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第4話:昼の海岸(何もないはずの場所)

ホテルに荷物を置いたあと、少しだけ迷ってから外に出た。


時間は、まだ明るい。


夜まで待つべきかとも思ったが、何も分からないまま時間を潰す方が落ち着かなかった。


***


フロントでもらった簡単な地図を頼りに、近くの海岸へ向かう。


歩けない距離じゃない。


観光客もちらほら見かける。


カメラを持った人、家族連れ、散歩している地元の人。


特別な場所には見えない。


***


潮の匂いが、少しずつ強くなる。


さっきまでの街の空気とは違う。


湿っていて、塩気を含んでいる。


視界が開けて、海が見えた。


***


想像していた通りの景色だった。


広い空。

波打ち際。

風に揺れる草。


どこにでもある海岸だ。


***


しばらく立ち止まって、周囲を見渡す。


それらしい“道”は見当たらない。


少なくとも、目に入る範囲には。


***


「……違うか」


小さく呟く。


分かっていたことだ。


一発で当たるとは思っていない。


***


砂浜に降りる。


靴の底に、砂の感触が伝わる。


乾いた音。


普通の、砂の音だ。


***


波の音も、ちゃんと聞こえている。


一定のリズムで、繰り返している。


***


――普通だ。


***


その言葉を、頭の中で繰り返す。


何度も。


確認するみたいに。


***


スマホを取り出して、写真を一枚撮る。


意味はない。


ただ、記録として残しておこうと思っただけだ。


***


画面に写った海岸を眺める。


やっぱり、普通だ。


***


そのまま、少し歩く。


人の少ない方へ。


観光客の姿が、徐々に見えなくなる。


会話の声も、遠ざかっていく。


***


波の音だけが残る。


***


その音が、さっきよりはっきり聞こえる気がした。


***


波打ち際から少し離れた場所に、細い踏み跡のようなものがあった。


道というほどじゃない。


ただ、草が踏まれているだけだ。


***


足を止める。


***


「……」


***


特に理由はない。


ただ、なんとなく視線が引っかかった。


***


近づいてみる。


やっぱり、ただの踏み跡だ。


人が通れば、こうなる。


それだけだ。


***


そのまま通り過ぎようとして――


声をかけられた。


***


「そっちは、あんまり行かん方がいいよ」


***


振り返る。


少し離れたところに、年配の男性が立っていた。


釣り竿を持っている。


日焼けした顔。


地元の人、だと思う。


***


「危ないですか?」


そう聞くと、男は少しだけ首を傾げた。


***


「危ない、というか……」


言葉を選ぶように、少し間を置く。


視線は、踏み跡の先に向いている。


***


「何もないけどね」


***


曖昧な言い方だった。


***


「昔から、あんまり人が行かんだけ」


***


それだけ言って、男は海の方に視線を戻した。


もうこちらを見ることはなかった。


***


「ありがとうございます」


軽く頭を下げる。


返事はなかった。


***


もう一度、踏み跡の方を見る。


***


“何もない”。


その言葉が、妙に残る。


***


しばらくその場に立っていたが、結局、引き返した。


初日から無理をする必要はない。


そう、自分に言い聞かせる。


***


来た道を戻りながら、スマホを取り出す。


さっき撮った写真を開く。


***


海岸の写真。


その端に、さっきの踏み跡が少しだけ写っている。


***


拡大する。


***


ただの草だ。


何もおかしくない。


***


それでも。


もう一度、拡大する。


***


画面の端。


草の間に、細い線のようなものが見えた。


***


道、と呼べなくもない。


***


息を止める。


***


こんなもの、さっき見ただろうか。


***


視線を上げる。


実際の場所を見る。


***


同じだ。


何も変わっていない。


***


もう一度、スマホを見る。


***


――さっきより、はっきりしている。


***


気がした。


***


その瞬間。


波の音が、ほんの一瞬だけ、途切れた気がした。


***


顔を上げる。


海を見る。


***


波は、変わらず打ち寄せている。


音も、戻っている。


***


「……気のせいか」


呟く。


***


画面を閉じる。


ポケットにしまう。


***


そのまま歩き出す。


振り返らない。


***


背中に、視線を感じた気がした。


***


足を止めることは、しなかった。


***


波の音は、また同じ調子で続いていた。

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