80 ハハ、考え事していても、手は動いているんだ
新章開幕。
年明けの来々軒。
店内はともかく、看板とか外装は、ねぇ。
でもなぁ、そんな簡単に、改装費を貸してくれそうな所なんて、ないよねぇ。
「帰ってきたね」
「帰ってきましたね」
俺とれんげちゃんは、互いの意志を確かめあうように言葉をかわすと、薄汚れた『来々軒』の看板の前で一息ついた。
店の中の清掃は、充分すぎるくらい行き届いているのだが。
外装だけは、さすがのれんげちゃんでも、どうしようもない。
建物自体が相当古いのだから、なんらかの手を入れる時期ではあるのだが。
借家だから、大家さんとの話もあるだろうし。
第一、改装資金なんかどこにもないだろうし。
まあ、しばらくはこのままで行くしかないだろう。
それでも。
「早速、取りかかるの?」
「いえ、明日の開店に間に合えば良いのですから、まずはお茶でも飲んで、一息入れましょう」
「おっけー。荷物おいて、着替えてくるよ」
「ハイ」
三日程、留守にしていただけなのに、店の中が妙に新鮮に感じる。
れんげちゃんという「主」が留守にしていた間、来々軒も骨休みしていたかのようだ。
照明を入れて、窓を開けて戸外の換気を入れる。
その間に、れんげちゃんはテキパキとお茶の準備をしてくれた。
「親父さん、もうこっちに帰ってきてるのかな?」
いつもながらの、美味しいお茶。
「さあ…保証人の事、上手くいっているといいんですけど」
「揉めると、長引く、かも?」
「ええ。…もしそうだったら、鳴人さん、マスターの代わりにお店を開けて下さいますか?」
「ええっ?!」
びっくりして顔を上げると、れんげちゃん、いたずらっ子のように舌を出してみせた。
「なんだ、冗談か。脅かさないでよ」
「ええ、半分は」
半分?
「でも、鳴人さんのご実家で、立派に麺を茹でていらしたじゃありませんか。マスターのご許可が頂ければ、大丈夫、立派に代役はできると思いますけど?」
「そ、そんな。あれは、あの一日だけの事だし、通ってくれる常連さんの事なんて考えなくても良かったからだよ」
俺もそうだったから言えるんだけど。
常連さんの舌って、かなり敏感なんだよね。
同じ味、同じ旨さじゃないと「手を抜いた」と思われてしまう。ひいては、店の信用を傷つける事になるからな。
「あら、来々軒では毎日同じ仕事が出来ますし、設備も材料も、あの時よりはずっと整っているんですよ?」
ハハ、れんげちゃん、可愛い顔してキツイこというなあ。
「とにかく、まだ俺には親父さんの代わりは無理だよ。
それより、さっさと掃除を済ませて、仕込みをやってしまおうよ。来々軒のラーメンの香り、なんか、懐かしくって」
「フフフ、そうですね」
掃除の要領も手際も、一頃よりは随分マシになったかな、なんて、自分を褒めてやりたくなっている。
れんげちゃんというスペシャリストのお手本を、真近で毎日見させて貰っているのはなんといっても大きい。
しかも、彼女の教え方、その手綱裁きというか、要点だけ伝えて、ある程度俺自身に任せてくれて、やってみた上での悪い所を丁寧に直してくれる、そんな彼女の指導が、俺にはシックリ合っているんだよな。
まあ、俺自身、いつか、彼女と対等になりたいという目標もあるし。
そうなったら。
そうなったら、いつか、れんげちゃんに…
「そっちは、もう充分ですね。厨房の方をお願いします」
「おっけー!」
ハハ、考え事していても、手は動いているんだ。
俺も、随分と成長したものだよ。
掃除が上手になった、鳴人君。
ボチボチ、この辺はれんげちゃんに合格点を貰えているようです。
いい加減な生き方しかして来なかった若者が、少しずつ成長していく。
来々軒は、そういうお話なのです。
そして作者は、次の試練や波乱を準備中…




