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NEURON STAR  作者: リンダ


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17/50

パーセントの希望

 第17話 十パーセントの希望


 世界の終わりに。


 悪人はいなかった。


 侵略者も。


 独裁者も。


 引き金を引いた兵士も。


 破壊命令を出した指導者も。


 存在しない。


 ノクスは。


 ただ宇宙を進んでいる。


 怒りも。


 憎しみも。


 目的もなく。


 物理法則に従って。


 だからこそ。


 人類は。


 怒りを向ける相手を見つけられなかった。


 ◇


 2251年6月12日。


 国際連合地球圏評議会。


 中央議場。


 議場の正面には。


 三つの計画名が表示されていた。


 PROJECT ARK


 PROJECT HAVEN


 PROJECT LANCE


 方舟計画。


 地球・太陽系残留計画。


 ノクス接近観測および軌道変更計画。


 そして。


 その下に。


 資源配分案。


 方舟計画 60%


 残留計画 30%


 PROJECT LANCE 10%


 数字は。


 冷静だった。


 数字は叫ばない。


 泣かない。


 誰かを見捨てる時も。


 誰かを救う時も。


 同じ形で並んでいる。


 だが。


 その百分率の向こうには。


 百四十億人の命があった。


 ◇


「第一案について説明します」


 資源配分委員長。


 サミュエル・オルテガが壇上へ立った。


「ここでいう資源とは、単なる予算ではありません」


 画面が切り替わる。


 反物質。


 ヘリウム3。


 超伝導素材。


 小惑星資源。


 核融合炉。


 月面造船設備。


 軌道輸送船。


 人工知能演算資源。


 技術者。


 医療関係者。


 食料生産能力。


「人類が今後七十年間に動員可能と推定される、総生産能力の配分です」


「貨幣を増やせば解決する問題ではありません」


「材料そのものが足りない」


「人も足りない」


「時間も足りない」


 議場の壁面に。


 予測グラフが表示される。


「方舟計画へ六十パーセントを投入した場合」


「第一陣の打ち上げ可能人数は、約九百八十六万人」


「二十年後以降、第二陣以降の建造が進めば」


「最終的には最大四千万人まで拡大可能です」


 ざわめき。


 四千万人。


 多い。


 だが。


 百四十億人の中では。


 わずか。


 約〇・三パーセント。


「残留計画へ三十パーセント」


「地球地下都市」


「月面地下居住区」


「火星深層施設」


「海底居住圏」


「小天体迎撃網」


「食料・種子・遺伝子・知識保存庫」


「これらによって」


「数億人規模の一時的生存が可能になると推定されます」


「一時的?」


 議場から声が上がる。


「長期生存ではないのか」


 オルテガは答えた。


「ノクス通過後の太陽系状態が、完全には予測できないためです」


「地球軌道」


「太陽活動」


「彗星流入」


「地殻活動」


「どれも長期間安定する保証がありません」


「つまり」


「地下へ逃げても死ぬ可能性がある」


「はい」


 その一言で。


 議場の空気がさらに重くなる。


「PROJECT LANCEへ十パーセント」


「プロメテウスの建造」


「ノクス近接探査」


「磁場・地殻・自転・残存降着物質の解析」


「そして」


「軌道変更可能性の評価」


「成功率は」


 誰かが尋ねる。


「現時点では算出不能です」


「十パーセントも使って?」


「はい」


「成功率も出せない計画に?」


「はい」


 ◇


 最初に反対したのは。


 南アジア圏代表だった。


「方舟に六十パーセントは認められません」


 声に怒りがあった。


「方舟へ乗れるのは、人口の一%にも満たない」


「それどころか」


「今の数字では〇・三パーセントです」


「人類全体の六十パーセントの資源を」


「〇・三パーセントのために使うのですか」


「人類文明の継続を目的としています」


 オルテガが答える。


「言葉を変えただけだ」


 代表は机を叩く。


「選ばれた者のための船でしょう」


 ◇


