第7話 沈黙の整理
応接室の空気は、少しだけ変わっていた。
真実が明らかになったわけではない。
むしろ、分からないことはまだ多い。
蓮司さんを殺した人物。
十一時半頃、音楽室にいた正体不明の人物。
低いラを最後に鳴らした人物。
凶器をピアノの中から取り出し、また戻した人物。
どれも、まだ答えには届いていない。
それでも、応接室に積もっていた沈黙は、少しずつ形を失っていた。
誰もが何かを隠していた。
誰もが、それには理由があると思っていた。
けれど理由のある沈黙が、正しい沈黙とは限らない。
重なった沈黙は、事件を濃い霧の中へ沈めていた。
白瀬さんは、僕のメモ帳を指で示した。
「真柴さん。整理しましょう」
「はい」
「まず、沈黙を一つにまとめないことです」
「一つに?」
「全員が嘘をついた、で終わらせると何も見えません」
白瀬さんは、応接室をゆっくり見渡した。
「誰かを守る沈黙。自分を守る沈黙。過去の罪を隠す沈黙。今夜の殺人に近い沈黙。それらを分けます」
僕は新しいページを開いた。
沈黙の整理。
そう書いた瞬間、ペン先が少し重くなった。
「まず、紗英さん」
白瀬さんが言った。
紗英さんは、肩を小さく震わせた。
玲司さんの隣に座っている。けれど二人の距離は、まだ元には戻っていない。
「紗英さんは、蓮司さんから玲司さん宛てに届いた手紙を隠していました」
「はい」
「手紙には、七年前の真相、第五楽章の本当の名前、玲司さんの出生の秘密、そして蓮司さんが今夜戻る意図が書かれていました」
僕は書いた。
紗英の沈黙。
玲司宛ての手紙を隠した。
理由は玲司を守るため。
結果として、蓮司の帰還目的が見えなくなった。
「紗英さんの沈黙は、蓮司さん殺害を直接隠すものではありません」
白瀬さんは続ける。
「ですが、蓮司さんが今夜何をしようとしていたのかを見えにくくしました」
「動機を見えにくくした、ということですね」
「はい」
紗英さんが、小さく言った。
「ごめんなさい」
その謝罪が誰に向けられたものなのか、僕には分からなかった。
玲司さんか。
蓮司さんか。
あるいは、手紙を握りつぶした時の自分自身にか。
「次に、鷺沼さん」
白瀬さんの視線が、扉のそばへ移る。
鷺沼は、いつものように背筋を伸ばしていた。ただ、黒い手袋をした指だけが、わずかに固く見えた。
「あなたは、七年前の十一時十七分、崖下の譜面、宗一郎さんの時計、そして今夜蓮司さんを館に入れたことを隠していました」
「はい」
「さらに、十時半過ぎの時点で先生の鍵束が書斎にあったこと。十一時半前には消えていたこと。奏太さんが十一時前に音楽室へ向かうのを見たこと。それらも黙っていました」
「はい」
僕は書く。
鷺沼の沈黙。
七年前の真相を隠す。
蓮司を裏口から入れたことを隠す。
鍵束の時系列を隠す。
奏太の行動を隠す。
理由は、宗一郎への忠誠。雨宮家の秘密。そして、自分が疑われる恐怖。
「鷺沼さんの沈黙は、事件の時系列そのものを歪めました」
白瀬さんは言った。
「特に、先生の鍵束の流れです」
「十時半過ぎには、まだ書斎にあった」
僕が言う。
「はい」
「十一時半前には消えていた」
「はい」
「その間に、久世さんが書斎近くで鍵束を拾ったと主張している」
「そして十一時十五分頃、蓮司さんが久世さんから鍵束を取り上げた」
僕は、メモに線を引いた。
鍵束の流れ。
それは、今夜の人の動きそのものに近い。
「次に、久世さん」
久世さんは、指輪に触れていなかった。
それだけで、彼の余裕がいつもより薄いことが分かった。
「あなたは、十一時十五分頃に蓮司さんと会っていたことを隠していました」
