85 彼女の細い瞳が精一杯開かれて、俺を見上げている
短いんですが、心理状況とか、場面変換の関係で、ここでカット。
カチャカチャとドンブリが現れる音の中で浮かんでくる心理状況を、読み解いて頂ければ幸いです。
明日は早めに店に来て、麺の仕込みをとにかく間に合わせる事に専念するということで、親父は帰った。
そのまま病院に行くらしい。
俺たちも、後片付けをさっさと済ませて、明日に備えたい所だ。
「ねえ、れんげちゃん、本当に、俺が茹でていいんだろうか?」
ドンブリを洗っている背中越しに、声を掛けてみる。
「…マスターがお決めになられた事ですから」
振り向いてくれないまま、ドンブリがお湯の中で揉まれていく、カチャカチャという温かい音だけが響いていた。
「でもさあ、自分でいうのもなんだけど、俺の茹でた麺、とてもお客に出せるようなもんじゃないと思うよ」
拭き上げた麺用の大鍋を、彼女の下の脇にある大棚に押し込む。
「やっぱり、君が茹でた方が…」
ドンブリのぶつかる音が、ピタッと止まった。
彼女の細い瞳が精一杯開かれて、俺を見上げている。
思い詰めたような、怖い顔、のように、感じた。
「い、いや、無理だよね。ハハ、そんな事、よく判ってるよ」
思わず、取り繕うようにおチャラけて、麺箱を片づける理由を見繕って調理場を離れた。
背後で、再びドンブリのぶつかる音が響き始めた。
…そうだよな。弱音は禁物だよな。
俺がしっかり麺を茹でれば済むことだし。
実家でやった即席のラーメンってわけにはいかないんだ。
繁盛店で、しかも愛着の深い来々軒を切り盛りするんだ。れんげちゃん、さすがに手一杯だよな。
なんでも彼女に頼ろうとするだなんて、男として、やっぱりマズイよ。
俺は、いつか彼女のようなラーメン職人になりたいんだし。
彼女と対等に、対等に話せるようになったら、なったら、きっと…
だから、逃げちゃだめだよ、きっと。
鳴人君は分かりやすいんですよ。お坊ちゃまで甘えん坊の末っ子ですから。
なので、妙にポジティブというか、楽観的なんですよね。
れんげちゃんは、今後どうなるか、予測していますね。
その時に自分がどうしたらいいのか、とかも考えてますね。