 北米圏代表が反論する。


「方舟は富裕層の避難船ではありません」


「技能」


「遺伝的多様性」


「年齢構成」


「文明維持に必要な職種」


「それらを基準に選考する」


「それが選民思想だと言っている」


「では完全抽選にするのか」


「医師も技術者もいない船を飛ばすのか」


「農業者もいない」


「教育者もいない」


「子どもだけで文明を作れるのか」


「だからといって」


 南アジア圏代表が立ち上がる。


「あなたたちが必要な人間を決めてよい理由にはならない」


 ◇


 火星共同体代表が発言する。


「残留計画を五十パーセントまで引き上げるべきです」


「地球だけではありません」


「月と火星には、すでに居住基盤があります」


「強化すれば」


「方舟よりはるかに多くの人間を救える」


「何年生きられる」


 欧州圏代表が尋ねる。


「それは」


「百年か」


「千年か」


「ノクス通過後に、太陽系が長期安定しなければ」


「地下都市は巨大な墓になります」


「方舟も到着先が見つからなければ棺だ」


 火星代表が返す。


「どちらも保証などない」


 ◇


 今度は。


 PROJECT LANCEを支持する声が上がった。


 アフリカ連合圏代表だった。


「十パーセントでは足りません」


「二十五パーセントへ増やすべきです」


 議場がどよめく。


「ノクスを動かせれば」


「全員が助かる可能性があります」


「成功率は算出不能だ」


「だから研究するのです」


「十パーセントでは」


「観測機一機を送り出すだけで終わる」


「複数機を送る」


「軌道変更実験も行う」


「それには最低二十五パーセント必要です」


「もし失敗したら」


「方舟も地下都市も縮小される」


「それでも」


「〇・三パーセントを救う計画へ六十パーセント使うより」


「全員を救える可能性へ賭けるべきです」


 ◇


「賭ける?」


 オセアニア圏代表が低い声で言った。


「人類を賭け札にするのですか」


「では何もしない?」


「確実性の高い方法を優先する」


「確実性?」


 アフリカ代表が笑う。


「方舟に何の確実性がある」


「目的地も決まっていない」


「数十年燃え続けるエンジンもない」


「閉鎖生態系も完成していない」


「それを確実性と呼ぶのですか」


 ◇


 数字の議論は。


 やがて。


 国と国。


 地域と地域。


 地球と火星。


 地上と宇宙。


 富裕地域と貧困地域。


 若者と高齢者。


 親と子。


 あらゆる対立へ変わっていった。


「月面資源を地球へ回せ」


「月は地球の植民地ではない」


「火星施設は火星市民を優先する」


「人類全体の危機だ」


「方舟搭乗枠を人口比で配分しろ」


「人口比では技能構成が崩れる」


「技能を理由に国家間格差を固定するのか」


「高齢者へ資源を使う意味はあるのか」


「年齢で命を切るのか」


「子どもを優先しろ」


「子どもだけでは生きられない」


「家族単位にしろ」


「家族単位なら座席が減る」


 誰も。


 自分を悪人だと思っていない。


 誰も。


 誰かを殺したいわけではない。


 ただ。


 自分の家族を助けたい。


 自分の国を守りたい。


 自分の街を残したい。


 その願いが。


 他者の生存を押しのける。


 ◇


 レア・モーガンは。


 報道席から議場を見ていた。


 隣には、エリオット・グレイ。


「この会議」


 エリオットが小声で言う。


「まとまると思いますか」


「まとまらないでしょうね」


「では」


「でも、決めなければならない」


「誰が正しいんですか」


 レアは議場を見る。


「全員」


「それが一番困る」


「そうね」


 ◇


 議場の外。


 世界中の街でも。


 同じ議論が起きていた。


 公開討論番組。


 学校。


 職場。


 食卓。


 病院。


 避難施設。


 宇宙港。


「方舟に六十パーセントは多すぎる」


「でも、人類を太陽系外へ残すには必要だ」


「俺たちは乗れない」


「子どもが選ばれるかもしれない」


「選ばれたら行かせる?」


「一人だけ?」


「家族を置いて?」


「ノクスを押し返せばいい」


「成功率も分からない」


「じゃあ諦めるの?」


 誰も。


 未来の話をしているようには感じていなかった。


