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ユートピア区  作者: ぽむぽむ


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第5章 第0条

九条に案内され、怜は白い扉の前に立った。リングをかざすと錠が外れた。中は、見知らぬ部屋だった。だが本棚には好きな作家の本が並び、壁には自分が撮ったはずの写真が掛かっている。流しの脇には、マグカップが二つ。


「二年前のままです。清掃だけは続けていました」九条は言った。


「私を、ここに閉じ込めるつもり?」


「とんでもない。区内での行動は自由です」その答えは、区の外へ出られるかどうかには触れていなかった。


九条が去ると、怜は扉の開閉を確かめた。リングをかざせば開く。だが自分以外にも開けられるのか、分からない。部屋の奥には、写真立てが一つ伏せてあった。起こすと、海辺で肩を寄せ合う自分と桐生が写っていた。怜は写真の中の自分ほど無防備に笑った記憶がなかった。


「私、この人と……」声にしても、その先が続かなかった。


写真の裏に、桐生の筆跡があった。


窓は開かなかった。ホテルと同じだ。怜は外へ通じる場所を探すのをやめ、もう一度写真に目を戻した。


本には読みかけの栞が挟まれ、鉛筆の線が引かれていた。線の引き方は自分の癖だった。文字だけが、失われた二年間を知っている。


二つのカップは取っ手を向かい合わせて置かれていた。一つの底には小さな欠けがある。どちらが自分のものだったのだろう。写真よりも、そのささやかな不便のほうが、誰かと暮らした時間を近く感じさせた。


怜は欠けたほうを洗った。水の音が止むと、部屋は再び静まり返った。


『レイへ。ここで一番うまいコーヒーの淹れ方は、豆を挽きすぎないこと』


ただの伝言だった。暗号でも、告発でもない。怜はそのことに戸惑った。桐生には、秘密を共有する相手である前に、一緒に朝を迎える相手だった時間がある。胸が詰まり、涙が一滴、カップの縁に落ちた。


*


部屋を出るまで、怜は1時間近く掛かった。持ち主のいない家を調べるのとは違う。持ち主は自分で、何を調べられるかを自分が知らない。引き出しを開けるたび、他人の生活を盗み見るようなためらいがあった。


台所の隅に、買い物のメモが残っていた。豆、牛乳、布巾。金の要らない街でも、必要なものを書き留める人間はいる。最後の行に、怜の字で、外の新聞、とあった。線を引いて消されている。入手できたから消したのか、諦めたから消したのか。


冷蔵庫は空だった。清掃され、電源も落ちている。2年間、部屋だけが残された。生活を止めた場所に、清潔さだけが更新されていた。


本棚の下に、小さな紙袋があった。中には割れた器の取っ手が入っていた。今日工房で作ったものと、似た厚みだった。怜は自分が以前にも陶芸をしたのかと考えた。思い出は戻らない。ただ、取っ手を握ると、手に収まった。


写真の裏の文字をもう一度読んだ。豆を挽きすぎないこと。秘密を伝える暗号かもしれないと思い、文字数を数えた。何も見つからない。何でも手がかりにすれば、彼の言葉から、ただの親切が消えてしまう。


怜はカップに水を入れた。飲んでみると、取っ手の位置が自分には少し高い。桐生が使っていたほうかもしれない。もう片方も持った。違いは分からなかった。


彼女は、知らない男を愛していたという事実を、まだ受け取れずにいた。写真がある。自分の字がある。涙も出る。だが涙が出たことを、愛情の証拠にしてよいのか。怖いから泣いているのかもしれない。失った時間が悔しいのかもしれない。


ノートに、好きだった、と書こうとして、書けなかった。代わりに、ここで暮らしていた、と書いた。感情を急いで決めなくても、事実は置いておける。


玄関へ向かうと、壁の端に細い傷があった。家具を運んだ跡だろう。2年前の自分がつけたのか、清掃の人がつけたのかは分からない。傷は残されていた。何を残すかを決める基準は、記憶ほど厳密ではないらしい。


