98 れんげ、この店の、この来々軒のあるじは、誰だ?
ダメだ。
そうなんですよね。親父、それでいいなら、最初から鳴人君に麺方をさせたりしないんですよね。
ナベさん、行動力はすごいけど、ちょっと浅はかなんですよね。
な、なんでだよぉ…
俺のどこが悪かったって言うんだ?
だけど。
親父さんはナベさんの顔をじっと見つめ返したまま、はっきり断った。
「ダメだ」
「ど、どうして…」
「ウチは間に合ってる。どうしてもラーメンをやりたいなら、余所にいくか、自分で開業したまえ。その時には、喜んで応援させてもらうから」
親父の顔は、優しく笑っていた。
しかし、目が笑っていない。
まるでケンカでもするみたいに、鋭い迫力が満ちていた。
その顔を見て、ナベさんは二の句が継げずにいた。
「今日は、もう帰りなさい。気持ちだけ、ありがたく受け取って置くから。
…れんげ、お見送りを」
「は、はい…」
張りつめていたものが一気に吹き出したみたいに、肩を萎めてうなだれるナベさんの背中をそっと抱えて、れんげちゃんは玄関まで送っていった。
さすがの俺も、気分よく「ざまあみろ」とかは思えなかった。
確かに、あんなに上手く麺茹でができるのなら、俺の手つきなんかを見てたらじれったくなるのも判るし、あれこれ言いたくもなるだろう。
「鳴人くん、それに、れんげも。一体どういうつもりなんだネ」
と、戻ってきたれんげちゃんと俺の両方を、親父がじっと睨み付けている。
なんか、すごく怒っている感じだ。
ナベさんの時には、辛うじて顔は笑っていたけど。
もう、完全に顔中に「怒り」が書かれている。
思わず俺も、直立不動の姿勢を取ってしまった。
その横で、れんげちゃんも、小さな体をさらに小さくするみたいにかしこまっている。
「あっしは、あっしのケガが治るまでは、鳴人君に麺茹でを任せると、そう言わなかったかネ?」
「は、はい…」
まるで、自分が怒られているみたいに、震える声で答えるれんげちゃん。
いや、それは、俺がちゃんと断らなかったのが悪いんであって。
しかも、俺がちゃんと麺を茹でられていないのが悪いんであって。
だから、彼女は何も悪くないんだし。
大体、れんげちゃん、なんでも自分のせいにしたがるのは悪いクセだと思うし。
「いや、俺が悪いんです。俺が、ナベさんに相談したんですから」
くそ、結局、俺がドロをかぶらなきゃならないのか。
でも、れんげちゃんのせいには出来ないし、な。
「いや、鳴人君は、そんな事するような子じゃないよ。あっしをごまかそうとしてもダメだヨ」
ゲッ、バレてるのかよ。
「君は一生懸命やってくれている。大丈夫、鳴人君ならできる。そう見込んだからこそ、君に頼んでいるんダ」
いや、だから、根岸のヤツにも言われた通り、それじゃお客さんは離れていくんだけどなぁ。
「れんげ、この店の、この来々軒のあるじは、誰だ?」
「…マスター、です」
「だったら、あっしの決めた事は、もう決めた事だ。違うか?」
「…はい」
「判っているなら、もう二度と勝手なマネをするんじゃないゾ!!」
店中に、いや、もしかしたら表にまで響きわたっているんじゃないかと思えるような大きな声で、親父は思いっ切り怒鳴った。
そのまま、プイッと横を向いて、大股でドタドタと店を出ていった。
親父、激怒。
まあ、そうやって叱れるのは、れんげちゃんの事を実の娘のように思ってるからなんですよ。
店を出た親父。
「モ、モシカシテ、怒り過ぎちゃったかなぁ…」
父親役も、大変なんですよね。