 七十年後。


 今生まれた子どもが。


 七十歳になる頃。


 若者たちはまだ生きている。


 中年世代の子や孫も。


 確実に、その時代を迎える。


 遠い未来ではない。


 家族の延長線上にある未来だった。


 ◇


 地球標準時。


 午後二時。


 最初の資源配分案は。


 採決へ進めなかった。


 反対意見が多すぎた。


 エレナ・ヴァルガスは。


 休会を宣言した。


「六時間後に再開します」


 議場から怒号が飛ぶ。


「時間稼ぎだ」


「世界は待てない」


「今決めろ」


 エレナは演台から離れなかった。


「今」


 彼女は言った。


 声は大きくない。


 だが。


 議場全体へ届いた。


「感情のまま決めれば」


「七十年後ではなく」


「今日から人類は崩壊します」


 議場が静まる。


「六時間」


「怒るためではなく」


「考えるために使ってください」


 ◇


 会議場の控室。


 エレナは。


 一人で椅子へ座っていた。


 机の上には。


 別の配分案が並んでいる。


 案A


 方舟60


 残留30


 LANCE10


 案B


 方舟40


 残留40


 LANCE20


 案C


 方舟30


 残留50


 LANCE20


 案D


 方舟45


 残留25


 LANCE30


 どれも。


 誰かを救い。


 誰かを見捨てる。


 どの数字を選んでも。


 後世から責められる。


 あるいは。


 後世そのものが存在しない。


 扉が開く。


 レアが入ってきた。


「取材は受けません」


「取材ではありません」


「では」


「一人でいるように見えたので」


 エレナは苦笑する。


「今の私に必要なのは」


「友人ですか」


「私たち、友人でした?」


「では、話を聞かない記者」


「それなら少し近い」


 ◇


 レアは。


 向かいの椅子へ座った。


「何に怒っていますか」


「私が?」


「世界ではなく」


「あなた自身が」


 エレナは。


 しばらく黙っていた。


「ノクスに」


「自然現象に?」


「ええ」


「馬鹿げていますね」


「そうでもない」


「でも、ノクスは何もしていない」


「ただ飛んでいるだけ」


「だから腹が立つんです」


 エレナは机上の軌道図を見る。


「相手が人間なら」


「責任を問える」


「止めろと言える」


「罰することも」


「交渉することもできる」


「でも」


「これは宇宙です」


「私たちが生まれる前から進んでいた」


「誰にも止める義務がなかった」


「誰も悪くない」


「なのに」


 声が震える。


「子どもたちが死ぬかもしれない」


 ◇


 レアは。


 何も言わなかった。


 慰める言葉はない。


「みんな」


 エレナが続ける。


「誰かを責めたいんです」


「政府」


「科学者」


「富裕層」


「宇宙居住者」


「高齢者」


「子どものいない人」


「子どもの多い家族」


「自分より助かりそうな人間」


「本当は」


「怒りの相手はノクスなのに」


「ノクスは怒りを受け取らない」


 ◇


 その頃。


 月面オデュッセウス研究所。


 技術者たちも。


 配分案について議論していた。


「方舟へ六十パーセントなら」


「零号機の長時間試験を優先できる」


「プロメテウスは遅れる」


「LANCEを二十へ増やせば」


「方舟一号船の進水が三年遅れる」


「残留計画を削れば」


「月面地下居住区の拡張が止まる」


「どれを選ぶ」


 アミナ・ハダッドは答えなかった。


 目の前には。


 オデュッセウス・ドライブの稼働計画。


 方舟用。


 プロメテウス用。


 同じ技術。


 異なる目的。


「主任」


 ソフィアが尋ねる。


「あなたなら、どれへ配分しますか」


「技術者として?」


「人間として」


 アミナは。


 少し考えた。


「答えたくない」


「なぜ」


「私は」


「方舟へ乗れる側に選ばれる可能性が高いから」


 推進技術の主任。


 希少な専門家。


 ほぼ確実に搭乗候補へ入る。


「自分が助かる計画へ賛成しても」


「正しい判断か分からない」


「では辞退する?」


「辞退したら」


「エンジンを知る人間が一人減る」