「はい」
「その時、先生の鍵束を持っていた。蓮司さんはそれに気づき、あなたから取り上げた」
「その通りです」
「時計塔に入ったこと、黒い布を拾ったこと、それを捨てようとしたことは認めました」
「ええ」
僕は書く。
久世の隠し事。
十一時十五分頃、蓮司と接触。
鍵束を持っていた。
蓮司に取り上げられた。
時計塔に入った。
黒い布を拾い、捨てようとした。
理由は、保身。第五楽章の価値への関心。篠原を庇う意図。
「久世さんの隠し事で重要なのは、蓮司さんの生存確認です」
白瀬さんが言った。
「十一時十五分頃、蓮司さんは生きていた」
「怪我も見えなかった」
「はい」
「その後、蓮司さんは音楽室へ向かった」
「そして、鍵束を持っていた可能性が高い」
玲司さんが、低く言った。
「兄さんは、自分で音楽室へ入れた」
「その可能性が高くなりました」
白瀬さんは答えた。
玲司さんは、それ以上言わなかった。
兄が自分の足で音楽室へ向かった。
その事実が、彼の中でどんな形を取っているのかは分からない。
「次に、奏太さん」
奏太さんは、俯いたまま頷いた。
「あなたは、十一時頃に音楽室でグランドピアノ内部の金属を見たことを隠していました」
「はい」
「低いラを押した後、金属音を聞いた。さらに、音楽室へ近づく足音を聞き、誰かと会わないように部屋を出た」
「はい」
僕は書く。
奏太の沈黙。
十一時頃、音楽室でピアノ内部の金属を見た。
低いラを押し、金属音を聞いた。
音楽室へ近づく足音を聞いた。
その人物と会わないように出た。
理由は、宗一郎への信仰。先生の秘密を守りたい気持ち。自分が疑われる恐怖。
「奏太さんの沈黙で重要なのは、十一時頃に音楽室へ近づいた人物の存在です」
白瀬さんは言った。
「奏太さんの後に、誰かが音楽室へ入った可能性がある」
「それが蓮司さんかもしれない」
「はい。あるいは、蓮司さんを待つ人物だったかもしれません」
奏太さんは、膝の上で拳を握りしめた。
「僕が見ていれば」
「それは戻りません」
白瀬さんの声は、冷たいのではなく、まっすぐだった。
「今必要なのは、見なかったという事実を、正しい場所に置くことです」
奏太さんは、深くうなずいた。
「次に、静乃さん」
静乃さんは、暖炉の火を見たまま、微かに笑った。
「ええ」
「あなたは、七年前の十一時十七分を知っていました。宗一郎さんが十一時二十分に時刻を書き換えたことも。玲司さんの出生の秘密も。蓮司さんが今夜戻ることも」
「その通りよ」
「それを黙っていた」
「ええ」
僕は書いた。
静乃の沈黙。
七年前の十一時十七分を知っていた。
宗一郎が十一時二十分に書き換えたことを知っていた。
玲司の出生を知っていた。
蓮司から電話を受け、今夜戻ることを知っていた。
理由は、七年前の自分の不作為を隠すため。蓮司自身に話させるため。
「静乃さんの沈黙は、七年前の罪を隠していました」
白瀬さんは言った。
「ですが、今夜の殺人については、まだ直接の行動は見えていません」
「そうね」
静乃さんは静かに答えた。
「私は殺していないわ」
「その言葉は記録しています」
「ええ」
「ただし、蓮司さんの帰還を知っていた人物の一人です」
「そうね」
そこは重かった。
蓮司さんが戻ることを知っていた人間は、少なくない。
紗英さん。
篠原さん。
鷺沼。
静乃さん。
久世さんも、手紙の断片を見ていた。
蓮司さんの帰還は、秘密だったようでいて、館の中にいくつも漏れていた。
「最後に、篠原さん」
白瀬さんが言った。
篠原さんは、長椅子の上で静かに頷いた。
