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霧雨館の第五楽章  作者: うよし
第四章 鍵盤が覚えている

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第11話 紗英の沈黙

 紗英さんは、何も言わなかった。


 応接室の視線が、静かに彼女へ集まっている。


 崖下から回収された譜面の断片。


 そこに残っていた二つの名前。


 雨宮蓮司。


 篠原千鶴。


 七年前に消されたはずの名前が、雨と霧の中から戻ってきた。


 その直後に、白瀬さんは紗英さんへ問いかけた。


 一週間前に届いた蓮司さんからの手紙。


 本当に捨てたのか、と。


 紗英さんは答えない。


 けれど、その沈黙は、すでに答えの一部だった。


「紗英」


 玲司さんが、かすれた声で呼んだ。


「どういうことだ」


 紗英さんは、玲司さんを見なかった。


 両手を胸元で握りしめ、床の一点を見つめている。


 その指先は白くなっていた。


「手紙は、捨てていませんね」


 白瀬さんが言った。


 紗英さんの肩が、小さく震えた。


「……はい」


 ようやく出た声は、雨に濡れた紙のように弱かった。


「持っていますか」


「はい」


「今も?」


「部屋に」


 玲司さんが一歩近づいた。


「なぜ隠した」


「ごめんなさい」


「謝ってほしいんじゃない」


 玲司さんの声が震えた。


「なぜ、隠したんだ」


 紗英さんは、ゆっくりと顔を上げた。


 目には涙が浮かんでいる。


「あなたを、止めたかったから」


「僕を?」


「蓮司さんは、手紙に書いていました。霧雨館へ戻る。第五楽章を返す。玲司に、すべてを話す、と」


 玲司さんの表情が固まった。


「兄さんが、僕に」


「そうです」


「じゃあ、兄さんは僕に会うつもりだった」


「はい」


「なぜ言わなかった」


「言ったら、あなたは蓮司さんを探したでしょう」


「当たり前だ」


「そして、七年前のことを聞いて、壊れてしまうと思った」


 玲司さんは、信じられないものを見るように紗英さんを見た。


「また、それか」


「玲司さん」


「皆、僕が壊れると言う。だから黙る。だから隠す。だから、何も知らせない」


「違う」


「違わない!」


 玲司さんの声が、応接室に響いた。


 篠原さんが長椅子の上で目を閉じる。


 静乃さんは、何も言わずに暖炉の火を見ていた。


 鷺沼は扉のそばに立ち、黒い手袋の手を前で揃えている。


 久世さんは黙っていた。


 珍しく、何も言わなかった。


 白瀬さんは、二人の感情が少し落ち着くのを待ってから言った。


「紗英さん。手紙の内容を、できる限り正確に教えてください」


 紗英さんは、涙を拭わずに頷いた。


「蓮司さんは、七年前の嘘を終わらせると書いていました」


「嘘」


「第五楽章を盗んだのではない。宗一郎先生が、自分の名前で残そうとした。自分はそれを止めようとしただけだ、と」


「篠原さんの名前については?」


「書いてありました」


 篠原さんの指が、わずかに動いた。


「千鶴さんの名前も戻す、と」


 応接室に、重い沈黙が落ちる。


 篠原さんは目を開けなかった。


 それでも、その言葉が彼女に届いていることは分かった。


「それで、あなたは怖くなった」


 白瀬さんが言った。


「はい」


「玲司さんが真実を知ることが?」


「それもあります。でも、それだけではありません」


「他に何が?」


 紗英さんは、少しだけ躊躇した。


 その沈黙を、僕は見逃さなかった。


 いや、今なら誰もが気づいたと思う。


 彼女はまだ、一番重要なことを言っていない。


「紗英さん」


 白瀬さんの声は静かだった。


「ここで隠すと、今夜の事件がまた歪みます」


 紗英さんは、震える息を吐いた。


「手紙には、もう一つ書いてありました」


「何ですか」


「玲司さんは、雨宮家の相続人ではないかもしれない、と」


 その瞬間、応接室の空気が凍った。


 玲司さんは、言葉を失っていた。


 僕も、ペンを握ったまま動けなかった。