「それも正しいか分からない」


 ◇


 火星。


 ガイア・ドーム。


 市民集会。


 一人の農業技術者が立っていた。


「残留計画へ五十パーセント必要です」


「火星の地下へ移れば」


「数億人を収容できる可能性がある」


「でも、火星の大気は薄い」


 若い医師が反論する。


「太陽活動が強まれば」


「放射線環境はさらに悪化する」


「だから地下を深くする」


「酸素は」


「水は」


「食料は」


「全部増産する」


「七十年で?」


「七十年もある」


「七十年しかない」


 同じ数字が。


 希望にも。


 絶望にもなった。


 ◇


 地球。


 ある中学校。


 授業中。


 教師が。


 三つの箱を机に置いた。


 方舟。


 地下都市。


 ノクス迎撃。


 生徒一人ひとりへ。


 百枚の小さな札を渡す。


「自分なら」


「どう配分するか考えてください」


 生徒たちは。


 真剣な顔で札を置いていく。


 方舟五十。


 地下都市四十。


 迎撃十。


 方舟二十。


 地下都市三十。


 迎撃五十。


 すべて三十三。


 一人の少女だけ。


 札を置けずにいた。


「決められない?」


 教師が尋ねる。


「どれも必要だから」


「でも、百しかない」


「増やせないの?」


「今の予測では」


 少女は。


 札を握りしめた。


「じゃあ」


「争ってる場合じゃない」


「どういうこと?」


「百しかないなら」


「みんなで百二十にする方法を考えないと」


 ◇


 その授業映像は。


 世界中へ広がった。


 少女の言葉。


 配分する前に、総量を増やせないのか。


 単純な疑問。


 だが。


 大人たちは。


 配分割合ばかりを議論していた。


 限られた資源。


 それは事実。


 しかし。


 七十年間。


 総生産量が固定されるわけではない。


 新しい鉱山。


 新しいエネルギー。


 自動化。


 再利用。


 小惑星採掘。


 太陽発電。


 水星軌道資源。


 木星・土星圏のヘリウム3。


 人類の生産能力を。


 今の何倍にも増やす可能性はある。


 ◇


 NSGAへ。


 新しい試算依頼が送られた。


 資源総量固定モデルを解除


 産業拡張を含む七十年計画を算出


 オーロラ。


 地球圏経済AI。


 火星生産管理AI。


 月面採掘制御網。


 すべてが接続される。


 計算開始。


 前提。


 軍事予算の大幅転換。


 贅沢品生産の一部縮小。


 小惑星採掘船の倍増。


 月面工場の自動化。


 水星軌道太陽光発電網。


 核融合炉建設。


 資源再利用率向上。


 教育・技術者育成。


 世界規模の生産協定。


 数時間後。


 結果が出る。


 現行総生産能力を100とした場合


 20年後 164


 40年後 238


 60年後 311


 ただし。


 条件がある。


 国家間紛争なし。


 主要輸送網の維持。


 技術共有。


 知的財産制限の解除。


 労働力の大規模移動。


 長期的政治合意。


 そして。


 重大な社会崩壊が起きないこと。


 ◇


「つまり」


 再開された評議会で。


 エリオットが説明する。


「資源は完全な固定値ではありません」


「今の百を奪い合うだけなら」


「三つの計画は互いに潰し合います」


「ですが」


「今後二十年で百六十まで増やせれば」


「方舟六十」


「残留三十」


「LANCE十を維持しながら」


「追加分を三計画へ再配分できます」


「理想論だ」


 ある代表が言う。


「国家間紛争なし?」


「知的財産共有?」


「資源輸出制限の撤廃?」


「そんなことができるなら」


「人類はとっくに平和になっています」


 エリオットは答える。


「できなければ」


「平和になる前に滅びます」


 ◇


 議場がざわめく。


「脅しですか」


「予測です」


「協力しなければ滅びると?」


「はい」


「簡単に言うな」


「簡単ではありません」


 エリオットは。


 自分よりはるかに年上の代表たちを見る。


「でも」


「ノクスは」


「私たちが協力できるようになるまで待ってくれません」


 ◇


 オルテガ委員長が。


 修正案を提示した。


 第一期・五年間


