第6話 蓮司への手紙
封筒は、応接室の床に落ちていた。
暖炉の前。
銀の盆を持った美和さんの足元。
まるで、誰かがそこに置いたのではなく、部屋そのものが吐き出したもののように見えた。
蓮司へ。
古い万年筆の字で、そう書かれている。
玲司さんは、その文字を見たまま動かなかった。
「兄さん宛て……?」
彼の声は、どこか遠くから聞こえるようだった。
紗英さんが、すぐに玲司さんの腕を掴んだ。
「玲司さん、触らないで」
「分かっている」
そう答えた玲司さんの指は、封筒へ伸びかけていた。
白瀬さんは床に膝をついた。
ただし、封筒には触れない。
文字の向き、紙の古さ、封の状態を目で確認している。
「美和さん」
「は、はい」
「この封筒は、どこから出てきましたか」
「分かりません」
美和さんは青ざめた顔で首を振った。
「暖炉の前を片づけようとして、銀の盆を持ったら、床に落ちていて……」
「落ちる音はしましたか」
「いいえ。気づいたら足元に」
「あなたが来た時、封筒は見えていましたか」
「見えていなかったと思います。すみません、私、ちゃんと見ていなくて」
「謝る必要はありません」
白瀬さんは静かに言った。
「分からないことを、分かったように言わない方が助かります」
美和さんは小さく頷いた。
僕はメモ帳を開いた。
応接室に、蓮司宛ての封筒。
誰が置いたか不明。
発見者は美和さん。
そこまで書いて、ペンが止まった。
床に落ちていた。
そう書くべきなのか。
気づいたら足元にあった。
そう書くべきなのか。
同じようで、少し違う気がした。
僕は迷った末に、こう書いた。
美和さんの足元で発見。いつからあったかは不明。
白瀬さんは、玲司さんを見た。
「この筆跡に心当たりはありますか」
「……伯父の字に似ています」
玲司さんは答えた。
「雨宮宗一郎さんの?」
「はい。少なくとも、そう見えます」
「断定はできますか」
玲司さんは少しだけ黙った。
「似ています。でも、今の状態で断定したくありません」
「分かりました」
白瀬さんは頷いた。
玲司さんは苦しそうに顔を歪めた。
「兄宛ての手紙が、殺人の後に出てきたんですよ」
「だからこそ、断定しない方がいい」
白瀬さんの声は、いつも通り静かだった。
「この館では、見つかったものほど疑う必要があります」
久世さんが、ソファの背にもたれながら言った。
「まるで展示会ですね」
「展示会?」
「ええ。日記、紙ロール、第五楽章、割れた懐中時計、そして手紙。誰かが順番に見せたいものを並べている」
「久世さん」
玲司さんの声が低くなる。
「不謹慎な言い方はやめてください」
「失礼。ただ、商売柄、配置されたものには敏感でして」
「配置されたもの」
白瀬さんが、その言葉を拾った。
「そうですね。この封筒は、偶然出てきたというより、見つかる場所に置かれていたようにも見えます」
「見つかる場所?」
僕は聞き返した。
「応接室です。全員が戻ってくる可能性が高い。美和さんのような使用人が片づけに来る可能性もある。誰か一人だけに見せるのではなく、全員に見せるには都合がいい」
「つまり、誰かが全員に読ませようとしている?」
「可能性はあります」
白瀬さんはそう言って、鷺沼を見た。
「封筒を開ける前に、確認します。応接室には、誰が残っていましたか」
鷺沼は少し考えてから答えた。
「白瀬様方が書斎へ向かわれた後、応接室には久世様、奏太様、静乃様、美和が残っておりました。私は途中で書斎の方へ参りました」
「玲司さんと紗英さんは?」
「途中から書斎へ」
僕が答えた。
「篠原さんは?」
「自室へ戻ったはずです。ただ、その後、書斎の廊下に現れました」
白瀬さんは頷いた。
