第15話:成立条件
「……出られると思う?」
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その一言で。
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空気が、変わった。
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音が消える。
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風も。
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自分の呼吸さえ、遠くなる。
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「……何言ってんだよ」
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掴んだ手に、力を込める。
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冷たい。
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さっきよりも、はっきりと分かる。
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「帰るぞ」
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引く。
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智恵美の体が、わずかに揺れる。
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抵抗はない。
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でも。
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ついてくる気配も、ない。
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「行こう」
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もう一度言う。
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そのとき。
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背後で、足音がした。
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ザッ。
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ゆっくりと。
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確実に、近づいてくる。
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「……」
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振り返る。
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そこに、立っている。
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智恵美が。
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同じ顔で。
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同じ姿で。
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こちらを見ている。
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「……は?」
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思考が、止まる。
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前を見る。
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いる。
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後ろを見る。
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いる。
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「……」
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理解が追いつかない。
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違いが、分からない。
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どちらも、本物に見える。
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「ねえ」
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二人が、同時に口を開く。
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「迎えに来たんでしょ?」
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同じ声。
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同じ抑揚。
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「だったら」
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一歩、近づいてくる。
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「ちゃんと選んでよ」
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その言葉で。
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背中が、冷える。
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「……選ぶ?」
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思わず聞き返す。
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二人とも、同時に頷く。
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「うん」
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「どっちでもいいよ」
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「どっちでも、帰れるから」
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軽い。
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あまりにも軽すぎる。
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だからこそ、信用できない。
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「……ふざけんな」
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小さく吐き捨てる。
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でも。
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他に方法がない。
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戻れない。
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進めない。
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なら。
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「……」
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目の前の智恵美を見る。
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距離が近い。
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手を伸ばせば、届く。
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後ろは、見ない。
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見たら、迷う。
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一歩、踏み出す。
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距離が縮まる。
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手を伸ばす。
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触れる。
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冷たい。
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――同じだ。
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その瞬間。
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背後の気配が、ぴたりと止まった。
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「……」
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そのまま、腕を掴む。
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「行くぞ」
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引く。
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今度は。
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ついてくる。
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一歩。
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また一歩。
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道を戻る。
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景色が、変わる。
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確かに。
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闇が、少しずつ薄くなる。
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空気が、軽くなる。
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振り返る。
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もう一人の姿は、ない。
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消えている。
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「……」
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足を速める。
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光が見える。
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出口。
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そう思った。
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そのまま、踏み出す。
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――
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気づいたとき。
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アスファルトの上に立っていた。
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夜の道。
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車のライトが、前を照らしている。
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さっきまでいた場所の、外。
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「……は」
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息が漏れる。
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戻ってきた。
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本当に。
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振り返る。
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草むらだけがある。
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道は、ない。
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最初から存在しなかったみたいに。
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「……終わった」
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呟く。
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力が抜ける。
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手を見る。
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握っている。
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智恵美の手を。
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ゆっくりと、顔を上げる。
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隣に、立っている。
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同じ顔。
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同じ姿。
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こちらを見ている。
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「……帰ろう」
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そう言う。
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ほんの一瞬。
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返事が、遅れる。
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「……うん」
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小さく頷く。
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声は、同じだった。
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それで、十分だと思った。
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車に乗り込む。
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エンジンをかける。
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ライトが、前を照らす。
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アクセルを踏む。
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車が動く。
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バックミラーを見る。
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暗闇。
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何もない。
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そのはずなのに。
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ほんの一瞬だけ。
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後部座席に、もう一人座っているように見えた。
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「……」
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瞬きをする。
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消えている。
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気のせいだ。
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そう思うことにした。




