101 きっと君ならできるよ
ま、待って!
話を、聞かせて…
ぜぇ、ぜぇ…
鳴人君、体力自慢じゃなかったの?
は、走るのは、別の体力なんだよ!
いた。
なにか楽しそうに話しながら道を歩いていく作業員たちが。
急いで走って、その前に回り込む。
「あ、あの、その…」
何事かと覗き込む作業員たち。
しかし、いきなり走ったので、息が続かない。
「なんだい? お金は、ちゃんと払った筈だが?」
真ん中の、年配風の作業員が、心配そうに声をかけてくれる。
ああ、そうだ。思い出した。
この人、前に来々軒のラーメンを「アイがある」と言っていた人だ。
「い、いえ、違うんです。ラーメン、美味かったかなっ、て、思って…」
あ、いや、そういう事言いたいんじゃなくって。
「ああ、美味かったよ。そうか、今は君があの麺を茹でているのか」
穏やかな視線。
温かな声。
ふと、もう亡くなった、じいちゃんの事を思い出した。
「親父さんの麺は、来々軒の麺茹では、難しいだろう?」
「は、はあ…」
なんで判るんだ、この人?
「そういえば、君もあの店の常連だったね。
…そうか、以前の親父さんの事は知らないのか」
以前って…
ああ、そういえば親父、奥さんと離婚れてから、この場所に店を借りてラーメン屋をやり直したとか言ってたな。
「あの、おじさんは知ってるんですか、その、前の来々軒の事を…」
「ああ、知ってるもなにも、なあ?」
「いえ、僕は知らないですけど…」
「私も…」
一緒にいた若い作業員たちは首を振っていたけど。
「でも、主任が勧めるラーメン屋だけの事は、確かにありますよ」
「うん、どこがってわけじゃないけど、懐かしい味なんだよね、ココのラーメン」
あ、この年配風の人だけじゃない、この人たちみんな、来々軒の味が好きでいてくれるんだ…
「きょ、今日のラーメンは、どうでしたか?」
「今日って、いつも通りだったけど、なあ?」
「いやほら、今は店主がケガしてるから、彼が…」
「ああ、なるほど、ね」
いやそんな、内輪で話さなくったって。
でも。
どうやら俺は、親父さんのように麺を茹でる事が出来てはいるようだ。
でも、だったらなんで、急に客足が落ちてしまったんだろう…?
「あの子、えー、れんげさんとか言ってたか、あの子、女将さんに似てるねえ」
「は、はあ…」
昔を懐かしむように、主任とか呼ばれていたおじさんはあごに手を当てていた。どうも、クセの一つらしい。
「あの頃の親父さんは、本当に生き生きとラーメンを茹でていたんだよ。そう、ちょうど、今の君みたいにね」
そんな事を言われても、昔の親父を知らない俺には、なんの事だか判る筈もない。
ただ、いかにもやる気のなさそうな親父の不味いラーメンの事はよく覚えているけど。
まあ、最近の親父の仕事ぶりを当てはめれば良いのだろうけど。
「親父さんも女将さんも、本当にラーメンが好きで商売をやってるんだと言うのが、こう、食べていて伝わってくるんだよ。値段も味も、人柄もね」
親父さんの奥さんって、どんな人だったんですか?」
年配の作業員服は、昔を慈しむような笑みを浮かべた。
「それこそ、あの子みたいな人さ。君も、判るだろう?」
ああ、確かにれんげちゃんはそんな感じだ。
心の底からラーメンが好きなんだというのが、見てるだけでも伝わってくるよ。
…でも、ラーメンは人柄で作るもんじゃないと思うんだけどなあ。
「来々軒のラーメンは、昔っからあの二人が築き上げた味を守っているんだよ。例え、親父さんが一人でラーメン屋をやっていても、それは変わらなかったんだ。だから、あの麺茹では難しいだろうけど、きっと君ならできるよ。君には“アイ”がある。見ている人が見ているんだから、間違いない、きっと大丈夫だよ」
「は、はあ…」
“アイ”って言われてもねえ。それが判らないから困っているんだけどな。
第一、俺の茹でた麺のせいでお客が入らなくなっているのは、間違いないんだし。
「そんな事より君、仕事はいいのかい?」
仕事?
あ!
「ス、スイマセンでしたっ!またのご来店もお待ちしてますっ!」
俺は大慌てで店に向かって走り出した。
君なら出来るよ。
貰って嬉しい言葉だけど。
根拠が何か、あるんですか?
ああ、君は、親父さんの若い頃にそっくりだからね。だから、大丈夫だよ。
彼女も、女将さんによく似てるね。だから、大丈夫。
そういうものなの、か?