怜は取っ手の欠片を袋へ戻した。持ち出すか迷い、置いていった。今の自分が持っていけば、過去の自分が残した場所が変わる。変えてはいけないわけではない。だが今日は、まだ変えたくなかった。


扉を閉めると、リングが小さく光った。自分の家から出たという記録が、どこかに残る。自分のノートにも、同じ時刻を書いた。記録されるだけの人間ではなく、記録する人間として、彼女は鷲尾の家へ向かった。


*


鷲尾の家を訪ねると、老人はノートの端に今日の日付を書いていた。明日の自分に、今夜の出来事を渡すためだ。


「区長室の金庫を開けたいんです」言ってから、怜は続けた。「危険な役目を頼むことになります。断ってください、無理なら」


鷲尾はしばらく彼女を見た。


「断れるうちに頼んでくれるなら、それでええ」


老人はノートを開き、頼まれた内容を書いた。助けるかどうかを、忘れたあとの自分にも知らせるためだった。


「元銀行屋じゃ。金庫はな、開けるもんじゃない。開けさせるもんだ」鷲尾は小さく笑った。


*


鷲尾は計画を聞いたあと、台所で茶を淹れた。湯を沸かす間、怜はノートの別のページを見せてもらった。住居区画の道順が、手描きで何度も修正されている。


「同じ道でも、迷う日があるんですか」


「道は覚えとる。行く理由を忘れる」


鷲尾は答えた。図書館まで歩ける。だが、何をしに行くのか分からなくなる。家へ戻れば、ノートがある。ノートを持っていけば、途中で読める。そうして少しずつ、娘を探す日が増えた。


「娘さんの写真は?」


「持ってたはずだ。どこへやったか、書いてない」


怜は、書かれていないことの重さを感じた。ノートは何でも救うわけではない。紙に残せたものだけが、明日へ渡る。


鷲尾は湯飲みを二つ置いた。片方の縁に、色の薄い花が描かれていた。娘のものかと尋ねると、老人は分からんと言った。分からないものを捨てないうちに、家の中には、理由のないものが増えたのだという。


「全部に意味があったら、暮らせんよ」


老人は笑った。


「意味が分からんまま、使えるものは使う。それでええ日もある」


怜は湯飲みを持った。自分は何でも意味に変えようとしていた。写真、カップ、取っ手。意味が分かれば、自分が戻ると思っていた。


鷲尾は、今夜倒れる役をやると言った。怜は、別の方法を探したいと答えた。老人の身体を危険にさらしたくなかった。


「危ないから何もするなと言われるのは、もう飽きた」


彼の声が少し強くなった。


「わしが何をできるかは、わしにも考えさせてくれ」


怜は謝った。守るために止める。その言い方が、区の説明と似ていることに気づいた。危険を説明し、断れるようにすることと、危険を理由に選ばせないことは違う。


二人は計画を変えた。実際に倒れるのではなく、椅子へ座って助けを求める。案内人が集まったら、怜が移動する。無理なら中止する。鷲尾はその条件をノートに書いた。


「失敗したら、どうしますか」


怜が聞くと、老人は、明日考える、と答えた。明日の自分が覚えているか分からない人間が、明日を使う。そのことに、彼女は胸を突かれた。


出発前、鷲尾は娘の卵焼きの行を読んだ。甘くしない。彼は、会えたら作ってもらうと言った。怜は、作ってあげてもいいですねと答えた。


老人は少し考え、どっちでもええな、と笑った。


*


ロビーの床は夜間照明の下でも白く光っていた。鷲尾が杖をつくたび、怜は柱の陰で息を止めた。二人で決めたのは、倒れるのではなく、椅子に座って助けを求めること。危険を最小限にする約束だった。


