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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第14章 鳴人の修行、親父の決断、彼女の思い

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83 判る。今なら、よく判る

 麺方。傍で見ているのと、自分でやってみるのでは大違い。

 あれ、親父、もっと簡単そうにやってたぞ?

 親父に出来て、俺に出来ないはずは無い、んだけどなぁ…

 心配そうに見守る、れんげちゃん。

 かたわらに立っている、親父。

 グラグラと煮立った麺茹で用の大鍋の前で、俺は自分が見られているのを意識しながら、じっとお湯に突っ込んだザルの中の麺を睨み付けていた。

「親父さん、そろそろ…」

「まだ、まだだな」

 麺を上げるタイミングは、俺もドンブリを用意している関係で、なんとなく判るつもりではいたけど。

 実際に自分で麺を睨みながらと茹でるというのは、全くの別物だった。

 練習用にほぐした麺の下ごしらえも、親父は片手しか使えないので、俺の手ほどきしか出来ない。

 れんげちゃんは接客の他に、俺のやっていた下準備も引き受けることになるから、麺にはタッチ出来ない。

 だから、俺がほぐしたのだが、そうなると、麺自体が微妙に代わってくるので、やはり茹で加減は親父が見ていなければならないらしい。

 どうも、麺茹では、ただ単に時間を決めていればよいという類ではないみたいだ。

 俺も、そのコツというか、技術を身に付けられれば良いのだが、昨日今日で判るはずもないし。

「よし、今だ」

「はい」

 鍋の中を泳ぎ回る麺を、平ザルで掬いあげて、手首を振るってお湯を切る。

 ちやっつつ、ちやっつつ…

 なんとも、まだるっこい音が響く。

 そして、麺はカゴの中にへばりついたままだ。

 親父さんが湯切りをしている時は、麺が空中で踊っていた。

 俺のは、とてもじゃないけど、湯切りにはなっていない。

「あれ、あれ…」

「鳴人くん、チガウよ、こう、こうだ…」

 見かねて親父が手を出そうとしたが。

「イテッ、イテテテ…」

 ああ、無茶はよせって。

 しょうがなく、れんげちゃんが即席でつくった塩スープのドンブリにそのまま麺を入れる。

 麺の味そのものを確かめる事のできる、ごくあっさりとした透明なスープの中に、ボチャンと、塊そのもののように、俺の茹でた麺が沈んでいった。

 普段なら、美味そうな匂いを立てるスープの海の中に、生命を得て解け広がって行くかのように麺が納まっていくのだが。

 そして、そんな様子がリズミカルに生き生きと繰り返されていくのが、俺は大好きなのだが。

 すでに、試食しなくても判る。

 このラーメン、絶対に失敗だ。

 俺が来々軒で働き始めたころ、れんげちゃん、俺のもたついている間に出来たラーメンを、見た瞬間にダメ出しして作り直させていたけど。

 あの時は、どうしてイケナイのか、よく判っていなかったけど。

 判る。今なら、よく判る。

 この麺、すでに“死んで”いる。

「さ、食べて見ましょう」

 でも、れんげちゃん、俺の背中を押すようにしてそう言ってくれた。

「あ、ああ」

「そうだな」

 それぞれ、箸を突っ込んで、麺を啜ってみる。

「…芯が、まだ残ってますね」

「…途中で固まって、そのまま伸びちゃってる」

「…あっしのタイミングが、悪かったかなあ…」

「いや、麺をほどく俺の手つきがダメなのかも」

 氷温熟成麺を、手で、体温で、一本一本、解氷していくかのように解きほぐすのが、来々軒の麺である。

 扱い方を熟知していても、不自由な左手しか使えない親父と、全くのシロウトである俺が下ごしらえしてみた所で、本来の味わいが出るはずもない。

「とにかく、練習するしかないですね」

 れんげちゃん、キッパリと言い切ってくれるけど。

 そう簡単に出来そうなもんじゃ無いと思うけど、ねえ。

 あ、これ、昔の来々軒の麺だ。

 あの、どうしようもなく不味かった麺の味だ。

 手つき、手早さ、手慣れ感。

 親父と、俺。

 麺方が違うだけで、ここまで味が変わるものかよ…

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