「つまり、封筒を置く機会があった人物は、一人に絞れません」
「またそれですか」
玲司さんが言った。
「一人に絞れない、分からない、断定できない。そんなことばかりだ」
「それが今の事実です」
白瀬さんは言った。
「無理に一人へ絞ると、犯人に都合のいい物語になります」
物語。
その言葉に、久世さんがわずかに笑った。
だが、今度は何も言わなかった。
「開けましょう」
静乃さんが言った。
全員が彼女を見た。
老婦人は椅子に座ったまま、杖に両手を重ねている。
「蓮司宛てなのでしょう。蓮司はもう読めない。なら、生きている者が読むしかないわ」
「叔母様」
「それとも、死んだ者への手紙は、死んだ者と一緒に閉じ込めておく?」
玲司さんは答えられなかった。
白瀬さんは、手袋をつけたまま封筒を持ち上げた。
封は切られていない。
だが、糊は古く、ほとんど剥がれかけていた。
「開けます」
誰も止めなかった。
白瀬さんは慎重に封を開け、中から一枚の便箋を取り出した。
紙は黄ばんでいる。
インクはところどころ薄くなっていたが、文字はまだ読めた。
「読み上げても?」
白瀬さんが玲司さんを見る。
玲司さんは、少し間を置いて頷いた。
「お願いします」
白瀬さんは便箋へ視線を落とした。
その声は、応接室に静かに響いた。
「蓮司へ。
お前が第五楽章を自分のものだと言うなら、証明してみせなさい。
音符は嘘をつかない。
鍵盤は忘れない。
十一時二十分に、音楽室で待つ。
雨宮宗一郎」
読み終えた後、誰もすぐには喋らなかった。
暖炉の薪が、小さく崩れた。
ぱちり、という音だけが部屋に落ちる。
「七年前の手紙ですか」
僕は言った。
「その可能性が高いです」
白瀬さんは便箋を見たまま答えた。
「十一時二十分に、音楽室で待つ」
奏太さんが呟いた。
「今夜と同じ……」
「同じに見えます」
白瀬さんが言った。
「本当に同じかは分かりません。七年前の十一時二十分と、今夜の十一時二十分。誰かが重ねようとしていることは確かです」
玲司さんは、顔色を失っていた。
「兄は、伯父に呼び出されていた?」
「この手紙が本物なら」
「七年前、兄は第五楽章を盗んで逃げたんじゃない。伯父に呼ばれて音楽室へ行った」
「その可能性があります」
玲司さんは両手で顔を覆った。
「そんなこと、聞いていない」
紗英さんが彼の背中に手を置いた。
「玲司さん」
「僕は、兄が逃げたのだと聞かされてきた。伯父を裏切って、第五楽章を持ち出したのだと」
「誰から聞いたのですか」
白瀬さんが尋ねた。
「伯父からです」
「宗一郎さん本人から?」
「はい」
「他には?」
玲司さんは黙った。
その視線が、篠原さんの方へ動いた。
篠原さんは応接室の入口近くに立っていた。
いつの間に戻ってきたのか分からない。
表情は変わらない。
けれど、手にした書類の端がわずかに曲がっていた。
「篠原さんも、そう言っていました」
玲司さんは言った。
「兄は先生を裏切った。第五楽章を盗んだ、と」
全員の視線が篠原さんへ向いた。
篠原さんはゆっくりと息を吸った。
「私は、先生から伺ったことをお伝えしただけです」
「この手紙を知っていましたか」
白瀬さんが尋ねる。
「知りません」
「本当に?」
「知りません」
答えははっきりしていた。
しかし、そのはっきりした言葉が、かえってどこか不自然に聞こえた。
「先生は、蓮司さんを音楽室に呼び出していたかもしれません」
白瀬さんは言った。
「十一時二十分に」
「その手紙が本物なら、です」
篠原さんは返した。
「偽物かもしれません」
「その可能性もあります」
「なら、今ここで先生を疑うべきではありません」
「疑っているのは、宗一郎さんだけではありません」