老人が胸を押さえると、案内人たちはすぐに駆け寄った。人を助けるための反応だった。怜はその善意を利用してエレベーターへ向かった。


「すまん、少し……息が苦しい」鷲尾は椅子の背に手をかけた。


「鷲尾様、こちらへ。医療班を呼びます」


怜は案内人が鷲尾を支えるのを確かめ、扉が閉まる直前にエレベーターへ滑り込んだ。


地下で起きていることが間違っていても、老人に差し伸べられた手まで偽物とは言えなかった。その事実が、怜の胸に残った。


*


区長室の壁には家族写真があった。少年はカメラを見ず、隣の幼い澪に顔を向けている。母親は子どもたちを見て笑い、天城だけがレンズを見つめていた。


澪が兄の誕生日を告げたとき、怜は数字をすぐに金庫へ入力できなかった。誰かが生まれた日を、秘密を開くための番号として使おうとしている。


「番号は、兄の誕生日」背後で澪が言った。怜が振り返ると、彼女は戸口に立っていた。


「父はこの区で唯一、調律を受けていない。母と兄が死んだ日を、毎晩思い出して眠っている」


「どうして私に教えるの?」


「ノアを作ったのは私。何を消してきたか、誰よりも知っているから」


澪は古いダイヤルを回した。小さな音がして、扉が開く。中には厚い書類の束があった。


表紙には『東京湾特別自治区 入区契約書 原本』と印字されていた。


*


澪は契約書の最初のページを、特殊な光を放つスキャナーの上に置く。白紙だったはずのページに、青い文字が浮かび上がる。怜は声に出して読む。


「『第0条。居住者は、本区に居住する限りにおいて、自らの苦痛、悲嘆、憤怒を記憶し、保持する権利を、本区に委ねる』」怜は言った。


沈黙。


「……悲しむ権利を、放棄する」怜は言った。


「そう。住民は、自由と引き換えに、悲しむ権利を手放した」


「誰も、こんなの知らないでサインしてる」怜は言った。


「違う。全員、知ってサインしたの。入区審査の最終面接で、全員に口頭で説明してる」


「全員……?」怜は尋ねた。


「そして全員が、迷わずサインした。四万倍の競争を勝ち抜いた人たちよ。彼らはずっと、それが欲しかったの」


怜は言葉を失う。


「ただし。説明を受けた記憶は、入区初日の夜に消される」澪は言った。


「……自分で選んだことすら、忘れる」


「だから、誰も出ていかない。出ていく理由を思い出せないから」澪は言った。


澪は次のページをめくる。さらに文字が浮かぶ。


「『付則。調律に適応しない居住者、または退区の意思を三度表明した居住者は、全記憶の初期化をもって、区の奉仕員として再雇用する』」怜は言った。


怜は顔を上げる。


「奉仕員……案内人?」怜は尋ねた。


「ええ。ユキも、ほかの案内人たちも、全員、元住民」


「ユキは……」怜は言った。


「鷲尾ユキ。鷲尾さんの一人娘。3年前、父親の調律をやめさせようとして、退区を3回申請した」


怜は目を閉じる。


「だから、この区には犯罪も失業もない。逆らう人間は、笑顔の案内人に作り替えられるから」怜は言った。


「……そうよ」


「これがユートピア?」怜は尋ねた。


「じゃあ聞くけど」


澪はまっすぐ怜を見る。


契約書の文字は、光を当てた場所から現れた。見えないインクで書かれていたことより、読むための光を区だけが持っていることが問題だった。怜は写真を撮ろうとして、区の端末を使っている自分に気づいた。記録する道具まで、相手の管理下にある。


澪は原本の横に紙を置き、条文を書き写し始めた。手書きの文字は遅い。遅いからこそ、一つずつ読まなければ書けない。怜もペンを取った。


第0条を写し終えると、怜は署名欄を見た。自分の名前があった。ここに署名した自分は、何を理解していたのだろう。苦痛を預けることと、苦痛を預けたと知ることまで失うのは、同じ約束ではない。