「あなたは、第五楽章の共作者である可能性が高いことを隠していました」
「はい」
「蓮司さんと十一時過ぎに会ったこと。十一時半頃、音楽室で蓮司さんと正体不明の人物を見たこと。宗一郎さんの時計が十一時十七分で止まっていること。時計ケースの鍵を持っていたこと。それらもです」
「はい」
僕は書く。
篠原の沈黙。
第五楽章の共作者であることを隠す。
蓮司と十一時過ぎに会った。
十一時半頃、音楽室で蓮司と正体不明の人物を見た。
その人物の声は玲司に似ていた。
蓮司はその時点で生きていた。
宗一郎の時計が十一時十七分で止まっていたことを知っていた。
時計ケースの鍵を持っていた。
本物の第五楽章を持ち出して燃やそうとした。
理由は、自分の名前が戻ることへの恐怖。雨宮家が壊れることへの恐怖。
「篠原さんの沈黙で重要なのは、二つです」
白瀬さんは言った。
「一つ、十一時半頃、蓮司さんはまだ生きていた」
「はい」
僕は頷く。
「二つ、蓮司さんと話していた人物がいた」
「玲司さんに似た声の人物」
「はい」
応接室の視線が、また玲司さんへ向かいかけた。
白瀬さんが、すぐに言葉を置く。
「ただし、似ていたことと本人であることは同じではありません」
玲司さんは、苦しそうに息を吐いた。
「僕ではありません」
「その言葉も記録しています」
白瀬さんは、僕のメモを確認しながら続けた。
「ここまでを、時系列で並べます」
僕は新しいページを開いた。
今夜の時系列。
そう書く。
「午後九時半頃。久世さんが音楽室へ入り、自動演奏ピアノに紙ロールが入っているのを見た。ただし、譜面台に第五楽章はなかった」
書く。
「午後十時頃。鷺沼さんが館内の戸締まりを確認」
書く。
「午後十時半過ぎ。蓮司さんが裏口から館へ入る。鷺沼さんが入れた」
書く。
「同じ頃、鷺沼さんが書斎の鍵箱を確認。先生の鍵束はまだあった」
書く。
「午後十時四十五分頃。久世さんが書斎付近にいた」
書く。
「午後十一時前。奏太さんが音楽室へ向かうのを鷺沼さんが目撃」
書く。
「午後十一時頃。奏太さんが音楽室へ入り、低いラを押し、金属音を聞く。ピアノ内部に金属の道具を見る。音楽室へ近づく足音を聞き、退室」
書く。
「午後十一時過ぎ。久世さんが書斎近くで先生の鍵束を拾ったと主張」
書く。
「午後十一時十五分頃。久世さんが書斎前で蓮司さんと会う。蓮司さんは生きていた。鍵束を久世さんから取り上げ、音楽室へ向かう」
書く。
「午後十一時少し過ぎから十一時半頃。篠原さんが蓮司さんと会い、その後、音楽室で蓮司さんと正体不明の人物を目撃」
書く。
「午後十一時半頃。低いラと金属音。篠原さんが音楽室を出る。この時点で蓮司さんは生きていた可能性が高い」
書く。
「同じ頃、静乃さんと鷺沼さんが、男の背中または足音を確認」
書く。
「その後、蓮司さんは殺害される」
そこで、ペンが止まった。
白瀬さんが頷く。
「そうです。問題は、そこです」
「十一時半以降」
「はい」
「零時頃の悲鳴は録音の可能性が高い」
「はい」
「つまり、蓮司さんの死亡時刻は、十一時半から発見時まで」
「正確には、篠原さんが音楽室を出た後から、発見時までです」
僕は書き加えた。
死亡時刻候補。
十一時半以降、発見時以前。
零時頃の悲鳴は死亡時刻の根拠にならない。
「そして、もう一つ」
白瀬さんは言った。
「正体不明の人物が、音楽室を出たとは限らない」
僕は頷いた。
「篠原さんは、その人物が扉の方へ動いたのを見ただけです」
「はい」
「実際に出たところは見ていない」
「はい」
