81 ハハハ、冗談キツイなあ
掃除はボチボチ、卒業ですね。
スープの下ごしらえ辺りから、ちょっとやらせてみましょうか。
とはいえ、掃除なんて出来て当たり前。
まだ、店の生命線である、スープや麺の仕込みを手伝える程の自信はないんだ。
普段、俺がやってる具材の準備は、今、準備しちゃうと新鮮味がなくなるので、開店当日に一気にやっているんだ。これは、麺も同じ。
対してスープ仕込みなんかは、前日からある程度やっておかないと、間に合わなくなるので。
まあ、手が空いちゃったついでに、れんげちゃんの仕事ぶりを観察というか、技を盗み見るというか、そんな事しか出来ないよな。
いや、もちろん、ただ黙ってみてるんじゃなくて、彼女の指示を仰いで手伝いながらだけどね。
中華包丁で、牛骨に筋を入れ、砕いていくその要領とか。
バラバラっと大鍋に入れて、ポリタンクの水をひたひたに注ぐんだな。
力仕事だし、俺がやろうと思っていたんだけど、タイミングを逸してしまった。
と思うと、もう野菜スープの材料の検分、仕込み、分量に入っている。
なんか、れんげちゃん、完全に体に染みついているようで、とにかく速い。
だから、俺自身、自分に余裕がない時には、見ていてもよく分からないことが多い。
…いや、正直いって、今、こうして余裕がある時に見ていても、未だによく分かっていないと思う。
とか思っている間に、鶏ガラの準備を始めちゃっているし。
今度こそ、少しでも役に立たないとな。
「あ、水を入れるのはまだ早いですよ。ポリタンクは、まだ出さなくていいです」
ハハ、たしなめられちゃったよ。
やっぱり、こういうのは、要領が判らないと、手伝うことも出来ないよな。
「鳴人さん、野菜スープの下準備、お願いします。もう一鍋、先に作っちゃいますから」
「えっ、俺が?」
「はい、そろそろ、覚えて頂いても、鳴人さんなら大丈夫ですよ。材料は、今わたしが準備したものを使って下さい。切り込みの入れ方は、判りますよね?」
「あ、ああ…」
ま、あ、具材の下処理で、この所、毎日包丁扱っているから、出来ないことは、ないと思うけど。
でも、分量とか、要領とか、まだ、完全に頭に入っていないし、なあ…
「大丈夫ですよ。まずはやってみないと判らない、ですよね。ラーメン作りは、理屈なんかよりも、まずは体で覚えちゃった方が早くて美味しいですから」
そう、にっこり笑って言われると、俺も黙ってはいられないよね。
折角、任せてくれたんだ。
よおし、やってやるぜ!
山盛りに積まれた、野菜の山。
ダイコン、ニンジン、タマネギ、ハクサイ、ナスがメインで。
薬味には、ニンニクじゃなくてショウガを使っている。
そして、隠し味としてリンゴを加えるのが、来々軒オリジナル、れんげちゃんの一工夫なんだろうな。
野菜の旨味が出やすいように、でも、余分な雑味は出さないように、切り方に工夫があるらしいんだけど、理屈はよく判らない。
ただ、形は見よう見まねで判るので、出来ないということはない。
俺は、一心不乱に手を動かした。
れんげちゃんが、メインスープの牛骨と鶏ガラの支度を整えている間に、俺の下ごしらえもなんとか終った。
うん。やれば出来るじゃないか。
「どう?」
一応、お伺いを立てる。
「あ、ありがとうございます…」
へっへっへっ、いやあ、なあにこれ位…
と、れんげちゃん、山盛りの野菜を一つ、二つと手にとって眺めると。
ニンジンやダイコンの剥いた皮を俺にみせた。
「こういう根菜の旨味は、皮のすぐ内側に含まれてますから、もう少し薄く切って下さい。あと、全体に、切り口が、ちょっと雑、ですね。乱暴に切ると、出汁に余分な雑味が出ちゃいますから」
とかいいながら、ろくに手元もみないまま、皮をさらに薄く剥き切り始めた。
「れ、れんげちゃん、危ないよ?」
と、言っては見たものの、彼女の手つきは危ないからは、ほど遠い。
大きな中華包丁から、まるでカンナでも掛けているかのようにダイコンの皮がさらに薄く引き伸ばされて二つに分かれていく。
「大丈夫ですよ。それより鳴人さん、そろそろ包丁を研いだ方がいいですね。切れない包丁の方が、変に引っかかったりして、却って危ないんですよ。
良い職人さんは、みんな道具を大事に丁寧に使います。ラーメン作りも、同じですよ」
「は、はあ…」
とか言ってるうちに、れんげちゃん、皮を全部剥き終えてしまった。
俺の切った野菜も、自分でさらに切り直し始めたかと思うと、もう何個か野菜を足して、見る間に作り直してしまう。
どうやら、ラーメンの具材を切るのとは違って、全部「やり直し」レベルらしい。
トホホホ…
「アハ、そんなにがっかりしないで下さい。わたしも、お願いするのはまだちょっと早いかなあ、とは思っていたんです。
却って安心しましたよ。鳴人さん、覚えるのが早いから、そのうちにわたしの仕事まで無くなっちゃうかも、なんて思ってたんですから」
そ、それはない。断じてない。
と言おうと思ったら。
れんげちゃん、軽く舌を出して笑ってる。
「ハハハ、冗談キツイなあ」
「フフフ…それにしても、マスター、遅いですね…?」
ふと、彼女が裏口を見やる。
予感でもしたのか。
タイミングよく、戸が開いた。
「おう、早いねぇ」
親父さんの声。
「あ、マス、ター…」
「お、親父、さん…」
親父、利き腕に三角巾をしていた。
顔も、あちこちに湿布やら包帯やらで。
いや、顔は、まあ、どうでも良くはないけど。
どうせ、元からそんなに美男子というわけでもないんだし。
あ、そういうつもりじゃないんだけど、いや、まあ、それは別になんとかなる。
でも。
腕、腕って…
「ハハハ、面目無い。実家の連中と、ちょっと、ヤッちまってヨ…」
俺とれんげちゃんは、呆然と顔を見合わせた。
店、どうするんだよ。
明日から、開店なのに…
親父、よりによって利き腕の怪我。
冗談キツイじゃ、済まさせませんよ?
作者、お前なぁ!マジで冗談じゃないよ!
いや、おれのせいじゃない。親父さんの自己責任でしょ?
そんなことより、来々軒、これからどうなってしまうんでしょうか?
れんげちゃん、そりゃもちろん、主人公に頑張って貰う訳ですよ。
こういうピンチに主人公が大活躍するのは、創作の基本ですよ、基本。
え?
鳴人、さんが?
れ、れんげちゃん、なんだよ、その悲しそうな眼は!
作者、お前なぁ…!