篠原さんの目が、わずかに鋭くなった。
「どういう意味ですか」
「この手紙を今夜ここに置いた人物がいます」
白瀬さんは便箋を封筒に戻した。
「その人物は、七年前に蓮司さんが音楽室へ呼び出された可能性を、私たちに見せたい」
「それは、犯人では?」
奏太さんが言った。
「犯人とは限りません」
白瀬さんは答えた。
「またですか」
久世さんが苦笑する。
「この事件には、犯人ではない誰かが多すぎる」
「そうかもしれません」
白瀬さんは否定しなかった。
「蓮司さんを殺した人物と、七年前の手紙を置いた人物と、低いラを鳴らした人物と、紙ロールを入れた人物。それらがすべて同一人物なら分かりやすい。けれど、そうとは限らない」
「事件を複雑にしたい人物が複数いる、と?」
久世さんが言った。
「複雑にしたいのか、単に隠したいものがそれぞれ違うのか」
白瀬さんは答えた。
「どちらにしても、沈黙が多すぎます」
沈黙。
その言葉が応接室に落ちた時、僕は全員の顔を見た。
玲司さんは過去を知らされていなかった。
紗英さんは何かを恐れている。
篠原さんは宗一郎の名誉に固執している。
久世さんは価値と来歴を見ている。
奏太さんは宗一郎に才能を否定された過去を抱えている。
静乃さんは、七年前を知っているのに語らない。
鷺沼は鍵を管理しながら、何かを見落としたふりをしているようにも見える。
美和さんは、ただ怯えているだけなのか、それとも何かを見たのか。
この館には、言葉よりも沈黙の方が多い。
「紗英さん」
白瀬さんが静かに呼んだ。
紗英さんの肩が小さく揺れた。
「あなたは、七年前に霧雨館へ来たことがありますね」
「……はい」
「その時、蓮司さんに会いましたか」
紗英さんは、すぐには答えなかった。
玲司さんが彼女を見る。
「紗英?」
「会いました」
彼女は小さく言った。
「一度だけです」
「なぜ今まで言わなかった」
玲司さんの声は責めるというより、傷ついていた。
「言う必要がないと思って」
「兄が死んだんだぞ」
「分かってる」
紗英さんの声が震えた。
「分かってるけど、言えなかったの」
「なぜ」
「あなたが、壊れてしまうと思ったから」
玲司さんは何も言えなくなった。
紗英さんは両手を握りしめた。
「七年前、蓮司さんは言っていました。自分の名前で曲を残したいって。宗一郎先生に、もう奪わせないって」
篠原さんの顔が、わずかに強張った。
白瀬さんはそれを見逃さなかった。
「自分の名前で」
「はい」
「第五楽章のことですか」
「分かりません」
紗英さんは首を振った。
「でも、たぶん……そうだと思います。私は音楽のことは分からないので、正確には」
「蓮司さんは、怒っていた?」
「怒っていました。怖いくらいに」
「玲司さんには?」
「言うな、と言われました」
「なぜ」
「玲司さんを巻き込みたくないから、と」
玲司さんは俯いた。
「兄さんが……」
「私は怖かった」
紗英さんは続けた。
「蓮司さんも、宗一郎先生も、この館も。みんな何かを隠していて、でも誰も本当のことを言わない。だから私は、玲司さんだけでもここから出したかった」
その言葉は、夕食の時の彼女の不安とつながっていた。
明日の遺言書の確認が終わったら、東京へ戻れるのよね。
約束して。
あれは単なる不安ではなかった。
彼女はこの館が、七年前から何かを奪う場所だと知っていたのだ。
「紗英さん」
白瀬さんが言った。
「今夜、蓮司さんが館に戻ってくることを知っていましたか」
紗英さんの顔から、血の気が引いた。
「私は」
玲司さんが振り向く。
「紗英?」
「知らなかった」
彼女は言った。
「本当に?」
「本当に。少なくとも、今夜ここにいるなんて、知らなかった」