 方舟計画 45%


 残留計画 35%


 PROJECT LANCE 20%


 ただし。


 五年ごとに見直す。


 新規生産能力の増加分は。


 方舟40。


 残留35。


 LANCE25。


 固定配分ではない。


 技術進展。


 成功確率。


 生産量。


 人口状況。


 それらに応じて再調整する。


「方舟六十を四十五へ下げる?」


 北米圏代表が反発する。


「一号船完成が遅れます」


「最大一年八か月」


「その遅れが致命的になる」


「LANCEを十から二十へ増やさなければ」


「プロメテウスが十二年後に間に合いません」


「残留三十五は?」


「地下都市の初期建設を加速します」


「すべて中途半端だ」


「はい」


 オルテガは認めた。


「完全な計画はありません」


 ◇


「なぜ均等にしない」


「三十三ずつ」


「役割が違うためです」


「方舟は長期建造」


「残留施設は早期運用が必要」


「LANCEは打ち上げ期限が最も厳しい」


「ではLANCEをもっと増やせ」


「成功可能性が不明です」


「可能性が不明だから削るのか」


「可能性が不明だから、全ては賭けられない」


 議論は。


 再び激しくなる。


 だが。


 以前とは少し違っていた。


 誰がどれだけ奪うかではなく。


 どうすれば三つを同時に進められるか。


 議論の軸が。


 わずかに変わっていた。


 ◇


 評議会の最中。


 議場外で暴動が起きた。


 方舟計画に反対する集団と。


 方舟建造継続を求める宇宙産業労働者。


 両者が衝突。


 警備隊が間へ入る。


 投石。


 催涙装置。


 負傷者。


 中継映像が議場へ届く。


「今すぐ方舟を止めろ」


「俺たちの仕事を奪うな」


「選ばれた奴だけ逃げるな」


「方舟がなければ人類が消える」


 どちらも。


 恐怖から叫んでいた。


 ◇


 エレナは。


 中継を止めさせなかった。


 議場の全員へ見せた。


「これが」


「私たちの現在です」


「会議がまとまらなければ」


「この衝突は世界中へ広がります」


「すでに広がっている」


 代表の一人が言う。


「ならば」


 エレナは返す。


「ここで止めなければならない」


「数字だけで?」


「数字ではありません」


「人類が」


「自分以外の未来にも資源を使えるかどうかです」


 ◇


 一人の代表が尋ねる。


「あなたは」


「どの計画を最優先にするのです」


 議場が静まる。


 エレナは。


 すぐには答えなかった。


「私は」


「最優先を決めません」


「逃げるのですか」


「いいえ」


「一つを最優先にした瞬間」


「それ以外の人々へ」


「あなたたちは諦めてくださいと伝えることになる」


「それが現実では」


「現実だからこそ」


「最後まで三つを残します」


「方舟」


「残留」


「軌道変更」


「どれも切りません」


「資源が足りない」


「増やします」


「できなければ」


「その時にまた決めます」


「先送りだ」


「五年ごとに判断することを」


「先送りとは呼びません」


 ◇


「では」


 エレナは。


 修正案を読み上げた。


「第一期五年間」


「方舟四十五パーセント」


「残留三十五パーセント」


「PROJECT LANCE二十パーセント」


「五年後に全面見直し」


「すべての技術成果」


「資源在庫」


「成功確率」


「建設進捗」


「人口影響」


「完全公開」


「国家単位ではなく」


「全人類共通の監査機関を設置」


「さらに」


「世界産業転換計画を同時に開始します」


 画面に。


 新しい計画名。


 PROJECT HORIZON


「目的は」


「資源を奪い合うことではなく」


「人類全体の生産能力を増やすこと」


「小惑星採掘」


「太陽発電」


「核融合」


「資源再利用」


「教育」


「技術共有」


「戦争産業の転換」


「百を分けるだけではなく」


「百を二百へ」


「三百へ増やします」


 ◇


「戦争産業の転換?」


 ある国家代表が険しい顔をする。


「防衛能力を放棄しろと?」


「ノクス相手に」


 エレナは答える。


「どの国と戦うつもりですか」


 誰も返せない。


「国家間の軍事力が必要な状況は残ります」