「どういう意味ですか」


 白瀬さんだけが、すぐに聞いた。


 紗英さんは首を振った。


「分かりません。手紙には、それ以上は書いてありませんでした。ただ、蓮司さんは『宗一郎が最後に隠した嘘は、曲ではなく血だ』と」


「血」


 僕は思わず呟いた。


 血縁。


 相続。


 雨宮家。


 第五楽章。


 今まで音と時計と名前を追っていた事件が、突然、血の問題に変わっていく。


 玲司さんの顔は、真っ白だった。


「僕が、相続人ではない?」


「分かりません」


 紗英さんは泣きそうな声で言った。


「私も分からなかった。でも、あなたに見せるのが怖かった」


「だから、隠した」


「はい」


「兄さんが僕に会おうとしていたことも、隠した」


「はい」


「兄さんが死ぬかもしれないとは、思わなかったのか」


 紗英さんの顔が歪んだ。


「思わなかった」


「本当に?」


「本当に」


「蓮司さんが館に戻ると知っていて、それでも?」


「玲司さんを守ることしか、考えられなかった」


 その言葉は、あまりにも弱く、あまりにも正直だった。


 紗英さんは殺人犯には見えない。


 少なくとも、僕にはそう見えた。


 けれど、それは僕の感情だ。


 彼女は情報を隠した。


 蓮司さんが戻ること。


 玲司さんに会おうとしていたこと。


 雨宮家の血に関わる疑い。


 それらを隠した結果、蓮司さんは誰にも守られずに館へ入り、死んだ。


「紗英さん」


 白瀬さんが続けた。


「あなたは、その手紙を誰かに見せましたか」


「見せていません」


「誰かに話しましたか」


「……いいえ」


「本当に?」


 紗英さんは、一瞬だけ目を伏せた。


 白瀬さんはそれを見逃さなかった。


「誰に話しましたか」


「話したわけではありません」


「では?」


「久世さんに、少しだけ聞かれました」


 久世さんが顔を上げた。


 玲司さんが振り向く。


「久世さん」


「立ち聞きではありません」


 久世さんは、ゆっくりと両手を上げるようにした。


「廊下で偶然、紗英さんが手紙を読んでいるところに出くわしただけです」


「内容を見たのですか」


 白瀬さんが尋ねる。


「全部ではありません」


「何を見ましたか」


「蓮司という名前。第五楽章。そして、相続人ではないかもしれない、という一文」


 玲司さんの顔が強張った。


「あなたは、それを知っていた」


「断片だけです」


「それで第五楽章の価値が上がると思ったんですか」


 玲司さんの声には、怒りが滲んでいた。


 久世さんは、一瞬だけ目を伏せた。


「正直に言えば、思いました」


「最低だ」


「否定しません」


 久世さんは静かに答えた。


「しかし、その情報だけで蓮司さんを殺す理由にはなりません」


「自分で言うことですか」


「言うべきことです」


 白瀬さんが間に入った。


「久世さん。あなたはその断片を見て、何をしましたか」


「七年前の雨宮家の相続記録を思い出しました」


「調べていたのですか」


「ええ。美術品を扱う者は、来歴を調べます。作品の所有権と相続関係は、価値に直結しますから」


「玲司さんが相続人ではない可能性について、何か心当たりが?」


「噂なら」


「何の噂ですか」


 久世さんは、言葉を選ぶように間を置いた。


「雨宮宗一郎には、公式に認めていない子がいた、という噂です」


 応接室が、また静まり返った。


 玲司さんが低く言った。


「それは、誰のことですか」


「分かりません」


「僕ですか」


「分かりません」


「兄ですか」


「それも分かりません」


「そんな曖昧なことを」


「だから噂です」


 久世さんは答えた。


「ただ、蓮司さんが手紙に『血』と書いたなら、彼は何かを知っていたのでしょう」


 白瀬さんは、静乃さんへ視線を向けた。


「静乃さん」


「ええ」


「あなたは、この噂を知っていましたか」


 静乃さんは、しばらく暖炉の火を見ていた。


 やがて、ゆっくりと口を開く。


「噂ではないわ」


 玲司さんが息を呑む。


「叔母様」


「宗一郎さんには、血のつながらない子を、雨宮の名で育てた過去がある」


