第12話:見つからない
時計は、二十二時を回っていた。
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眠れなかった。
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目を閉じるたびに浮かぶのは、あの道だ。
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細い分かれ道。
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草に隠れるようにして、続いていた。
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「ヨナヅキ……」
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小さく呟く。
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意味は分からない。
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でも。
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あそこに何かがある。
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それだけは、確かだった。
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起き上がる。
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迷いは、なかった。
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上着を羽織る。
スマホと鍵を持つ。
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部屋を出る。
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廊下は暗い。
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足音だけが、やけに響く。
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誰もいない。
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そのまま外へ出る。
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夜の空気は、昼とは違っていた。
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少しだけ、重い。
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湿っているわけでもないのに、まとわりつくような感覚。
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車に乗り込む。
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エンジンをかける。
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ライトを点ける。
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前方が、白く浮かび上がる。
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アクセルを踏む。
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車が動く。
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昼に通った道を、そのままなぞる。
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迷うことはない。
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あの標識。
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あのカーブ。
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全部、覚えている。
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しばらくして。
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速度を落とす。
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ここだ。
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昼間、分かれ道があった場所。
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ブレーキを踏む。
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車を止める。
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前を見る。
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ライトの先。
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草が揺れている。
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それだけだ。
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「……は?」
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目を凝らす。
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もう一度、見る。
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ない。
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道が、ない。
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昼間、確かにあったはずの分かれ道が。
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跡形もなく、消えている。
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車を降りる。
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足元の砂利が音を立てる。
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その音が、やけに大きく聞こえた。
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草の方へ歩く。
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かき分ける。
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何もない。
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ただの斜面。
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踏み跡もない。
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「……おかしいだろ」
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思わず声が出る。
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周囲を見回す。
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間違いない。
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ここだ。
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標識の位置。
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道路の角度。
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全部、同じだ。
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それなのに。
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道だけが、ない。
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一歩、下がる。
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呼吸が浅くなる。
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頭の奥に、言葉が浮かぶ。
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“ヨナヅキ”
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そのまま、しばらく立ち尽くす。
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やがて、歩き出す。
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周囲を探す。
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少し先へ。
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さらに先へ。
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ライトの届く範囲を、ゆっくりと見ていく。
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ない。
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どこにもない。
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焦りが、じわじわと広がる。
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「どこだよ……」
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呟く。
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さっきまで確信していたものが、崩れていく。
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見間違いだったのか。
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最初から、なかったのか。
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いや。
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そんなはずはない。
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あれは、確かに――
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足が止まる。
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そのとき。
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視界の端に、何かが引っかかった。
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反射的に振り向く。
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何もない。
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ただの暗闇。
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「……」
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ゆっくりと息を吐く。
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落ち着け。
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そう言い聞かせる。
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視線を落とす。
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足元。
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ヘッドライトの光で、影が伸びている。
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その先。
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ほんのわずかに。
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影が、不自然に途切れている場所があった。
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違和感。
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顔を上げる。
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その方向を見る。
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さっきまで、何もなかったはずの場所。
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そこに。
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“奥行き”がある。
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闇の中に、さらに濃い影。
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目を凝らす。
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輪郭が、ゆっくりと浮かび上がる。
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草が、左右に分かれている。
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その奥。
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細い道が、続いている。
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「……」
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息が止まる。
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さっきまで、なかったはずのもの。
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見落としじゃない。
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確実に、なかった。
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それが今、そこにある。
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「……ヨナヅキ」
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自然に、口から出る。
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足が動く。
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引き寄せられるように。
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ゆっくりと、近づく。
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道は、静かにそこにあった。
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最初から、ずっとそうだったみたいに。
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手を伸ばす。
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触れる寸前で、止まる。
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一瞬だけ。
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迷いが戻る。
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胸の奥で、何かが引き止める。
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でも。
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それは、すぐに消えた。
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一歩、踏み出す。
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その瞬間。
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背後で、車のライトが一度だけ、ちらついた。
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まるで、何かが横切ったみたいに。
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振り返らない。
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そのまま、闇の中へ進む。




