97 なんとかお役に立ちたいんですよ!
定休日なのに、店の面々を呼びつけての試食会。
さすが、行動力抜群というか、図々しいというか。
鳴人君もれんげちゃんも巻き込んで、親父さんまで呼びつける。
ナベさん、やりますねえ。
だろ?
俺の渾身のラーメン、トクと味わいやがれっ!
「スイマセン親父さん、定休日に出てきて貰って」
「いや、それは構わないヨ。どうせ病院に行くついでだったからネ。
…でも、どうして、彼が来てるんだい?」
「ハハハ…」
カウンター席に腰掛けながら、不思議そうな顔で俺とナベさんを見比べている親父。
なんで俺が一緒にカウンターに座っているのか、まだ判ってはいないようだ。
ったく、どうして俺がナベさんの代わりに謝らなきゃならないんだよ。
最初の話では“ナベさんが俺が相談した”はずなのに。
いつのまにか“俺がワタナベさんにお願いした”事にさせられちゃってんだよね。
で、ナベさん、俺の代わりに厨房に入って、麺の支度をしているんだ。
とにかく、自分の茹でた麺を食べて貰って、それから話をするんだとか…
れんげちゃんもれんげちゃんで「そういうお話でしたら、マスターにも来て頂かなくては…」なんて、意外に乗り気だし。
俺の立場も少しは考えて欲しいよな、全く。
そんな俺の事など全然気にしていない風に、ナベさんは真剣な顔で麺を茹でる準備をしていく。
普段(といってもまだ1週間位しかやってないけど)の俺のやり方とは違うらしい。麺は指でほぐしたりしないで、蒸籠を使って軽く蒸しているし。
れんげちゃんに任せているはずの大鍋の塩加減も、自分で味をみながらやっているし。
「れんげちゃん、スープの方は?」
「いつでもいいですよ。麺の味が判ればいいんですね?」
俺が練習のために麺を茹でた時と同じ、塩ダレだけのスープを用意しているようだ。
「じゃあ、始めるよ」
「ええ」
心持ち緊張しているような、ナベさんの声。
れんげちゃんも、お手並み拝見といった様子で、調子を合わせているみたいだ。
大鍋の中に、まだ蒸した湯気が残っている麺を人数分入れる。
意外に手慣れた手つきで、ドンブリも自分で用意する。
と、もう麺を揚げてしまった。
え、早過ぎる…
とは思うんだけど、こればっかりは俺もよく判らないんだよね。
ナベさんはそのまま平ザルを大きく床に向けて一気に振り落とし、その勢いのまま、ドンブリに麺を放り込む。
合図を送るまでもなく、れんげちゃんが蓋でもするかのように、スープを注いでいく。
この辺も、俺がやっているやり方とは違う。
ま、湯切りは俺、全然下手くそという事もあるけど。
普段は、スープを注いだそのドンブリの中に、麺を滑り込ませるように入れてるから、順番が逆なんだよね。
でも、れんげちゃん、なにも言わないし。
むしろ、上手く調子を合わせてスープを注いでいる。
大ぶりな湯切りで、まるで観客に「見せて」いるみたいな茹であげ方のナベさんに対して、息がピッタリあっているみたいに「合いの手」を入れるようにスープを注ぐ、れんげちゃん。
まるで長年連れ添った夫婦が「餅をついて」いるみたいだ。
夫婦…!
いや、それはない、断じてない。
今日、初めてコンビを組んでいるナベさんとれんげちゃんの事を、どうしてそんな風に思えるんだ、いや、思えるものか!
でも。
それにしては、お互い手慣れているみたいだし。
第一、俺の時にはれんげちゃん、さりげなく優しくだけど、あれこれダメ出ししていたはずなのに、ナベさんの時にはなんにも言わないじゃないか。
い、いや、麺を茹でる時には、その分親父がウルサかったから、遠慮していたのかもしれないし。
そ、そうだよ。別にれんげちゃんとナベさんが相性がいいとかそういう問題じゃないんだ。
麺の錯覚、じゃなくて、目の錯覚なんだ。
そうだ、そうに違いないんだ…
「…るとさん、鳴人、さん?」
「うわぁっ!」
目の前でいきなり、れんげちゃんが心配そうに覗き込んでいて、俺は思わず後じさって、そのままひっくり返ってしまった。
「スイマセン! 驚かせてしまって…大丈夫ですか?」
「いいよれんげちゃん、俺の手さばきもロクに見てないで、ぼぉっとしているコイツが悪い」
クソォ、ナベのヤツめ、調子に乗りやがって。
ちょっと麺が上手く茹でられるからって、いい気になるんじゃないぞ。
どう頑張ったって、オマエは部外者、俺は従業員だもんね。
「ほらほら、起きて起きて。
…とにかく、試食すればいいんだネ?」
いつのまにか、俺と親父の前に透明なスープに浮かぶ麺の入ったドンブリが置かれている。
そうだよ。腕なんかどうでもいいじゃないか。
とにかく味、味が良くないと、な。
ズルッ…
俺と親父は、同時に麺に口をつけた。
あ、美味い…
茹で上げがちょっと早すぎて、きっと固めだろうと思っていたけど、そうでもないみたいだ。
事前に軽く蒸しているためか、芯まで熱が通っている感じ。
でも、早めに茹で上げている分、麺のコシ、固さはしっかり残っている。
なんというか、麺自体のコクをしっかり味わえる茹で方になっているんだ。
普段の親父さんの茹でる、来々軒の麺ではない。
前にれんげちゃんが茹でてくれた、麺の原点を思わせる豊穣な大地を思わせる味わいでもない。
でも、この麺、美味い。
ナベさんの、ラーメンへの情熱、愛情が感じられる麺だ。
これだけの腕前があるなら、俺の代わりに麺方を任せてもいいかもしれない。
所詮、俺はまだまだシロウトなんだし。
第一、お客さんを納得させられるだけの麺を、俺は茹でられないんだし…
「どう、ですか?」
ナベさん、俺の方には見向きもしないで、親父の方を見つめている。
「…うん、美味い、美味いねえ。どこかで、ラーメンの修行をしていたネ?」
「判りますかお父さん。ウチの実家がラーメン屋でして、よく手伝わされてたんですよ」
「へえ、そうかい。これでスープが作れれば、立派に後を継げると思うヨ」
「ハハ、もう潰れちゃいましたけどね」
「そりゃ残念だねえ。じゃあ、今日は久々に麺茹での練習にきたってワケだネ?」
親父、そんな他人事みたいな事言わなくたって。
「いえ、あの、俺、親父さんのケガが治るまで、ここを手伝わせて頂きたいと思いまして…」
「…ウチを、かい?」
親父、キョトンとした顔でナベさんを見つめると。
俺とれんげちゃんの顔を見比べ始めた。
「ウチは、人手は間に合ってるから、ねェ…」
「いえ、給料はいらないんです。自分の仕事の方は、有給をまとめて貰ってきましたから。俺、来々軒のラーメンが好きで、だから、なんとかお役に立ちたいんですよ!」
厨房から身を乗り出さんばかりの勢いで、親父に迫るナベさん。
そうだよな。
これだけの腕前と、ラーメンへの情熱。
俺なんかとは、比べ物にならないよ、なあ…
初めてなのに、息がピッタリのナベさんとれんげちゃん。
く、くそぉ、そこは俺の指定席なのにぃ…
でも、店の経営を考えたら、麺方を代わって貰うのも、アリだよなぁ。