「それは」


 玲司さんの声は震えていた。


「僕ですか」


 静乃さんは、すぐには答えなかった。


 その沈黙だけで、玲司さんの顔から血の気が引いていく。


「違うと言ってください」


 玲司さんが言った。


 静乃さんは目を閉じた。


「玲司。あなたは、雨宮家の血を引いていない」


 その言葉は、誰の悲鳴よりも静かだった。


 けれど、応接室のすべてを壊すには十分だった。


 玲司さんは、まるで殴られたように一歩後ろへ下がった。


 紗英さんが支えようとする。


 だが、玲司さんはその手を避けた。


「知っていたのか」


「私は」


「知っていたのか!」


 紗英さんは、泣きながら首を振った。


「手紙で初めて」


「なら、なぜ言わなかった」


「言えなかった」


「まただ」


 玲司さんは、笑った。


 ひどく乾いた笑いだった。


「また、言えなかった」


 僕はメモ帳を持ったまま、何も書けなかった。


 これは事件の情報だ。


 重要な手がかりだ。


 相続条件。


 雨宮家の血。


 蓮司さんが戻った理由。


 玲司さんの立場。


 すべてに関わる。


 でも、その場で玲司さんの崩れていく顔を見ていると、ペンを動かすことができなかった。


「真柴さん」


 白瀬さんが、小さく言った。


「書いてください」


 僕は息を吸った。


 そして、書いた。


 紗英の手紙。


 蓮司は玲司に真実を話すつもりだった。


 宗一郎が最後に隠した嘘は、曲ではなく血。


 玲司は雨宮家の血を引いていない可能性。


 静乃が認める。


 玲司は雨宮家の血を引いていない。


 書きながら、胸が痛んだ。


「では」


 白瀬さんは静乃さんへ向き直った。


「玲司さんは、誰の子なのですか」


 静乃さんは、少しだけ顔を上げた。


「それを言うには、宗一郎さんが何をしたかを話さなければならないわ」


「話してください」


「今?」


「今です」


 静乃さんは、静かに息を吐いた。


「玲司は、蓮司の子ではないわ」


「それは当然でしょう」


 久世さんが言いかけて、すぐに黙った。


 白瀬さんは、静乃さんの言い方に引っかかったようだった。


「では、誰の子ですか」


「雨宮家に引き取られた子よ」


「血縁は?」


「ない」


「なぜ宗一郎さんは、玲司さんを雨宮家の相続人として育てたのですか」


「蓮司への罰よ」


 玲司さんが顔を上げた。


「僕が、兄さんへの罰?」


「宗一郎さんは、蓮司が出て行った後、あなたを後継者にした」


「なぜ」


「蓮司に見せつけるためよ」


 静乃さんの声は冷たかった。


「お前がいなくても雨宮は続く。お前の名前などなくても、家は残る。そう示すために」


 玲司さんは、完全に言葉を失った。


 紗英さんが泣きながら、口元を押さえている。


 篠原さんは長椅子の上で目を閉じたまま、深く眉を寄せていた。


 鷺沼は、静かに頭を下げた。


「申し訳ございません」


 玲司さんが、ゆっくりと鷺沼を見る。


「あなたも知っていたんですね」


「はい」


「いつから」


「玲司様がこの館に来られた時から」


「僕だけが知らなかった」


 誰も答えない。


 その沈黙が、答えだった。


「蓮司さんは、それを今夜話すつもりだった」


 白瀬さんが言った。


「はい」


 静乃さんは頷いた。


「だから、誰かにとって困ることだった」


「ええ」


「玲司さんが血縁上の相続人ではないと分かれば、相続条件は揺らぐ」


「そうね」


「ただし、遺言には第五楽章を見つけた者に真の相続権を認めるとある」


「だから宗一郎さんは、最後まで人を競わせるのよ」


 白瀬さんは少し考えた。


「この情報で、動機が変わります」


「誰の動機ですか」


 僕が尋ねる。


「全員です」


 全員。


 その言葉に、応接室の誰もが固まった。


「玲司さんは、自分の立場が崩れる可能性があった」


 白瀬さんは言った。


「紗英さんは、それを隠して玲司さんを守ろうとした」


「久世さんは、相続と作品価値の変動を知った」


「篠原さんは、第五楽章の名前が戻ることを恐れた」