「では、蓮司さんから連絡は?」
白瀬さんの問いに、紗英さんは黙った。
その沈黙だけで、答えは十分だった。
「連絡があったんですね」
「……一週間前に」
応接室の空気が、また変わった。
「手紙が届きました」
「誰から」
「蓮司さんを名乗る人から」
「内容は」
紗英さんは唇を噛んだ。
「霧雨館へ行く。玲司を止めてほしい、と」
「手紙は今どこに?」
「捨てました」
「なぜ」
「怖かったから」
白瀬さんは追及しなかった。
代わりに、僕へ視線を向ける。
僕はメモした。
紗英は一週間前、蓮司を名乗る手紙を受け取っていた。
玲司を止めてほしい。
手紙は捨てたと証言。
「紗英さん」
玲司さんの声は、ほとんど掠れていた。
「どうして言ってくれなかった」
「あなたに言ったら、あなたはここへ来るのをやめなかった。むしろ、蓮司さんを探そうとしたはず」
「当たり前だ」
「だから言えなかった」
「兄さんは死んだんだぞ」
「分かってる!」
紗英さんが初めて声を荒げた。
その声に、美和さんがびくりと肩を震わせた。
「分かってる。だから、言えなかったことを後悔してる。でも、私だって怖かったの。七年前と同じことが起きる気がして」
「七年前と同じこと」
白瀬さんが呟いた。
「この事件は、やはり七年前に戻ろうとしているのかもしれません」
「戻らない方がいいものもあります」
篠原さんが言った。
その声は静かだった。
けれど、さっきよりも鋭かった。
白瀬さんは彼女を見た。
「音楽室でも、似たようなことを言いましたね」
「事実です」
「何が戻ると困るのですか」
「困るのではありません」
篠原さんの左手が、書類の端を強く押さえた。
「壊れるのです」
「誰が?」
「全員です」
その言葉は、妙な説得力を持っていた。
篠原さんは、誰か一人を守っているのではない。
何か大きなものを、必死で押さえつけている。
そう見えた。
静乃さんが、低く笑った。
「千鶴さん。まだ宗一郎さんの蓋を押さえているのね」
篠原さんの顔が変わった。
「静乃さん」
「もう死んだのよ、あの人は」
「おやめください」
「死んでもなお、皆を縛っている。立派なものね」
「おやめください」
二度目の声は、少し震えていた。
僕は、その震えをメモしたくなった。
けれど、それは事実というより印象だった。
印象は、慎重に扱わなければならない。
白瀬さんならそう言うだろう。
「今夜はここまでにしましょう」
玲司さんが言った。
声は硬く、疲れていた。
「これ以上話しても、皆混乱するだけです」
「その前に、封筒を保管します」
白瀬さんが言った。
「誰かが触れないように」
「あなたが持つのですか」
篠原さんが尋ねた。
「いいえ。透明な袋か、封筒を入れられるものはありますか」
「書斎に資料保存用の袋がございます」
鷺沼が答えた。
「持ってきてください」
「かしこまりました」
鷺沼が出ていく。
その背中を見ながら、僕は思った。
この人は、館のどこに何があるかを知りすぎている。
鍵も。
書斎も。
音楽室も。
保存用の袋も。
もちろん、使用人なのだから当然かもしれない。
けれどこの館では、当然という言葉ほど信用できない。
鷺沼が戻るまでの間、応接室には沈黙が落ちた。
誰も封筒を見ようとしなかった。
しかし、誰もそこから目を離せなかった。
蓮司へ。
その四文字は、死者がまだこの場にいることを思い出させた。
音楽室の床に倒れている蓮司さん。
七年前に失踪した蓮司さん。
自分の名前で曲を残したいと言った蓮司さん。
そして、誰かに呼び戻された蓮司さん。
白瀬さんは、暖炉の火を見つめていた。
「真柴さん」
「はい」
「最後に、一つだけ書いておいてください」
僕はペンを持ち直した。
