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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第14章 鳴人の修行、親父の決断、彼女の思い

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85/100

84 一体、なにを根拠にそんな事言い切れるんだ?

 麺方の修行。当然ながら、悪戦苦闘です。


 いや、普段からあっしを見ている鳴人君なら、出来るはず。きっと出来るヨ!

 そうかぁ?

 これ、見るとやるとでは大違いだぞ?


 来々軒は、昔から平ザルに拘っています。

 普通に深いザル(てぼ)を使えば、ここまでの苦労はしません。

 でもねぇ、平ザルで茹でると、麺の茹で上がり方が、まるで違うんだよねぇ。

 ここは鳴人君に。ぜひ頑張って習得して頂きましょう。


 作者め、俺ばっかり苛めやがって…

 ソリャソウデショ。アンタ主役なんだもん。

 あんな可愛い子が側にいて、一つ屋根の下で一緒に働いたり生活してたり(部屋は別)してるんだよ?

 むしろ、感謝して貰いたいね。

 く、くそぉ…


 午前を目一杯掛けて、なんとか100玉、麺をほぐし終えた。

 しかし、俺の見た目でも、麺はダマになっていたりバラバラだったりと、まともな仕事とは思えない。

 考えてみれば、親父は開店前に200玉、汗だくになりながらもきっちりほぐしているんだ。

 まあ、俺の横で、それこそ付きっ切りで、「そこはチガウ」とか「この辺の手の使

い方はネ」とか、教えてくれてはいるんだけど。

 一言一言、気にしながらやってはいるのだが、当然、手元がはかどるわけもない。

 終いには、親父が何を言っているのか、判らなくなってくる始末だ。

 熱心に教えてくれようとしているのは判る、判るのだが。

 なんというか、親父、人を教えるのが猛烈に下手くそだ。

 まあ、俺の不器用さも、当然あるにはあるのだが。

 俺たちが悪戦苦闘している間に、れんげちゃんは、練習用にと、普段のメインスープを一鍋仕上げてしまい、明日のスープの仕込みも終わらせている。

 最初に茹でて失敗した麺を、中華鍋で一気に水気を飛ばして、焼きソバらしき賄いに仕立て上げてくれた。


 午後から、茹で方の練習を始めた。

 といっても、平ザルの使い方から始めなきゃならないわけで、これが結構難しいのだ。

 買ってきた糸こんにゃくを麺に見立てて、手首の返し方、スナップの利かせ方を練習するのだが、こんにゃく、じゃなくて、麺が全然、宙を舞わない。

「鳴人くん、チガウ、チガウんだよ。そんなに腕を振り回しちゃダメだダメだ。もっとこう、グッとパッとだネエ…」

 親父、んな事言われても、ちっとも分かんねえよ。

 グッとかパッとかって、一体なんなんだ?

 ああ、横でギャアギャア騒がないでくれ、気が散るって。

 …なんて、さすがに従業員の身では言えない。

 れんげちゃんは、俺たちのことには完全にノータッチを決め込んでいる様で、セッセと床やテーブルを磨き込んでいる。

 まあ、どうしても無理なら、れんげちゃんに麺を茹でて貰えば済む…わけないか。

 俺に、接客は絶対無理だというのは、この前、信金野郎根岸が来たときにちょっとやってみて、よぉく判ったし。

 スープや具の盛りつけも、俺の代わりに彼女がこなすだろうから、せめて麺はしっかりと茹でなければならないよな。

「鳴人君、ほら、手がおろそかだよっ」

「は、ハイっ!」

 親父、それなりにキビシイ。

 でも、とてもウルサイのだが


 結局、親父やれんげちゃんみたいに、チャッチャッと湯を切って、というのは、まだ出来ないので、細かくザルを揺すって、なるべく速くドンブリに入れるという形で落ちついた。

 本来は、麺が傷むし、充分に湯切り出来ないのだが、れんげちゃん、茹で鍋の塩加減を強めにして、やや固めに茹で上がるようにしてくれると言ってくれた。

「だから、大丈夫ですよ、きっと」

 そういって彼女はいつも通り笑ってくれたが、なんか、その表情が固いように思えたのは気のせいだろうか?

 とにかく、れんげちゃんも厨房に入って、実際に麺を茹でてみる事にした。

 熱く煮立った茹で鍋の中に、麺の塊を5つ入れる。

 親父はいつも、8つの麵玉を、少しずつ時間差をつけて入れていた。

 そうする事で、茹でムラをなくし、均一な茹で加減の麺を出すためだ。

 だが、俺の手つきを考えて、最初は5つにしようと親父が言い出したのだ。

 じっと、大鍋の中で揺れる麺を見守る俺と親父。

 れんげちゃん、ササッとドンブリを並べて、まだ、スープは注がないでいる。

 さすが、俺とほとんど同じタイミングでスープを入れるのを待っているわけだ。

 そ、そうか。

 スープを注ぐタイミングに合わせて、麺を上げればいいんだ。

 なんて、茹で加減を見ているはずもないれんげちゃんに、そんな芸当ができるはずもない。

 と思ったら、れんげちゃん、一杯目のスープを注ぎ始めた。

 同時に、親父も「鳴人くん!」と声を掛けてくる。

「ハ、ハイっ!」

 あわてて最初の麺を掬い上げ、ジャッジャジャッジャッって感じで振り回して、ドンブリに放り込む。

 バシャっと、スープが跳ねて、れんげちゃんに掛かってしまう。

「あっ、ゴ、ゴメンっ!」

「いいです。それよりっ!」

 れんげちゃん、気にもしないで二杯目を注いでいる。

 は、速いよ、タイミングが速すぎるよ?

