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第6話:誰と話していたのか

ホテルのフロントは、昼間でも人がいた。


チェックアウトの時間を過ぎているせいか、ロビーは妙に静かだ。


カウンターに近づく。


***


「すみません」


声をかけると、スタッフが顔を上げた。


***


「少し、お聞きしたいことがあって」


***


事情を説明する。


名前は出さない。


失踪した人を探していることだけ伝える。


***


スタッフは、少し困ったような顔をしたが、やがて小さく頷いた。


***


「その日、夜の出入りを見ていた方っていますか」


***


「はい……私です」


***


少し意外だった。


若い女性だった。


***


「全部を覚えているわけではないんですが」


前置きのように言う。


***


「それでも大丈夫です」


***


一呼吸おいてから、続ける。


***


「レンタカーの出入り、ありましたか」


***


「……はい」


ほんの一瞬、視線が逸れる。


***


「夜に、一台出ています」


***


「一人でしたか?」


***


「たぶん」


***


また、その言い方だった。


***


「女性の方、だったと思います」


***


“思います”。


断定しない言い方。


でも、否定もしない。


***


「そのときの様子、覚えていますか」


***


少しだけ考えるような間。


***


「……普通、だったと思うんですけど」


***


言葉が止まる。


***


「けど?」


***


視線が泳ぐ。


明らかに、何かを迷っている。


***


「気のせいかもしれないんですけど」


***


小さく前置きしてから、続ける。


***


「誰かと話してるみたいに見えて」


***


一瞬、周囲の音が遠のく。


***


「電話、ですか?」


***


「いえ」


すぐに首を横に振る。


***


「スマホ、見てなかったので」


***


言葉の意味が、すぐには入ってこない。


***


「……じゃあ」


***


「独り言、かもしれないです」


***


でも、と付け加える。


***


「ただ……」


***


そこで、少しだけ声が小さくなる。


***


「返事をしてるみたいで」


***


――。


***


言葉が出ない。


***


「間が、あるんです」


***


「……間?」


***


「はい」


ゆっくり頷く。


***


「誰かの話を聞いてから、答えてるみたいな」


***


背中に、冷たいものが走る。


***


沈黙が落ちる。


***


「あと」


スタッフが思い出したように口を開く。


***


「車を出すときに、道を聞かれて」


***


顔を上げる。


***


「どういう?」


***


「南の方に行きたいんだけど、こっちでいいかって」


***


心臓が、強く鳴る。


***


「南……」


***


「はい」


***


「詳しい場所までは聞いてないんですけど」


***


「こっちで合ってますって答えて」


***


そこまで言って、少しだけ表情が曇る。


***


「……それで、行かれました」


***


「時間は、分かりますか」


***


「正確には……」


少し考える。


***


「かなり遅い時間だったと思います」


***


やっぱり曖昧だ。


***


でも。


十分だった。


***


「ありがとうございました」


***


頭を下げる。


***


それ以上聞いても、同じだと分かっていた。


***


ロビーを出る。


外の空気が、少しだけ重い。


***


ポケットの中で、スマホを取り出す。


地図を開く。


***


現在地。


鹿児島市内。


***


そこから、指を滑らせる。


***


南。


***


海沿いに、道が伸びている。


***


いくつもの地名。


知らない場所。


***


でも。


***


その中に、一つだけ。


目が引っかかる。


***


“温泉”


***


理由は分からない。


***


ただ。


そこだけ、やけに近く感じた。


***


画面を拡大する。


***


南へ。


さらに南へ。


***


距離が、妙に現実味を帯びてくる。


***


「……ここか?」


***


口に出す。


***


根拠はない。


***


それでも。


***


“そこにいる気がした”。


***


スマホを閉じる。


***


背中に、視線を感じる。


***


ゆっくり振り返る。


***


誰もいない。


***


ホテルの入口。


人の出入り。


いつも通りの光景。


***


――のはずなのに。


***


一瞬だけ。


***


“見られていた気がした”。


***


もう一度、前を向く。


***


南へ続く道を、頭の中でなぞる。


***


引き返す理由は、もう残っていなかった。

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