「なら、その人物は音楽室内に残り、蓮司さんを殺した可能性がある」
「あります」
玲司さんが、低い声で言った。
「僕ではありません」
白瀬さんは彼を見る。
「では、あなたは十一時半頃、どこにいましたか」
「自室です」
「紗英さんは、あなたの姿を見ていません」
「それは」
「気配と音だけでした」
紗英さんが、うつむいた。
「はい」
「玲司さんのアリバイは、まだ完全ではありません」
「分かっています」
玲司さんは、苦しそうに言った。
「でも、僕は兄を殺していません」
「その言葉は、何度でも記録します」
白瀬さんは静かに返した。
「ただし、証明は別です」
応接室に沈黙が落ちる。
それは、もう逃げるための沈黙ではなかった。
全員が、次に何が問われるのかを分かっている沈黙だった。
「第五章では、それぞれの沈黙を外しました」
白瀬さんが言った。
僕はメモ帳を見た。
隠された手紙。
蓮司を入れた裏口。
鍵束の流れ。
十一時十五分の接触。
ピアノ内部の金属。
十一時頃の足音。
十一時十七分の電話。
十一時半の目撃。
時計ケースの鍵。
それぞれの沈黙は、別々の方向から一つの時間へ集まっている。
十一時半以降。
蓮司さんが殺された時間へ。
「次の章では、密室を解体します」
白瀬さんが言った。
「音楽室の密室を?」
「はい」
「低いラ、金属音、録音悲鳴」
「それらも」
「扉が開かなかった理由」
「はい」
「凶器がピアノ内部に戻された方法」
「はい」
「そして、誰が中に残れたのか」
白瀬さんは、静かに頷いた。
「そこまで見ます」
玲司さんが顔を上げる。
「それで、犯人が分かるんですか」
「近づきます」
「分かる、ではなく?」
「まだ、近づく段階です」
久世さんが、少し疲れた声で言った。
「慎重ですね」
「慎重でなければ、この事件は解けません」
白瀬さんは答えた。
「怪しい行動が多すぎます。誰か一人の嘘を見つけても、犯人には届きません」
「では、何を見れば届くんですか」
奏太さんが尋ねた。
白瀬さんは、音楽室の方角を見た。
「仕掛けです」
「仕掛け?」
「人の言葉は嘘をつきます。沈黙もします。でも、仕掛けは動いた通りの結果を残します」
僕は、閉じかけていたメモ帳をもう一度開いた。
仕掛けは、動いた通りの結果を残す。
低いラ。
金属音。
録音悲鳴。
時計塔の音響管。
凶器の位置。
扉。
鍵。
鎖。
それらは嘘をつかない。
ただ、僕たちが読み違えていただけだ。
「真柴さん」
白瀬さんが言った。
「はい」
「今必要なのは、誰が何を隠していたのかを一度並べ直すことです」
「沈黙の整理ですね」
「はい」
白瀬さんは、音楽室の方角を見た。
「そのうえで、次に見るべきものがあります」
「何ですか」
「人の言葉ではなく、部屋そのものです」
「音楽室を、もう一度?」
「ええ」
白瀬さんの声は静かだった。
「今度は、密室を解体します」
雨は、まだ止んでいない。
霧雨館は、相変わらず山中に閉ざされている。
けれど、もう最初のような霧ではなかった。
人々の沈黙は少しずつ剥がれ、残るのは音楽室そのものだった。
閉ざされた部屋。
ピアノの中の凶器。
止まった時計。
録音された悲鳴。
そして、十一時半以降にそこにいた誰か。
次に解くべきものは、人の口ではなく、部屋そのものだった。
【沈黙の整理】
ここまでで、霧雨館にいる人々が、それぞれ何を隠していたのかが明らかになった。
誰もが、すべてを語っていなかった。
けれど、その沈黙の理由は同じではない。
誰かを守るための沈黙。
自分を守るための沈黙。
過去の罪を隠すための沈黙。
信じていたものを壊さないための沈黙。
