第2話 シャボン玉と仏像
仏像の上の女の話をする前に、なんでそれが“あいつ”の仕業だってわかったのか、言っとかないといけない。じゃないと、ただの頭のおかしい女の話になっちまうからね。いや、実際そうなのかもしれないけど。
……どこまで話したっけ。そうそう、シャボン玉。
さっき、辻が霊のことをシャボン玉に喩えたって言ったでしょ。
辻に言わせると、そのシャボン玉には一個一個、違いがあるんだそうだ。ただ、それを言葉にするのがすごく難しい。匂いとか、形とか、色とか、そういうんじゃない。どっちかっていうと直感に近い。
「なんちゅうかな。ああ、こいつや、ってわかんねん。わかるときは」
わからないときは、と聞いたら、
「普通に外す」
だって。直感だから、外れることもしょっちゅうらしい。頼りないったらない。
それでも辻が言うには、霊ってのは、どこかに——物でも人でも場所でもいい、何かしら固定された座標に引っかかっているときにだけ、こっちに何かしらのアクションを起こすんだそうだ。話しかけてくるとか、目に見える形をとるとか。
逆に言えば、ふわふわ漂ってる間のシャボン玉には、話しかけることも、姿を見ることもできない。どこかにぶつかって、一瞬止まった——その場所にだけ、あいつの名残が残る。辻が感じ取れるのは、その名残の方だ。
だから、あいつが見つかるのはいつも、何かが起きちまった後なんだよ。
で、話を戻すと——最初の例。いや、二番目か。最初は辻の依頼人の家だから。
これがほんとにやっかいでさー。周りがどう思ってるかは知らないけど、俺はどうもしっくりこないっていうか、許せなくて。
辻の最初の依頼があっけなく片付いてから、そう日も経たないうちのことだった。
辻の事務所から、地下鉄で南に三駅ほど。坂の多い寺町をうろうろすると、小さな寺がいくつも肩を寄せ合ってるのが見える。そのうちのひとつ。名前は伏せとく。今さら伏せたって、ちょっと調べりゃすぐわかるんだろうけど。
町内の小さな寺で、普段から人が大勢来るようなところじゃない。見つけたのは、毎日同じ時間にお参りに来てる、七十代のおばあちゃんだった。
ここから先は、そのおばあちゃんに直接会って聞いた話を、俺なりにつなぎ合わせたもんだ。
遅めの午後だったんだって。
まだ日は残ってたけど、坂の途中の寺だから、西日はもう本堂の奥までは届かないんだよね。
おばあちゃんはいつも通り山門をくぐって、いつも通り手を合わせようとして、本堂の戸が半分開いてるのに気づいたわけ。
法事でもない日に、そこが開いてることなんて、まずないそうだ。
境内は、しんとしてた。坂の下を走る車の音も、なぜかその日は上がってこなかったって。
いつもなら、本堂の前に立つだけで線香の匂いがする。それが、その日はしなかった。代わりに戸の隙間から流れてきたのは、湿った古い木と、埃の匂い。長いこと開けてない押し入れの、奥の方みたいな。
中から、音がしてた。
しゅっ。しゅっ。
布で何かを擦るような、乾いた音。一定の間隔で、休みなく。
住職さんが掃除でもしてるんだろうと思って、おばあちゃんは戸の隙間から中を覗いたんだよ。
外の明るさに慣れた目には、最初、何も見えなかったって。
少しずつ、暗がりの形がわかってくる。
薄暗い本堂の奥で、灯明が一本だけ揺れてた。
その明かりが、仏様の顔の、ちょうど上のあたりで途切れてたんだって。
途切れてるんじゃないんだよ。何かが仏様の頭の上に乗っかってて、そこから先を隠してたわけ。
女だった。
仏様の頭に両膝をついて跨がり、上半身を深く折り曲げてさ。垂れ下がった長い髪が、仏様の額から鼻筋までを、簾みたいに覆ってた。
どこにでもいそうな、グレーのカーディガン。靴は脱いでて、ストッキングの足の裏が、仏様の両耳のあたりに白く浮いてた。
しゅっ。しゅっ。
女は自分の袖口で、仏様の頭を擦ってたんだよ。あの小さな巻き貝みたいな粒のひとつひとつを、指先でつまむようにして袖をあてがい、丁寧に、丁寧に。
息の音は、しなかったって。あれだけ体を動かしてるのに。
灯明が揺れるたびに、女の影が天井まで伸びて、また縮んだ。
おばあちゃんは声も出せずに、たぶん、しばらくそれを見てたんだと思う。
