96 ナベさん、そりゃ、お互いさまというヤツだよ
図々しいのか、人懐っこいのか、敵意満々なのか、味方でいてくれるのか。
ナベさん、よく分かんない人ですね。
この手のキャラクターは、勝手に動きます。ホント、身勝手に。
おおざっぱなプロットだけ組んで、放り込んでおけば、勝手に話を進めてくれますね。
催促やおぜん立てをしてあげないと動いてくれない主人公とは、エラいチガいですね。
何気に、俺、ディスられて、る?
ちゃぽーん…
温かな湯船に浸かりながら、思いっきり体を伸ばす。
立ちっぱなしの仕事の後のお風呂は、やはり爽快である。
れんげちゃんがお風呂好きなのも、判る気がする。
まさに、一日の疲れを癒す極楽な時間だろう。
なのに。
「オイ、ゆったりしている場合じゃないんだぞ、判ってんのか」
なんで、コイツと一緒に風呂に入らなきゃならないんだよ。
「こういう所でも、どうしたら麺を上手く茹でる事ができるのか、研究しなきゃダメだろうが」
できるか、そんな事。
俺の冷たい視線をよそに、ナベさんは手拭いを湯船に漬けて「いいか、麺茹でってのは、こう、手首を使ってだなあ…」と、実演しているつもりらしい。
「おい、手拭いはお湯に漬けちゃダメだろうが。マナーだぞマナー」
「う、うるさいっ、判ってるそんな事…」
ナベさん、慌ててタオルを外に出した。
見ろ、他の客に笑われてるじゃないか。
一緒にいる俺までバカだと思われそうだな。
動揺を隠すように、コホンと咳払いを一つすると。
「いいか、明日から一週間、親父さんのケガが良くなるまで、俺も店を手伝うからな」
「…」
ナニをイイダスンダ、このオニイサンは。
「スマン、よく聞こえなかった」
「だから、俺も店を手伝うって言ってるんだ!」
「お湯に、のぼせたのか?」
真っ赤な顔でそんな冗談言われても、だなあ。
「違うっ!俺は本気だっ!」
「だって、仕事は…」
「宅配業は、年末は殺人的に忙しいが、年が開ければ、しばらくは暇なんだ。まとめて有給休暇も、もう取った」
「そんな事言ったって、手伝って貰う余裕なんか…」
「バイト代なんかいらねえよ。まかないさえ食わせてくれれば、それでいい」
ナベさんの、真剣な視線。
「俺にそんな事言われたって、困るよ」
「オマエは、俺から相談されたって事にしておけばいいんだよ。後は俺かられんげちゃんや親父に話すから」
「は、はあ…」
また、随分と強引な話だなあ。
それにしても、なんで自分の仕事をほっぽってまで来々軒にこだわるんだ?
…ま、決まってるわな。れんげちゃんのため、だよな。
気持ちは判らないでもないが、この単細胞めっ、彼女には指一本触れさせや…
「俺の実家も、ラーメン屋だったんだよ」
ボソッと、ナベさんは言い放って、さっさと湯船を上がってしまった。
「な、なんだよそれ」
聞いてないぞ、そんな事?!
慌てて後を追いかける俺を尻目に。
自分だけさっさと洗い場に腰掛けて、石鹸を体中にこすりつけながら、ナベさんは面倒臭そうに言った。
「もっとも俺が高校卒業する前に、あっけなく潰れちまったけどな」
ほら、とばかりにタオルをよこして、背中を向ける。
宅配業で鍛えたらしい、でも意外にすんなりとした背中を、なんで俺がと思いつつも擦ってやる。
「…俺の口からいうのもなんだが、あまり美味いラーメンじゃなかったさ。少なくとも、後を継ぎたいと思える味じゃなかった。それでも、俺なりに店を手伝いながら研究したんだぜ。どうやったらもっと美味いラーメンになるかとかな」
「へえ、俺と似たようなもんじゃないの」
「どこがだよ」
「俺も、実家の手伝いをやらされてたクチでさ」
「…実家、なにやってんだ?」
今度はナベさんが、俺の背中に回って擦ってくれる。
くすぐったいけど、悪い気はしない。意外に人懐っこい人なんだな。
「たいした事業じゃないけど、スーパーやってる」
「おお、なにが“たいした事ない”んだよ。たいしたもんじゃないか」
「いや、あんな田舎でナリだけデカイ建物作っても、たかが知れてる」
「なに言ってんだよ、自分の親の事をそんな風にいうもんじゃないよ!」
な、なに怒ってんだよナベさん。
こんな、たわいもない世間話に。
「俺だって、やりたくてこんな宅配業やってるわけじゃないさ。それに比べたら、自分の才覚で店を構えて続けているなんて、スゴイことじゃないか。
ああ、オマエみたいなドラ息子がいるんじゃ、確かに親は報われないわな」
ド、ドラ息子…
なんでアンタにそこまで言われなきゃならないんだ?
…いやまあ、半分、以上は、当たっていなくもないか。
「ウチは、俺の上にアニキ二人アネキ一人いるんだ。跡継ぎの事なんかアンタに心配してもらわなくってもいいんだよ」
「そりゃ良かったな。好きでもない事業をやらされるんじゃ、オマエはともかく下で働く従業員やお客がカワイソウだ」
「あ、あのなあ…」
なに怒ってるんだ?
まあ、コイツ初めて会った時から、俺の事、目の敵にしてたしなあ。
「好きでもない仕事を、仕方がない食うためと割り切ってやるのは、まあ仕方がないさ。
…けどな、あんなに一生懸命にラーメンを作ってるような娘を泣かせて、平気な顔してんのが気に食わないんだよ」
いや、別に、俺、来々軒のラーメン作るのは、キライじゃないし。
いや、別に、俺、れんげちゃんを泣かせて平気なわけじゃないし。
でもまあ、俺の事を敵視しているようなヤツにあれこれ言っても、誤解されるだけだろうし。
以前の俺なら、ムキになって否定していただろうけど。
でも今は、不思議にそんな風にイラついたりはしない。
それは俺が、少しは大人になったからなのか。
それとも、来々軒のラーメンが、俺を変えてくれたのか。
「判ったからさ、あんまり大声出さないでくれない?ここ、風呂場だから、よく響く…」
ほら、何事かと、他の客が興味津々に見ているじゃないか。
「そういうあいまいな!…ちっ、オマエ相手に言ってもなぁ」
大声をなんとか抑えて、いまいましそうにナベさんは俺の体にお湯を掛けてくれた。
ナベさん、そりゃ、お互いさまというヤツだよ。
実家が元ラーメン屋のナベさん。すでに潰れたそうです。
なので、他人事とは思えないようですね。
だからって、有給取って、バイト代もいらないとか言って、店の手伝いがしたいだなんて。
うん、色々と、分かってませんね。
根岸とは別の意味で、来々軒を分かってないようですね。
これは、分からせないと、ダメなパターンですね。
ん?
背中が、ゾワッと…




