第3話:南へ(あるいは、まだ遠いはずの場所)
空港のロビーは、思っていたより明るかった。
平日の昼間だからか、人もまばらで、妙に静かに感じる。
搭乗手続きを終えて、ベンチに腰を下ろす。
手持ち無沙汰になって、スマホを取り出す。
開くのは、やっぱり同じ画面だった。
智恵美とのトーク履歴。
最後のやり取りは、何も変わっていない。
『ねえ』
『道が見える』
『近い』
スクロールしても、それ以上は何も出てこない。
当たり前だ。
分かっている。
***
画面を閉じる。
代わりに、写真フォルダを開く。
送られてきた写真がいくつか残っている。
海。
砂浜。
どこにでもありそうな風景。
でも、どれも場所が特定できるようなものじゃない。
看板も、建物も、写っていない。
ただの景色だ。
***
「……わざとか?」
小さく呟く。
そんなはずはない。
たまたまだ。
そう思いたいだけかもしれない。
***
搭乗案内のアナウンスが流れる。
立ち上がって、列に並ぶ。
前の人の背中を見ながら、ぼんやりと考える。
もし、本当に関係があるとしたら。
あのスレと。
あの場所が。
***
考えても、答えは出ない。
***
飛行機は定刻通りに離陸した。
窓の外に、街が小さくなっていく。
雲の上は、何も変わらない。
ただ白いだけだ。
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どれくらい経ったのか分からない。
気づいたら、着陸のアナウンスが流れていた。
***
鹿児島空港は、思っていたよりも落ち着いていた。
地方の空港らしい、静かな雰囲気。
観光客らしき人もいるが、騒がしさはない。
***
外に出る。
その瞬間、足が止まった。
空気が、重い。
湿っている。
まとわりつくような感覚。
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――違う。
ここは、海の近くじゃない。
そんなはずがない。
頭では分かっているのに、
どうしても、あの夜の空気を思い出した。
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波の音。
風のない静けさ。
砂を踏む音。
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「……気のせいだろ」
小さく呟く。
誰に聞かせるでもなく。
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スマホを取り出して、地図を開く。
事前に目星をつけていた海岸を表示する。
いくつか候補はあるが、どれも決め手に欠ける。
とりあえず、市内に出ることにした。
***
バスに乗り込む。
窓際の席に座ると、外の景色がゆっくり流れ始めた。
見慣れない街並み。
コンビニ、住宅、道路。
どこにでもある風景。
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それなのに。
どこか落ち着かない。
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ポケットの中で、スマホが震えた気がした。
取り出して確認する。
通知は来ていない。
気のせいか。
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画面を消そうとして、指が止まる。
時刻が目に入った。
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3:12
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一瞬、何かが引っかかった。
でも、それが何なのか分からない。
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――なんで覚えてるんだ。
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頭の中に、そんな言葉が浮かぶ。
誰の声か分からない。
自分のものじゃない気がした。
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画面を閉じる。
深く息を吐く。
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ただの時間だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
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バスは、静かに進んでいく。
窓の外に、
遠く、山の稜線が見えた。
***
海は、まだ見えていない。




