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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第14章 鳴人の修行、親父の決断、彼女の思い

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86 鳴人くん、ほら、コレだよコレ

 開店前の準備。

 一番遅い、危なっかしい、お荷物の鳴人君ヘのフォローに最大限割り振って、開店準備が進みます。


 そこまで言うことないだろ!

 いや、もっともだと思うネ。

 後の事は一切、私がやりますから。


 く、くそぉ…

 翌朝。

 普段はもっと遅くにやってくる親父も、今日はさすがに俺たちと変わらない時刻で店に現れた。

 昨日の手さばきぶりから、麺の仕込みに倍の時間はかかることが判っていたので、掃除や具材、スープの支度などは、全部れんげちゃんが引き受けて、俺と親父は麺の仕込みやほぐしに専念すると決めてある。

「ヨシ、早速、始めるヨ」

「はいっ」

 親父の見守る中、木製の調理台の上に、やや氷がかった、ひんやりと冷たい麺を並べ、指で温もりを与えるようにして、徐々にほぐしていく。

 ダマにならないように、ちぎってしまわないようにという手加減、指加減が肝心で、昨日初めてやったときには、その冷たさに手の感覚が徐々に無くなっていくし、妙に固まったり、逆にバラバラにさせすぎるなど、散々なものだった。

 だが、一度、コツをつかんでしまえば、後は、いかに同じような手さばきで素早くほぐせるか、という事だ。

 今日の麺は、親父のほぐしたものに比べるとまだまだだが、それでも、それなりに形になってきている。

 無駄な力が省けているみたいだし、麺の冷たさも、それほど気にならなくなってきた。

「鳴人君、そうだ、その加減だヨ。やっぱり、あっしが見込んだだけの事はあるネエ」

 うん、自分でも上手く出来てきていると思う。

 体が熱くて、指先にまで血が充分通っている感じだ。

 自然に汗が吹き出して、顔を滴り落ちていく。

「鳴人くん、ほら、コレだよコレ」

 親父、ふと気配が消えたと思ったら、捩り鉢巻なんか引っ張りだしてきた。

 なるほどね、確かに必要かも知れない。

「すいません」

 礼を言って頭に巻き上げる。

 なんか、いっぱしの職人みたいに思えてきたというか、らしく見えるというか。

「なあに、あっしの愛用品の鉢巻きだからネ」

「げえっ、親父さんの汗がたっぷり染み込んでるんですか!」

「なに言ってんだい、ちゃんと洗濯してるよオ」

 二人で笑っている中に、れんげちゃんの笑い声も小さく聞こえた。

 うん、れんげちゃん、なんとかやれそうだよ。きっとなんとかしてみせるよ。


     ~ ・ ~


 開店前に、どうにか麺の準備は間に合った。

 掃除やスープの準備は、れんげちゃんが一人で全部やっていたが、当然のごとく完璧に支度は済んでいる。

 俺の実家で、れんげちゃんが俺を茹で方に専念させて、あとの一切合切を引き受けた時と同じように。

 そう、そうだよ。あの時の経験を、ここでも生かせばいいんだ。

 まして、慣れ親しんでいる来々軒の中でのことだ。出来ないだなんて、言い訳にしか過ぎないよな。

「マスター、お客さん、もうかなり並んでいます」

「ウン、開店しよう」

 れんげちゃんが入り口の引き戸を開けると、外の寒気と共に、待ちかねたかのようにお客さんがドッと流れ込んできた。

 いよいよだ。

 なんか、緊張してきた。

「いらっしゃいませっ!」

「ヘイイラッシャイッ!」

 れんげちゃんと親父の掛け声が、店内に響く。

「いらっしゃいっセー!」

 俺も負けじと声を張り上げながら、早速、麺を茹で始める。

 親父と違って、一度に五食分しかこなせないから、少しでも早くしないとな。

「マスター、醤油三丁味噌一丁塩四丁!」

「アイヨッ、醤油三丁味噌一丁塩四丁!」

「オッケー、醤油三丁味噌一丁塩四丁!」

 ハハ、早速、八食分か。ドンドン茹でていかないと、間に合わないな。