「しかし」


「今後の軍事生産の一定割合を」


「宇宙輸送」


「地下施設」


「迎撃観測機」


「核融合設備へ転換してください」


「強制ですか」


「参加しない国は」


「共通資源配分から除外されます」


 議場が大きくざわめく。


「制裁か」


「選択です」


「協力しながら未来を作るか」


「自国だけで終末へ備えるか」


 ◇


 採決。


 開始。


 賛成。


 反対。


 棄権。


 一票ずつ。


 表示される。


 最初は拮抗。


 方舟優先国は反対。


 残留優先地域も反対。


 LANCE支持者の一部も。


 二十パーセントでは足りないと反対する。


 だが。


 時間が進む。


 火星共同体。


 賛成。


 月自治圏。


 賛成。


 アフリカ連合圏。


 条件付き賛成。


 南米圏。


 賛成。


 南アジア圏。


 長い沈黙の後。


 賛成。


 最後。


 北米圏代表の投票。


 反対なら。


 可決に必要な三分の二へ届かない可能性がある。


 代表は。


 自国政府との通信を終えた。


 投票端末へ手を置く。


「我々は」


「方舟配分の削減に懸念を持っています」


「しかし」


「人類が三つの可能性を同時に残すため」


「賛成します」


 ◇


 賛成 142


 反対 32


 棄権 18


 可決。


 第一期資源配分。


 方舟45。


 残留35。


 LANCE20。


 そして。


 PROJECT HORIZON。


 始動。


 ◇


 歓声は。


 起きなかった。


 誰も。


 この数字を勝利だと思っていない。


 方舟計画支持者は不満を残す。


 残留計画支持者も。


 LANCE支持者も。


 全員が。


 足りないと感じている。


 それでも。


 三つの道は。


 すべて残った。


 ◇


 会見場。


 エレナが。


 世界へ結果を伝える。


「本日」


「人類は」


「一つの計画へ全てを賭けないと決めました」


「太陽系を離れる方舟」


「太陽系に残る施設」


「ノクスそのものへ接近するプロメテウス」


「三つを同時に進めます」


「これは」


「妥協です」


 記者席がざわめく。


「理想的な決定ではありません」


「誰も満足しないでしょう」


「成功の保証もありません」


「ですが」


「誰か一つの希望を」


「最初から切り捨てることもしません」


 ◇


 レアが質問する。


「この配分で」


「全人類を救えると思いますか」


「いいえ」


「では何のために」


「救える人数を増やすためです」


「誰を救うかではなく?」


「誰を救うかを決める前に」


「救える可能性そのものを増やします」


「それでも足りなければ」


 エレナは。


 一瞬だけ目を伏せた。


「その時」


「私たちは」


「今よりも残酷な決断をしなければなりません」


 ◇


 会見後。


 世界の反応は割れた。


 方舟45でも多すぎる


 LANCE20は無駄


 地下都市35では足りない


 三つ残したのは正しい


 五年ごとの見直しを監視しろ


 PROJECT HORIZONに参加する


 軍需工場を造船工場へ


 学校で宇宙工学を学ばせろ


 怒りは消えなかった。


 だが。


 怒りだけでもなくなった。


 ◇


 各地で。


 産業転換が始まる。


 戦闘機工場。


 軌道輸送機部品へ。


 弾頭製造施設。


 核融合炉用耐熱材料へ。


 軍用AI研究所。


 軌道計算と資源配分へ。


 海軍造船所。


 方舟居住区の大型構造体へ。


 地下核施設。


 避難都市建設拠点へ。


 兵器を作ってきた技術が。


 生き残るための技術へ変えられていく。


 ◇


 月面。


 方舟第一号船。


 建造継続。


 速度は。


 当初計画より落ちる。


 だが止まらない。


 その隣。


 プロメテウス建造区画。


 基礎掘削開始。


 さらに。


 月面地下居住区。


 拡張工事。


 三つの現場が。


 同時に動き始める。


 ◇


 アミナは。


 造船所を見渡していた。


「足りませんね」


 ソフィアが言う。


「何が」


「全部」


「そうね」


「でも」


 プロメテウス建造区画で。


 最初の支持梁が設置される。