澪は、全員が説明を受けたと言った。そのあとで、説明を受けた記憶は消えると続けた。契約を守る人間が、契約を確かめる能力を失う。その仕組みは、署名の形をしていても、続けて選ぶための形をしていなかった。


「ユキは今、不幸に見える?」澪は尋ねた。


怜は答えられない。


*


契約書を写し終えても、怜は署名欄から目を離せなかった。澪は原本を戻そうとしたが、彼女が手を置いて止めた。


「全員、迷わず署名したと言いましたね」


「記録では、そうなっている」


「迷った時間は、記録されてますか」


澪は答えなかった。署名までの所要時間は残る。だが迷ったかどうかは、時間だけでは分からない。短い時間で決めた人間が、何年も前から考えていた可能性もある。長い時間が掛かった人間が、説明を読んでいただけかもしれない。


「私は、記録の言葉を、そのまま使った」


澪は言った。


「迷わず、というのは、私が見た事実じゃない」


怜はうなずいた。言い直したから問題が消えるわけではない。だが言い直せることが、ここでは珍しかった。


「灯の署名もありますか」


澪は別の資料を開いた。妹の字が現れた。昔より少し丸い。母に似た字だった。怜は、署名の横にある説明の確認欄を読んだ。本人は内容を理解した。本人は自発的に選択した。どの書類にも同じ文章があった。


「本人の言葉は、残ってないんですか」


澪は、面談の音声は別管理だと言った。今は取得できない。怜は、取得できたら本人に返すべきだと答えた。自分が何を選んだかを、本人だけが確かめられないのはおかしい。


ユキの名前が出たとき、怜は初めて、案内人という役割の前にあった生活を考えた。名字が不要だと言った彼女には、名字があった。父がいた。退区を申請した理由があった。その理由を知らないまま、今の笑顔を幸福の証拠にすることはできない。


「今、不幸に見えるかどうかを聞かれても、答えられません」


怜は澪に言った。


「私が見ているのは、私に見える顔だけです」


澪は紙を揃えた。自分が作った技術の成果を、笑顔で測ってきた。笑顔が増えれば、改善だと報告した。泣く人間が減れば、成功だと思った。何を言わなくなったかを測る項目は、最後まで作らなかった。