音が止んだ。
灯明の芯が、じじ、と小さく鳴った。
女の手が止まって、髪の簾の奥で、頭がゆっくりと、こっちを向きかけたんだって。
垂れた髪が、仏様の顔の上を、ずるりと滑った。
そこでおばあちゃんは悲鳴を上げて、逃げ出した。
で、境内の段差に足を引っかけて、捻挫。
……そんなことやる? ほんっと気味悪いっていうか、忌々しいっていうか。
あ、仏様の頭の粒々ね。あれ、螺髪っていうんだって。あのくるくるしたパンチパーマみたいなやつ。俺も今回初めて知った。
そもそもさ、霊だの怪異だのが自分から寺に入り込んで、仏像に何かするって時点でおかしいじゃん。普通、逆でしょ。寺ってのは、そういうのが寄り付かないための場所なんじゃないの。それとも仏様の方も、あいつにとっては「なんか気になったもの」のひとつにすぎなかったのか。
まあいいや。とにかく。
騒ぎを聞きつけた近所の人が通報して、警察と救急車まで出てくる騒ぎになった。
仏像の頭を磨いてた女は、その場で気を失って落っこちた。鎖骨骨折。
後で住職が、何があったのか、なんであんなことをしたのかと女に尋ねたら——何も覚えてない、と。
許せないでしょ? 腹立つでしょ?
でもね、もっと許せないのは、この先なんだよ。
仏像を磨いて気絶したその女、もともと怪談の類が好きだったらしくてさ。で、自分の身に起きたことを、のうのうと怪談系のYouTubeチャンネルだの、オカルト雑誌だのに送りつけたわけ。それで、事件がもう一回注目を浴びることになった。
ほんと、バカしかいない世の中になったもんだよ。
で、最終的に注目が集まったのはどこかっていうと——寺。
「怪異すら引き寄せて掃除させる仏像が実在!?」
みたいな、根拠もクソもない煽りサムネが雪だるま式に量産されて、拡散されて、そこにインバウンド需要まで重なって、今じゃその寺、連日すごい人出だ。
あの細い坂道に、海外からの観光客が、仏像の頭をスマホで撮るために列を作ってる。
しかも腹立つことに、その仏様の頭、実際ぴかぴかなんだよ。
住職の背じゃてっぺんまで手が届かないし、脚立を立てるのもなんだか罰当たりな気がして、何十年も誰も掃除できてなかったんだってさ。そこだけが、ぴかぴか。
……だから何だって話だけど。
住職は、宝くじでも当たったみたいに浮かれてる。檀家は減る一方で、本堂の雨漏りも直せないって嘆いてたのが、今じゃ屋根の修繕の見積もりを三社から取ってるらしい。知らないよ、そんなの。
でも、よく考えてみてよ。
被害者は確かにいるわけ。捻挫したおばあちゃんがいて、鎖骨を折った女がいる。怪我は治っても、あの日見たもの、あの日させられたことのトラウマは消えないでしょ。何をそんなに浮かれることがあるんだか。
あいつに取り憑かれてた女? あの一件以来、怪談師に転向したらしい。
前は職場でも浮いてて、好きな怪談の話をしても誰もまともに聞いてくれなかったんだってさ。それが今じゃ、注目を浴びてる流れに乗っかって、どっかから適当につぎはぎした作り話を引っ提げて、有名チャンネルにパネラーだのゲストだので呼ばれてる。画面の中じゃ楽しそうに笑ってるけど、幸せなわけないだろ、そんなの。
捻挫したおばあちゃんの方は、どこかのインタビューで「自分がお参りしてるお寺が有名になって困ってる」なんて言ってたけど、どことなく嬉しそうなんだよね。最近じゃ、毎日のお参りのついでに、観光客に身振り手振りで手の合わせ方を教えてるらしい。誰に頼まれたわけでもないのに。
この事態の深刻さを、ひとっつもわかってない。
誰も、何も、わかってない。
ほんと、やっかいなんだよ。ADHDのあいつは。
しかもだ。
さっき言った通り、あいつを祓うには、あいつがどこかに引っかかってる——人なり物なりに取り憑いてる——その間に、辻があのオリジナリティあふれる理系トークで懇々と言い聞かせて、納得させなきゃならない。
なのにこっちは、いつだって事が起きた後を追いかけてる。間に合ったためしがない。話をするどころか、顔を拝むことすらできやしない。
初めて、あいつとまともに“会話”があったのは——
その次の件だった。