「鷺沼さんと静乃さんは、七年前と玲司さんの出生の秘密を知っていた」


「奏太さんは、第五楽章の真の作者が宗一郎でない可能性を知れば、師への信仰が崩れる」


 奏太さんが、びくりと肩を震わせた。


 彼はずっと黙っていた。


 だが、その沈黙もまた、無関係ではない。


「つまり」


 僕は言った。


「蓮司さんが生きて皆に話せば、この館の全員の秘密が壊れた」


「はい」


 白瀬さんは頷いた。


「蓮司さんは、今夜、真実を返しに来た」


「第五楽章を本当の名前に」


「玲司さんに本当の血を」


「宗一郎の嘘を、七年前の時刻に」


「はい」


 白瀬さんは言った。


「だから、殺された」


 その一言で、部屋の温度が下がったように感じた。


 今夜の殺人の輪郭が、初めてはっきり見えた気がした。


 蓮司さんは、誰かの秘密を一つ暴くために来たのではない。


 すべてを戻すために来た。


 名前。


 曲。


 時刻。


 血。


 そして、そのすべてが戻ることを恐れた誰かがいる。


「白瀬さん」


 玲司さんが、低い声で言った。


「僕にも、動機があることになりますね」


「はい」


 白瀬さんは、ためらわずに答えた。


「でも、僕は兄を殺していません」


「その言葉も記録します」


「それだけですか」


「今は」


 玲司さんは、苦しそうに笑った。


「公平ですね」


「ええ」


「残酷なくらいに」


「事件では、必要です」


 僕はメモ帳を見た。


 玲司さんにも動機。


 紗英さんにも隠蔽。


 久世さんにも利益。


 篠原さんにも恐怖。


 鷺沼さんにも七年前の罪。


 静乃さんにも沈黙。


 奏太さんにも宗一郎への執着。


 全員に、何かがある。


 けれど、それは全員が犯人という意味ではない。


 全員が、事件の音を少しずつ歪めているということだ。


 白瀬さんは、静かに言った。


「ここまでで、隠れていた動機は出揃いました」


 僕は顔を上げた。


「まだ犯人は分かっていません」


「ですが、今夜の殺人に戻る準備は整いました」


 白瀬さんは、応接室の全員を見渡した。


「七年前の嘘。第五楽章の名前。十一時十七分。玲司さんの血。紗英さんの手紙」


「次は」


 僕は尋ねた。


「まだ黙っている人たちです」


 その言葉に、僕はメモ帳の新しいページを開いた。


 見出しに、ゆっくりと書く。


 沈黙する者たち。


 雨はまだ降っている。


 時計塔は止まったまま。


 音楽室には蓮司さんの遺体が残されている。


 けれど、館の中で止まっていたはずの真実だけは、もう止められなかった。


 誰かが沈黙を守ろうとしても。


 誰かが名前を消そうとしても。


 誰かが時計を戻そうとしても。


 鍵盤は、覚えている。


 そして、その音はもう、鳴ってしまったのだ。

【真柴の推理メモ】


 ここまでで、音楽室と時計塔に残された「音の仕掛け」と「七年前の真相」が大きく動いた。


・グランドピアノ内部から、細い調律道具が見つかった。

・その調律道具には、血のような赤褐色のものが付着していた。

・蓮司さんの胸を刺した凶器である可能性が高まった。

・凶器は事件現場の外へ消えたのではなく、音楽室内のピアノ内部に隠されていた。

・その調律道具は、蓮司さんが七年前から使っていたものかもしれない。

・今夜の犯人は、その道具がピアノ内部にあったことを知っていた人物、または今夜蓮司さんからその場所を聞いた人物である可能性がある。


・自動演奏ピアノの底板に隠されていた録音機が再生された。

・録音機には、七年前の宗一郎、蓮司さん、篠原さんの会話らしき音声が残っていた。

・宗一郎は、第五楽章を返すよう蓮司さんに迫っていた。

・蓮司さんは「これは僕の曲だ」と反論していた。

・蓮司さんは、篠原さんの名前も消すつもりか、と宗一郎に問い詰めていた。

・最後に金属音と短い悲鳴が録音されていた。

・その悲鳴は、真柴が零時頃に聞いた悲鳴とよく似ていた。

・そのため、零時頃の悲鳴は、今夜の蓮司さんの悲鳴ではなく、七年前の録音だった可能性が高い。

・したがって、零時頃の悲鳴は、蓮司さんの死亡時刻の証拠にはならない。


・割れた懐中時計には鎖がなかった。