「今夜の問題は、密室だけではありません。七年前に誰が何を隠したのか。それが、今夜の事件に重なっています」
僕は頷き、メモ帳に書いた。
密室だけではない。
七年前の沈黙が、今夜の事件に重なっている。
その一文を書いた時、僕はようやく思った。
僕は、蓮司さんの死体を見つけた時点で事件が始まったのだと思っていた。
でも、違うのかもしれない。
今夜鳴り始めたのは、もっと前から止まっていたものだった。
外では雨が降り続いていた。
時計は動かない。
電話も通じない。
館は閉ざされている。
それでも、止まっていたはずの過去だけが、ゆっくりと動き出していた。
【真柴の現場メモ】
・夜中、二階から降りて音楽室へ向かう女性らしい人影を見た。
・人影の正体は分からない。紗英さん、篠原さん、美和さん、白瀬さんの誰かかもしれないが、断定はできない。
・その直後、音楽室の方から低いラの音が聞こえた。
・低いラの後、金属が触れ合うような短い音が聞こえた。
・さらにその後、短い悲鳴のような音が聞こえた。
・ただし、その悲鳴が本当に人間の声だったのか、男性の声か女性の声かは分からない。
・音楽室の扉は外から開かなかった。鍵がかかっていたのか、何かが引っかかっていたのかは未確認。
・鷺沼さんが書斎から鍵を持ってきて、玲司さんが音楽室の扉を開けた。
・音楽室の中では、七年前に失踪したはずの雨宮蓮司さんが遺体で発見された。
・蓮司さんは、玲司さんによく似た顔をしていた。
・蓮司さんの右手には、十一時二十分で止まった割れた懐中時計が握られていた。
・音楽室の窓は内側から施錠されていた。
・扉も開かなかったため、音楽室は密室のように見える。ただし、白瀬さんはまだ密室と断定していない。
・蓮司さんの胸には刺されたような傷があった。
・凶器は、すぐ見える場所には見当たらなかった。
・譜面台には『霧雨館組曲 第五楽章』と書かれた楽譜が置かれていた。
・本物かどうかはまだ不明。
・夕方には入っていなかった紙ロールが、事件発見時には自動演奏ピアノに入っていた。
・久世さんは、午後九時半頃にはすでに紙ロールが入っていたと証言した。
・久世さんが見た時点では、譜面台に第五楽章の楽譜はなかったらしい。
・奏太さんは、低いラを二度聞いたと証言した。
・その後、応接室にいた全員の前で、音楽室の方からもう一度低いラが鳴った。
・静乃さんは、十一時半頃に男の足音を聞いたと言った。
・紗英さんは、玲司さんが部屋にいたと証言した。ただし、姿を見たわけではなく、気配で判断していた。要確認。
・蓮司さん宛ての封筒が応接室で見つかった。
・その手紙には、七年前、宗一郎が蓮司さんを十一時二十分に音楽室へ呼び出したような内容が書かれていた。
・紗英さんは、一週間前に蓮司さんを名乗る人物から手紙を受け取っていた。
・宗一郎の日記には、「第五楽章は楽譜ではない。鍵盤が覚えている」と書かれていた。
【証拠・証言・確認事項】
◆ 割れた懐中時計
蓮司さんの右手に握られていた銀色の懐中時計。
文字盤のガラスは割れており、針は十一時二十分で止まっていた。
時計塔や音楽室のガラスケース内にあった懐中時計と同じ時刻を指している。
◆ 現場の第五楽章
音楽室の譜面台に置かれていた楽譜。
表紙には『霧雨館組曲 第五楽章』と書かれていた。
本物かどうかはまだ分からない。
◆ 事件時の紙ロール
事件発見時、自動演奏ピアノに入っていた紙ロール。
夕方に確認した時点では入っていなかった。
端には『第五楽章』と書かれていた。
◆ 密室のように見える状況
音楽室の扉は外から開かなかった。
窓は内側から施錠されていた。
暖炉や換気口から人が出入りしたとは考えにくい。
