最終話:引き継ぎ
兄が消えた。
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連絡が取れなくなって、三日。
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最初は気にしていなかった。
仕事が忙しいだけだと思っていた。
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でも。
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部屋に入った瞬間、それが違うと分かった。
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「……兄貴?」
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返事はない。
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靴はある。
財布もある。
机の上には、飲みかけのペットボトル。
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途中で時間が止まったみたいな部屋だった。
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スマホだけが、なかった。
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警察には相談した。
だが「事件性は低い」と言われた。
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納得はできなかった。
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もう一度、兄の部屋に入る。
今度は調べるために。
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机の上のノートPC。
開いたままになっている。
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マウスを動かす。
画面が点く。
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ブラウザ。
ブックマーク。
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その中に、一つだけ浮いているフォルダがあった。
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――ヨナヅキ
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「……なんだよ、それ」
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クリックする。
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いくつかのURL。
古い掲示板のログ。
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一つ開く。
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タイトル:この海岸、知ってる人いる?
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スクロールする。
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断片的な書き込み。
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その一部だけが妙に目についた。
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「Googleマップに道がない」
「さっきまで無かった道」
「奥に灯り」
「波の音が後ろからする」
「足跡が途中で消える」
「道が長くなってる」
「足音がする」
「後ろから」
「前にもいる」
「こっちを見てる」
「今」
「後ろに」
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――そこで途切れていた。
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喉が乾く。
ただの掲示板のはずなのに、妙に生々しい。
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タブを閉じる。
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別のリンク。
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似たような投稿がいくつも並んでいる。
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共通しているのは、同じ場所だった。
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鹿児島。
海沿い。
夜。
そして、その先の記録がない。
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デスクトップに戻る。
もう一つフォルダがあった。
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日付だけが並んでいる。
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開く。
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テキストファイル。
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一番古いものを開く。
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「鹿児島に来た」
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その一行で、全てが繋がった。
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スクロールする。
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「智恵美を探してる」
「最後の連絡はこの辺り」
「海沿いを回っている」
「似た道を見つけた」
「道があった」
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さらに読む。
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「夜じゃないと分からないらしい」
「地元の人に聞いた」
「名前は分からない」
「でも、そういう場所がある」
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日付が進む。
文章が変わっていく。
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「いた」
「見えた」
「智恵美だった」
「でも違う」
「同じなのに違う」
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呼吸が浅くなる。
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「戻れた」
「一緒に出た」
「これで終わりだと思う」
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最後のファイル。
一年前の日付。
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開く。
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「戻ってきた。でも、まだ終わってない」
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それだけだった。
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画面を閉じる。
部屋が静かになる。
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兄は鹿児島に行っていた。
失踪した恋人を探すために。
そして戻ってきた。
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そこから一年。
普通に生活していたように見えた。
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でも今思えば、違和感はあった。
返事の遅れ。
会話のズレ。
笑うタイミングのわずかな違い。
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最初は気のせいだと思っていた。
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でも違ったのかもしれない。
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あのとき、もっとちゃんと聞くべきだった。
何があったのか。
何を見たのか。
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机の上を見る。
ノートPC。
ブックマーク。
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――ヨナヅキ
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スマホを取り出す。
地図を開く。
鹿児島。
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遠い。
でも関係ない。
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兄はそこへ行った。
そして消えた。
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なら。
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「……行くしかないだろ」
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小さく呟く。
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怖くないわけじゃない。
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それでも。
知らないままの方が、怖い。
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部屋を出る。
振り返る。
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兄の部屋。
静かだ。
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何もない。
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でも確かに、“何かが残っている”。
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ドアを閉める。
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その先に何があるのか。
本当に戻れるのか。
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分からない。
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それでも。
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足は止まらなかった。




