歌の影響を離れ、六十三年後には単独で太陽系へ到達する。


 そこで人類は、眠れない者へ睡眠薬を投与するという医学の発想を、ノクスへ応用する。


 化学薬剤ではない。


 覚醒維持信号へ、格子内部で鎮静波へ変わる前駆信号を混ぜる。


 ノクス自身の構造に、眠りの信号を作らせる。


 ソムヌス・プロトコル。


 成功率、六十八・一パーセント。


 N1は途中で欺瞞に気づき、


「眠らない」


「だました」


 と抵抗する。


 それでも抑制波は作用し、分離率七・六パーセントで停止。


 N1は、意思に反して眠りへ落ちる。


 だが、副作用によってN7まで深い休眠へ入り、熱の井戸の第三鍵が不安定になる。


 ミラの体内にあるリズを使えば、N7を高い精度で起こせる。


 しかし人類とセラトは、まずミラの命を危険へさらさない代替策を選ぶ。


 培養循環節フォーが覚醒補助信号を送り、N7は目を覚ます。


 PROJECT LULLABYは維持された。


 人類とセラトは、N1へ行った強制鎮静を記録し、目覚めた時に問い直す権利を認める。


 しかし。


 N2、N4、N5はN1の眠りを見ていた。


「次は私たち」


 三核は覚醒波の構造を変更し、ソムヌス・プロトコルへの耐性を獲得する。


 同じ睡眠薬は、もう効かない。


 さらにN2は、ノクス内部の熱を自分へ集中させ始める。


 極域ジェットへ放出されるはずだったエネルギーを奪い、自らの格子を成長させる。


 N2が一定質量を超えれば。


 眠らせる対象ではなく。


 ノクス内部に、新しい小型ノクスが生まれる。


 一方、方舟計画では。


 停止された十番船から十二番船の搭乗資格が正式に凍結される。


 数百万人が、選ばれた後で未来を失う。


 その中には、方舟医療区画へ配属される予定だった、ミラの治療チームも含まれていた。


 ノクスを眠らせるために。


 救われるはずだった患者たちの治療設備が削られていく。


 そして、N2から新しい信号が届く。


「眠らない」


「増える」


 次回、


第41話「薬の効かない星」


 眠りを拒む者は。


 自らを増やし始める。

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