「ゼロではない」


 アミナは答えた。


 ◇


 エリオットの研究室。


 PROJECT LANCEへ。


 正式な演算資源が割り当てられる。


 以前の二倍。


 三倍。


 十倍。


 世界中の研究機関が。


 ノクス近接軌道を計算する。


 観測時間。


 二十二分。


 それを。


 二十三分へ。


 二十五分へ。


 三十分へ伸ばす方法。


 少しでも多く。


 ノクスを見るために。


 ◇


 地球。


 先ほどの中学校。


 教師が。


 新しい配分を黒板へ書いた。


 45。


 35。


 20。


「正解だと思う人?」


 誰も手を挙げない。


「間違いだと思う人?」


 数人が手を挙げる。


 一人の生徒が尋ねる。


「先生は?」


「分からない」


「大人なのに?」


「大人でも分からないことはある」


「じゃあ、どうするの」


 教師は。


 窓の外を見る。


「間違っているかもしれないって」


「忘れないようにする」


「それだけ?」


「間違いに気づいた時」


「変えられるようにする」


 ◇


 夜。


 エレナは。


 一人で議場へ戻った。


 消灯された広い空間。


 中央画面には。


 決定された数字。


 45。


 35。


 20。


「これでよかったのか」


 問いかける。


 返事はない。


 ノクスも。


 宇宙も。


 答えてくれない。


 端末へ。


 一通のメッセージが届く。


 アクラ。


 クワメ・オセイから。


 父なら、全部やれと言うと思います。


 でも、また誰かが死ぬやり方はやめてください。


 エレナは。


 画面を見つめた。


「全部やる」


 小さく言う。


「誰も犠牲にしない」


 不可能に近い言葉。


 それでも。


 目標として掲げなければ。


 最初から誰かを捨てることになる。


 ◇


 その夜。


 世界の総演算網に。


 新しい共通指令が入力された。


 目的


 人類生存可能性の最大化


 制約


 方舟計画維持


 残留計画維持


 PROJECT LANCE維持


 人的犠牲最小化


 オーロラは。


 計算を開始する。


 その数秒後。


 警告が表示された。


 現行人口・生産能力・時間条件では


 全条件の同時達成は不可能


 続いて。


 新しい表示。


 条件変更が必要


 人口。


 生産。


 時間。


 技術。


 いずれかを変えなければならない。


 時間は変えられない。


 ノクスは待たない。


 人口を減らすことは。


 選択肢にしてはならない。


 ならば。


 変えるべきものは。


 生産能力。


 そして。


 技術だった。


 ◇


 人類は。


 初めて。


 終末へ向けた七十年を。


 防災計画ではなく。


 文明そのものを作り替える時間として見始めた。


 逃げるため。


 残るため。


 押し返すため。


 三つの希望に。


 完全な答えはない。


 だが。


 希望を一つに絞らなかったこと。


 それが。


 この日。


 人類が選んだ最初の答えだった。


 第17話 終

 次回予告


 第一期資源配分は決まった。


 方舟、四十五パーセント。


 残留計画、三十五パーセント。


 PROJECT LANCE、二十パーセント。


 そして。


 資源総量そのものを増やすPROJECT HORIZONが始動する。


 軍需工場は宇宙船部品工場へ。


 小惑星採掘船は倍増。


 月面と水星軌道には、新たなエネルギー施設が計画される。


 だが。


 文明全体を急激に作り替えることは。


 新たなひずみを生む。


 職を失う者。


 移住を迫られる者。


 資源採掘によって故郷を失う地域。


 長時間労働。


 事故。


 格差。


 未来を救うための生産拡大が。


 今を生きる人々を壊し始める。


 そして。


 月面採掘区画で。


 大規模な崩落事故が発生する。


 生産を止めれば。


 計画は遅れる。


 止めなければ。


 さらに人が死ぬ。


 次回、


 第18話「未来を急ぐ代償」


 七十年後を救うために、今日の命を削ってよいのか。

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