「私、怖かったのかもしれない」


澪は言った。


「何を失ったかを聞けば、成功だと言えなくなるから」


怜は慰めなかった。代わりに、今から聞けます、と答えた。誰に、どのように聞くかを考えるのは、これからだった。


二人は写した紙を分けた。一人が全部持たない。片方がなくなっても、もう片方に残る。紙の束は薄かった。何千人もの選択を奪う仕組みが、こんなに薄い紙で説明されている。


怜は束を鞄へ入れ、母の写真と重ならないようにした。証拠と家族を分けるためではない。どちらも、折りたくなかった。


*


医務室のベッドで、鷲尾は点滴を受けていた。計画どおりの芝居だったはずが、案内人は念のため検査を続けている。付き添っていたユキが毛布を直した。


「大丈夫ですよ、鷲尾様。朝にはお帰りいただけます」


「あんた、名前は?」


「ユキです」


ユキは老人の手を両手で包んだ。業務として覚えた動作のはずなのに、眠りについたあとも、すぐには離せなかった。


「ユキ……いい名前だ」


ユキの業務記録には、体温と脈拍を書く欄がある。名前を褒められたことを書く欄はなかった。


老人の指が緩んでも、手のひらにはその形が残った。ユキは理由の分からない痛みに一瞬眉を寄せ、それから、いつもの笑顔に戻った。


*


灯は眠れず、母との通話履歴を開いていた。先週の映像も、その前の映像も、母は同じ角度で笑っていた。


「灯ちゃん、ちゃんと寝てる? お姉ちゃんによろしくね」


灯は再生を止め、もう一度、最初から流した。母の声の後ろで、湯が沸く音がした。


同じ箇所で、同じ音がする。偶然にしては正確すぎた。


「お母さん……どうして、毎回同じこと言うの」


頬を涙が伝った。悲しい理由を、灯はまだ思い出せない。


隣で眠っていた慧が目を覚ました。「灯?」


「ねえ、これ、変じゃない?」灯は画面を見せた。


慧は映像を見たまま黙っていた。その沈黙が、灯をいっそう怖がらせた。


「慧くん、知ってるの?」


慧は答えず、灯の手を握った。灯はその手を振りほどかなかったが、映像を止めもしなかった。


*


灯は台所へ行き、古い手帳を開いた。姉が送ってくれたものだった。予定を書く必要がないので、ほとんど使っていない。白いページを見ていると、何かを書き忘れた気がした。


母に電話をした日を書こうとした。昨日、した。先週も、した。何を話したかを並べると、同じ話が多かった。庭の木、ケーキ、慧の仕事。母はいつも、よかったねと言った。


灯は子どもの頃、母に叱られたことを思い出した。帰る時刻を守らず、姉と一緒に怒られた。母は笑っていなかった。今の母は、怒らない。灯が何を言っても、同じように受け止める。


大人になったから、怒られなくなったのだと思っていた。だが母は、灯が島へ行くと決めたときも、最初は怒った。家族のために行くと言うな、と言った。自分のために行きたいなら行きなさい。その声は、今も覚えている。


画面の母に、あのとき怒ったよね、と尋ねた。母は少し首を傾け、あなたが幸せならいいのよ、と答えた。灯はもう一度聞いた。母は、心配だったのよ、と言った。


返事は間違っていない。だが灯が覚えている母は、間違ったことも言う人だった。昨日と今日で言うことが違い、あとで謝ることもあった。今の母には、言い直しがない。


灯は通話を終えた。慧が寝室から出てきて、どうしたのと尋ねた。彼女は、母の声が遠いと答えた。通信のことではなかった。


慧は端末を直そうとしなかった。隣に座り、遠いんだね、と言った。灯は、その返事に少し腹が立った。直してほしいのか、分かってほしいのか、自分でも決められない。


「私、変なことを言ってる?」


「変じゃない」


「じゃあ、どうして泣いてるの」


慧は答えられなかった。灯は手帳に、母の声、と書いた。続きが出てこない。ペンの先を紙に当てたままにすると、黒い点が広がった。


その点を見て、彼女は姉のことを思った。姉は、分からないことがあると、すぐノートを開いた。書けば分かるのかと聞くと、分からないことが分かる、と答えた。子どもの灯には、変な返事だった。


今は少し分かる気がした。灯は、母の声が遠い、と最後まで書いた。慧に見せると、彼は読んでうなずいた。消そうとも、直そうとも言わなかった。


灯は手帳を枕元に置いた。明日の自分が読めば、今夜の自分に返事をくれるかもしれない。そんなことを、初めて思った。


*


区長室へ戻った怜と澪が書類をまとめていると、壁のモニターに赤い警告が現れた。


『調律異常 居住者番号011208 真柴灯』


『記憶再浮上を確認 姉との接触による』


続いて、処置内容が表示された。


『48時間後、全記憶初期化』


『承認者 九条静馬』


怜は妹の名前を見つめた。「灯が、初期化される……?」


「そうなれば、あなたも慧さんも、思い出せなくなる」澪の声がかすれた。


「止めて」


「私にはもう処置権限がない。九条に移されている」


画面には灯の気持ちを書く欄がなかった。異常、処置、承認者。三つの項目だけで、妹の明後日が決められていた。


「本人が拒否したら?」


「処置対象の異議は、症状として記録される」


怜はノートに妹の名前を書いた。番号ではなく、真柴灯と。書いているあいだにも、赤い数字は減っていく。


私が会いに来たから。私が思い出させたから。そう考えかけて、怜はペンを握り直した。罪悪感に浸る時間まで、奪われている。


「九条に会う」


澪が何か言いかけたとき、カウントダウンが切り替わった。


『47時間59分59秒』

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