 茹で加減を見計らいながら、ドンブリの準備もしておきたい所だが、注文前に茹で始めたから、もう鍋に張り付いていないとならないし、これは大変だよな…

 なんて、考えるまでもなかった。

 れんげちゃんが、さっと厨房に入ってきたかと思うと、手早く五食分のドンブリの準備を済ませてしまった。

「鳴人君、今だ」

 かたわらで見守ってくれる親父が、声を掛ける。

「はいっ!」

 手早くは出来ないけど、でも、なるべく急いで、俺は平ザルを振り回すように湯切りすると、ドンブリに麺を注ぎ込む。

 入れると同時に、れんげちゃんが両手に持った菜箸で具材を盛りつけていく。

 うっ、速い。

 俺が次の麺を湯切りする前に、もう具材を持って構えている。

 うわぁ、待たせてるよ。

「焦らなくていいですよ。丁寧に正確に、そして素早く、です」

「は、はいッ」

 声が裏返りかかるのを堪えて、なんとか二食目の麺をドンブリに入れ終える。

 次々にこなさなきゃならないのに、手がもどかしい位に遅い。

 それでも、なんとか三食目、四食目をドンブリに入れ終える。

 やっと、最後の麺を茹で鍋から揚げようとした時…

「鳴人さん、最後の麺は茹でなおして下さい」

 左手でスープの入ったドンブリを流しに捨てながら、れんげちゃんはそう言い残して、ラーメンを持って客席に行ってしまった。

「え?え?」

「…鳴人くん、それはもう伸びきってしまっているんだよ。さあ、すぐに次の麺を茹でるんだ」

「…は、はい…」

 親父より三食も少ない、五食分しか茹でていないのに、茹ですぎになってしまう。

 俺の湯切りや、ドンブリに入れるスピードが遅すぎるのか。

 マズイなあ…

 しかし、お客さんが入ってきている中で逃げ出すわけにもいかない。

 それに、れんげちゃんや親父の期待にも、なんとか応えたい。

 麺を大鍋に放り込みながら、頭の中で湯切りから移し替えまでのイメージを思い描く。

 「丁寧に正確に」やって、出来るようになったら「素早く」やればいい。

 そう、れんげちゃんは教えてくれている。

 素早くやるのは、最後でいい。

 焦っちゃだめなんだ。

 焦ってミスしたり、手元がおろそかになるから、却って余計な時間が掛かるんだ。

 集中、集中して…

「鳴人くん」

「はいっ」

 れんげちゃんがすでに用意してくれているドンブリの中に、茹で上がった麺を放り込んでいく。

 一つ、二つ、三つ…

 四つ目を入れたとき、れんげちゃんの顔色を伺いたくなったが、そこを堪えて五つ目の麺を揚げる。

 彼女は何も言わない。

 まだ、茹で過ぎてはいないんだ。

 そのままドンブリに入れると、彼女は颯爽と具材を入れて客席に運んでいく。

 よ、よし、やったぞ…

「鳴人くん、次だよ次…」

「は、はいっ!」

 親父に急かされるままに、俺は次の麺を茹で上げに取りかかる…


     ~ ・ ~


「ありがとうございましたっ!」

「アリガトヤシタっ!」

「ありがとっしたぁ!」

 最後の客が店を出た。

 同時に、どっと疲れが吹き出す。

 へなへなと崩れ落ちた俺の肩を、親父がポンポンと叩いてくれる。

「初めてにしては、上出来だヨ」

「そ、そうですか…」

 少し照れくさいけど、なんとか一日、四百食分の麺を茹で上げたんだ。

 この、俺が。

 やれば出来るもんだよ、うん。

「片づけは、私がやっておきますから、鳴人さんは休んでいて下さい」

 れんげちゃん、ちょっと固い笑顔で、そう言ってくれる。

「い、いや、そうはいかないよ。俺も手伝う…」

 ただでさえ、親父の怪我の分まで、れんげちゃんがカバーしているんだ。

 疲れてるからって、そんなに甘えられない。

 彼女の方が、俺の何倍も疲れているはずなんだ。

 あの、見ている方が嬉しくなってくるような笑顔じゃ、なかったから。

 なんだかんだ言って、今日一日を乗り切りましたね。


 さすが、鳴人君だ。あっしが見込んだことはあるヨ!

 後は、わたしがやりますから…

 あ、ありがとう。さすがに、腰がヘナヘナなんだよね… 

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