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最終話:引き継ぎ

兄が消えた。


***


連絡が取れなくなって、三日。


***


最初は気にしていなかった。


仕事が忙しいだけだと思っていた。


***


でも。


***


部屋に入った瞬間、それが違うと分かった。


***


「……兄貴?」


***


返事はない。


***


靴はある。


財布もある。


机の上には、飲みかけのペットボトル。


***


途中で時間が止まったみたいな部屋だった。


***


スマホだけが、なかった。


***


***


警察には相談した。


だが「事件性は低い」と言われた。


***


納得はできなかった。


***


***


もう一度、兄の部屋に入る。


今度は調べるために。


***


机の上のノートPC。


開いたままになっている。


***


マウスを動かす。


画面が点く。


***


ブラウザ。


ブックマーク。


***


その中に、一つだけ浮いているフォルダがあった。


***


――ヨナヅキ


***


「……なんだよ、それ」


***


クリックする。


***


***


いくつかのURL。


古い掲示板のログ。


***


一つ開く。


***


タイトル:この海岸、知ってる人いる?


***


***


スクロールする。


***


断片的な書き込み。


***


その一部だけが妙に目についた。


***


「Googleマップに道がない」


「さっきまで無かった道」


「奥に灯り」


「波の音が後ろからする」


「足跡が途中で消える」


「道が長くなってる」


「足音がする」


「後ろから」


「前にもいる」


「こっちを見てる」


「今」


「後ろに」


***


――そこで途切れていた。


***


***


喉が乾く。


ただの掲示板のはずなのに、妙に生々しい。


***


タブを閉じる。


***


別のリンク。


***


似たような投稿がいくつも並んでいる。


***


共通しているのは、同じ場所だった。


***


鹿児島。


海沿い。


夜。


そして、その先の記録がない。


***


***


デスクトップに戻る。


もう一つフォルダがあった。


***


日付だけが並んでいる。


***


開く。


***


テキストファイル。


***


一番古いものを開く。


***


***


「鹿児島に来た」


***


***


その一行で、全てが繋がった。


***


スクロールする。


***


***


「智恵美を探してる」


「最後の連絡はこの辺り」


「海沿いを回っている」


「似た道を見つけた」


「道があった」


***


***


さらに読む。


***


***


「夜じゃないと分からないらしい」


「地元の人に聞いた」


「名前は分からない」


「でも、そういう場所がある」


***


***


日付が進む。


文章が変わっていく。


***


***


「いた」


「見えた」


「智恵美だった」


「でも違う」


「同じなのに違う」


***


***


呼吸が浅くなる。


***


***


「戻れた」


「一緒に出た」


「これで終わりだと思う」


***


***


最後のファイル。


一年前の日付。


***


開く。


***


***


「戻ってきた。でも、まだ終わってない」


***


***


それだけだった。


***


***


画面を閉じる。


部屋が静かになる。


***


兄は鹿児島に行っていた。


失踪した恋人を探すために。


そして戻ってきた。


***


***


そこから一年。


普通に生活していたように見えた。


***


でも今思えば、違和感はあった。


返事の遅れ。


会話のズレ。


笑うタイミングのわずかな違い。


***


最初は気のせいだと思っていた。


***


でも違ったのかもしれない。


***


***


あのとき、もっとちゃんと聞くべきだった。


何があったのか。


何を見たのか。


***


***


机の上を見る。


ノートPC。


ブックマーク。


***


――ヨナヅキ


***


***


スマホを取り出す。


地図を開く。


鹿児島。


***


遠い。


でも関係ない。


***


***


兄はそこへ行った。


そして消えた。


***


***


なら。


***


「……行くしかないだろ」


***


***


小さく呟く。


***


怖くないわけじゃない。


***


それでも。


知らないままの方が、怖い。


***


***


部屋を出る。


振り返る。


***


兄の部屋。


静かだ。


***


何もない。


***


でも確かに、“何かが残っている”。


***


***


ドアを閉める。


***


その先に何があるのか。


本当に戻れるのか。


***


分からない。


***


***


それでも。


***


足は止まらなかった。

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