「鳴人くん!…イテテッ」

 え? 

 見かねて親父が手を出そうとする位、俺が遅いの??

 あわてて二杯目の麺を揚げたけど。

「ゴメンナサイね」

 れんげちゃん、スッと俺と体を入れ換えると。

 残りの3つの麺をすぐに掬いだして、もう準備の終っているドンブリに入れてしまった。

「れんげちゃん…?」

「鳴人君、もう、残りの麺は茹ですぎなんだ」

 親父が、唇をかみしめながら、そう言った。


 試食してみると、確かに、全部茹ですぎだった。

 最初の一杯目は、伸びた感じの上に、パサツキ感さえあった。

 二杯目も、伸び気味な上に、スープの味が薄いように感じた。

 三杯目からは、ちょっと伸びてる感じだが、まあ、判らないといえば判らない位だが。

「親父さん、やっぱり、俺…」

「鳴人君、最初はだれでも初心者なんだ。こんな事で挫けてどうするんだ」

 んな事いったって、親父が腕を挫きさえしなけりゃこんな事にはならないのに。

「マスター、麺を入れるタイミングを、もっと伸ばしたらどうでしょう」

「…そうだな。鳴人君が慣れてくるまでは、しかたないな」

「さあ、もう一度です」

 そ、そんな、不安そうな真剣な表情で、俺を見ないでくれよ。

 判ってる、判ってるよ。

 明日の開店までに、なんとか一通りは出来るようにならないと。

 気持ちは真剣に。

 でも、相変わらず手つきはモタモタしながら、俺は茹で鍋に麺を入れた。


「親父さん…」

「マスター…」

「うーむ…」

 ずらりと並んだ、ドンブリの行列。

 だが、自分でいうのもなんだけど、まともに茹でられた麺は、一つもなかった。

 いや、自分で食べる分として考えれば、まあ、伸びすぎとか、固いとか文句を言えばすむレベルのものだが。

 しかし、お客に出せる状態には、ほど遠い。

 例えていえば、いや、例えたくはないのだが。

 れんげちゃんが来る以前の、あの不味かった来々軒のラーメンみたいなものだ。

 あの味でいいなら、なんの問題もないのだが。

 …いや、この高級麺を使って、しかも行列の出来るラーメン屋としてのプライドとして、俺の茹でるこんな麺は、とても出せたものではない。

 全く、自分でいうのもなんだが、ラーメンを不味く造るというのは、本当に造作もないというのがよく判る。

 しかもスープや具が抜群に美味いだけに、麺のマズサが強烈に引き立つのだ。

 俺が客なら、スープだけ飲み干してそのまま帰るし、もう二度と店にはこないだろうな。

 自分でいうのもなんだが、それが当然の理、自明の理というものだろう。

 そう思って、親父の顔を伺ってみると。

 なにか、決心したような表情を浮かべている。

 おいおい…

「いや、鳴人くんなら出来る。出来るはずだヨ。きっと出来る。うん、うん」

 うんうんって、なにを一人で頷いているんだ?

「マスター、予定通り、お店を開ける、んですか?」

 こわばった笑顔で、れんげちゃんが尋ねる。

「いや、うん、開ける、開けるヨ。ウチのラーメンを楽しみにきて下さるお客さんに、ご迷惑はかけられないからネ」

「…親父、さん、ほんとに、いいんですか?」

 いいにくいけど、今の俺じゃ、ちょっと茹で方は無理だとしか言えないぞ?

「いいんだ。鳴人君なら出来る。きっと出来るヨ」

 そんな、確信こもった目で見つめられても、なあ

 一体、なにを根拠にそんな事言い切れるんだ?

「鳴人君は、ウチの、来々軒のラーメンを“アイ”してくれているんだ。だから、出来る、きっと出来るヨ!」

 …アイ?

 なにを言い出すんだ、この親父は。

 そういえば、れんげちゃんも、常連さんになってくれた労働者風の年配の男の人も、なんかそんな事言ってたよなあ。

 でもねえ、昨日の今日でハイどうぞって出来てしまう程、ラーメンって甘いものじゃないんだと思うんだけどねえ。

 高価な食材を散々無駄にして、練習を重ねる鳴人君。

 これ、捨てちゃうの?

 そうですよ。お客様に、とてもお出し出来ませんから。

 やっぱり、俺が麺方なんて無理なんじゃ。

 イヤ、君なら出来る。きっと出来るヨ!

 一体、何を根拠に…

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