ただし、白瀬さんはまだ「密室」と断定していない。
◆ 真柴が聞いた悲鳴のような音
真柴は、低いラ、金属音に続いて短い悲鳴のような音を聞いた。
ただし、それが本当に人間の声だったのかは分からない。
他の人は、この悲鳴のような音を聞いていない。
◆ 女性らしい人影
真柴は夜中、二階から降りて音楽室へ向かう女性らしい人影を見た。
暗かったため、誰だったのかは分からない。
候補はあるが、断定不可。
◆ 久世さんの証言
久世さんは、午後九時半頃に音楽室へ入り、自動演奏ピアノに紙ロールが入っているのを見たと証言した。
その時点では、譜面台に第五楽章の楽譜はなかったという。
時刻は久世さんの時計によるもの。要確認。
◆ 奏太さんの証言
奏太さんは、低いラの音を二度聞いたと証言した。
一度目は十一時半より少し前、二度目は騒ぎの直前。
他の人物の証言とは食い違っている。
◆ 紗英さんの証言
紗英さんは、玲司さんが部屋にいたと証言した。
ただし、暗かったため姿を見たわけではなく、気配で判断していた。
この証言は要確認。
◆ 静乃さんの証言
静乃さんは、十一時半頃に男の足音を聞いたと証言した。
それが玲司さんだったのか、蓮司さんだったのかは分からない。
◆ 宗一郎の日記
宗一郎の書斎で見つかった日記。
七年前のページに「第五楽章は楽譜ではない。鍵盤が覚えている」と書かれていた。
日記そのものは宗一郎のものらしいが、机の上に出した人物は不明。
◆ 蓮司さんへの手紙
応接室で見つかった蓮司さん宛ての封筒。
宗一郎の筆跡に似た字で、十一時二十分に音楽室で待つという内容が書かれていた。
本物かどうかはまだ分からない。
◆ 紗英さんが受け取った手紙
紗英さんは、一週間前に蓮司さんを名乗る人物から手紙を受け取っていた。
内容は「霧雨館へ行く。玲司を止めてほしい」というものだったという。
ただし、その手紙は捨てたと証言している。
【まだ分からないこと】
・蓮司さんは、いつ霧雨館へ戻ってきたのか。
・蓮司さんは、誰に呼び出されたのか。
・蓮司さんを殺した人物は誰なのか。
・凶器はどこに消えたのか。
・音楽室の扉は、なぜ外から開かなかったのか。
・犯人は本当に密室から消えたのか。
・十一時二十分は、本当に蓮司さんの死亡時刻なのか。
・割れた懐中時計は、蓮司さんが死に際に握ったものなのか。
・現場に置かれていた第五楽章は本物なのか。
・夕方にはなかった紙ロールを、誰が自動演奏ピアノに入れたのか。
・紙ロールが入った時刻は、久世さんの証言通り午後九時半以前なのか。
・低いラは、なぜ何度も聞こえたのか。
・低いラの後に聞こえた金属音は何だったのか。
・真柴が聞いた悲鳴のような音は、本当に今夜の蓮司さんの声だったのか。
・真柴が見た女性らしい人影は誰だったのか。
・静乃さんが聞いた男の足音は、玲司さんだったのか、蓮司さんだったのか。
・紗英さんは、なぜ蓮司さんからの手紙を隠していたのか。
・紗英さんが受け取った手紙は、本当に蓮司さん本人からのものだったのか。
・篠原さんは、なぜ第五楽章を探すことを恐れているのか。
・宗一郎の日記にあった「第五楽章は楽譜ではない」とは、どういう意味なのか。
・「鍵盤が覚えている」とは、何を指しているのか。
・七年前の十一時二十分に、霧雨館で何が起きたのか。
・今夜の事件を作っている人物は、本当に一人なのか。
【白瀬さんの一言】
「見たこと、聞いたこと、そう思ったことを分けてください」
「この事件では、音が人を間違った場所へ連れていきます」
「十一時二十分を、まだ死亡時刻だと決めつけてはいけません」
「第五楽章は、譜面台の上だけにあるとは限りません」




