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第16話:朝

朝だった。


***


目が覚めたとき、しばらく動けなかった。


***


天井を見る。


***


見慣れた天井。


***


自分の部屋。


***


カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。


***


静かだ。


***


何も起きていない。


***


ただの朝。


***


「……」


***


ゆっくりと息を吐く。


***


体を起こす。


***


夢じゃない。


***


あの夜のことは、はっきり覚えている。


***


それでも。


***


ここにいる。


***


戻ってきている。


***


それだけが事実だった。


***


隣を見る。


***


布団が、わずかに沈んでいる。


***


「……」


***


手を伸ばす。


***


そこには、確かに温もりがあった。


***


少しだけ、安心する。


***


立ち上がる。


***


リビングへ向かう。


***


ドアを開ける。


***


キッチンに、人影がある。


***


「……おはよう」


***


声をかける。


***


少し間があって、振り向く。


***


「おはよう」


***


智恵美が、笑う。


***


その顔を見た瞬間、肩の力が抜けた。


***


「よかった」


***


自然に言葉が出る。


***


「帰ってこれて」


***


智恵美は、少しだけ首を傾げる。


***


「帰ってきた?」


***


聞き返す声は、穏やかだった。


***


「……ああ」


***


一瞬、言葉に詰まる。


***


けれど、深く考えないことにする。


***


「なんでもない」


***


そう言って、テーブルに座る。


***


朝の光が部屋を満たしている。


***


普通の光。


***


普通の部屋。


***


キッチンから音がする。


***


包丁の音。


***


まな板の音。


***


生活の音。


***


それだけで、現実に戻った気がした。


***


「コーヒーでいい?」


***


背中越しに声がする。


***


「ああ」


***


短く答える。


***


やり取りはいつも通りだ。


***


変わらない。


***


何も。


***


――何も。


***


「……」


***


ふと、思う。


***


あの場所のことを、聞くべきか。


***


ヨナヅキ。


***


あの道。


***


だが。


***


口は動かなかった。


***


聞いたところで、何かが変わる気がしなかった。


***


それに。


***


もう終わったことだ。


***


そう思いたかった。


***


カップが置かれる。


***


目の前に。


***


湯気が立つ。


***


手に取る。


***


温かい。


***


現実だ。


***


一口飲む。


***


苦い。


***


いつもと同じ味。


***


「どうしたの?」


***


声がする。


***


顔を上げる。


***


智恵美がこちらを見ている。


***


「いや……」


***


首を振る。


***


「なんでもない」


***


そう答える。


***


しばらく、会話はない。


***


ただ、朝が流れていく。


***


時計の音がする。


***


カチ、カチ、と。


***


規則的に。


***


その音を聞いていると。


***


ふと、違和感が浮かぶ。


***


秒針。


***


動いている。


***


しかし。


***


ほんの一瞬だけ。


***


止まったように見えた。


***


「……」


***


見つめる。


***


また、動く。


***


何事もなかったように。


***


気のせいか。


***


そう思う。


***


視線を外す。


***


コーヒーを飲む。


***


温かい。


***


問題はない。


***


そのはずなのに。


***


背中に、わずかな冷たさが残っていた。

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