99 ぐるぐる、ぐるぐる
なんだよ、親父。
別にれんげちゃんを叱らなくてもいいじゃねえかよ。
ホント、訳が分かんねえよな。
読者も、そう思っていそうで、コワイ…
「な、なんだよ、一体…」
しばらく呆然としていた俺だが。
よくよく考えてみると、別にれんげちゃんは悪くないじゃないか。
勝手に押しかけてきたのは、ナべさんの方なんだし。
まあ、あの人は確かに部外者で、しかも仕事上の付き合いはこれからも続くだろうから、無下に怒鳴り散らすなんて出来ないけど。
なにも、れんげちゃんに怒鳴らなくたっていいじゃないか。
怒るなら、俺を怒ればいいんだ。なにも、れんげちゃんを…
「れんげ、ちゃん?」
彼女、俯いたまま、震えている。
泣いて、いるんだ。
…ホント、いつもは元気で明るい娘なのに。
こういうは、泣き虫だよなあ。
「君が悪いわけじゃないんだし。後で俺の方から親父には説明しておくから」
れんげちゃんは、俯いたままかぶりを振った。
「いえ、わたしが悪いんです。わたしが、マスターの、お父さんのお気持ちを、判っていなかったから…」
気持ちったって、無理を言っているのは親父の方だと思うけど。
「ナベさんは、確かにきちんと麺を茹でていました。でも、あの人の麺は、来々軒の麺じゃない、です」
「そりゃまあ、確かに」
同意してはみたけど。
でも、少なくとも、俺の茹でる麺よりはマシだと思うぞ。
手つきだって経験だって、今のところはクヤシイけど、彼の方が上だし。
そんな俺の心を読んだのかどうかは判らないけど、彼女はキッパリとした口調で言い切った。
「鳴人さん、あれで構わないのでしたら、わたしが麺を茹でてますよ」
そりゃそうだ。でも…
「だって、スープや接客は、れんげちゃんにしか出来ないでしょう?」
確かにれんげちゃんの茹でる麺は、超一級品だよ。
高級麺の素材を、余すところなく、いや、それよりはるかに際立たせて茹で上げているから。
俺の実家で年末年始の間、彼女が茹でた麺の力。
お客の反応を見れば、判るよ。
だけど、さすがに全部こなすのは、無理だよ。
「違うんです。お店の方は、差し出がましい言い方ですけど、なんとでもなるんです。
でも、わたしは、お父さんのようにラーメンをアイしていないから。
だから、わたしには、あの麺を茹でる事は出来ないんです」
アイ、また、アイか。
なんなんだよアイって。
「鳴人さんは違います。お父さんの、来々軒のラーメンをアイしていらっしゃいます。だから、大丈夫です。というより、鳴人さんにしか、出来ません」
「そんな事言ったって、なあ…」
ためらう俺の手を、れんげちゃんはしっかりと両手で握りしめた。
「わたし、嬉しいんです。お父さんが、鳴人さんの事をしっかりと見ていて下さってるのが。
そして、ダメなわたしを、お父さんがあんなに真剣に叱って下さったのが。
がんばりましょう、やりましょう!
鳴人さんのこの手が、この指が、お父さんと同じ来々軒の味を、アイを醸しだせますように、わたしも一生懸命お手伝いしますからっ!」
さっきまで泣いていたのに、頬に涙の後を滲ませたまま、俺の目を見つめながら微笑んでいる。
そのまま彼女は、俺の手を掴んだまま、ゆっくりとぐるぐる回り始めた。
俺の体も、一緒に回る。
ぐるぐる、ぐるぐる。
まるで、大鍋の中で麺が茹でられながら輪を描いているように。
そんな彼女は、本当に可愛くて。
だから、何の根拠もないんだけど。
ぐるぐると回る彼女を支えているこの腕が、親父さんやれんげちゃんに認められているから。
ナベさんのラーメンへの情熱や技術よりも、この腕が必要なんだと教えられているから。
だから、俺は。
もう、自分が麺を上手く茹でられないとは、思わない事に決めた。
(続く)
ぐるぐるは、最初っからエンディングシーンとして、事前に書いておきました。
そこに向かうように、プロットを組み立てる感じですね。