・音楽室の時計ケースにあった宗一郎の懐中時計も、事件中に何者かによって持ち去られた。

・時計塔では、懐中時計の鎖の一部と思われる金属片が見つかった。

・音響管の根元にも金属輪があり、鎖を使って金属音を鳴らす仕掛けがあった可能性がある。

・真柴が聞いた「低いラの後の金属音」は、音楽室ではなく時計塔で鳴り、音響管を通って届いた可能性がある。


・時計塔には、ピアノではない低いラを鳴らす装置があった。

・金属板、小さなハンマー、黒い糸、重りによって、低いラに似た音を鳴らせる仕組みだった。

・低いラは、音楽室のグランドピアノだけで鳴っていたわけではなかった。

・同じ低いラに聞こえても、音楽室、時計塔、録音、手動演奏など、複数の発生源がある可能性がある。

・七年前から、低いラは宗一郎が蓮司さんを呼ぶ合図として使われていた可能性がある。

・今夜の犯人、または事件を演出した人物は、その合図を利用した可能性がある。


・時計塔で、宗一郎のものと思われる懐中時計が見つかった。

・その時計は、十一時二十分ではなく、十一時十七分で止まっていた。

・七年前、本当に何かが始まった時刻は、十一時二十分ではなく十一時十七分だった可能性が高い。

・七年前、音楽室で宗一郎と蓮司さんが揉み合いになり、宗一郎の懐中時計が落ちて十一時十七分で止まった。

・その後、宗一郎は時計塔を十一時二十分で止めた。

・十一時二十分は、真実の時刻ではなく、宗一郎が見せたかった時刻だった。

・これにより、七年前の出来事は「十一時二十分の事件」として館に残された。


・七年前、蓮司さんは第五楽章を盗んで逃げたのではなかった。

・宗一郎によって追い出された可能性が高い。

・蓮司さんは、第五楽章を奪われないように守ろうとしていた。

・第五楽章は、宗一郎一人の曲ではなく、蓮司さんと篠原さんの共作だった可能性が高い。

・時計塔から見つかった本物の第五楽章では、篠原さんの名前が消されていた。

・崖下から回収された譜面の断片には、雨宮蓮司と篠原千鶴の名前が消されずに残っていた。

・これにより、第五楽章が本来、蓮司さんと篠原さんの名前で残されるべき曲だった可能性が強まった。


・鷺沼さんは、七年前から崖下に譜面の断片が残っていることを知っていた。

・しかし宗一郎の命令により、回収しなかった。

・鷺沼さんは今夜、蓮司さんを裏口から館に入れていた。

・蓮司さんは、第五楽章を本当の名前に返すために霧雨館へ戻ってきた。

・蓮司さんは、玲司さんにも真実を話すつもりだった。


・紗英さんは、一週間前に蓮司さんからの手紙を受け取っていた。

・その手紙は本当は玲司さん宛てだった。

・紗英さんは手紙を捨てたと言っていたが、実際には隠していた。

・手紙には、七年前の真相、第五楽章の本当の名前、玲司さんの出生に関わる秘密が書かれていた。

・蓮司さんは、玲司さんを責めていなかった。

・むしろ、玲司さんに「雨宮の名に縛られず、自分の名前で生きていい」と伝えようとしていた。

・静乃さんの証言により、玲司さんは雨宮家の血を引いていないことが明らかになった。

・宗一郎は、蓮司さんへの罰、または代用品として玲司さんを後継者に置いた可能性がある。


・七年前の嘘は、かなり崩れた。

・しかし、今夜の蓮司さん殺害犯はまだ確定していない。

・七年前の真相を暴こうとした人物と、今夜蓮司さんを殺した人物が同じとは限らない。

・殺した人物、音を仕掛けた人物、証拠を隠した人物、真実を戻そうとした人物は分けて考える必要がある。



【取得した証拠品】


◆ 真の凶器候補


グランドピアノ内部の低音側、低いラの近くに隠されていた細い調律道具。

柄には赤褐色の付着物がある。

蓮司さんの胸を刺した凶器である可能性が高まった。

七年前からピアノ内部に残されていた、蓮司さんの調律道具かもしれない。



◆ 録音された悲鳴


自動演奏ピアノの底板に隠されていた録音機から再生された音。

宗一郎、蓮司さん、篠原さんの七年前の会話らしき音声が記録されていた。

最後に金属音と短い悲鳴が入っており、真柴が零時頃に聞いた悲鳴とよく似ていた。



◆ 録音機


自動演奏ピアノの底板に隠されていた古い録音機。

宗一郎が使っていたものと同型の可能性がある。

黒い糸によって、仕掛けで再生された可能性がある。



◆ 黒い糸


