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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第16章 来々軒の常連、親父の若い頃、誰のためのラーメン

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100 俺ごときが茹でた麺が

 新章開幕。


 相変わらず、まばらな客入りの来々軒。

 でも、余裕を持って店内を見てみると、常連さんはちゃんと来ているのが分かるんですよ。

 飲食店の経営って、そういう細かい所もキチンと見ているようですね。

 定休日明けも、相変わらずお客はまばらにしか来なかった。

 しかし、よくよく見ると、どのお客も一度以上は来た事のある常連ばかりだ。

 仕事が忙しくて、あまりお客の顔は覚えてはいない頃だったから、はっきりとは言えないが。

 しかし、俺が店を手伝う前、れんげちゃんと親父の二人で店を切り盛りしていた頃から、ちらほらと来ていた客ばかりのようだ。

「マスター、醤油三丁!」

「アイヨッ、醤油三丁!」

「オッケー、醤油三丁!」

 今きたばかりの、年配風と若い作業員二人の客も、どこかで見た事がある。

「れんげさん、いつも元気だねぇ」

「ハイ、元気なだけが、取り柄ですから」

 ニコニコと愛想よくお冷やを出しながら、手持ち無沙汰を紛らわせるように、れんげちゃんがお客と世間話をしているのが聞こえてくる。

 まあ、他に客はいないのだから、仕方がないんだけど。

 俺は俺で、ドンブリを用意しながら三食分の麺を茹で始める。

「ねえ、親父さん…」

「ん?」

「…いえ、なんでもないです」

 親父も手持ち無沙汰らしく、スポーツ新聞を器用に片手で畳んで読みふけっているし。

 それはそれで、以前のいかにも気弱そうな態度ではなく、貫祿のある店の親父といった風なんだけど。

 なんか、もう俺に任せきっているというか。

 俺が自分でドンブリの用意をするようになってからは、もう口出しすら滅多にしなくなってきたし。

 ボケが入った、とは言わないけど。

 今までの働きづめの分、目一杯休んでやろうという無言の意志みたいな雰囲気が伝わってきて。

 親父、自分の店なんだし、あんなに自分の味にこだわっているんだから。

 もう少し、麺を茹でるコツというか、要領というか、その辺りを教えてくれてもいいんじゃないかとは、思う。

 客足が止まると、あれほど口を酸っぱくしていた根岸のヤツと喧嘩してまで。

 腕が治るまで、只でいいから手伝わせてくれといったナベさんを断ってまで。

 自分の店なのだから自分の決定に従えと、れんげちゃんを叱り飛ばしてまで。

 そこまでして、俺に麺を茹でさせているというのに。

 なんというか「やる気」みたいなものが、感じ取れないというのか。

 俺が麺を茹で始めた頃の、かたわらでギャアギャア言っていたあの頃が、こうなるとなんだか懐かしい。

 まだ、そんな回想ができるほど、俺は麺を上手く茹でてはいないのにな。

 親父の頑固なまでの味のこだわりを、全然判ってもいないのにな。

 おっとイカンイカン。

 俺はもう、自分が上手く茹でられないとは思わない事に決めたんだった。

 に、してもなあ…

「なる…」

「ん、なんです?」

 最初の麺の湯切りを始めながら、俺は親父の声に反応した。

「…いや、なんでもないヨ」

「変なタイミングで呼ばないで下さいよ」

 昨日、ナベさんがやっていたような派手な湯切りは、俺には出来ないまでも。

 最近、ようやくザルから麺を撥ね上げて一発で湯切りしてしまうコツを掴みかけてきた所なんだ。

 要は、麺全体を糸のほぐれたものではなく、巻いてある一つの塊として扱えばよいわけで、これが上手くいくと、ドンブリの中に入れたときにも、親父さんがやっていた様に、ふわっと広がってくれるわけだ。

 まだモノにはしていないけど、なんとかしたいとは思っている。

 二杯目の麺をドンブリに入れた所で、タイミングよくれんげちゃんが厨房に入ってくる。

「鳴人さん…」

「…なに?」

 よっし三杯目、これは上手く湯切り出来た。

「…なんでもないです」

 もう、れんげちゃんまで。

 すぐに彼女はラーメンをお盆に乗せて、軽々と運んでいってしまったけれど。

 俺が麺を茹で始めてから、初めて彼女が本当の意味で笑ったような、気がした。

 思えば、彼女も内心は相当不安だったのだろう。

 俺や親父と違って、彼女は直にお客と接しているわけだから、食べている手応えのようなものは、敏感に感じ取っているはずだ。

 その不安を顔に出さないように、あまつさえ俺に麺が残されてきていることを知られないように気を使っていた位だから。

 でも、今の彼女は、そんな不安を抱いてはいないようだ。

 俺とは別の意味で、親父に叱り飛ばされたのがキイテいるらしい。

 朝の仕込みの時にも、売れ行きが落ちる前の、いつも通りの冗談や笑い声が飛び交っていた位だから。

 もちろん、ナベさんのことは誰も口にはしなかったし、するべきでもないのだろうけれど。

 少なくとも、来々軒の「店の中」では、売り上げとか先の事とかは考えないようにすると、暗黙の了解ができたみたいだ。

 それにしても、客、ぱったりと来なくなったなあ。

 まるで今までの事が、全て夢だったみたいだ。

 カウンターに座る三人の客の麺を啜る音だけが、ジュルジュルと響く。

 そんな静かな店内の中で、れんげちゃんがせっせと小上がりのテーブルを磨いているのが、なんとも奇妙というか。

 あれが彼女の自然な姿なんだろうな。

 お客のいるいないは関係なく、体を動かし続けている習慣が、体に染みついているのだろう。

 そうだな、俺も、なにかしていた方がいいんだろうな。

 全然たまってないけど、その分丁寧に洗い物をしていると。

 客の作業員達が帰る気配がした。

「ハイ、御会計千五百円になります。はい、丁度お預かり致します…」

 れんげちゃんのハキハキとした可愛い声をカウンター越しに聞きながら、俺は腹に息を溜める。

「ありがとうございましたっ!」

「アリガトヤシタッ!」

「ありがとっシタッ!」

 空元気でもなんでもいいや。れんげちゃんが普段からこまめに働いているのがスタンスであるように、ご来店とお帰りの挨拶も、いつも通りにやらないとな。

 とはいえ、客、来ないよなあ…

 手持ち無沙汰に平ザルを鍋に引っ掛けた俺の視線の隅に、れんげちゃんが下げてきたドンブリが映った。

 空、だった。

 スープや具は当然だが。

 麺が、麺が、完全に食べ尽くされていた。

 もう俺としては「残されて当然」と思い込んでいた、麺が。

 俺ごときが、いや、ごときじゃないと思わない事に決めたんだけど、それでも、俺ごときが茹でた麺が。

 完食、だった。

「おやっさんスイマセン、ちょっと出てきますっ!」

「お、おい、ナルト…」

 もう、親父の声など耳に入らなかった。

 俺は猛然と店を飛び出すと、左右を急いで見渡す。

 変なタイミングで話しかけられる、鳴人君。

 あれ、俺、なんかしたっけ?


 あ、麺が、残されていない!

 あれぇ?!

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