選ばれる命
第10話 選ばれる命
宇宙船は造れる。
エンジンも造れる。
人工の森も造れる。
小さな地球も造れる。
だが、一つだけ造れないものがあった。
公平な未来。
誰かを救うということは。
同時に、誰かを救えないということだった。
◇
国際連合地球圏評議会。
地下深くにある最高機密会議室。
中央の巨大スクリーンには、一つの数字が映し出されていた。
現在の地球圏人口 約140億人
その下には、もう一つ。
第一期方舟搭乗可能人数(予定) 9,860,000人
会議室は静まり返っていた。
一千万人にも満たない。
救えるのは、全人口の一%にも届かない。
誰もが、その数字の重さを理解していた。
◇
レア・モーガンは、その資料を見つめていた。
「……少なすぎる。」
誰かが答える。
「ええ。」
エレナ・ヴァルガスだった。
「生態系区画を拡大した結果、一隻あたり十二万人が限界になりました。」
「船をもっと造れば。」
「材料。」
「時間。」
「推進機関。」
「建造ドック。」
「乗組員。」
一つ一つが限界だった。
「七十年しかありません。」
その言葉が重く響く。
◇
次の画面へ切り替わる。
候補となる選出方法
・完全抽選
・各国人口比例
・年齢優先
・技能優先
・遺伝的多様性優先
・家族単位
・個人単位
・出生率維持型
・複合方式
レアは思わず声を漏らした。
「……人間を数字で分けるんですね。」
誰も否定しなかった。
◇
最初に議論になったのは、
完全抽選
「最も公平です。」
ある委員が言う。
「全人類に平等な機会があります。」
しかし、
すぐ反対意見が出た。
「抽選だけでは医師がゼロになる可能性があります。」
「技術者も。」
「農業専門家も。」
「船は一年で崩壊する。」
完全抽選案は却下された。
◇
次は、
技能優先
医師
看護師
植物学者
微生物学者
宇宙工学者
教師
整備士
電気技師
建築士
心理学者
保育士
農家
漁業研究者
料理人
音楽家
芸術家
歴史学者
「文明を維持するには必要です。」
確かにその通りだった。
しかし、
「では、その人の家族は?」
会議室が静まる。
◇
一人の医師。
妻。
祖父母。
子ども二人。
船には医師だけ?
子どもだけ?
全員?
誰を乗せる。
「家族を切り離せば。」
「精神的崩壊が起きます。」
「子どもだけ残されても生きられません。」
「逆に家族全員乗せれば。」
「座席が足りません。」
◇
次は、
家族単位
「一家族丸ごと乗船。」
一見、人道的だった。
しかし。
「十人家族。」
「一人暮らし。」
「どちらも一票?」
「子どもが七人いる家庭。」
「独身の研究者。」
「公平とは?」
また答えが出ない。
◇
さらに、
遺伝的多様性
「人類を未来へ残すには。」
「遺伝子の偏りは避けなければならない。」
医学的には正しい。
しかし。
レアが立ち上がる。
「それは。」
「人間を家畜のように選別することになりませんか。」
誰も反論できなかった。
◇
午後。
別室。
巨大なデータセンター。
そこには、
世界中の人口データが集められていた。
氏名。
年齢。
職業。
病歴。
資格。
出生地。
言語。
家族構成。
DNAデータ。
AIが膨大な情報を解析していた。
画面には。
『文明維持指数』
『医療指数』
『教育指数』
『繁殖可能人口』
『心理安定指数』
数字ばかりだった。
「この人たちは。」
レアがつぶやく。
「まだ誰も知らない。」
「自分たちが数字にされていることを。」
◇
夜。
レアは一人、
宿舎で考えていた。
もし。
自分だったら。
母。
父。
兄。
妹。
恋人。
友人。
誰か一人しか乗れないと言われたら。
選べるのか。
いや。
選べない。
「……誰にも選べない。」
その独り言が部屋に響く。
◇
一方。
エレナも眠れなかった。
机の上には一枚の写真。
若い頃の家族写真だった。
夫。
娘。
そして自分。
娘は現在火星勤務。
夫は地球。
もし今、
一人しか救えないなら。
議長である前に。
一人の母親として。
何を選ぶ。
答えは出ない。
◇
翌日。
世界各国代表による会議。
「私は。」
アフリカ代表が立つ。
「抽選しかありません。」
「命に値段は付けられない。」
欧州代表。
「文明維持を優先すべきです。」
アジア代表。
「家族は絶対に分けるべきではありません。」
南米代表。
「子どもを優先すべきです。」
北米代表。
「専門職がいなければ船は維持できません。」
全員正しい。
だから決まらない。
◇
レアはその様子を見ながら思った。
ノクスより恐ろしいもの。
それは。
人間が人間を選ぶことだった。
中性子星は。
感情がない。
ただ飛んでくるだけ。
しかし。
方舟では。
人間が。
人間の運命を決める。
それこそが、
この計画最大の苦しみだった。
◇
会議終了後。
エレナがレアへ言う。
「だから私は。」
「まだ公表できない。」
「世界中が。」
「自分の席を奪い合う。」
「暴動も。」
「戦争も。」
「必ず起きる。」
レアは静かに答えた。
「でも。」
「いつかは。」
「決めなきゃいけない。」
「ええ。」
「必ず。」
その言葉だけは、
二人とも同じだった。
⸻
第10話 終
次回予告
世界には百四十億人。
方舟へ乗れるのは、その一%にも満たない。
選考方法は、なお決まらない。
その頃、ノクスの軌道計算はさらに精度を増し、太陽系への影響予測も更新される。
地球だけではない。
火星も、木星も、土星も。
すべての惑星が、その重力の影響を受ける可能性が示された。
「残る」という選択は、本当に存在するのか。
人類は、太陽系そのものを捨てる覚悟を迫られる。
次回、
第11話「七十年後の太陽系」
未来は、静かに計算され始める。