音楽室の低いラ、録音機、時計塔の低いラ装置などに使われていた細い黒い糸。

音や機械を時間差で動かす仕掛けに使われた可能性が高い。



◆ 消えた鎖


蓮司さんの手にあった割れた懐中時計には、本来あるはずの鎖がなかった。

時計塔と音楽室の時計ケース付近で、鎖の一部と思われる金属片が見つかった。

低いラの後に聞こえた金属音と関係している可能性がある。



◆ 時計塔の低いラ装置


時計塔の機械室にあった、金属板と小さなハンマーを使った装置。

重りと糸によって、低いラに似た音を鳴らすことができる。

音楽室のピアノとは別に、低いラを鳴らせる仕掛けだった。



◆ 音響管


時計塔と音楽室方面をつなぐ可能性のある金属管。

時計塔で鳴った金属音や低いラが、音楽室の方から聞こえたように錯覚させた可能性がある。



◆ 宗一郎の懐中時計


時計塔で見つかった、宗一郎のものと思われる銀の懐中時計。

十一時二十分ではなく、十一時十七分で止まっていた。

七年前の本当の時刻を示す重要な証拠。



◆ 十一時十七分


宗一郎の懐中時計が示していた時刻。

七年前、本当に何かが始まった時刻である可能性が高い。

宗一郎はその後、時計塔を十一時二十分で止め、出来事の時刻を書き換えた可能性がある。



◆ 崖下の譜面


時計塔外壁下の崖側に、七年前から残っていた油紙包み。

中には第五楽章の断片があり、雨宮蓮司と篠原千鶴の名前が消されずに残っていた。

第五楽章が二人の名前で残されるべき曲だったことを示す証拠。



◆ 消されていない名前


崖下の譜面に残っていた、雨宮蓮司と篠原千鶴の名前。

時計塔で見つかった本物の第五楽章では篠原さんの名前が消されていたが、この断片では消されていなかった。



◆ 紗英が隠していた手紙


蓮司さんから玲司さん宛てに送られていた手紙。

紗英さんは捨てたと言っていたが、実際には隠していた。

七年前の真相、第五楽章の名前、玲司さんの出生に関わる秘密が書かれていた。



◆ 玲司の出生の秘密


静乃さんの証言により、玲司さんは雨宮家の血を引いていないことが明らかになった。

宗一郎は、蓮司さんへの罰、または代用品として玲司さんを後継者に置いた可能性がある。



【まだ分からないこと】


・蓮司さんを実際に刺した人物は誰なのか。

・蓮司さんの正確な死亡時刻はいつなのか。

・十一時半頃、音楽室で蓮司さんと話していた背中の人物は誰なのか。

・静乃さんが見た男の背中と、篠原さんが見た人物は同一人物なのか。

・玲司さんのアリバイはどこまで信用できるのか。

・紗英さんの証言は、玲司さんを守るためにどこまで歪んでいるのか。

・久世さんは黒い布を本当に篠原さんを庇うために捨てようとしたのか。

・黒い布は誰のものなのか。

・時計塔の外部通路にいた人影は久世さんだけだったのか。

・鷺沼さんは、蓮司さんを館に入れた後、どこまで行動を把握していたのか。

・鷺沼さんはまだ何か隠していないか。

・篠原さんは十一時半頃、音楽室で本当は何を見たのか。

・凶器の調律道具をピアノ内部から取り出せた人物は誰か。

・凶器を使った後、どうやってピアノ内部へ戻したのか。

・低いラ、金属音、録音悲鳴の仕掛けを誰が最終的に作動させたのか。

・今夜の事件を演奏した人物と、蓮司さんを殺した人物は同じなのか。

・七年前の真相を暴こうとした人物と、殺人犯は同じなのか。

・玲司さんの出生の秘密は、今夜の殺人の直接の動機になったのか。

・蓮司さんが「宗一郎の最後に隠した嘘は、曲ではなく血」と書いた本当の意味は何か。

・雨宮家の相続権は、今後どうなるのか。

・第五楽章は最終的に誰の名前で残されるべきなのか。



【白瀬さんの一言】


「悲鳴は、死亡時刻を示していません」


「十一時二十分は、宗一郎さんが見せたかった時刻です。本当に始まったのは、十一時十七分です」


「蓮司さんは第五楽章を盗んだのではありません。奪われないように守ろうとしていました」


「名前、時刻、血。宗一郎さんは、その三つを書き換えました」


「ここから先は、七年前の罪ではなく、今夜の殺人を見ます」


「沈黙は、誰かを守ることがあります。でも同時に、犯人を守ることもあります」

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