そして、今夜の殺人に近づきすぎる沈黙。
ここで、これまでに明らかになったことを整理する。
【紗英さんの沈黙】
・紗英さんは、蓮司さんから玲司さん宛てに届いた手紙を隠していた。
・その手紙は、紗英さん宛てではなく玲司さん宛てだった。
・手紙には、七年前の真相、第五楽章の本当の名前、玲司さんの出生に関わる秘密が書かれていた。
・蓮司さんは、玲司さんを責めていなかった。
・むしろ、「雨宮の名に縛られず、自分の名前で生きていい」と伝えようとしていた。
・紗英さんは、玲司さんが真実で傷つくことを恐れ、手紙を隠した。
・紗英さんの沈黙は、蓮司さんが今夜何をしようとしていたのかを見えにくくした。
・ただし、現時点では、紗英さんが蓮司さんを殺した証拠はない。
【鷺沼さんの沈黙】
・鷺沼さんは、七年前の十一時十七分の出来事を知っていた。
・宗一郎さんの懐中時計が十一時十七分で止まっていたことも知っていた。
・崖下に第五楽章の断片が残っていることを、七年前から知っていた。
・今夜、蓮司さんを裏口から館へ入れたのは鷺沼さんだった。
・蓮司さんは午後十時半過ぎに館へ入った。
・鷺沼さんは、午後十時半過ぎの時点で、先生の鍵束が書斎の鍵箱にあったことを確認している。
・その後、先生の鍵束は消えた。
・鷺沼さんは、十一時前に奏太さんが音楽室へ向かうところを見ていた。
・十一時半頃には、時計塔入口付近で男の背中を見ている。
・その人物は玲司さんに見えたが、蓮司さんの可能性もあると考えていた。
・鷺沼さんの沈黙は、事件の時系列と鍵束の流れを大きく曇らせた。
・ただし、鷺沼さん自身は、殺害、低いラの仕掛け、録音機の再生、鍵束の窃取、時計の移動を否認している。
【久世さんの隠し事】
・久世さんは、十一時十五分頃、書斎前で蓮司さんと会っていた。
・その時、蓮司さんは生きていた。
・怪我をしている様子もなかった。
・久世さんは、その時点で先生の鍵束を持っていた。
・蓮司さんは、その鍵束に気づき、久世さんから取り上げた。
・その後、蓮司さんは音楽室へ向かった。
・久世さんは、先生の鍵束を拾ったと主張している。
・久世さんは時計塔にも入っていた。
・時計塔の外部通路で黒い布を拾い、それを捨てようとした。
・黒い布については、篠原さんを連想し、彼女を庇おうとしたと説明している。
・久世さんの隠し事により、蓮司さんの十一時十五分時点での生存と、先生の鍵束の移動が見えにくくなっていた。
・ただし、久世さん自身は殺害を否認している。
【奏太さんの沈黙】
・奏太さんは、十一時頃に音楽室へ入っていた。
・グランドピアノの低いラを押した。
・その直後、金属音を聞いた。
・グランドピアノの蓋は、少し開いていた可能性がある。
・奏太さんは、ピアノ内部の低音側に金属の道具を見ていた。
・それは、後に凶器候補として見つかった調律道具だった可能性がある。
・奏太さんは、音楽室へ近づく足音を聞いた。
・その足音の人物と会わないように、音楽室を出た。
・奏太さんは、宗一郎さんへの信仰を守るため、見たものを話せなかった。
・宗一郎さんが第五楽章を奪った可能性を、奏太さんは受け入れたくなかった。
・奏太さんには、宗一郎さんへの信仰を壊したくないという動機があり得る。
・ただし、現時点では、奏太さんが蓮司さんを殺した証拠はない。
【静乃さんの沈黙】
・静乃さんは、七年前の十一時十七分を知っていた。
・宗一郎さんが十一時十七分の出来事を、十一時二十分に書き換えたことも知っていた。
・玲司さんが雨宮家の血を引いていないことも知っていた。
