第6話:誰と話していたのか
ホテルのフロントは、昼間でも人がいた。
チェックアウトの時間を過ぎているせいか、ロビーは妙に静かだ。
カウンターに近づく。
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「すみません」
声をかけると、スタッフが顔を上げた。
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「少し、お聞きしたいことがあって」
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事情を説明する。
名前は出さない。
失踪した人を探していることだけ伝える。
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スタッフは、少し困ったような顔をしたが、やがて小さく頷いた。
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「その日、夜の出入りを見ていた方っていますか」
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「はい……私です」
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少し意外だった。
若い女性だった。
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「全部を覚えているわけではないんですが」
前置きのように言う。
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「それでも大丈夫です」
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一呼吸おいてから、続ける。
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「レンタカーの出入り、ありましたか」
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「……はい」
ほんの一瞬、視線が逸れる。
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「夜に、一台出ています」
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「一人でしたか?」
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「たぶん」
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また、その言い方だった。
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「女性の方、だったと思います」
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“思います”。
断定しない言い方。
でも、否定もしない。
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「そのときの様子、覚えていますか」
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少しだけ考えるような間。
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「……普通、だったと思うんですけど」
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言葉が止まる。
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「けど?」
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視線が泳ぐ。
明らかに、何かを迷っている。
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「気のせいかもしれないんですけど」
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小さく前置きしてから、続ける。
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「誰かと話してるみたいに見えて」
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一瞬、周囲の音が遠のく。
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「電話、ですか?」
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「いえ」
すぐに首を横に振る。
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「スマホ、見てなかったので」
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言葉の意味が、すぐには入ってこない。
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「……じゃあ」
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「独り言、かもしれないです」
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でも、と付け加える。
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「ただ……」
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そこで、少しだけ声が小さくなる。
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「返事をしてるみたいで」
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――。
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言葉が出ない。
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「間が、あるんです」
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「……間?」
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「はい」
ゆっくり頷く。
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「誰かの話を聞いてから、答えてるみたいな」
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背中に、冷たいものが走る。
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沈黙が落ちる。
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「あと」
スタッフが思い出したように口を開く。
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「車を出すときに、道を聞かれて」
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顔を上げる。
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「どういう?」
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「南の方に行きたいんだけど、こっちでいいかって」
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心臓が、強く鳴る。
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「南……」
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「はい」
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「詳しい場所までは聞いてないんですけど」
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「こっちで合ってますって答えて」
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そこまで言って、少しだけ表情が曇る。
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「……それで、行かれました」
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「時間は、分かりますか」
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「正確には……」
少し考える。
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「かなり遅い時間だったと思います」
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やっぱり曖昧だ。
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でも。
十分だった。
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「ありがとうございました」
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頭を下げる。
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それ以上聞いても、同じだと分かっていた。
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ロビーを出る。
外の空気が、少しだけ重い。
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ポケットの中で、スマホを取り出す。
地図を開く。
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現在地。
鹿児島市内。
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そこから、指を滑らせる。
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南。
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海沿いに、道が伸びている。
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いくつもの地名。
知らない場所。
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でも。
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その中に、一つだけ。
目が引っかかる。
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“温泉”
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理由は分からない。
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ただ。
そこだけ、やけに近く感じた。
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画面を拡大する。
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南へ。
さらに南へ。
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距離が、妙に現実味を帯びてくる。
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「……ここか?」
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口に出す。
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根拠はない。
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それでも。
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“そこにいる気がした”。
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スマホを閉じる。
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背中に、視線を感じる。
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ゆっくり振り返る。
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誰もいない。
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ホテルの入口。
人の出入り。
いつも通りの光景。
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――のはずなのに。
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一瞬だけ。
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“見られていた気がした”。
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もう一度、前を向く。
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南へ続く道を、頭の中でなぞる。
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引き返す理由は、もう残っていなかった。




