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第13話:奥へ

一歩、踏み込む。


***


足元の土が、わずかに沈む。


***


乾いているはずなのに。


***


妙に柔らかい。


***


もう一歩。


***


振り返る。


***


車のライトが、背中を照らしている。


***


まだ、戻れる距離だ。


***


安心する。


***


そのまま、前を見る。


***


道は、細い。


***


人ひとり分。


***


両脇は、草と木に覆われている。


***


風は、ない。


***


さっきまであったはずの音が、消えている。


***


波の音も。


***


虫の音も。


***


何も聞こえない。


***


「……」


***


歩き出す。


***


足音だけが、やけに大きく響く。


***


ザッ、ザッ、と。


***


規則的な音。


***


それ以外は、何もない。


***


数歩進む。


***


ふと、違和感を覚える。


***


空気が、少し重い。


***


押し返されるような圧。


***


でも、体は軽い。


***


ちぐはぐな感覚。


***


喉が、乾く。


***


スマホを取り出す。


***


画面を点ける。


***


時刻を見る。


***


二十二時、のまま。


***


「……」


***


秒も、進んでいない。


***


画面を閉じる。


***


もう一度開く。


***


変わらない。


***


「……壊れてんのか」


***


小さく呟く。


***


その声が、少し遅れて返ってくる。


***


――気がした。


***


ポケットに戻す。


***


そのまま、歩く。


***


道は、続いている。


***


ずっと同じ幅で。


***


同じ景色で。


***


どれくらい進んだのか、分からない。


***


時間の感覚が、曖昧になる。


***


足が止まる。


***


振り返る。


***


来た道。


***


暗い。


***


車のライトが、見えない。


***


「……は?」


***


さっきまで見えていたはずの光が、消えている。


***


距離の問題じゃない。


***


そんなに歩いていない。


***


なのに。


***


何もない。


***


完全な闇。


***


「……」


***


一歩、戻る。


***


何も変わらない。


***


もう一歩。


***


変わらない。


***


戻っている感覚が、ない。


***


「……」


***


息が浅くなる。


***


戻るか。


***


頭の中で、考える。


***


でも。


***


その考えは、すぐに薄れる。


***


前を見る。


***


道は、続いている。


***


その奥に。


***


何かがある。


***


そう思った瞬間。


***


それ以外の選択肢が、消える。


***


足が、前に出る。


***


歩く。


***


進む。


***


止まらない。


***


ふと。


***


音がした。


***


足音じゃない。


***


別の音。


***


――誰かが、歩いている。


***


自分の前を。


***


「……!」


***


足を止める。


***


耳を澄ます。


***


ザッ。


***


ザッ。


***


同じリズム。


***


でも、自分じゃない。


***


ほんの少し先。


***


見えない位置。


***


確かに、誰かがいる。


***


「……智恵美?」


***


呼ぶ。


***


返事はない。


***


でも。


***


足音は、止まらない。


***


ザッ。


***


ザッ。


***


一定の距離を保ったまま、進んでいる。


***


近づかない。


***


離れない。


***


距離が、固定されている。


***


「待てよ」


***


声をかける。


***


早歩きになる。


***


足音も、それに合わせて速くなる。


***


距離は、変わらない。


***


「……くそ」


***


走る。


***


ザッ、ザッ、ザッ。


***


前の足音も、同じように速くなる。


***


絶対に追いつけない距離。


***


やがて。


***


不意に。


***


足音が、消えた。


***


「……?」


***


急に静かになる。


***


完全な無音。


***


止まる。


***


息だけが、荒い。


***


周囲を見る。


***


何もない。


***


誰もいない。


***


「……今のは」


***


言いかけて、やめる。


***


そのとき。


***


前方に、ぼんやりとした光が見えた。


***


白い。


***


小さな光。


***


揺れている。


***


人の形。


***


立っている。


***


距離は、分からない。


***


なのに。


***


近い気がする。


***


「……」


***


喉が鳴る。


***


一歩、踏み出す。


***


光は、動かない。


***


待っているように。


***


もう一歩。


***


近づく。


***


輪郭が、少しだけはっきりする。


***


細い体。


***


長い髪。


***


「……」


***


心臓が、大きく鳴る。


***


名前を呼ぼうとして――


***


その瞬間。


***


光が、ふっと揺れた。


***


消えた。


***


音もなく。


***


「……は?」


***


声が漏れる。


***


一歩、駆け出す。


***


その場所へ。


***


何もない。


***


ただの道。


***


その先に。


***


さらに暗い、奥が続いている。


***


さっきよりも、深く。


***


明らかに、暗い。


***


「……」


***


立ち尽くす。


***


さっきのは、何だったのか。


***


分からない。


***


でも。


***


一つだけ、確かなことがある。


***


自分は、もう。


***


戻る側には、いない。


***


“ここにいる”


***


それだけだった。

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