・数日前、蓮司さんから電話を受けていた。
・蓮司さんは、十一時十七分をもう一度見せると言っていた。
・静乃さんは、蓮司さんが今夜戻ることを知っていたが、玲司さんには伝えなかった。
・理由は、蓮司さん自身が真実を話すべきだと思ったから。
・しかし、結果として、玲司さんは蓮司さんから直接話を聞く機会を失った。
・静乃さんは、七年前の自分の不作為を隠すためにも沈黙していた。
・静乃さんは、殺害、仕掛け作動、録音機再生、時計移動、鍵束窃取、黒い布について否認している。
【篠原さんの沈黙】
・篠原さんは、第五楽章の共作者である可能性が高い。
・篠原さんは、自分の名前が第五楽章に戻ることを恐れていた。
・十一時少し過ぎ、篠原さんは蓮司さんと会っていた。
・蓮司さんは、第五楽章を本当の名前に返すつもりだった。
・十一時半頃、篠原さんは音楽室で蓮司さんを見た。
・その時点で、蓮司さんは生きていた。
・蓮司さんはグランドピアノの内部を見ていた。
・音楽室には、もう一人、正体不明の人物がいた。
・その人物の声は玲司さんに似ていた。
・蓮司さんは「玲司には話す」と言い、相手は「それだけはやめろ」と言った。
・その後、低いラと金属音が鳴った。
・篠原さんは音楽室を出た。
・篠原さんが出た時点では、蓮司さんに怪我や血は見えなかった。
・篠原さんは、宗一郎さんの十一時十七分の時計を探そうとしていた。
・時計ケースの鍵を持っていたが、襲撃者に奪われた。
・篠原さんは、本物の第五楽章を持ち出して燃やそうとしたことは認めている。
・ただし、殺害、凶器接触、仕掛け作動、録音機再生、時計移動は否認している。
【第五章で見えた時系列】
・午後九時半頃
久世さんが音楽室へ入る。
自動演奏ピアノに紙ロールが入っているのを見る。
譜面台に第五楽章はなかったと証言。
・午後十時頃
鷺沼さんが館内の戸締まりを確認。
・午後十時半過ぎ
蓮司さんが裏口から館へ入る。
鷺沼さんが蓮司さんを入れた。
・午後十時半過ぎ
鷺沼さんが書斎の鍵箱を確認。
この時点では、先生の鍵束はまだあった。
・午後十時四十五分頃
久世さんが書斎付近にいた。
・午後十一時前
奏太さんが音楽室へ向かうのを、鷺沼さんが見ていた。
・午後十一時頃
奏太さんが音楽室へ入る。
低いラを押し、金属音を聞く。
ピアノ内部に金属の道具を見る。
音楽室へ近づく足音を聞き、誰とも会わないように退室。
・午後十一時過ぎ
久世さんが書斎近くで先生の鍵束を拾ったと主張。
・午後十一時十五分頃
久世さんが書斎前で蓮司さんと会う。
蓮司さんは生きており、怪我は見えなかった。
蓮司さんは先生の鍵束を久世さんから取り上げ、音楽室へ向かう。
・午後十一時少し過ぎから十一時半頃
篠原さんが蓮司さんと会う。
蓮司さんは第五楽章を本当の名前に返すと話していた。
・午後十一時半頃
篠原さんが音楽室で蓮司さんと正体不明の人物を目撃。
正体不明の人物の声は玲司さんに似ていた。
蓮司さんは生きていた。
その後、低いラと金属音が鳴る。
篠原さんは音楽室を出る。
・午後十一時半頃
静乃さんと鷺沼さんも、男の背中または足音を確認。
玲司さんか蓮司さんに見えたが、断定はできない。
・午後十一時半以降
蓮司さんが殺害された可能性が高い。
・零時頃
真柴が低いラ、金属音、短い悲鳴を聞く。
ただし、悲鳴は七年前の録音だった可能性が高く、死亡時刻の証拠にはならない。
【取得した証拠品】
◆ 蓮司から玲司への手紙
蓮司さんが玲司さんに宛てた手紙。
七年前の真相、第五楽章の本当の名前、玲司さんの出生の秘密が書かれていた。
蓮司さんは玲司さんを責めておらず、真実を伝えようとしていた。
◆ 裏口からの入館証言
鷺沼さんの証言。
蓮司さんは午後十時半過ぎ、裏口から館に入った。
外部から突然現れたのではなく、鷺沼さんにより館内へ入れられていた。
◆ 鍵束の時系列
先生の鍵束は、午後十時半過ぎには書斎の鍵箱にあった。
その後、消失した。
久世さんは十一時過ぎに拾ったと主張。
十一時十五分頃には蓮司さんが久世さんから取り上げたという。
◆ 久世の十一時十五分証言
久世さんは十一時十五分頃、書斎前で蓮司さんと会った。
蓮司さんは生きていて、怪我はなかった。
この証言により、蓮司さんの死亡時刻はさらに後へずれる。
◆ 奏太が見た金属
奏太さんは十一時頃、音楽室でグランドピアノ内部の金属の道具を見ていた。
凶器候補の調律道具だった可能性がある。
その時点では、道具はまだピアノ内部にあった可能性が高い。
◆ 奏太が聞いた足音
奏太さんは十一時頃、音楽室へ近づく足音を聞いた。
その人物と会わないように音楽室を出た。
その足音の主は、蓮司さん、または蓮司さんを待つ人物だった可能性がある。
◆ 静乃への電話
数日前、蓮司さんは静乃さんに電話をしていた。
蓮司さんは「十一時十七分をもう一度見せる」と伝えていた。
静乃さんは蓮司さんの帰還を知っていた。
◆ 篠原の十一時半証言
篠原さんは十一時半頃、音楽室で蓮司さんを見た。
蓮司さんは生きていた。
音楽室には、玲司さんに似た声の人物もいた。
この証言により、十一時半頃までは蓮司さんが生きていた可能性が高くなった。
◆ 時計ケースの鍵
篠原さんが持っていた、音楽室の懐中時計ケースの鍵。
篠原さんは、襲撃された時にこの鍵を奪われたと証言。
ただし、時計ケースは後に割られており、鍵が使われたのかは不明。
【まだ分からないこと】
・蓮司さんを実際に刺した人物は誰なのか。
・蓮司さんの正確な死亡時刻はいつなのか。
・十一時半頃、音楽室にいた正体不明の人物は誰なのか。
・その人物は、本当に玲司さんだったのか。
・玲司さんに似た声は、本人のものだったのか、誤認だったのか。
・静乃さんと鷺沼さんが見た男の背中は、篠原さんが見た人物と同一人物なのか。
・十一時頃、奏太さんが聞いた足音の主は誰だったのか。
・先生の鍵束は、誰が書斎から持ち出したのか。
・久世さんは本当に鍵束を拾っただけなのか。
・蓮司さんが鍵束を持って音楽室へ向かった後、鍵束はどうして時計塔で見つかったのか。
・凶器候補の調律道具は、いつピアノ内部から取り出されたのか。
・凶器は、使用後どのようにピアノ内部へ戻されたのか。
・低いラ、金属音、録音された悲鳴を最後に作動させた人物は誰なのか。
・音楽室の扉は、なぜ発見時に開かなかったのか。
・本当に密室だったのか。
・音楽室にいた人物は、本当に外へ出たのか。
・正体不明の人物が音楽室内に残った可能性はあるのか。
・紗英さんのアリバイ証言は、玲司さんを守るためにどこまで曖昧になっているのか。
・蓮司さんを殺した人物と、事件を演出した人物は同じなのか。
・七年前の真相を戻そうとした人物と、今夜の殺人犯は同じなのか。
【白瀬さんの一言】
「沈黙には、理由があります。でも、理由があるから正しいとは限りません」
「誰かを守る沈黙が、別の誰かを殺すこともあります」
「今夜の殺人に近いのは、十一時半以降です」
「零時の悲鳴は、死亡時刻ではありません」
「次に見るべきは、人の言葉ではなく、音楽室そのものです」
「密室は、閉ざされた部屋ではなく、閉ざされた思い込みかもしれません」




